結構広い間取りとなっている畳のリビングで、ようやく、俺と観鈴は一息ついた。

 再開発区の住宅区域――大体その中央だろうか?
 思ったよりもデザインに固執を感じられるモダンな町並みを背景に、
 神尾家は存在した。

 周りとは浮いて、一階建て――本当に、ここだけ時代錯誤ではと思わせる母屋は、
 晴子さんのこだわりの一品らしい。

 むっ――聞けば晴子さんはデザイナーらしくこういうのには並々ならぬこだわりがあったとか。
 ・・・・・何にしろ、観鈴がいうに、前の家と変化が見られない、というあたり方、
 こだわり以前に愛着なんだろうな、と俺は勝手に締めくくった。

「ふぅ――」

 リビングの横は縁側になっている。
 変わったところは磯の香りだけらしい。新築くさいにおいもしないこの家は居心地が良かった。

 畳の床で面白みの無い昼間の再放送を見つつ、行きがけのコンビニで購入したおにぎりに手を伸ばす。

「こういうとこで食べると――風情があるのかな」

 タマゴサンドで口を汚しつつ観鈴は俺に問い掛ける。
 
「ねっ、祐一さん、風情感じる? わたしは見慣れているのがちょっと換わったくらいなんだけど」

「さぁなぁ――俺に言われても皆目見当がつかん。ここ、海じゃないし。
 実のとこどうでもいい、これが俺の見解か」

 ……俺は他人事のように返事する。 実際、他人事だが、ちょっとそっけなさすぎたかもしれない。
 愛想の無いそぶりで、俺はおにぎりを口に運んだ。

 あえて選択肢としておかかとかわかめとかいう選択肢を選んでみたが――、
 当然、無感動。縁側で寝たいなぁ、と位しか思えない。


 そんな俺を見かねたか、観鈴は席を立った。

「ちょっと、お茶、沸かしてくるね」

「――ああっ、っていうか、お茶あったのかよ。ペットボトル買っちゃったし」

「――ど、どんまい。祐一さん。熱いお茶は身も心も安らぐわけだし――にはは、」

「どうだか」
 
 フッ、と軽い笑いを漏らしつつ、俺は観鈴に背を向ける。
 ぬるいドラマでも見てやろうか、と思ったのだ。

「祐一さん、それ、見てて、楽しいかな?」

「――ああっ、せりふの一言一句を逃さず聞いていれば、多分。
 それより、お茶」

 たたたたっ――、観鈴が足早にキッチンへと向かうのを片耳で、ドラマのぬるい台詞をもう片方で、
 ちんぷんかんぷんの曖昧性に疲れつつも、とにかく気紛れ程度にそれを見ていた。


――あの、どちらさまで?

