どんっ――。
背中に突然重い衝撃が走ったのは自転車に乗り込もうとした矢先の事だった。
なんだ――?
思わず俺は顔だけ振り向くと、そこにはみちるが立っていた。
「って〜なぁ。 みちる、どうしたんだ? 聖さんのとこに要か?」
「――」
だんまり? 無言で俯いたみちるはぎゅっと俺の服の袖を掴んで離さない。
引っ張ってみたのだが余計に抓られた。
「・・・・・・? おい、何か言えって。 正直ちっともわかんないじゃないか」
「――でてくるの遅い!」
ドンッ――!
「ぐぇっ!」
「何時間待たせるんだ〜!」
どすっー―!!
「がっ――、な、何するんだよ。 鳩尾とわき腹は反則だろ?」
「遅いから悪いのっ! ――ああっ!」
「どうした?」
「こんな事してる暇ない! 相沢 祐一! 今回は見逃すから、早く来て!!」
どういうわけかみちるは俺を必死に急かす。
……すっごく予感めいたものを俺は感じた。
何か不吉だ。
こいつの焦燥具合はそれを物語っている。
「早くしろ!!」
「じゃかあしい。 まったく何のようだよ。 用件を言ってくれないと困るって」
「……」
じわっ、とみちるの涙腺に涙がたまった。
相当無理している。
ああっ、こんなところでみっともない。
俺はそっとみちるの肩に触れ、無理強いに笑って見せた。
――俯いたみちるにそんなことをしても、無駄か?
声をかけるのが先決だ。 俺は思う。
「どうした? 正直お前がそういう態度なら俺は協力できない。
腹を割って、俺に説明しろ――そうしたら手伝ってやるから」
「――」
ぎゅっと、みちるの肩に置いた手に、みちる自身の力が込められる。
「美凪が――倒れたの」
俺は言葉を失った。
「みちる! 後ろに乗れ!」
急かす! にわかに信じられない話だった。
遠野とはあまりにも面識が薄いにしろ、どうしてみちるが俺を待っていたかなんてどうでもいい。
早く行かなくては! と俺は思っていた。
せめて、杞憂であればいいのだが……。
そうはいかなかった。
「脈拍は――ある」
「うんっ」
「呼吸は――よしっ、してる」
「うんっ――」
「……つまり、寝てるんじゃないか?」
「違う! 起きないんだもん。 昨日からずっと……」
みちるを信じるべきなのだろうか? 外傷はみあたらないし、
呼吸はみちると比べても変化はあまり見られないのだが……。
「美凪〜……」
昨日から?
「おい、おふくろさんはどうしたんだ?」
「――おかあさん? 仕入れに出かけて今はいないよ」
……くそっ、わからない! どうすればいいんだよ。
「――ねぇ、相沢 祐一。 美凪、どうすればいい?」
――ここで静観している以外できないし。
119番をかけてしまえばすむ事にすら思える。
「みちる。 どうして、119番しなかったんだ?」
「……」
――今、美凪は病室のベッドで点滴を差して眠っている。
「しかし、救急車に乗るの初めてなんだが、結構狭いんだな」
「……」
「はぁ――」
病院に連れてきたはいいが、みちるはアレ以来一向に喋らなかった。
なんだかよくわからないが、病院に連れてきたのが余程よくないらしい。
美凪が眠っているのは何でも眠りを促進されているから。
? と俺は思ったが昏睡に近い状態らしかった。
病名は不明で、明日にでも目を覚ますらしい。
「まっ、よかったじゃないか。 美凪はなんともなかったみたいだし」
「――」
こくりっ。
――……どうしたんだろうな。
「あれっ?――おーい、栞〜」
「えっ? あれぇ? 祐一さんじゃないですか!」
「おう、祐一さんだぞ。 お前、どうしてここにいるんだ?」
何となく察しはつくが……栞は難病に冒された時期があった。
最近までその病気には臓器移植だのなんだのでごたついていたらしい。
実際、生存率が何パーセントだかの難しさ。
まさに奇病という例え方だった。
そんな栞が今ではぴんぴんしている、とはいっても体育はまだお預け。
走れば25メートルでギブアップな栞の運動不足は痛い。
暫くは苦闘を強いられるのは必死っぽかった。
要するに、栞は今、紙袋を受け取ったのだ。
「えへっ、甘い飲み薬、もらってきちゃいました」
「――。 クスリは苦いんだろ?」
「冗談! 今では甘いクスリだってあるんですから。
えっと子供用じゃないですよ。
それより――どうして、祐一さんがここに?」
「急患だよ。 知り合いがぶっ倒れた」
「えっ――」
当然といえば、当然。
栞は驚いて口元に手を当てる。
「大丈夫。 点滴受けて退院だ」
「な〜んだ」
「しかし、救急車は……
あれ?」
「どうしました? 祐一さん」
さっきまで隅っこに必ず捉えていたみちるの姿がなくなっていた。
「……探したぞ、みちる」
「すー」
みちるは美凪の眠っている病院の一室にいた。
心地よく美凪に寄りかかるようにして眠っていたみちるを起すのは少しだけはばかる。
だが、このまま待っていてはしょうがないな、と思う。
俺は退屈なのだ――。
吐息をたてるみちるの肩に俺はそっと手を当てた――。
手が重なる。
「――、遠野、ようやくお目覚めか」
「……相沢さん、おはこんばんわ」
「ああっ――もう夕方だからこんばんわだな」
備え付けの丸椅子に俺は腰掛けることにした。
なにせ、美凪自身が現状を把握してい無いのだから。
起きたら点滴をさされ病院にいた、なんていう経験は想像しがたい。
だというのに、美凪には驚きは観られなかった。
性格がそうさせるのかもしれない、と思いつつ、俺は会話を切り出す。
「お前、昨日から起きないってみちるが心配してな。
それで、俺に頼ってきたんだよ」
「――それは、ありがとうございました……そうですか」
「んっ?」
「相沢さんはみちるに気に入られたのかもしれませんね。
ああ見えて頑固なところがあります。 この子。
えっへん」
「――そこは偉ぶるところじゃないぞ? 美凪」
「それはさておき――」
「さておきなのか?」
「もちろん。 あの、お母さんに連絡がしたいのですが」
「? あっ、携帯貸そう。 点滴付けっぱなしだし」
「――すみません。 席外してもらっていいですか」
「あ? 構わないぞ。 人待たせてるんでな」
「サンキュ」
俺は美凪に携帯をわたし、廊下へと向う。
ビニール製の床をきゅっ、きゅっ、とさせる栞は俺が出てくるとふぃにこっちをむいた。
その表情は曇っている……?
「祐一さん」
「なんだ? 栞」
「――もう少し遅かったら、美凪さんはどうなってたのかな、って思ってました」
「――縁起でもないこと言うなよ」
「そうですね……へへへっ。
あーーーっ! お姉ちゃんを下で待たせてるんでした!」
げっ――。
「――しかも、今、近づいてきてますよぉ〜〜」
「――栞、解るのか?」
「だって――祐一さんの後ろに……」
ああっ、そういうことか。
それは、接近ではなく肉薄だろ? 栞。
「あら、相沢くん――偶然ね?」
「まったく、偶然だな」