「祐一。 あゆちゃんをまた、からかったでしょ?」
「おぅ。 からかってやったぜ!」
……溜息を漏らしているのは祐一の従姉妹にしてあゆの義理の姉にして陸上部部長にして寝ることと苺が大好きで母親の秋子に羨望の眼差しをちらりっと送りつつも最近にわかに反抗をみせるトシゴロの水瀬
名雪。
クラスでは常に上位にランクインするスーパー美少女だ。
「もう……明日あゆちゃんがゾクのヘッドにでもなってたらどうするの?」
「……随分と飛躍したな?」
「末は博士か大臣か〜。 あゆちゃんにはわたし期待してるんだよ。
かわいいし」
「……かわいい、ねぇ」
素直じゃない祐一はふとこの前誤って?覗いてしまったお風呂場でのあゆの裸身を思い浮かべる。
鎖骨。 童顔。 微乳。
「そうだな。 うん。 あゆは可愛いかもな」
「えへへ〜、でしょ〜」
「だからさ、祐一。 あゆちゃんのご機嫌を治してきてよ」
「そうくるか」
むぅ。 祐一は思わずうなる。
とりあえず簡単に説明してしまおう。
あゆはサンタクロースを信じていた。
だが、しかし、相沢祐一と名乗る一人のだめ男のせいでその今時小学生でも抱かないピュアな気持ちはズギュンッ!と粉々に粉砕されてしまったのだ。
祐一は数秒あごにこぶしを当てて考える人のポーズ。
「祐一! ていうか悩んじゃだめでしょ!? 祐一の責任なんだからッ!
ねぇ、祐一本当にこの作品の主人公なの!?」
なにやら驚愕気味の名雪だがやめてもらいたい。
と祐一は思った。
彼は食傷気味なのだ。 もうだいぶ様々な作品に出演してきた。
それは単に夢とロマンに溢れているのかもしれない。
だが……。 だからこそ、祐一は疲れきってしまったのだ。
「ねぇ、祐一! まっとうしようよ! そうしないと、また打ち切り食らっちゃうよ?
あゆちゃんと喧嘩したままでいいの!?」
「……別に? どうせ、また」
「――ッ、祐一……」
受けた衝撃は一体どれほどなのであろうか?
ぷるぷると、名雪の掌は揺れる。怒り、それを如実に現すかのように。
「また、駄目なんだ。 どうせ……」
「馬鹿ぁッ!!」
ばちーーーんっ!
痕がつくほどに祐一の頬を真っ赤にした名雪は涙腺に涙をためた目元を拭い去ると全力で走り去っていった。
「お、おい……ッ。 うそだろ?」
名雪の予想外の行動に戸惑う祐一。
だけれど、彼の思考は相変わらず生きた化石のように固まったままであった。
……。 だめだった。
祐一は一日何もできず重くて会話のない食卓が夜に朝に、とめどなく輪廻のごとく続く。
秋子はその渦に気づきはしたが脇から小突くような真似はしたくないのか黙々と自分のことに専念したためということもある。
真琴はからかいがいのないあゆに逆上し、祐一に八つ当たり気味だったこともある。
(俺になにをしろというんだっ!)
と真琴に思わず怒声をあげたとこにはさすがに秋子は怒ったもののそれ以外変化もなく重々しく翌日の学校は始まった。
「……なるほどねぇ〜。 あゆちゃんって可愛いわ。
栞と交換してもらいたいくらいよ」
「お、お姉ちゃん、ひどいですぅ〜」
「くすっ、冗談よ」
ほっと栞は胸をなでおろす。
耳を引っ張られた昼休み。 祐一は屋上で美坂香里、栞(以降美坂シスターズ)と昼食をとっていた。
生々しい爪あとが祐一の耳たぶに残るが、そんなことどうだっていい。
「相沢くんが悪いわ。 それは判っているんでしょう?」
「――俺は現実を教えただけだぜ? ……何で」
「はぁ……。 呆れた。 まるで子供ね」
「えぇ!? 祐一さん子供だったんですか?」「冗談よ」
「ぐすんっ、お姉ちゃん今日も意地悪ですぅ〜」
「…………はぁ」
不機嫌な親友。 どこまでぼけてるんだかわからない妹。
香里の悩みはまだまだ多そうだ。
「お姉ちゃーん、何柵に寄りかかってぼさっとしてるんですか。
ご飯なくなっちゃいますよ〜」
「いいんじゃないか? あいつも悩む年頃なんだろ?」
キッ!
「いいわけないでしょ? 大体ね、相沢くん?」
「んっ?」
形が悪いが味は上等な栞お手製のおにぎりには親愛がたくさんこめられている。
お姉ちゃんに食べてもらおう。 祐一さんに食べてもらおう。
いっぺんの下心もない済んだ今日の天気のような気持ち。
「おにぎり、うまいぞ! 栞」
「ありがとうございます」
太陽みたいに元気に笑う栞。
「話をそらさないでくれるかしら?」
ニョキッ〜。
香里は遊園地のお菊の霊よろしくに、栞の背後から姿を現した。
一体いつ移動したかというのは乙女のアポカリプスにかけて秘密である。
「――」
食指が止まる。
「あ、あぁ……寒々しい日和。 今日もいっそう冷え込むなぁ、栞」
「……わ、わたしは心臓ばくばくですよ、どうするんですか!?