 私服警察はあまりかっこよくない。その3枚目の男は手前のポケットから、これまたへたっぴに、
 手帳をとりだす。

――警察のものです。

 ……マダムは沈黙し、数秒の間。
 マダム目を瞑る。そして、ゆっくりとコマ送りにその目が開かれた。






 俺は爆笑した。



 ちょうど、腹がよじれるほどに笑い転げている頃、観鈴はお盆に急須と湯のみを載せて、現れた。――俺を見下ろす目は少し困った様子だ。

「あのー、祐一さん、起きてくれないかな。歩きづらいんだけど」

 ……なるほど。

「これは、失敬。ま、好きなだけ俺を踏み倒して良いぞ。俺は得した気分になれるだろうし」

「……が、がお、祐一さん、ヘンタイ?」

「――お前の目を見て話してる時点で冗談だって気づいてくれよ」

 よっと俺は立ち上がると、テーブルの横に座った。

「……お粗末様」

 こぽこぽとすすがれたお茶をうけとり、俺は観鈴に例を言い、そしてお茶を口に含んだ。
――このお茶は苦くて、熱い。






と、くつろいでしまったが、そろそろお暇しなくてはならない。
 自宅からまた、水瀬家に戻る観鈴もどーかと思うのだが……この際質問は止しておこう。
 
 夕方までさっきの爆笑が響いたか、朝食の量に参ったのかしらないが、気がつけば俺は軽い睡眠をとっていた。

「んっ――。今何時だ?」

 俺は自身の懐を探り、携帯を取り出す。
 液晶には、PM4時30分としっかり明記されていた。

 もうこんな時間か――と眠い眼をこすぐりつつ、軽くあごを動かす。寝違えてたら大変だからな。
 
――特に異常なし。

 俺は軽い背伸びと欠伸をして、起き上がった。

「――なんだっ」

 俺から身4つ分、と、結構離れた位置で、観鈴も眠ってしまっていた。
 やれやれ、と自分の頭を掻くと僅かに油っぽい。結構あったかいんだな。そう思いつつ、寝ている観鈴の方を揺す振った。

「起きろ。そろそろ、家帰るぞ」

「にはは……みすずちん、寝てません、ぶい」

 寝てるじゃないか。俺はぼそり、と突っ込む。

「まっ、別にほっといても急いでるわけじゃないし、ひとまず、
 俺は湯飲みでも片付けますかね」

 別段、観鈴を起こす理由も無く、ひたすらに退屈。

 というより、観鈴の寝言聞いていると、なんだかむかつくので、という理由もあったりする。
 
 お盆を拾い上げ、空になって半乾きの茶の葉がこびりつく湯のみを取り上げると、俺はキッチンへと向かった。
 



 〜♪〜♪〜♪

「?」

 ちょうど湯のみにスポンジを当てた時だった。
 俺と、何故か舞が好んで聞くマイナーバンドの着信メロディー(栞作16和音)が鳴り響いた。

「誰だろうな――」

 俺は携帯を取り出し、開く。――秋子さんか。
 



「もしもし」

『あ、祐一?』

 何で、秋子さんの携帯で名雪が出るんだよ。俺は電源ボタンに手を伸ばした。

『もぅ!切っちゃった眼だよー』

「どうして解るんだよ」

 思わず舌打ち。
 電話越しの名雪はほくそえんでいるのは憶測にも明らかだろう。
 なんだか見透かされてるみたいで悔しかったりして――。

「なぁ、携帯どうしたんだ?真琴ならともかく――」

『えへへ、電池切れだよ。わたしのカメラ付いてるからね〜』

「自慢かよ。と、さておき、どうかしたか?」

『えっとね、わたし達明後日に帰るでしょ? それでさー』

「ふーん、良かったな」

『わわっ、切らないでよ。えっとね、おみやげ』

「……みやげ?」

『そう。わたし、祐一におみやげ買っていこうと思うんだよ。もちろん香里のついでだけど。何がいいかな?』

「干物以外なら何でもいいんだが。あっ、テレカもいらない。
 できれば菓子がいいかな。置いといてもあまり腐らないやつ」

 ……。思案しているんだろうか?名雪はうーん、とかう〜む、とか電話越しで唸っている。

『パーキングエリアで買おうかな』

「そっちの問題か」

『もぅ! 重要なんだよ、わたしにとっては』

「俺はついでだろう?」

『ぶぅ! 祐一〜覚悟してるんだよ〜。 帰ったらお母さんのジャムの刑だからね〜』

「まっ、待て!!!」


 プツンッ♪

 ……。




 ……結局、名雪が先に電話を切った。
 クククッ、と思わず、俺は苦笑いを浮かべ、自身も電源ボタンを押すと、また、携帯を懐にしまう。
 
「さて、洗い物の続きをしますか」

 そう言って、俺は今度こそ、湯のみを洗い出した。










うつら、うつら……。


 観鈴は軽い欠伸をして、眠そうな顔のまま、今、つり革に捕まっていた。

「なぁ、観鈴」

「……」

「あのさ」

「……」

 この様だ。 寝ていない。 目を開けているから、解るんだけどー、どうも観鈴の対応が冷たく感じる。
 さっきからつんっ、というわけでもなく、自然に俺の会話を聞き逃していた。

