確か、俺と観鈴(以降、俺達)は銭湯に向っているはずだった。
 (前話の内容は、泡和がど忘れしているので放っておけ)

 時刻は結構過ぎて夕焼け。 曖昧な橙色と群青の混ざり合った、空の袂、
俺達は歩いていた。 佐祐理さんたちはもう、来ているだろうか?
 個人的には、舞の豊満な、佐祐理さんのバランスの取れた食べごろの
果実のような肢体を観れるのではないか? と密かに期待――しても無駄だな。

 何故なら、百花屋の前で待っていた舞はこっちを明らかに嫌悪の眼差しで覗いていたから。

 まじった……。 マイナス3万ポイントだぞ、こりゃ。

「にはは、祐一さん、マイナス3万ポイントはどれ位なの?」

「――っ」

 うっかりぼやいていたか。 もう少し口のチャックくらい管理できなければ……。
 幸い、社会の窓の方は理性の王者となっていて常に冷静なのに――。

「まぁ、ざっと津軽海峡一周くらいか?」

「……祐一、私瀬戸内海はがいい」

「あはー、佐祐理はミシシッピ川がいいでーす」

「えーっと、わたしは……」

「真に受けなくていい」

 はぁ――どうして、こうも、The、天然ぞろいなのでしょうか?
 天然そろえて何が楽しい。1人くらい、冷静にして沈着な人がいてもいいと思うんだが。

――なんていいながら、俺は空を仰ぐ。

 といっても、明日は晴れかな、くらいしか、解んないけどな。








「あははー、祐一さん、石鹸とシャンプーは持ってきましたか〜?」

「……? 持ってないけど、アレ、必要だったの?」


……ジロリ。

「……なんだよ、舞」

 じいっ――。

「み、観鈴まで……」

 ……。 何で、俺のことをそんな哀れむような目で観てるんだ?
こいつらは――。

「祐一さん、知らなかったんですね。 そうですか、そうですね。
 佐祐理がちゃんと説明しなかったばっかりに。
 えっ、誤らなくていいんですよ。 だって、佐祐理が悪いんですから」

 と、佐祐理さんは自分を卑下した上に、俺にも責任を転嫁するような発言をしてくれた。

 佐祐理さんがそういう発言をすると、

 知らないんだろうなぁ……。 舞が過敏に反応する事。
 知覚過敏の奥歯や前歯みたいに、どこからとも無く舞は俺にチョップを繰りだした。

 その、しなやかな腕の捻りからでは想像し難い一閃は俺の側頭部でスコンッ、と警戒な音を上げ、ちょっとだけ俺は怯む。

「祐一、佐祐理を落胆させたら許さない」

「ま、舞、それなんだか、下手な漫才師はみんな処刑な発言だな」

「大丈夫」

「んっ?」

「佐祐理は本質を見極められるから」

 そうなのか? と話を先ほどから影の薄れた観鈴に降ってやった。
 こいつは話の大元をつかめていない。 ただ、が、がお・・・と戸惑うばかり。

「えーっと、祐一さん、あのね、困った時はお互い様だから、
 わたし石鹸かしてあげるよ」

「はっ?」

「にはは、ぶいっ」

 何でだか知らないが、舞に殴られたほうと逆の側頭部が痛み出す。
 もう、イデア論もサーケディアンリズムも、左手の法則も、隔世遺伝も……どうでもいい。

「祐一、涙がでるほど、嬉しいの?」

「……ちがうやいっ」

「あははー、祐一さん、子供みたいですよ〜」

 ふっ、どうせ、俺は子供だよ――。


「わっ、煙突だ」

 ……。 観鈴は興味津々にそう言った。
 百花屋から歩くこと数分、俺達は銭湯に到着した。







ざぱーん。

「ふぃ〜、たまんないねぇ、斉藤くん」

「だね〜、相沢くーん」

 今、裸の付き合いをしているのは腐れ縁なクラスメイト、斉藤だ。
 打ち返す波紋、波打つ湯、沸き立つ湯煙……。
 
 否の打ち所のない、合格点のこの湯のマイナスは、斉藤と松の絵だろうか?

