「ふぁ〜あ」

 ――なんて穏やかな朝だろう。 麗らかな日差しが眩しくて開放的になりそうな予感。

「よし、まずは上着から――」

 俺はお気に入りの曲を口ずさみながら一枚、上着を脱いだ。
 窓を開け放ったから、レースのカーテンが風に揺れている。 

 俺を包み込むかのように風は寝汗を冷やしてくれた。
 少し寒いくらいで丁度いい。 下はキッチンの余熱でこの部屋より暑いんだ。

 と、と、と……


 なに、するんだったけ。

「そうだ、着替えるんだっけ」

 朝方から、俺は何だかテンションがハイだ。
 ま、理由は言うまでもないんだけどな。 いや、そうでもない?
 
 どうなんだろうか? 実際さっぱりだが……。

「あああっ、もう、朝から何考えてんだよ、俺は――」

 今日は、かなり久しぶりに昔なじみの佳乃とその辺を散策に行く。
 まぁ、観鈴の時にやったんだけど――佳乃は学校を知っている。
 外で会ったのは2度とも学校だった。

「じゃ、学校はパスとして、まずは商店街から案内するべきか」

 そんなことを思いながら適当なTシャツに身を包む。
 

 意気揚々と俺は階段を駆け降りた。
 








「従兄のデートの日ってなるとさすがに、わたしも張り切っちゃうよ〜」

 ……最近、名雪が怖くなってきた。
 活き活きとした顔はなんていうか見ていて新鮮なのだが正直凄く……だ。

 階段を下りると、そこは修羅場だった。
 修羅場といってもいろいろあるだろう。 そこは名雪の独壇場と言う名の修羅場だ。

 秋子さんも隠居よろしくにソファーから俺に熱いメッセージを送っている。
 あゆはテレビを見ているし、真琴は昨日買った雑誌を熱読中。


 ぽんっと、名雪は俺の肩を叩いた。

「ふふっ、隠す事なかったのにねぇ〜」

「――隠していたんじゃないし、別に俺と佳乃はそういう仲じゃないぞ」

 俺はうんざりする。

「だぁ〜め☆」

 ぽんっ、と名雪は俺の背中を押した。
 そして、身を翻して見せた。

「へへへっ、今日は入学式なんだよ〜。 わたし部長さんだから、
 最高のお仕事をしなくっちゃ。 どう? 似合う?」

「名雪さん、なんて格好なさってるんですか」

 今、ようやく気がついた。 名雪は赤ブルマーに体操着という典型的な時代錯誤なのだ。
 スパッツでもいいはずなのに、である。

「――それにエプロンつけてるってどういう神経だよ」

「え〜っ、だって柚木さんがこの格好はイケるって――」

「あの、アマ」

 ちょっと殺意を覚えつつ、名雪をたしなめる。 頬が緩んだ。
 鼻の下が延びた。

「わっ――そんなに観ないでよ。 照れちゃうよ」

――この、天然。

 俺は親しみを込めてそう思った。

 名雪はやっぱりいいやつだと思うのだが、抜けてるんだよなぁ〜。


「さ、てじゃ、名雪の飯くって俺も出かけることにするかな」

「うんっ、わたしも着替えてくるよ」

 タタタっ――と名雪は2階へ向う。
 
「あらあら、支度も中途半端に……ごめんなさいね、祐一さん」

「ああ、は、はい。 これくらい自分で出来ますんで」

 フフッ、と秋子さんは笑う。

「祐一くんっ! ボク、今度は失敗しないからね」

「だったら示唆するなボケ」

「うぐぅ〜」

 ……で、真琴は……あ、今こっちみた。



「「「「いただきま〜す」」」」





佳乃の家、つまり霧島診療所まで、俺は自転車で向うことにした。

 揺れる洗濯物とか、流れる雲とか、煩わしい信号機の点滅とか……。
 今、流動的なものたちは活動の最中だ。

「祐一〜ヘマしちゃだめだよ〜」

 ……後ろで名雪はそうのたまう。

 
 何を隠そう、着替えに時間がなかった名雪は俺に頼ってきた。
 学校まで名雪を運ぶ――という旨を聖さんに連絡する。

『ほぅ――相沢くん、君が佳乃を誘い出すとは例外だったが、
 その上、他の女性にまで手をのばしていたとは』

 滅相もない。 というか俺の周りはどうしてこうてんぱった人たちばっかなんだ。 

 その内、寄り合いの場を設けようかな。



「祐一、ありがとね。 初々しい新入生をがっちりゲットしてくるから〜」

 そういって名雪は去っていく。 見送り完了だ。
 では――急ごうか。



「あれ〜、祐一さんじゃないですか〜」

 …………。

「 佐祐理さん、なんでここに?」

「実はですね〜、佐祐理、久瀬さんに頼まれてしまって〜」

 むかっ。

「待てって、どうして、久瀬が出てくるんだ? あいつは――」

 そう、久瀬は既にこの学校にはいないのだ。
 どこへいったのか? どうして名前が浮き上がるのか?
 
