――明後日から学校か。
そんなことを考えているとどうも物足りない感じがしてならない。
季節――春休みはとても短い。 だからだろう。
ヒュルルルル――と吹いた春の突風に桜の幹は揺れた。
流される――そう思い、俺は大慌てでバスケットに手を伸ばす。
……拍子でバスケットがあいてしまった。
「うわっ――」
中身が弁当だったら買出しにはいかないよな――。
ふわっと、柔らかい感触を感じた。
「んっ――」
訂正、少しごわごわしている……ぬいぐるみ?
「――まさか、な」
記憶に過ぎったぬいぐるみ、といえばあゆのぬいぐるみと、そして観鈴にやったぬいぐるみくらいだ。
観鈴が持ってきた――となれば俺にはそれしか思い当たらなかった。
「あーっ、噂をすれば、だよ〜〜」
「ゆ、祐一さん、わっ、わっ、やめて〜〜」
ばしっ、と観鈴は勢いよく俺からバスケットを奪い取ってしまい、結局中身はわからずじまいだった。
「も、もぅっ――祐一さんに任せたら危なくてしょうがないよ、ね……」
「うんうん、わたしもそうおもう」
「なぁ――俺、ってもしかして、信用されてい無いのか?」
「……どうだろうね〜」
「にはは、みすずちんわからない」
「祐一く〜ん、射的やろうよぉ〜」
「んーっ、俺はあそこでくじ引きがやりたいんだが……その意見は?」
「もちろん、却下だよ〜」
両手で×をつくった佳乃に俺の夢はなんなく崩された。
「もう、どうして祐一さんが勝手なことするかなぁー」
余程、持ってきたバスケットの中身が大事なものだったらしい。
なんというか少しあせったあとの余韻を残し、観鈴は俺を追い払った。
何故か佳乃も一緒に来る事になる。 まぁ、その辺はいいとして……。
ぱぁん☆
「へったくそー」
「ぬっ、ぬぅ〜ライフルさんが悪いんだよー」
「いいや、お前が下手なんだよ」
「こ、今度こそ〜」
ぱぁん☆
「ぶー、悔しいなぁ〜」
「はぁー、そんなにいじける事ないじゃないか……」
「だってー、だってー」
「まぁ、まぁ……」
ぴたりっ、と佳乃は歩くのをやめた。
「どうしたんだ? 佳乃」
「そういえば、祐一くんって、観鈴ちゃんのことどう思ってるのかな〜って。
今、思い出したんだよ」
「はぁ?」
何を言い出すかと思えば随分と恥ずかしいことを……?
やはり、佳乃も年頃の女の子、色恋のひとつくらい考える。
他人のことだってきになる、ってことか?
――で、俺は観鈴のことをどう思ってるんだ?
「ねぇ、ここなら聞こえないよ」
「……お前は、そんなこと思い出しながら射的を?」
「うんっ、そうだよー」
「……はぁー、観鈴のことか? ”ばか”だと思ってるよ」
「ふ〜ん、じゃ、わたしは?」
「”ばか”」
キシシ……と口元を押さえ、笑いをかみ殺しながら俺は答えてやった。
森は、進めば進むほど、深みをまして、土と雑木を踏むと小気味のいい音がした。
ぱきっ――ぱき。
「――ここは、どこだ?」
錯覚、というやつだろうか? 夏の日差しが森閑とした森に差し込まれ、
静粛を保つ、という中でここは僅かに蒸し暑い。
風があまり感じられないようにすら思えた。
俺は、そこを彷徨う。
「……佳乃と祭りに参加していたはずなんだが」
そして、観鈴のもとへ戻るところだったのだが――。
「そうだ、佳乃はどうした?」
俺は周囲を見回してみるも見当たるはずもなく、より孤独感に浸る。
沈んでしまいそうな嫌なじめつき――前触れのなく風が吹いた。
「……」
そして、目の前に灯りが点された。
きぃぃぃぃぃぃぃ……ん。
「――佳乃?」
「えっ――?」
とぼけたように佳乃は振舞った。
「……はっ? なに言ってるんだ? 冗談はよせ。
お前、霧島 佳乃だろ?」
「――、うん。 嘘みたい。 本当に、来てくれたんだぁ……」
口元をつぐんで、少し照れたように俯き、ちらちらと俺をみる佳乃に絶句する。
ここが暑っ苦しいからじゃない。 確かに息もできないくらいに夏なのだが。
「……さっぱりわからん」
佳乃は小さかった。 ――見た目、10歳くらいだろうか?
「祐一くん、来てくれたの、嬉しいよ〜」
「……はぁ?」
「嬉しい、嬉しい。 飛び跳ねちゃいたいよ」
道を歩く。
なんていうかすっげー長く感じる森の中を。
「祐一くん」
すっと、佳乃は俺に手を伸ばす。
しぃんっ――。
「むっ、何か痒いな。 蚊、か?」
「……」
「……、や、すまん」
どうやら佳乃?は緊張しているのか汗がじんわり、と伝わってくる。
俺はその手を握り返すと、佳乃ははっと一瞬震えた。
「どうかしたか?」
「ううんっ、何でもないよ。 あのね、お母さんがそうめん作って待ってくれてるんだよ。
一緒に行こうよ」
「――」
ウエイト。 プリーズ。
さすがにそれは倫理観に引っかかりそうな気がするぞ。
傍からみればロリコン。 変態さん扱いだった。
少なくても、今の俺にはそう感じられた。
「?」
そういえば、佳乃、背伸びたか?