 俺は、素で、この絵にだけは愕然としていた。
 入って直ぐ、手持ちのタオルをぽしゃりと落としてしまうほどの落胆振りは、是非明日の感想文にしてみたいくらいである。

……背景は、富士山じゃなければいけないと思います。

 そうさ、竹林でも構わないのさ。 その荘厳さは合格点だし。
 ただな、スピリッツは受け付けない。大和魂は富士山を求めるのは必然だったのだ。

「つまり、な、斉藤。 ごめん。 俺、お前が入って来たとき気がつかなかったわ
 開幕5分前からリテイクしてくれないか?」

「……フフフッ、相沢〜、相変わらずイケシャアシャアとよくもそんな口を叩けるなぁ」

「そうだろう? 俺は偉大だ。 かのアレクサンドリアも俺を認めずにはいられない。
 だから、コーヒー牛乳を奢ってくれ」

 ふふんっ、と俺は鼻を鳴らしつつ、やや荒い口調で述べてやると、斉藤の額に青筋が立った。

「あーいーざーわ〜〜〜」

 ざぱんっ――水飛沫を上げて、斉藤は立ち上がる。

 そして、俺に向って蹴りをかましてこられた。 ああ、コレは俺にあたる、とかいうことは必然的に関係ない。奴の狙いは水飛沫が俺の顔にかかること、
受動的に煙草の煙を他様は吸ってしまうのと同じだ。

「わっぷ……お、お湯がもったいないじゃないかっ!!」

「へんっ、ざまーみろ、髪を洗ってないからお湯はお前の油塗れの髪で〜〜」

 そこまで言って斉藤は閉口する。

「すまん、調子に乗りすぎた」

「?」

 なんだか、斉藤の奴、やけに素直だ。マジで恐いぞ、オイ。

「いや、今、俺はあと少しでお前の人格批判をしてしまうところだった。
 たとえ、お前が人格的に軌道修正の聞かない愚鈍ボーイでも、だな……。
 モロヘイヤ教は許して暮れないんだよっ!!」

 はっ? モロヘイヤ?

「……決めた。 お前のあだ名は明日から緑黄色野菜だ」

「!!!!」

 なんで、そこで失禁しそうになるほどにのたうちまわる。
 お前は一々リアクションが大袈裟なんだよ、何度言ったら……。

「……祐一、その男、うざったい」

「――あれま、舞」

 こくり、舞は頷いた。
 えーっと、説明しよう。 舞はバスタオル一枚で男風呂に入ってきたでありますよ、
斉藤くん。

「なにっ!!!」

 ばしゃんっ! 斉藤は風呂から飛び出した。 タオルケット一丁で。

「……祐一。 目障りなこの男をどけてくれないと、石鹸とシャンプーは渡せない」

「くっ、卑怯な、舞――そんな、俺に挑戦状をしかけるというのか!?」

「……、馬鹿?」

 すみません。

「ていうかさ、その役目は観鈴がやるはずじゃ」

「性犯罪者になりたい?」

 ・・・俺は極限状態で、理解した。 あちらで、観鈴は舞に諭されたのか。 
もしくは佐祐理さんが機転を利かせたのだ。

 そもそも、俺の信頼とはそこまで落ちていたか。 うぬぬ……。
 
 唇を噛んでもしょうがないのは解っているから、俺は斉藤の首元に当身をした。

 ずどすっ、と斜め46,5度に食い込んだチョップは何だか好い音したような気がする。

「……」

 はらりっ、斉藤のタオルケットが落ちたのはその時だ。

「――」

「……フッ」

 あああああっ、

「……祐一のより、遥かに小物」

 !!?

「ま、舞――?」

 目を瞑り、舞は踵を反す。 そして、自身のバスタオルを投げ捨てた。
――反則だ。

 どうして俺のサイズを知ってるのだろうか、なんてこの際どうでもいい。というよりも、Tシャツ、ホットパンツという衣装は余りにも卑怯だな。

 俺が怨唆の言葉をはくまでも無く、舞は微笑を浮かべながら去っていった。

 たくさんの屈辱を残して・・・・・・。 



 



さすがに、瓶入り、というのは贅沢な代物のようで、帰り道、俺たちが飲んでいるコーヒー牛乳は紙パック製のものだった。

「ぷはぁー、甘いっ」

 俺は舌うつ。

「がお……、どうしてげるるんジュースはいけないのかな?」

「――だって、アレ生理的に受け付けないんだもん、俺」

「――ショック」

 と、真顔で答えた観鈴はその唇をちゅーちゅーっとストローへと近づける。
半乾きの髪とか、湯気が立った桃色の肌、とかそういう”らしさ”はこういうときにこそ、好ましいんだ。