「知らないんですか?」

 とぼけた、ではなく真面目にふんわかとした顔で佐祐理さんは続けた。

 意外な真実だ。

「久瀬さんには年下の妹さんがいらっしゃるんですよ〜」

「――で、久瀬は?」

「久瀬さん、確か日本にうんざりして外国に留学しました」

 なんだって〜〜〜〜。

 取り合えず、久瀬の妹の顔が見てみたいな、なんて思って、思いっきり口走った俺は成り行きで入学式に参列するはめに――。







「それで、君が噂の祐一くんなわけね」

 久瀬妹は俺を一蹴した。
 正直、口調が、久瀬のソレとは違う。 一言一句が洗脳的。
 やば――と思わず俺は体育館を後にした。

「祐一さ〜ん」

「ああ、佐祐理さん」

 ちょうど、ベンチに腰を掛けていると式を終えた佐祐理さんがコーヒーを持ってやってくる。

「ていうか、何で参列者に佐祐理さんが居るわけ?」

「久瀬 好さんは今、ご家族の都合で佐祐理の家に居候しているんですよ。
 何だか、色々と忙しいみたいでして――」

「ああっ――そう」

「それじゃ、佐祐理は帰ります。 舞が待ってますから〜」 
 
「あっ、いい加減、俺も行かなくっちゃな」

 駐輪所においてある自転車のことを思い出し、俺は佐祐理さんとここで別れた。



「待たせたな。 佳乃」

 と、俺は聖さんに言ってみた。

「相沢くん、あまりふざけると、佳乃は貸さんぞ」

「了承しました」

 びしっと俺は額に手を押し当てた。

 佳乃はまだ着替え中だそうで、聖さんが立ち往生している。
 というわけか――。

「残念、とか思うなよ?」

「思いません」

 俺は真っ向否定する。
 と、聖さんは殊勝な笑みを零した。




「おっっ待たせ〜〜〜だよ〜〜〜」

「あ、佳乃、かなり待ったぞ」

 待つこと3分、カップラーメンみたいに佳乃は現れた。
 服装は可愛らしい、という感じだろう。
 ちょっと実年齢より若く見えそうである――。

「うん、下手すると、小学生にみえちゃうくらい可愛いよ、佳乃」

 聖さん、それ、褒め言葉になってないし。 






「うぅー、祐一くんと2人っきりなんて何年ぶりだろうね〜」

「さぁ――な」

 ちょっとそっけない。

「ぶー、祐一くんがそっけないよぉ」

「仕方ないだろ? 第一、佳乃が商店街ルートを外すんだから、
 俺の計画が台無しだ」

 くすりっと佳乃は笑みを零した。

「なんで?」

「はぁ?」

 正直、尋ねられる、とは思っていなかったため質問に窮した。
 俺が口を噤むと、佳乃の口元は歳相応に緩む。

「佳乃――その、なんだ? 一応、俺も道案内をする以上は、
 基本から、なぁ?」

「へへ、ホントかなぁ〜」

「ホントだよ」

――やれやれ。

 俺は困って、小さく溜息をはいた。

「さ、公園にいこっ。 かのりん探検隊しゅつげきーっ!!」

 佳乃の後ろには気がつけばぽてとも着いてきていた。



 公園の緑は季節によって変化する。 今はその緑が一番淡い季節だ。
