俺は日の出の頃に目を覚ました。
ああっ! 不規則な寝方をしたせいだろう。
きっとそうだ。 休みの日にこんなに早く起きることなんて無いからなぁ。
……だるい。 頭、今かくとちょっと嫌だから取り合えず風呂に入ろうか。
ふぅっ――、あゆの趣味で入っていいるアヒル隊長と戯れつつ、入浴を楽しんだ。
正直、2人しか入らない風呂なんてあまり汚れるものじゃないからたきなおせばすぐさま入れてしまうわけだ。
天井は3メートルくらいか? いや・・・もっとあるかな?
ソレくらいの高さゆえ、一生届きそうに無い。
だから、これって結構見上げられて気分がいいんだ。
裸ということもあるんじゃないかと思う。
かれこれ、そんな気分に満喫しつつ愛好しているロックバンドのニューシングルを熱唱する事15分。
指もさすがにふやけてきたので、俺は風呂をあがる事にした。
さてっ――、言うまでも無く今俺は1人だ。
朝食は冷蔵庫を漁ってみたが卵くらいしかない。
つーっか御飯炊いてないよ……。
「うんっ」
今日の朝は近くの牛丼やだな。
湯気がまだ俺の体から出ているなんて気にせず愛用している(この街に来る前から)自転車に乗り込んだ。
愛称、ザボーグとしているこのバイク、最近正気でオートバジンに改名しようかと考えたのだが、歴史が違うかな、と反省したこともあり、ぎしぎしと錆びてやかましいコイツに跨りつつ、俺は牛丼やに駆けこんだのであった。
「――あれっ?……聖さん」
「んっ――ふぁぁあ、おはよう、相沢くん」
……なんで、あなたがここに? とたずねたくもなったが聖さんが先に口を開き説明してくれた。
気まずそうに苦笑いしながら、佳乃のめしはちょっとな――と。
「はぁー、聖さんも大変なんですね」
「当然だ。 宿命だから我慢はしているがね……」
片目を瞑って聖さんは何だか疲弊しきった口調である。
「宿命?」
「ああっ、気にするな。 人にはネックがあるということさ」
「……ほぅっ」
「いいか、相沢くん。 私は君を男と見込んでこの事は内密にしてもらいたい。
そうすれば、今日の観鈴くんとの面会時間を5分延長してあげよう」
「そうだ、観鈴の調子どうですか?」
「んっ、概ね健康だが、熱が引いたかといって容赦はできないな。
明日までは自宅静養だろう」
――見舞い、いらないじゃん。
しかも、聖さんは俺の意を察したかふっとはにかんでいる。
……はいはい、わかりました、と俺は頷きつつ、溜息をもらした。
「さて、私は診療所に戻るが、面会は10時からだ。
それまでは意地でも開けないからな」
最後に念を押して、聖さんはさっていった。
「……じゃ、俺は散策でもするかなっ」
ちょっと背伸びをし、280円を店員に渡すと俺は牛丼やを去った。
歩き初めて数分――開店間際の商店街は忙しなく人が動いていた。
その、忙しなさがどこか可笑しい……。
俺は目の当たりにする光景なんかよりも、目の前のアンティークショップが気にかかった。
気にかかった――というのはやや強引か。
こじ付けかもしれないな。 自分と同年代の彼女が、そこで朝から汗を流して、店の支度しているのが気になった。
というのが本当の正解だった。
「――あの?」
黒い髪は綺麗だ。 朝、シャンプーをしたのだろうか?
爽やかな柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。
声をかけてから俺は思わず大胆な事をしたとか照れくさくなっていたり。
「何よう?」
――彼女は珍しい返答をしてくれた。
「いやっ。 何というか、こんな朝っぱらから店を開いている、なんてバイトとかにしては珍しいかな、と思ったんだ。
この辺りではさ――もしかして」
「ここは、わたしのお店です。 えっへん」
……たらりっ。
何だか佳乃の時以上に時間の悠長さを感じている俺がいる。
額を伝う汗は沈黙。
……どう、返せと?もしかして、新手のクーリングオフか?
「ああっ、気分を悪くしたらすまない。
うっ――その、ここ、君の店なのか?」
「そうです。 ここは、わたしとみちる、そしてお母さんのお店、アンティーク遠野……。
冷やかしはあばよ、なんですが、何かようでしょうか?」
「――いや、半分冷やかしだし、半分、興味があるんだよ。
君に」
「わたしに?」
多分、遠野、という彼女はとぼけた素振りをする。
どこか間の抜けたぼぅっ、とした顔つき。
落ち着いている、と例えればいいんだろうか?
遠野は気がついたころには俺をじぃっ、と眺めつつ、そのまんまでいた。
俺が次の台詞を言うまでは、遠野は動かないのではないか?
そんな不安から、急いで次の台詞を探してみる。
何だか情けない……。
「えーっと、俺は相沢 祐一。 近所に住んでるんだ。
君は?」
「遠野 美凪――ここに住んでるんだ。 はい」
「……真似しなくていい。 そうか、えーっと、良く解らないがよろしく」
「よくわからないですが、よろしく」
……どうしてだ?
