「どうしたんですかっ!? 聖さん」

「――いない」

「えっ?」

「佳乃がいないんだ……」

 見開かれた部屋は余りにも殺伐とした筒抜け。 伽藍という感じだった。
 無地というよりは、何も無いというのが相応しいだろう。

 ……少し頭が痛い。

 俺は頭をさすってみた。

「っ――血?」

「……額、切ってるじゃないか。 ――下へ行こう。 話がしたい」

 俺は流されるように、頷いた。 場の空気に、そして聖さんの顔に。


 どくどくっ、と額から流れる血に聖さんは濡れたハンカチを当て、消毒を施す。
 うむっ、さすが医者。 この時からそれなりに手筈は持っていたのだ。
 施されると、しみはしたものの、傷は浅いらしい。 縫うまでも無いということだ。

「ま、カット板貼っておこうか」

 ペタッ。

「……」

「……フフッ、どうした、深刻な顔をしてしまって」

「聖さん。 俺、夢をみたんですよ」

「どんな夢だい?」
 
 俺はこの前見た夢を聖さんに話した。 聖さんは眉間に皺が寄せ、マジで考えてるようだ。
 
「……その話、本当なんだよ」

「えっ? どういうこと、ですか」

「――母親が死んだ以降の私と佳乃の接し方、というべきか? ソレだ」

「…………聞いちゃまずかった、ですか?」

 聖さんは表情を曇らせるも、喋るのをやめなかった。

「佳乃は、多分、母親の所へ行ったんだ。 あの神社の奥に、母親の墓がある」

「そんな、寺じゃあるまいし……」

「正確には、その、奥にあるウチの土地だ。 ――そういう家系だったらしい。
最近、私も父親に聞かされるまでにわかに信じられなかった。
春にはそういう意味合いも込めて鎮魂祭と称し、祭りを開くのが慣わしだ」

「――っ!!!!!」

 驚かずに居られるはずが無かった。
 あの、祭りは、だとすると佳乃の家系、もといそれに相当する神? あるいはその系統。
 彼らへの貢ぎだというのか――。

「トラウマみたいなものだよ。 あの子は、母親が死んだことを受け入れられてい無い。
 ――さて、行こうか。 佳乃を迎えに」

「いいんですか? そんなことして」

「なに、佳乃は私の妹だ。 ――鬼籍に入るにはまだ早い」
 





「佳乃のこと、相沢くんはどう思っているのか、聞いておこうか?」

「……バカ、ですかね」

「フッ――、相沢くん、バカな子をほど可愛いというが、それと同義かい?」

「……違いますって、ただ」

「別にいいさ。 私は聞いておきたかっただけだ」

 さっき歩いてきた坂道を俺は逆戻り。 今度のパートナーは聖さんだ。
 よりによって佳乃を迎えにいくっていうニクい設定。

 ……子供の体ってのは石段がきつい。

「よっと――」

「遅いぞ、相沢くん」

「でもですね……」

「私が遅いといったら遅いんだよ。 早く上れ」

 と、聖さんに罵られるんだかからかわれるんだか判らない感じは続いた。
 ただながーーーく感じる距離もあっという間についてしまう気がする。

 人が感じるよりもずぅっと早く。 音と光の差程に――。
 
 気がつけば額に痛みは無かった。


「さ、この森を抜ければ佳乃は居る――相沢くん、行くぞ」

「ああっ――ハイ」

 何故だか緊張した。

 ごくりっ――。

 さっきの清涼感はどこへやら、なんだか重圧にもにた重苦しさ。
 その中を俺と聖さんは歩く……。

「森を抜けると、きっと佳乃はいるんですか?」

「ああっ、そうだ。 佳乃――は居る」

「確信の程は?」

「100%だよ――」

「……っ」

 真摯な聖さんの横顔にちょっと俺は緊張を覚えた――。
 張り詰めた状況――余裕は聖さんには無いはず。
 だけど余裕を強引に作って行動しているという印象を俺は受けた。

 そして、森を抜ける――。

 確かに、佳乃は佇んでいた。

「佳乃っ」

 聖さんの声に、佳乃は振り向く、そして……佳乃が手をかざすと、自体は変わった。

「なっ!!?」

 どっ

 どっ

 どっ――!!!

 突然起こった地震。 そしてぽかんっ、と空洞になった地面――。

「聖さんっ、あ、危ないっ!!」
 
 咄嗟に俺は聖さんを突き飛ばした。
 


 地面が緑色から赤褐色変わっていく。

――どしんっ!!

「痛っ〜〜〜〜」

 隆々と盛りあがった土の上に俺は叩きつけられた。







「って〜〜〜〜っ!!!」

「わっ、わっ、わっ〜〜〜」

 がばっ――……?