 優しい色合いのレンガの地面はこの季節には均等でむしろ、バランスが悪く感じた。

 すーはぁ……。

 呼吸した息は、さすがに春。 少し、生暖かかった。

「祐一くん。 まずは、噴水を見に行こう。
 わたし、噴水みたことないよぉー」

「その歳で、か?」

 余程、不遇だなぁ〜、と俺は感じていた。
 確かにあの町は、噴水というよりは小川のセセラギとかのほうが似合いそう。



 俺の歩調は噴水前で激しく後退した。
 キャンパスに向って絵を描いている、ベレー帽を被ったそいつを見てしまったから。

「さ、佳乃、噴水はおなか一杯だ。 次はどこへいく?」



「ああっ、被写体なんですから、祐一さん、逃げないでくださいね」

 クロッキーを走らせる栞……。

「驚いたぞ」

「フッ、祐一さん、わたしを出し抜こうなんて10年早いですぅ」

 できれば、最初から最後までセリフのバランスを均等にしてくれ、と俺は思った。






かちっ――。

 栞は動くな、と俺と佳乃に命令するから、俺、動けない……。
 かちかち……とざっと10分俺と佳乃は欠伸ひとつできないままだ。

「んふふ〜、佳乃さん、びっくりです。 わたしの芸術にびっくり仰天してください」

「むっ、中々の地震だね。 祐一くん」

 なぜか、佳乃の口調に勢いがある。 
 対抗意識が芽生えたのだろうか? まぁいい。

「いやな、あいつはああやってデッサンするのが好きなんだ。
 あるいは、芸術。 あいつを評価する一言はひとつ――印象派」

 キッ――。

 今、栞はかなりマジで俺を睨んでいた。 一瞬、目配せ程度に。

「……。 やれやれ」

「フフッ、待つことも、いいことだと思うけど――退屈だよぉ〜」

「まったく……首を動かさないで話すってきついな、佳乃」

「うえ〜ん」

 うそ泣きまでして嘆く佳乃。
 解る、その気持ちは限りなく解った。

 だって、噴水前で走る2人とかいうタイトルでクラウチングポーズをなわけだ。
 目配せすら容易じゃない。
 


「はぁ〜、ちょこちょこ動くから余計に時間がかかっちゃいました。
 さ、祐一さん、できました。 もういいですよ」

「あ、ああ」

 どさり、と俺は地面に臥した。
 佳乃、以下同文。



「で、どんなもの――、ああ、これは茶色いな」

「ふふっ、クロッキーなんだから当然です。 それで、他に感想は?」

「……」

 ノーコメント。

「悪くないよぉ〜。 でもね、みんな、笑っていたわけじゃないし、
 空は全部茶色では表現できないよね」

 ――茶色、茶色、茶色……。 空を茶色で塗るなよ。

「あぁ、確かに、そうです」

 栞は口を閉ざし、考えた素振り。

「――」

「はぁー、でも嬉しいです。 お姉ちゃんも最近は感想くれないんですぅ。
 祐一さん、お姉ちゃんに変なこと、含まないでくださいね」

「はいはい」

「で、佳乃さんは、祐一さんのなんなんですか?
 祐一さんはわたしの運命の人――で、ではなくて……」

 今、お前、何口走った……?