どうして、次の台詞まで、間が空くんだ?
ああっ、もどかしい。 でも、こいつを前にして、思うに、言論抑圧をされている気分だ。
喋りたいのに、沈黙の円滑をされているぅっ――すっげーやりづらい。
「――えっ、と遠野、と美凪、どっちで呼んだらよろしいのでしょうか?」
「遠野でも美凪でもご自由にどうぞ。 フッ」
……そこ、笑うところじゃない。
ドスッ――。
重たい衝撃だった。
遠野の話に相変わらずの沈黙を保っていた俺だが、その一撃の前に、発狂――なんせ、金的だもの。
「フゥ――ッ! みちるの美凪に手を出すなーー!!」
生半可じゃ済まさないきだろうか?
みちる、だったか? はその軽い体躯と赤いツインテールを可憐に回しつつ、俺に旋脚を食らわしてくる。
「――甘い」
まったくアマアマだ。 俺の身長を何センチと心得る。
普通サイズの小学生の身長から繰り出されても、蹴り程度で俺を凌駕するには修練以外にはあり得ない。
……ああっ、下半身が泣いている。
俺はその痛みに堪えながら、右腕でみちるの足を防ぐと、足を踏み込み、後ろに回りこみ、みちるをお姫様抱っこの要領で抱え込んだ。
「ふぅっ――満足か? お姫様?」
思いっきり作り笑いで仕返しだ。 くそぅっ――痛いじゃないか。
「……うぅっ、恥辱だぁ。 みちるが穢されたぁ」
敗北感で何をされるか顔を青くしたみちる――生憎、俺は性犯罪者じゃない。
自身もしゃがんで、膝をつくと、みちるを安全着地させた。
ほぅっ――と後ろから嘆息がもれる。 美凪だった。
「――気の強いみちるを手なずけた変態さんはあなたが初めてです」
「……あのなぁ」
冗談めかして、肩をすくめた俺はふと、自分の鳩尾くらい?の身長のみちるを見据えた。
「安心しろ。 俺は少なくても、遠野を奪いにきたわけじゃない。
ただ、面白そうだから話がしたかっただけだ」
「ホント?」
そう、子供には安心させるのが一番――。
だが、もろくもそれは美凪の発言で崩れさった。
何たる瓦解だろう。
「俗にそれはナンパといいます」
ぼそりっ、誰に語るとも泣く美凪は呟く。
そして、アッパーカット。
「ぐふぉあっ!!」
迂闊にも姿勢を崩した俺はそのまま地面へ――落ちるかよ……。
「にょわっ」
体制を立て直した上、あまつさえ、俺はみちるの首根っこを掴んだ。
やれやれ、もう手加減しないからな。
フフフッ――さて、どう料理してやろうか?
そう、思案しているうち、俺は1つの結論にたどり着く。
今だ、首ねっこを捕まえたまま――大人らしく制裁をくわえる。
片膝を地面に下ろし、みちるの背中をもう片方の、膝に――90度を決めている膝は屈折して俺の腿の辺りに、みちるの背はフィットした。
「おおっ」
美凪は予想だにしていなかった展開?に思わず感心していた。
バックブリーカー……だったか?
斉藤辺りに聞くと薀蓄が詳しいのだが、俺はプロレスはあまり見ないのでまぁ遊び半分で使ってみる。
ぐぃっと。
「にょわぁぁっぁぁっ―――」
みちるの声が商店街に木霊した。
合掌。
それから1分ほどその体勢を保った後みちるを開放してやると、へろへろと目を回してその場にばたんQと相成る。
俺は勝った――と思った。
「ぐっじょぶ」
美凪は俺にタオルを差し出してくれたので、有難く使わせてもらった。
――はぁ……。
「しかし、何でこんなことになったんだろう」
「……さぁ」
爽やかな日差し。 タオルで汗を拭く俺。 ぼうっとみちるを見おろす美凪。
そろそろ腕に力が入って来たか、相手にされないのに寂しさを感じたか立ち上がってきたみちる――自業自得だからな――は、俺を睨んだ。
「名前」
「んっ――相沢 祐一だけど」
「……おのれ! 相沢祐一!!みちる、この恨み一生忘れないからなぁっ!」
みちるのフィニッシュブローが舞直伝の突っ込みチョップと交差した。
「なんでやねん」
ツッコミと共に、俺は踵を返した。
そして、 そろそろ、家に帰ってニュースでもみるかな、と急に思い立つ。
いい加減、みちるの相手にも飽きたのも諸因だったりするが、もう、いいや。
膳は急げだ!
「世話になったな。 遠野」
俺は振り向かずにタオルを美凪に投げた。
――思えば黄色だったか、あのタオルクマのアプリコットがいい塩梅だったなぁ。
……はぁ、いい天気だ。 おまけにいい汗をかかせてもらった。
背後から呪詛まがいの言葉が聞こえてきたような気もしなくもないが――、占いのほうが大事だ。
「失敬」
俺は後ろに向けてバイバイ、と手を振ると商店街をあとにした。