 ほうっ、俺が嘆息を漏らすほどに、風情があってコレはコレで好い。

――さっきから、舞も佐祐理さんもコーヒー牛乳にご執心で口も聞いていない。
 イコール俺と観鈴は2人、隔離されているわけだ。

 女の子と2人、まぁ――1日一緒にいて、こいつは変な奴だな、というのは解った。

 さっきのことだ。 観鈴は俺、そして何だかノリのいい佐祐理さんのトラップを掻い潜ってまで、専売のげるるんシリーズに特攻しようとした。 特攻と書いてぶっこみと読む……、かどうかは知らないな。

 観鈴は俺をフェイントでかわすと立ちはだかる佐祐理さんを腕で反則すれすれの応酬を謀る。
 ――、だが、佐祐理さんの壁はそれこそカーンだった。

 鉄の壁、確執あるその計算高さ、と何だか人が変わったかのような戦慄すらある2人の戦いは舞の手筈によって終焉する。

「意固地になるのはみっともない」

 後に舞は俺にその時のことをコメントしてくれた台詞だ。


 かくして、作戦――舞の機転、もう、買っちゃったし攻撃は観鈴の核炉を緩やかに停止させたのだった。



 そして、今に至る。


「と、まぁ、観鈴って何か運動とかやってたのか?」

 俺は尋ねた。

「え、わたし、かけっこくらいしかやったことない」

 ・・・どういうかけっこだよ、おい。

「はい! そこまで! お取り込み中失礼します!!」

「んっ、佐祐理さん、どうかした?」

「あははー、祐一さん、舞と佐祐理はここでお別れです」

「ああっ」

 そりゃそうだろう。 俺と観鈴は水瀬家に着くわけだから――もう、そんなところまで来ていたのか。

「御飯、まだですよね」

「んっ――そういえば、だな、観鈴」

「にはは、わたし、忘れてました」

 観鈴はちょっと申し訳無さそうだ。

「でも、ご安心。 祐一さん、舞の手料理食べたくありません?」

「――豪く遠まわしな言い方ですね……でも、興味はあるな」

「――何故、食べたいと、言わないの?」

「いや、人間として多少は弁えるべきとこは弁えるんだよ」

「……そう。 でも私は御飯を作るよりも、牛丼を食べる方が幸せ」

「……」

 俺は佐祐理さんにアイコンタクトだ。

『筋書きと違うんではないですか?』

 佐祐理さんがちょっと額に汗をかいているのはそのせいだろうか?
 そうじゃないと思いつつ、

『あはっ、祐一さん。 ここは、佐祐理に合わせてください』

『……?』

『実のところ、ですね〜、今日の御飯は牛丼だったんですよ〜、
でも、佐祐理は舞の御飯が食べたくて〜〜』

『――佐祐理さん、かっわいー』

『もうっ、祐一さん、からかはないで下さい! 佐祐理は真剣なんですから!!』

 ……残念、裏目にでてしまった。

「なぁ、舞、俺はお前の作るご飯が食べたい」

「……お断り」

「あはー、舞〜〜、そんなこと言わないで〜、佐祐理も食べたいなー」

「いいか、舞、俺は何も、毎日お前の味噌汁が飲みたいとか言っているんじゃない。
 まして、お前を食べたい、とか言ってるんじゃあないぞ? 考え直しても見ろよ。
 今日の晩御飯、冷蔵庫にある些細なものを使って俺と佐祐理さんと観鈴が幸せになるのと、
 舞が1人、栄養価の薀蓄枠にも当てはならない牛丼さま、どっちを取る?」

 ――舞は戸惑った。 好い感じだ。 俺の台詞の脚本は佐祐理さんだから、
   盲点を突いたに決まっている。

 よくも、俺もあんなはっずかしい台詞をしゃしゃっと言えたもんだな。
 何だか俺が恥ずかしくなってきたぞ、オイっ。

「でも、祐一さん、そうしたら今夜のお――」

 行動は迅速だった。 俺と佐祐理さんはそれぞれ観鈴に羽交い絞めと口封じを各自仕掛ける。


「……解った。 かなり、気が載らないけど、それもかなり悪くないから」

 
 こうして、情の押し売り大作戦(仮)は功を奏し、佐祐理さんは舞の晩御飯をゲットした。
 おこぼれを、俺と観鈴も頂くことになるのは成り行きだけど、まぁ、それなりに美味しかった。


「祐一さん。 食べ物を粗末にしたら、もったいないオバケがでるんだからね」

 帰り道、そんな発言を観鈴が述べてきたが、まぁ、気にも留めない。








――この時、説得しておけば、俺はあんなことにはならなかっただろう。