「あ、あれれ?」

 栞は茹蛸になって固まってしまった。

「まっ、いいたいことがあるなら俺のクラスに来い。
 話くらい聞いてやるぞ、栞」

「えっ? いいんですか?」

「遠慮する理由、無いだろ。 それに、むしろ、俺もお前に合いたい時とかあるしな」

 俺は笑いながら言った。

「ね、祐一くんいいの?」

「 別に――いいんじゃないか?」

 栞は噴水前で固まっている。 にへらっと余程嬉しかったらしく口元を緩め。
 さすがに、失言に俺は後悔した。



「さ、次はどこへ行きたい?」

「えーっと、祐一くんオススメの喫茶店とかあるかなぁ?」

「あるぞ?」
 




 俺が、まさか佳乃を案内するためにここに入る、なんて思いもしなかった。
 そういえば、北川にはここで駄弁って以来あっていない。

 メールのやりとりはしているのだが、何でも暫くローマの方へ行っていたとか。
 何してるんだ? あいつは……。

 ちょっとアイツのことを漠然とつかめない事を思い出すも、いいだろう。


「いらっしゃいませー」


 元気のよい若くて美人なウエイトレスさんに案内され、俺と佳乃は窓際の席を陣取った。
 ……ここからだと、街を行き交う人がよく見える。

「さて、と。 佳乃、何頼む?」

「むっ、むっ、むぅ〜〜〜」

 佳乃はメニューが気に入ったのか、熱心に眺めている。
 穴があくのも時間の問題かな、と俺は穏やかにその光景を見つめていた。

「はぁ――わたしの家の近くの喫茶店はパフェーといえばチョコレートだったのに」

 しんみりとする事を行ってくれる。

「さて、と俺はブレンドな。 佳乃は?」

「ブレンド……祐一くんってコーヒーは無糖かな?」

「ああっ。 だからって真似する必要も無い。 むしろ、パフェといって時点でお前には無理な世界だよ……無糖はな」

 ちょっと皮肉を混ぜて、俺は語る。
 佳乃は納得したように頷いて、大人しくイチゴサンデーを注文した。

 イチゴサンデー……。 そういえば、名雪の好物な代物だったっけ。
 ここにきて、あいつはこれ以外頼んだ記憶はないのは多分それ以外頼まないからだろう。








「ふぅー」

 コーヒーで一息つく。

 佳乃はさぞ幸せそうにイチゴサンデーを頬張っている。
 頬が少し赤いのはきっとそのせいだ。
 感動すると気持ちが良くなるからな……。

 佳乃は単純にあまいものがすきなのだろう。
 名雪のようにイチゴサンデーが好きで堪らないというわけではなく。

「……祐一くん、もしかして、食べたいのかな?」

「いや、別に? ただ、嬉しそうだなーと思った」

「ふーん」

 俺はカップを口元に当てた。

 じぃ――。

「安心しろ、佳乃。 コーヒーを飲んでも幸せそうな顔になるのは稀だ。
 むしろ、顔は落ち着いた感じになるかな」

「へぇ〜、そうなんだぁ!」

 感心したのか、目を輝かせて佳乃は何か質問したしたげな顔をする。
 勘弁して欲しい。 はったりだ。

「祐一くん! 質問だよぉ〜」

「却下」

「わわっ、そんなにすっぱりと!」

「――当たり前だ。 質問されて答える義務は俺には、ないぜ」

 イジワルっぽい顔をしてみる。
 佳乃はてへへ、と頭をかき、再びスプーンをサンデーへと伸ばした。


  
「ごっちそうさま〜。 おいしかった〜」

「……」

 待ちくたびれた。
 最後の方になって急にペースダウン。
 もったいないのか、イチゴは最後に。 アイスをちまちま食べやがる。
 こいつ、絶対俺のこと意識していなかった……はぁ。

 小さく溜息をついた俺は比較的コーヒーを飲んで落ち着いた顔をした。

「それじゃ、出るか?」

「あ、お話しようと思ってたんだった……食べるのに夢中で忘れてたよ。
 ごめんね」

 舌をちろっとだして佳乃は可愛らしげに俺に謝る。
 文句を言うきなんて更々無い。

 かくして、俺は大人だった。


 レジで佳乃に奢ってやるなんていう振る舞いをして百花屋を後にした。
 相変わらず天気はよさそうだが、少し東の方に黒い雲が見えた。

 雨、降るかもしれないなぁ〜。

「祐一くん。 ありがとう。 もう少しお話したいなぁ、と思うんだけど……暇?」

「ひまだぞ?」

「うんっ、それじゃ、家にきていいよー。 聞いてもらいたい事あるの」

 こくりっ、俺は頷いた。






 なんていうか、結構佳乃の発言って大胆だったなぁ〜と思う。
 俺も……ほら、男なわけだし。

 そんなこともあってふと佳乃に待たされている間あいつの部屋が広く感じられた。
 漠然とした――まるで空洞を見ているかのように。

「あー、緊張する」

 まずい。

「いっそこのまま窓から逃げるか……?」

 何だかこの判断も結構正しいように思えた。
 間違えがあってからでは遅い、おまけに聖さんにばれた日にはどうなる?

 考えただけでも背筋がひやっとしてきた。 

 取り合えず、ただただ今さっきの繰り返し。
 俺はきょろきょろ首をぶん回し佳乃の部屋を右往左往に眺めていた。

――ほんと、なにやってるんだろうか?