卒倒したら」
(知らん)
祐一は乗りの悪いリアリストを無視し、香里に視線を移す。
ちゃっかりおにぎりを食べていた。 しかも自分用にすでにタッパーにおかずも小分けしている。
いがいにがめついな、とあからさまな顔をすると、むっと香里は眉間に皺を寄せる。
ついでにフォークを祐一に向けた。
「はいはい。 ――」
「それよ。 その冷めた態度。 そういう態度が今の相沢くんを駄目にする根源だわ」
「……はぁ?」
「世間の風にもまれ続けて次第に世捨て人になるのは事の常、理よ。
でも、――あなたは一応主人公なのよ? いいかしら、私がもしその気を出せばあなた、消えるわ。このままだとね」
「――どうぞ、木の上から落ちたり、麦畑で友達裏切ったり従姉妹の心を裏切ったり狐を助けたりしてください。
――」
「……はぁ、これじゃ、名雪が悲しむのも無理はない。
栞、どうしよう。 相沢くんねじが外れちゃったいみたいよ」
「――誰かさんが全うしないから」
「まったく、酷い人……」
「あーはっはっ! さすが相沢だ。おい、最高だぜッ!」
「……話した俺が、馬鹿だったか」
放課後、まるで当たり前のように彼、北川
潤と駄弁りあうのはもはや日常と化していた。
ことにこの潤微妙に他人の心情を汲み取るのが巧みに上手い。
流れ行く雲は風が多少あるせいかとても円滑に流れていく。
自分もあんなふうに流れていければな、というのは酷く落ち込んだとき祐一が思う切なさだ。彼とて感傷は感じるのである。
「まっ、俺といっちゃえば自分が楽しければいいんだけど――余り、女の子を悲しませるなよ?」
「――女はいいのか?」
「? あぁ、範疇にないや」
はは、と照れたように笑う潤の笑顔が斜陽に照らされ眩しい。
オレンジ色に染まる金髪……あるいはその髪は潤に似合っていたのかもしれない。
自分はせいぜい茶か黒かな――など、祐一はは考える。
「にしても、腹抱えて笑ったのは失礼だったな。
相沢ってそういうのやけに悩む性質だし」
「俺が……? はぁっ?」
「フンッ、上辺だけで嘘ついても無駄。」
悟ったかのような退屈な笑み。 そこに祐一が付け入る場所は無かった。いや、あっても付け入れない。
潤は半分冗談で半分まじめでフザケルナと思うが切り替えのスイッチを扱うのもまた巧みである。
祐一はどうせ軽々とあしらわれるに決まっていた。
仏の手の上を走らされている気分だ。
がららっ……。
ドアの開く音。
「あらあら、相沢祐一くん、お迎えですわよー」
「……北川」
「ま、俺は変えらさてもらおうか? やさしくエスコートしたまえよ?
送り狼になるなよ?
俺は範疇内だったらありうるから経験論に基づいて、あくまで仮想領域を超えないようお前に忠告しておくよ――」
そして潤はぽんっと祐一の手に肩を置く。
「――頑張れッ☆」
それから踵を返した潤は、ドアの前に突っ立っている天野
美汐に同じようなことを指摘するとさめざめとあしらわれた事すら気にしないかのように颯爽と走り去ったのであった。
隣り、というよりもやや前を歩く天野 美汐は普段の大人しさにさらにとげをくわえたくらいに不機嫌極まりなかった。
理由は押して図るべし、というのは余りにも読者様に可愛そうなので説明せねばなるまい。
「――はぁ」
「……、あの〜、天野さん、何をお怒りで?」
ちらっとかなり険しい目つきで睨まれると祐一はどっちが年下なのか解らなくなってしまう。
それくらい彼女の視線には鋭いものがあり、同時に祐一を睨むことで苛立ちを解消しようとしているのだ。
「――だいたい、ですね、相沢さん。 あなたが月宮さんと喧嘩したせいで、誰が被害者になるかわかりますか?」
「――はっ? いきなり、なに言い出すかと思えば……」
「いきなり? ……ふぅあなたは是を見てもそれがいえるんですか?」
物腰のいい動作だった。
祐一は初めてみる美汐の携帯電話が最新機種、しかも通話料が高いことで有名な会社のものであったことに僅かに突っ込みを入れたくなる。
「天野ッ! イメージが違うぞッ!」
「……勝手に決め付けないでくれませんか?」
さらに上品に、かつなれた手つきで折りたたまれた携帯電話は開かれた。
メールボタンを押す。
そのままの勢いで美汐は液晶画面を祐一につきつけた。
makoto@ez〜〜〜〜〜ne.jpという見覚えのあるアドレスだ。
というか同居人としか思えないストレートなアドレス。
おそらく真琴のものだろう……だが、すぐに祐一は美汐の不満の原因を理解できた。
閉口せざるえない。
そこに移された受信件数がポイントだ。 今日一日で157通。
みんな真琴からなのだ。
「――空メール化?」
「いえ、一文字づつ送っていくタイプの劇悪使用です……このせいで、私、2時間位授業まともに受けられませんでした」
「ん〜、天野、まじめだなぁ。 つまり、全部読んだわけか」
「当然ッ! ……みんな私をのけ者にするんだ、とか人生を悲嘆する詩が書いてありました」
「……ご苦労様」
「ご苦労様じゃないですよ――。 相沢さん、あなた一人だけのことなら誰も文句は言わないんです。
でも、私のように他人に迷惑をかけるのは良くないと思います。
仲直りしてください。 そうしないと、明日から無視しますから」
「お、おい」
「本気ですよ?」
祐一の曖昧な答え方が癇に障ったらしく本当に分かれ道まで会話の一つも美汐はしてくれなかった。
「――俺、だけじゃない、か」
あくまでも後ろ向きだが、罪悪感を覚える。
結局自分勝手に振舞った結果祐一はたくさんの人に迷惑をかけているらしい、ということが解った。
香里にしても、美汐にしても……もしかすると、自分の気づいていないところでたくさんの人間が不快な気持ちになっているのかもしれない。
「――まずは、名雪……だな」
祐一は小さく肯くと家までの道筋を一気に駆け抜けた。
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