「アレ?」

「び、びっくりしたよ〜。 祐一くん、突然倒れたんだよぉ〜……」

「……へっ?」

 な、なんだって? 俺は頬を、髪を触って確かめた。
 そして、腕を抓って――……。

「痛ぇ。 ゆ、夢じゃない――戻ってきたのか?」

 推測するに、そうなる。 なんていうか凄まじく後味が悪い戻り方。
 一体、あの後、俺はどうなった? 落ちて〜〜。
 ズキンッ……。

「ま、まだ動かない方がいいよ。 ほらっ、じっとしていてよ……。
 観鈴ちゃん、もう少しでこっちに来るから」

「あ、ああ」

 ぺとっと額に冷たい感覚を感じたのはその時だ。
 佳乃を観る……バンダナが、無い。

 俺は額に手を伸ばした。

「あっ――」

「……。 これ、バンダナじゃないか。 今まで、外したとこ見たこと無い。
どうして――?」

「うんっ〜、解らないよぉ。 だって、祐一くんが倒れたから、冷やすもの、って
 はは、必死になってたから忘れちゃった」

 そう、照れてはにかむ仕草――明らかに嘘をついていた。
 打ち明けるべきか? あれが偽りか、というのは他所にして……。
 俺は、佳乃を知っていた事になる。 そういう繋がりがあったらしいのだが。

 それが今の俺の状況をより一層ややっこしくしていた。

「えっ、へへ」

「……」

 観鈴、はやく、こい……。




○



「か、佳乃っ――?」

 俺は取り合えず無事だ。 這い上がらなくては、と思う。
 だから起き上がった。 ただの落とし穴程度の距離手を伸ばせば届く。

「よっと――」

 視界に広がるグリーンは眩しい。
 
「大丈夫かい?」

「うっ、まぁ、平気です」

 ぐぃっ、とひっぱられるがまま俺は地上へ躍り出た。

「あれ、佳乃は?」

「んっ――走っていった」

「追っかけなかったんですか?」

 聖さんは溜息を吐いた。

「君は私を随分薄情な人間と見ているらしいね。 私はそんなに薄情に見えるか?」

「そ、それはー……も、勿論見えません」

 ふぅん、訝しげに、明らかに不審そうに腕くみし聖さんは唸っていた。

 取り合えず、佳乃を探さないとな――。
 佳乃は近くにいる。 何となく俺はそんな予感がして、聖さんを無視して走り出した。

 探す――んじゃなくて、迎えに行く。

 



――約束だよ? ほんとに、ほんとに約束だよぉ〜。

 ここは、かのりんと祐一くんしかしらないヒミツの場所なんだから〜……。
 
「それじゃ、2手に別れて探しましょう」

「ああっ、30分したらまたここに集合しようか?」

「はいっ」

 ――約束だよぉ〜……。

 ……はにかみつつ、俺は聖さんに嘘をついた。


 記憶――そう、これは記憶だ。 俺の回想の迷路。
 どうして佳乃と聖さんのその光景を知っているか。 それは俺が聖さんから聞いたから。
 どうして、夢を見たか――デジャヴュなんかじゃない。
 
 俺は佳乃のことを知っていた。 大事な親友だったから――。


 初夏――この町に俺は母親方の祖母の危篤で越してきた。
 白波と夜になると心地よい潮騒、そして緑豊かなこの町に……。

 秋子さんも、何度かここへ足を運んだから、聞けばきっと知っているはずだ。
 佳乃と会えば、きっと思い出すはずだ。 …………。

 
 森をもうダッシュで奔りぬけ、石段をばたつきながら一気に降りた。
 少しわき道に逸れると雑木林に躍り出て、そこに人が1人通れるくらいの道がある。

 俺と佳乃だけのひと夏の約束の場所へ――俺は走った。


「……はぁ、はぁ、。 佳乃」

「ひっく……ひっく……ゆういちくん、ごめんなさい。 ごめんなさい」

「――」
 
 佳乃は不思議だ。 そして――今の俺には何もできない。
 だから、ただ佳乃に歩み寄ると、なでてやった――。

「お前は、多分、何にも悪くないんじゃないか?」

「そんなこと、ないよぉ……お姉ちゃんが来るのが恐かったから、また怒られると思ったから」

「――心配してくれてるんだろ? 俺だって、怒るときは怒るし」

「ひっくっ」

 ぽろぽろ……。 佳乃の頬を涙が伝った。

 もういいじゃないか、と俺は思う。

「そばに、居てやるよ」

「ひっく……本当?」

「・・・・・、」

 ――ちょっと待て。

 俺は話してない。 俺は――……――。


 


「ゆ う い ち さ ぁ んんんんんんんんっ!!!! お昼食べようよぉぉぉ!!」