「君は犬か?」

 ドアを開け、腕を組んでいる聖さんの目は正直冷たい。
 そして、白衣が風もないのに舞うのが季節が早い怪談風味。
 なんていうんだ? 殺気立っているというかその〜〜。

「いや、そこまで動揺されると困る」

 いつのまにか帰って眉を潜め困った感じに聖さんは俺を見下ろしていた。

「あれ?」

「……佳乃が嬉しそうにお茶を沸かしているんだ」

「へぇ――良かったじゃないですか」

「ああっ、凄く嬉しいよ。 ありがとう」

「――いえ、そんなことないですって」

「そこは照れなくてもいいところだ。 あのな、相沢くん。
 君がどうなったかは知らないが佳乃は佳乃で繊細なんだよ。
 あまり――悲しませないでくれよ」

「えっ」

「それだけさ。 まっ、後は野となれ山となれ。 じゃあごゆっくり」

 聖さんは昔と余り変わらない。
 去り際のセリフのイントネーション、最後の方がかなりきつめであった。
 脅しととっても不思議じゃ――ないよ、なぁ……。


「繊細かぁー」

 俺はソノ辺りよく分からないのかもしれない。
 意識したことも無いし、何時も自分の考えで動いているのだから、
 結果は後から打算的についてきた。

 それじゃ、いけないのだろうな……。
 




 ふと感傷的に佳乃を待った春のお昼時。
 










「お待たせだよ〜祐一くん」

「んっ?」

 佳乃が丸いお盆を手のひらにのせようやく部屋へとやってきた。
 くすくすっ、と笑われてしまったのは仕方が無い。
 ちょっと――ぼうっとして横になっていたんだっけ・・・・・。

「すまん。 俺どうやら眠くなったら寝てしまうらしいな」

「むぅーそれは困ったクセだねぇ〜。 克服しなくっちゃ」

 僅かに唇を尖らせたかと思えばぱぁ〜と明るくなる佳乃の表情。
 何を企んでいる。 何を……。
 とはいいつつも少し光景に微笑ましさを覚える俺がいた。

「ははッ――」

「笑わなくてもいいのに。 えっとー紅茶とお菓子なんだけれど他になにか欲しい?」

「あ、いらない。 むしろ話をするんなら食べ物が無い方が」

「わわッ、ダメだよ〜。 わたし緊張しちゃいそう」

 へっ? と俺は戸惑う。

「何言ってるんだよ。 ったく、話をするだけだろう?」

「――そう、だよねぇ」

 ほっと胸を撫で下ろすと佳乃はベッドに軽く腰掛けた。
 
 佳乃の膝元くらいの高さがあるガラステーブルに置かれた緑茶は透明で濁りが少ない。
 それと、香りがとてもよく匂いをかぐだけで気持ちが安らぎそうだ。
 よって、俺は早速緑茶を一口口に含むとふぅーと息を吐いた。

 ……潤う。

「うぅ、祐一くんが悦に浸ってるよぉ。 ちょっと気色が……」

「失礼な! 俺にだってわびさびの心得えくらいあるってものだぞ。
 ――そういえば、昔もこういうふうにふざけたっけなぁ〜」

 ふと、思い出した。

「え〜っと、祐一くんはいつもふざけてたような気がするよ……。
 秋子さんや叔母さんを困らせてたの覚えてるもん」

「むぅッ――重箱をつつくようなネタを出すなよ?」

「うーんっと、そうだ! 一度、あの神社に隠れて夜中まで帰ってこなかったこと覚えてる?」

「ぐわっ――」

 な、なんてことをっ!
 
