「相沢 祐一……」

「んっ?」

「本当にいいの?」

「あ〜っ、ていうかしかたないだろ? 遠野が入院してるんだし」

 めんどくさい、というわけで俺は頭をかきながら自転車を走らせる。
 後ろにみちるを乗せて歩く俺の頬は少しひりひりした。

 別に香里に喧嘩を売ったとかそういう理由じゃない。
 うっかり壁に顎をぶつけたのだ――おかげで俺も危うく医者にかかるところだった。

 そのぶつけたショックで顎がどうにかなったのを栞がぱすっと一発。
 ――その後、栞と香里はタクシーで帰っていったのだ。

 ひとまず、俺にそんな金はないから商店街、つまり遠野の家まで歩く。
 それから自転車にまたがった。

「ほんとーに、いいの?」

「だって、秋子さんだし」

 秋子さん、で通せるのには本当に感謝してしまう。
 それだけ俺にとって秋子さんの存在は偉大だ――ほんと、長旅になってしまった。

 帰ったら名雪にすげぇこといわれそうだし、下手するとそこに真琴とあゆも……?

 考えただけでも背筋が凍る。

「あっ、そうそう、今日の夕飯はハンバーグだそうだ」

「ハンバーグ? みちる大好きっ」

「あっそ――」

 予想以上の子供な解答――俺はびっくりだ。
 というか今までが今までだったからかもな? 案外なつかれているのか?
 というけエサでこの前つったからか? わからないけど……まっいいか。

 それから数分、ようやく水瀬家の灯りが見えてきた。





「ただいま」

「おかえりなさい、祐一さん。 今晩は。 みちるちゃん」

「――こんばんわ」

 ギクシャクとした間抜けな感じにみちるは返事した。
 それもそうかもしれない。 自分の母親ほどの年齢の人に挨拶をするのだ。

 みちるの年齢では多分そうそう経験はないはずだ……。

「それじゃ、みちるちゃん、いらっしゃい。 私の手伝いしてくれるかしら?」

「――えっ?」

「あ、秋子さん、」

「う、うんっ! 解った!」

 勢いよく靴を脱いだみちるはだだだだっ! と玄関を上がった。
 そして秋子さんの後をつけていった。

「ふぅっ――それじゃ、俺も部屋に戻るとするかな」

 

「祐一」

「んっ、名雪。 なんだ? 風呂上りか?」

「うんっ――いい湯だよ〜」

「そっか、それじゃ、次は俺が入ろう」

 2階にきてすぐ、名雪は俺の後ろから階段を昇ってきたらしい。
 ほんのりとピンクの頬、ほかほかとわく湯気は湯上りの証拠だった。

 にっこり――にっこり――。

「あれから、どうなったの?」

「――」

 従姉妹さんの名雪さんにこの話をしていいのであろうか?
 まてよ――待たざるを得ない。
 
 昼食をご馳走になってその上お姉さんに気に入ってもらいました。

 最悪のシナリオが浮かぶ。
 名雪公認になってしまう。 めさくさごかいだし、何より名雪が嬉嬉していて、なんだか……。

「はぁー、祐一。 どうせ、ロクでもなかったんでしょ〜?
 えへへ、祐一そういうの苦手そうだもんね〜」

「ち、違う――佳乃とは別に、何でもないし」




「知ってるよ。そんなこと」

「へっ?」

 クスリッ――。
 名雪は笑う――。

「わたし、祐一をからかっただけだもん」 




「……うぐぅ」

「こらっ、あゆちゃんの真似しないの〜」

 はぁ〜っと照れ隠しに俺は頭をかきむしった。

「あれ? 祐一、どこいくの? もう御飯だよ?」

「あ? ちょっと着替えてくる。 あと――みちるのこと知ってるか?」

「みちるちゃん? うんっ、かわいいこだね〜」

 むぅっ〜っと俺は振り向くなり眉を潜めた。ちょっと強ばったかもしれないその表情。
うぅ、う〜〜〜。

「そうか?」

「えへへ〜、だってわたし、猫さんと子供には優しいんだよ?
 それと、祐一にはイジワルかな?」

「そうか」

 うむっ、と俺は頷く。

「あっ、祐一くん、お帰り!」

 今度は2階の廊下からあゆが姿を現した。 こんな狭い踊り場で……3人は密度的にきついぞ。

 あゆは嬉しそうにかけよってきた。
 しかたなく俺は2階の廊下へとのぼり、名雪は階段を一段昇る。
 少し、風呂上りの胸が揺れた――しかたないだろ?

「はぁ――、祐一くん……」

「? なに? あゆちゃん」

「ううんっ? 何でもない。 後で祐一くんにきつく言っておくから、気にしないで、名雪さん」

「うにゅ、了承だよ〜」

 名雪はにこりと秋子さんのマネ?をして階段を下りていった。

「ふぅっ――」

「それじゃ、祐一くん。 ボクの部屋で弾劾裁判を開こうよ♪」
 




あゆの部屋へ通されると、どういうわけか、あゆにお菓子をもらった。
 プリッツはちょっと塩が聞いていて美味しい。

 何気に渡されたワッフルも小さかったから一口で――。

「おい、それで、目的はなんだ? あゆ」

「祐一くんのスケベってところ?」

「――」

「と、それはいいんだよ。 もう。 あのさ、実は相談に乗ってもらいたかったんだ」

「んっ――?」

 がさごそ、あゆは紙袋に収められた書籍の山を俺に突き出す。
 全て、参考書である――。

「どうしたんだよ、コレ」

 へへ、とあゆは頭をかいて笑った。
 ふいに、あゆが走り去って行ったあの姿が俺の脳裏を過ぎる。

「ボク、高校に行きたいんだ。 もちろん、夜間になると思うけど。
 それで――祐一くんに、まずどれから始めるか、選んでもらいたかったんだ」

「……そうか」

 正直、今の気持ちは唐突なだけに複雑だ。
 選ぶ――ねぇ、どうしたらいいんだよ、ったく解らないな。

 有耶無耶に俺は一冊の参考書を引き抜いた。

”高校英語上級編”と、それにはプリントされている――待て。

「あゆ、コレはお前の次元では無理な話だぞ?」

「えっ?」

「ちなみにどうやって選んだ?」

「う〜ん、オススメの教科書、ってかかれているやつから……テヘッ」

 


「あゆ――明日、俺と本屋に行くか」

 下から、御飯だと告げる真琴の声がした。





満腹になった腹をさすると、結構今日の料理はボリュームがあったなと思えた。
 ハンバーグをぼろぼろ零しながらも、みちるはウマそうに夕飯を食べ、そして床に就いた。

 ……はずだった。

 
「みちる、ここで寝ていい?」

「――はぁ? どうかしたか? まぁったく構わないが」

「うんっ、ありがとう」

 みちるは俺の部屋にやってきた。
 それは、名雪が寝付いたころだから、ドラマのゴールデンタイムくらいか。

「で、秋子さんの部屋で寝るはずじゃなかったのか?」

「やだ」

「はっ?」

「やだったらやだーーーーーー! みちるは祐一の部屋でねるったら寝るの!」

 宥めようとしたら、駄々こねられて俺はびっくりだ。
 ……確か、俺ってみちると仲悪かったはずでは?

「ま、いいか、ベッドと床、どっちがいい?」

「どっちでもいい!」

 ……みちるは笑いながら力説する。
 といっても、床に寝せるのは悪いから、みちるをベッドへ寝かせ、
 俺は床に雑魚寝することにした――。