「祐一くん、祐一くん、祐一く〜〜ん!!」
どたどたどたどた・・・・・・。
「はぁ、はぁ、こ、こんな格好でどうかな?」
「んっ? いいんじゃないか? 少なくてもでダッフル以外なら」
「うぐぅっ……ボク、別に好き好んでダッフルコートを着てるわけじゃないのに……」
あゆはむっと、唇を噤んだ。
さて、真琴との散歩をおえ、軽くシャワーを浴びた俺だったが、朝食の時、あゆとある約束をしたのだった。
『一緒にアウトレットモールに買い物に行こうよ!』
あゆもお年頃、ということらしい。
秋子さんがいるんだから秋子さんに頼めばいいのに、何故に俺なんだ?
尋ねようと思ったが、その前に秋子さんが、仕事の都合で急に出かけることとなったと俺に報告し、昼食代をくれた。
なんだか謀られたような気もするのだが、その辺は妥協のしどころなのだろうか?
俺はとくに不平も無くあゆと一緒に出かけることにした。
「しかし、あゆも随分と――、うん、いい眺めだ」
なんだか親父臭く俺はぼやいてみる。
というのもあゆの格好がそういう感じだからだ。
デニム地のミニスカートにキャミソール、その上に羽織るようにデニム地のジャケットを着込んでいる。
露出度の高い使用となっていた。
「もうっ! どこみてるのさっ!」
ぽかぽかっ、とあゆのジャブの応酬は軽いので左腕でうけつつ俺は歩みを緩めない。
その内諦めるかな、と思っていたがバス停まであゆは諦めてくれなかった。
「悪かった、以後気をつける」
「うんっ、解ればいいんだよ」
乗り込み際、俺が誤るとあゆは満足げに微笑んだ。
濃い灰色の安地のビニールを、あゆのソール底のビニール靴はきゅっと音をたてた。
バス内。
2人がけの椅子の窓際にあゆは座ると、俺は2人分の乗車券を取り、催促されるがままにあゆの隣に腰掛けた。
……ふわっ、とクーラーの風に亜麻色の髪の匂いが鼻腔をくすぐる。
水瀬家では、シャンプーの趣向がみんな違うらしい。
俺はまぁ、拘りも無く季節に応じてまちまちだ――、今日のあゆは柑橘系のにおいがする。
常備6本の中から秋子さんやあいつらは好みで選ぶんだそうだが、はっきりいってどういうことだか。
だが、大して座り心地の良くないバスの椅子も、そのお陰で少しは紛れた。
――今、丁度商店街の近くを走っているのだろう。
この辺は見覚えあった。
「祐一くん、こうして外を見るとなんだか新鮮だね」
「ああっ」
秋子さんは一応免許を持っているのだが、俺達は乗せてもらった事は無い。
基本的に電車を利用して外出するのだが、バスはそうそう乗らなかった。
「まっ、何年間もぐーぐー寝てたあゆだもんな。
車なんぞ乗ったことが無いんだろう?」
「うぐぅ……誰のせいだよ。大体ね? ボクだって車くらい乗ったことあるよ」
「ほぅっ――何時?」
「……その〜、幼稚園の時だよ」
ぼそりっ、とあゆは呟いた。
その顔にはなんだか曖昧な恥ずかしさが浮かんでいる。
そうして、あゆは俯くままに俺を横目で睨んできた。
「どうして祐一くんはボクのこと苛めるんだろうね?」
「苛めてなんかいないと思うが」
「ううんっ、人の嫌な思い出を引きずり回してそれで笑うなんて最悪だよ」
「それじゃあ、車に乗った思いでは悪い思い出か?」
「ううんっ――そうでもなかった気がするよ」
「――やれやれ、お前が解ってないんじゃないか」
「うぐぅ……」
――、で、だ。
こんな俺とあゆの和やかな風景をさらに微笑ましそうに見ている人間が俺達の目の前に歩み寄ってきた。
それはホンの刹那の出来事。
にこにこと俺とあゆに微笑みかけるのは、倉田
佐祐理さん。
薄手の落ち着いた格好の佐祐理さんに俺は少なくても沈黙した。
鉢合わせ=最悪ってことで。
「こんにちは〜、相沢さん」
「――……佐祐理さん、何でここに?」
「はぇ〜? 何でといわれても、佐祐理は買い物に出かけるんですから、
乗っていても当然だと思うんですけど〜」
「……」
「祐一さんこそ、デートですか?」
「買い物です」
拙いか? あゆと佐祐理さんは多分初対面だろう。
自然とあゆの視線は佐祐理さんに向けられて、視線は重なった。
「ねっ、祐一くん、この人だれ?」
困った顔であゆは俺に耳打ちした。
……退屈だよなぁ。
佐祐理さんはお姉さんとしての存在を存分なく発揮した。
あゆは直ぐに佐祐理さんが気に入った事もあった。
だから、2人は足りないところを補うこともなく、付き合える――。
だから、だからといって……2人で仲良く買い物に出かけてしまったのだ。
「買い物につき合わされると、男は退屈する時代はもはや過去の話。
そういったのは誰だったかな」
このアウトレットモール。
女性向けがコンセプトなだけに俺の衣服は置いてい無い。
何より、俺は親の仕送り生活する身分だった。
あまり自由に金を使うわけにもいかない。
この先、夏服が必要かな? そう思いつつも、その先が出ない。