さっき小さいって確認したばかり――!!
「嘘だろ――」
俺は思わず、絶句した。 背が縮んでいる……。
自分の肌に思った異常に弾力があるのを感じた。
体もなんだか運動、というよりも遊びで培ったような調子のよさ。
この体は子供の証拠だろう――。 ぷかぷかと浮かぶような面持ち。
それは俺が小さくなった(子供)だということを照明している。
「ったくなんなんだよ……」
「? どうしたの、祐一くん」
「へっ、ああ、そのな、ちょっと自体に困惑だ。
だってさ、ほら、体が――」
「昨日は、お姉ちゃんに牛乳飲まされて大変だったねぇ〜」
……?
「んっ――ああ、そ、そうだね」
俺が昨日お前の家で食べたのはそうめんのはずだ……おかしい。
一応、確認を取っておこう、と俺は佳乃にたずねてみた。
「なぁ、佳乃――今、何月だ?」
「え〜? 今、8月だよ〜」
・・・・・・。
目が、大きく驚いて、凝然、と佳乃をみてしまったから、佳乃は思わず困った顔をしている。
困っているのは俺だ。 驚いているのだから。
森を駆け抜ける――。 佳乃の手を離さずに。
佳乃が、何か言っていたようだけど、ちっとも聞こえなかった。
そして――……俺は、その景色をみてようやく現実を把握した。
ただ、広い神社の境内に……何も無い境内に、俺と佳乃は踊りでたのだ。
不思議だ。 だというのに俺は驚けどちっともあせらない。
むしろ余裕。
佳乃を見返すと、佳乃は呼吸を整えるため、大きく深呼吸をしていた。
「なぁ、佳乃――」
「ちょ、ちょっと疲れたよ〜」
「あのっ、すまなかった」
「別に、気にしなくてもいいよ〜」
「あ、佳乃お帰り……そして相沢くん、今日も来たな」
「ハイ、お邪魔します」
「うむ、何時もながら礼儀正しいねぇ。 お姉ちゃんそういうの好きだぞ」
「ありがとうございます」
「そして、いっつもソレを真に受けない――生来が不安だ」
……セーラー服で俺達を迎えた聖さんは今とあまり変わらない感じがした。
聖さんはしいていうなら今より少し気さく。
若いからかもしれない。
そんな聖さんに迎え入れられるがまま、俺は佳乃に背中を押され霧島家へと入った。
ここもちょっとした病院のようだ。 相変わらず変わらない薬臭がした。
「さて、佳乃、祐一くんを2階へ通しておいて。
私は後から向うから」
「了解だよ〜」
タタタタタタ……タンッ♪
「さ、祐一くんお姉ちゃんの部屋で待っててね」
「んっ――ああっ」
俺は聖さんの部屋へと通される。 ふと、疑問に思ったのは……よしておく。
タンスとかクローゼットとか学習机とか、余りにも普通。
本当に簡素な部屋だ。
聖さんの部屋には雑感は感じられない。
バタンッ――。
「フフッ、お待たせ。 相沢くん」
「ハイッ――ぐっ」
瓶入りの牛乳をところ狭しと連ねたお盆を抱え、聖さんは入って来た。
満面の殊勝な笑みを零しながら――。
「さっ、一杯酌み交わそうか。
君が身長を伸ばしたいとうるさいからついつい買い込んでしまったよ。」
――うそつけ。
「フフッ、まぁ、建前はよしとしよう。 ほら、1本飲み給え」
「はい……」
恐る恐る牛乳を一瓶とる。
「そういえば、佳乃は?」
「――私のグチを聞くのに、佳乃は必要かな?」
「へっ?」
「――なぁ、君は本当に、相沢くんか?」
「え、ああ、正真正銘の相沢 祐一ですけど……」
「達観しすぎている――私は一応、非科学は信じないが否定はしないぞ。
君は一日にして、精神年齢をいくつも通り超えられるというのかい?」
「へっ――?」
「……ま、冗談だ」
ぐぃっ――聖さんは牛乳を一気に飲み干した。
ごくごく。
ごくごく。
ごくごく。
ごくごく。
ごくごく。
「ぷはぁ〜……は、腹がい、痛い……」
「ふん、飲みすぎさ。 さぁて、相沢くん、もう一杯飲むかい?」
ぶんぶんっ、と俺は首を振り、聖さんをみた。
なんて悪戯っぽい笑い方をするんだ――。
かなり不平がいいたくもなる。
聖さんはふぅ――と一口口に含んだ。
そして俺を見た。
「飲みたいか?」
「いらない――です」
「本当に、君はつまらない子供だなぁ。 と、そんなことはどうでもいい。
相沢くん。 今日は、佳乃を迎えに行ってくれてありがとう」
「……?」
「口約束をしただろう? 昨日」
記憶に無いが何故かそんな記憶があるような不思議な懐かしさに俺はは襲われる。
ああ、そんなこともあったか……?
「ふぅ――。 そんな拍子抜けな顔をしないでくれ。
一応、約束をしたんだからな――」
「――……あぁ」
「さっ、一息ついたところで佳乃をつれてこよう。
今日も人生ゲームだ。
相沢くん、何時もどおり金をじゃんじゃん散在してくれたまえ。
ちなみに、私は特例で佳乃と結婚ができるシステムは継承済みだよ」
言い終えると聖さんは佳乃を呼ぶために部屋から出て行った。
――佳乃っ!! という聖さんの悲鳴じみた声が聞こえたのはそれから直ぐ後のことだった。