 むぅ――解らんちん。


 バスから見える夜景は街並みから、アウトレットモールへ。 大きなスーパーなんかも目に付いた。
 蛍光の灯りが綺麗で、それと、開店して間もないから、こんな時間になっても人が行き来を絶やさない。

 もともと、臨海都市をイメージ、というわけもあって、まぁ、ここが別世界とまでは大袈裟に、昼間とは全然違う顔を覗かせているのだった。

「……観鈴、バス代はいくらかな?」

「……」

「おいっ、観鈴! バス代!」

「……へっ、――ゆ、祐一さん、何かいいました?」

 ……呆れつつ、俺は溜息をはいた。

「おおい、観鈴ー、お前どうしたんだ? さっきから何か変だぞ?
 昼の卵サンドが当たったか?」

「――が、がお……そうかなぁ、ちょっとまだ眠気が取れなくて、にはは、ごめんね」

「馬鹿だなぁ、観鈴、寝すぎに違いない。 いっそ、今日は徹夜すれば?」

 冗談めかして俺がいうと、そうだね、と観鈴は返してきた。
 そして、また、うとうとと、つり革に寄りかかる事に専念。 隣で見ている分に、どこか危なっかしいし、早く、近くまで着かないか、とまた、外に目を向けた。

 もう、商店街を過ぎたか。 あと、少しで降りる。 ――この調子じゃあ、今日の晩御飯は期待できない。
 というよりも、そんなことだったら、あっちにいてもなんら問題ないじゃないか……。

 はぁーー、つくづく、俺は自分勝手だなぁ、と反省気味に、観鈴に視線を戻した。

 オレンジに点灯する料金提示欄は200を越した。
 それと、アナウンスで、もうすぐだって完全に理解する。

「観鈴、ほらっ、ついたから、いい加減しゃんとしろ!」

 とんっ、と俺は観鈴を小突いた。

「う――ん」

「はっ?」

 俺は唖然とした。
  小突いた拍子かしらないが、観鈴の体のバランスは大きく崩れ、俺にもたれる形となったのだ。

 沈黙。

 ――とても短い沈黙のあと、俺は観鈴の肩を持ち上げた。

「って、おい、観鈴、もうつくから、起きろって――」

 頭を持ち上げ、観鈴をもどそうとして、実際観鈴の額に手を当てる。
 じんわりと手にしみこむように、観鈴の額は熱い。 誰でも明白だった。
 結構な高熱だな、これは――。

「観鈴?」

「……にはは、何かな?」

 起き上がろうとしないのではなく、戻れないのだろう。 足元に力が入っているが、無駄だ。
 何も前触れも無しに熱がでる、ていうのは結構よくある話じゃないか……。


 

 バス停で一端降り、反対側移動するまで、観鈴に肩を貸してやった。

 さらに待つこと5分。 運良く来たバスに俺達は乗り込んだ。
 客はいない――というよりこんな時間に駅方面に向う人は稀なのだろう。

 目的先は商店街から少し離れたところにある最近出来た個人経営の病院だ。
 なんでも、"内科から整形外科までなんでもござれなコンビニみたいな病院だった"
この前、料理中に指を切ったあゆが念のために行った病院の感想だ。







 ガチャリ――。

「あの〜」

 到着した病院内は静謐に包まれていた。
 誰もいない。 ――相当に物寂しいのは、多分もうすぐ終わりだからだろう。
 俺は勝手に推測してみる。

 少し大きめな歯医者のロビーみたいな待ち受け室、俺は一足先に観鈴をソファに座らせた。
 それから、自分も靴を脱いで、観鈴の隣に座っておく。

 俺に重心を傾けている観鈴――何だか思いっきり疲れている印象が残る。
 もしかしたら、原因は引越しの環境変化かもな――。
 
「あの〜」

「はい」

 !!!

 見た顔だ。 そこにあったのはさっきあった顔だ。

「……あれー、祐一くんだよぉ!」

 現れたのは佳乃だった。

 ……というか、霧島診療所の時点で気付くべきだったか? 俺。