ここは要するに俺にとっては退屈だ。
サーテーィーツーアイスでこの前同様オレンジシャーベットを舐めながら座るアスファルトは春の温かさに流れるがまま……。
寂しい。 退屈極まってる。
俺は、ありえないくらいにつまらない。
だからといって……。
「……祐一?」
「ああっ、なんだ? 舞」
「佐祐理たち遅い」
「――舞、先に出立したのは大失敗だったな」
「――本当に」
舞は俺達より先に買い物に行った。
理由は舞が愛用するメーカーのTシャツがバーゲンをしていたからだ。
していた――そう、開始数十分の勝負は既にことを終えていた。
舞にしても1学生。 何より佐祐理さんと一緒に暮らしているのだ。
だから、そう金を使えない――それで、俺と一緒に座り込んでいる。
「「さっさと来い――」」
俺と舞の声は重なった。
「真似するなよ、舞」
「……祐一こそ」
――あゆと佐祐理さんは両手にたくさんの袋を抱え、帰ってきた。
満足そうな笑顔にはこちらのいやっけを忘れさせるものがある。
そうして、騙されるんだろうな、俺も舞も……。
同意の頷きを小さく俺と舞は交わす。
近づいてきた昼ごはんの時間。
俺達は何に従うもなく隣接しているオープンカフェの席を取ると、注文を頼んだ。
クラブサンド4人前とフィッシャー&ポテト。
なんとも大英帝国な食事だ。
「でも、偶然だよな。 舞たちと買い物で鉢合わせなんて」
「ここが買い物しやすいだけだから」
「あっそう」
う〜ん、ホント、舞は話を崩すのが巧だ。
もっと、盛り上げたいのだが――。
「――それで、ですね」
「うん、うん……」
「・・・、あはは〜、あゆさんかわいいですね」
「う、うぐぅっ……そういわれると照れるよ」
この2人だ。 ああっ、佐祐理さんはあくまでも舞の親友。
断じて保護者じゃないと解る瞬間はこういうとき。
同年代の人と接しようとするあゆの態度に佐祐理さんは嬉しそうに受け応えてしまう。
それは、舞が退屈だ、とかそういうのなら別だろう。
だが、佐祐理さん、最近、舞のこと、おざなりがちでは?
そう思える今しがた。
――会話弾まないぞ。 舞……。
「はいっ」
「んっ――ありがとう」
「……別に、祐一と話したくないわけじゃないから」
舞が差し出したクラブサンドを俺は頂戴した。
なんというか、……。 俺は固まった。
「……」
「……」
「……」
「……」
ぱくりっ――。
ちょっとパンがぱさついてるかな?
だめじゃん。
舞にからかわれた。
舞にからかわれた。
舞にからかわれた。
……。
俺の精神的ショックはいかほどか、解ってくれると嬉しい。
クラブサンドやその他の商品もおざなりに俺はしょぼんっとしていた。
これが余裕という奴なんだろうなぁ……。
くそうっ! 太陽がまぶしいぜ!
「ねぇ、祐一くん、そろそろ帰ろうと思うんだけど……」
「舞と、佐祐理さんは?」
「うぐぅっ……さっきさよならしたじゃない」
「……、そうだっけ?」
「もうっ!」
あゆは俺に溜息をつく。 はぁー、本当にショックだったらしい。
オープンカフェと飛び交う注文の人数も明らかに減退し始めていた。
「あっ、すまん、あゆ――それで?」
「祐一くん、あのね、ボク、祐一くんにお土産渡してなかったよね」
「んっ、そういえば」
真琴のときほど、そこに感動はない。
もじもじしているあゆにそれは余りにも失礼だろう。
……笑顔を取り繕う。
「それで、どうしたんだよ、なんならここでくれって」
「ムードないなぁー。 もう、いいよ。 ついてきて」
かくして、俺達はバス停の方角へと歩き出した。
予感はしない。 というか家に帰るのだろう。そんな感じだ。
「ここから、どこへいくんだ?」
一応、俺はあゆに尋ねておこうと思った。
これ以上は失礼だしな。
「もう少しだよ――バスに乗らないで走って帰るなら」
「えっ――」
突然、あゆは走り出した。
油断した俺はあゆの後を追いかける。 ……早い。
「くそぅっ! 俺の脚は鍛えているはずなのに」
追いつけない――。 あゆは遠ざかる。
やがて、姿が見えなくなり――。
俺の側頭部に鈍い痛みが広がった。
「祐一くん。 食事中に寝るのは良くないよ」
「えっ?」
「……あゆの言う通り」
「はいっ?」
「あは〜、祐一さん、しっかりしてくださいよ〜」
「うっ――」
ゆ、夢だったか――いやはや、なんだかやにリアル感が漂う夢だった。
「ねぇっ、祐一くん、あのね、ボク、祐一くんにお土産渡してなかったよね」
やや、興奮気味にあゆは言う。
舞はいつもの無表情、佐祐理さんは満面の笑みで俺を見つめた。
「――な、なんだあゆ、走らないぞ?」
「はぁ〜、走るわけないじゃん。 はい、プレゼント」
”走れたいやきちゃん”Tシャツ。 それがあゆからのプレゼントである。
よく旅先で売っているパロディー商品――。
「はは、アハハ……」
「どうしたの? 祐一くん? へんなの〜」
「うっせえ」