「えっと〜それから……」





「もう、勘弁してくれ」

 数分後、俺はあっさり白旗を揚げた。 








さすがに応えた……っ。

 俺は肩をすくめ、少しふらつく足取りで2階の階段を下りて行く。
 普段なら一段づつおりていくというのに今日は一段一段慎重だ……。
 あ〜眩暈がくらっとくるよ――口が滑るとなんていうか失笑モノ。
 かなりまいった……エンドレスにこれしか思い当たらないし。



「なんだい? 相沢くん、もう帰るのかい?」

「はい。 一応、明日から学校だし、宿題を……少し残してるんです」

 聖さんは眉を寄せ、俺を困った顔で見つめてきた。
 ……聖さんは医大出だし、頭とかいいんだろうなぁ〜。

「だったら無理に佳乃に付き合わなくても良かったんだぞ?」

「とんでもない――俺の勝手ですって。 それに宿題なんて本当に対したものじゃないし」

「なるほど」

 と、聖さんは余裕の笑みを浮かべ俺をみた。
 そしてゆっくりと階段を昇り、俺のとこまでくると”それじゃ、頑張れ”
 そう言い残し2階へと歩いて行く。
 
 佳乃の部屋に行くのだろうか? それとも自室かな?
 俺は思案しながら誰もい無い待合室を出ると霧島診療所をあとにした。




 

「……へイッ、そこのお兄さん、お1ついかがでしょう」

 商店街まで足を運んだのは昨日退院した遠野 美凪が気になったからだ。
 アンティークショップは仮の顔だという店の前で珍しく美凪が露天商をしていた。
 
「とうっ!」

「甘いわっ!」

 殺気を感じ、俺は身を捻る。 脇をみちるの足が横切った。

「わわわっ――」

「っと――」

 体制を崩すみちるの足を支え、一安心する。
 みちるはむっとしているが呵責からだろうか?

「それは、よしとして――」

「よしとするなぁ!」

「……何か買っていってください」

「あ、ああ」

「美凪まで無視するな〜〜〜〜〜〜〜〜」

  






「……ところで、どうして相沢さんがこちらにいらっしゃたのでしょうか?」

「――といわれましても俺、べっつに遠野の様子見に来たんだが」

 悪かったか? と俺が尋ねると少し間を置き、遠野は俺に微笑んだ。
 うん。 可愛いと思う。

 みちるはしょげてお家へと戻り俺と遠野は店先で相変わらず雑談をしていた。
 とはいうものの、曖昧な時間なだけに商店街の客足はそれなりに多い。
 だが、この店に立ち寄る客は幸い遠野が露店をしていることで限りなく0に近かった。

「で、何で露店なんてやってるんだ?」

「暇ですので」

「あっそ――」

「……もう1つ、質問しちゃいます」

「なんだ?」

「相沢さんは高校生ですか?」

「ああ。 見ての通り」

 といっても私服なのでどうも突っ込みがたいのだが、指摘されないので黙っておこう。
 
「…………」

「遠野?」

「……私も明日からあそこに通わせていただきます」

「ほぅ。 この辺にはあそこくらいしかないもんなぁ〜。 高校は」

「ええ」

 遠野は小さく頷いた。









 そうだ。
 明日でホントーーーに春休みは終わってしまう。
 余りにも味気なく、それでいてやたらと出会いは多かった春休み。
 よく考えたら北川とは終業式を最後に会っていないじゃあないか……。
 そういえばアイツの姉貴とおふくろさんと軽井沢だかに行くと行っていたっけ。
 なんでも知り合いの別荘に泊まるとか・・・・・・羨ましい。
 
 俺は携帯を取り出した。
 今から恨み一杯のメールを送ってやろう。 お土産は寄木細工でいいだの。
 
「フフフッ、北川、1人だけバカンスを過せるかと思ったら大間違いだぜっ!」

「――すまん、温泉饅頭じゃ不満だったかぁ!!」

「――あれ?」

 送信数秒後、コメントは俺の背後から届いた。

 心なしか爽やかが増し休暇を楽しんだ事が明白な北川は俺の背後で頭を下げる。
 手には大きめのビニールに温泉饅頭が……。
 
「相沢、すまない。 俺、多分お前のことだから食べ物の方がいいと思ったんだが」

「いや、別にほら、饅頭でも、なぁ」

「――と、それはさておき、だ。 さっき滅茶苦茶可愛い女の子そこで見つけたぜ!」

「……それは良かったなぁ」

 俺は北川の肩をぽんっと叩いた。

「ああ、やっぱり相沢だ。 この素っ気無さに俺は帰ってきた気がするよ。
 さ、行こう。 お前の部屋へ――っ!!!」

「お、おい待てって」

 ぐいぐい――やけに感情の篭った握り具合で俺は引っ張られるがまま歩く。
 
 相沢祐一、昼下がりに相沢家へと帰宅。