見知った天気予報士の素人まがいな予報に微笑ましさを覚えた頃には、時計の針は9時を過ぎていた。

 聖さんは断固しても、――といっていたが本当にその時間まであけてくれないんだろう。
 なんとなく俺はそんな気がした。

 だが、おいおい、観鈴を迎えに行くことにしようかな……うんしょっ、とおじさんくさく俺はソファーから腰を持ち上げた。

「しかし、、まぁ、簡素にして退屈な朝だったよ、と。
 さて、行くか!」

 ドアを閉めるのには以外に慣れていない。
 この家の鍵を閉めるランキング一位はダントツで秋子さんだが、2位は名雪。
 3位は俺ではなく、真琴なのだ。

 あいつはバイトのこともあって、出るのが遅いときがあるからなぁ……。
 学生身分としてはとてもうらやましい生活をしていると思うぞ? 真琴。

 ちなみに、あゆは勉学に励んでいるので、朝からちょっとした学校に俺達と同刻に出発している。
 即ち最下位だった。

 明日、秋子さんたちは帰ってくる。 晴子さんの血相を変えた顔なんて見たことがないから今から楽しみなのだが、お土産ってなんだろう。
 ――名雪には何だか適当なことを言ってしまったがよくよく考えればもったいないことをしているなぁ、と思う。

「……でも、秋子さんも、あゆも、真琴もいるわけだし――」

 そうだよな、何も名雪だけじゃないんだ。 この家の”家族”というものは。

 ザサッ――。

「あっ、祐一さん! おはようございますっ!」

「あれっ? 栞じゃないか。 香里はどうした? 今日は一緒じゃないのか?」

 ぷぅっ、と頬を膨らませ、栞は俺を睨む。

「わたしは、お姉ちゃんとセットじゃないと、祐一さんに合っちゃいけないんですか?」 

「……うぐっ、すまない」

 まったく――その通りだな。 と俺は栞に久々に頭を下げる。
 栞は俺の頭にぽんっ、と手を置きよろしい、と得意そうに言った。

「で、栞、今日は何のようだ?」

「はいっ! わたし、今日は祐一さんをアウトレットモールにお買い物に誘いに来たんです」

「……ああっ、あそこか」

「えぅっ、なんで知ってるんですか! 祐一さん!!」

 っと――栞の目が大きく見開らかれた。
 ……知ってて悪いか?

 栞の目は語る。 しくじった、と。

「……誘ってくれるのは嬉しいんだが、俺、これから観鈴を病院に迎えに―」

「はぁ〜、祐一さん、いつから観鈴さんの保護者になったんですかぁ?
 それなら、わたしとアウトレットモールに行くのも同じような気がします」

 ああいえばこういうようになったな、と俺は栞に関心しつつ、自分に問いかけてみた。
 ――秋子さんに頼まれているのだが、観鈴は病み上がり。
 栞の発言には多少自分勝手な雰囲気もあるけれど、どうだろうか。

「祐一さん、その〜、最近全然構ってくれないじゃないですか」

「この前あったばっかりなような……」

「いいえっ! ぜーんぜん構ってくれません。 それとも、祐一さんはわたしのこと、嫌いですか?」

 上目遣いに栞は俺を苛める。 あっちはいじらしく。 こっちは困惑。
 どうしよう――。

 
 数分後、結局俺はガクンッ、と肩を落とし、溜息をはくと、霧島診療所に連絡を入れたのだった。






開店間際だというのに何でだろうな、と思わされた行列も中に入れば納得だった。

 ―― 一流メーカーのB級品。 ヒンシュクは喰らわない善いものが結構並んでいる。
 ともあれ、俺の興味を引くようなものは対してないのだ。

 なぜなら、栞の回る店は決まって(女の子向けの)エレガント、というよりはスポーティーだったから。
 
「なぁ、栞? 俺、以前、香里に尋ねた事があるんだ。
どうして女の買い物は時間がかかるのかってさ」

「ぷぅっ! どうしてお姉ちゃんなんですか!
 そんなことわたしに聞いてくれれば夜を徹して教えちゃいますよ」

「やれやれ、お前、最終検査入院してた時の話だよ。 いや〜、香里浮かれててさ、装っててもみえみえだった。
 ビデオにとってあるから今度上映してやろうか? DVDだぞ」

「……考えておきます。 それより、祐一さん。 女の子と2人で歩いている時に、
 他の女の子の話をするのって失礼ですよ? 気をつけてくださいね」

 めっ、と人差し指を俺に指し、栞は行った。
 もう片方の手は相変わらず掛けられた品物に手を伸ばしているし、時折視線を壁に掛けてある一点ものに逸らしていた。

 なんていうか、説得力ないなぁ――栞。
 まぁ、その辺は微笑ましく、俺はあまり嫌いじゃない。 むしろ好感がもてる。
 栞は暫く入院退院を繰り返しオシャレもオザナリだった――と考えると仕方ないなとも思える。

「――祐一さん。 これと、これ、どっちがいいと思います?」

「これとこれじゃ、わからないぞ? 栞」

 俺は悪ふざけ、悪戯っぽく栞を茶化した。
 すると、むぅっ、と栞は唇を尖らせた。

「えぅっ、えーっと、このタートルネックシャツと、サマーセーターどっちがいいと思いますか? 祐一さん」

「色合い的にはサマーセーターの方がいいと思うが、お前の好みだろ?
 最終意見を俺にゆだねるなんてちゃんちゃら可笑しい」

「……祐一さ〜ん、それじゃ、意味ないです」

「そうか? 俺は一応意見を述べてみたんだが」

 そういうふうに、上目遣いに困った顔をするのは、お前とあゆの特技だろう?
 もう、いい加減免疫がついた。 だから、特に困った感じもなくあしらう。
 
 栞は俺がそれ以上回答をしてくれないと解ると数秒間押し黙って考えたようすだった。
 
 俺は頼られるのは嫌いじゃないが、頼られるほど立派な人間でないと最近気がつく。

「祐一さん、終わりました!」

 栞は腕に抱きついてきた――。

「祐一さん! わたし、無性にアイスクリームが食べたくなっちゃいました。
 良かったら一緒に食べませんか?」

「おごらないぞ?」

「――わたしだって、それくらいのお金持ってますよぉ」

 まーた、栞は頬を膨らませる。

「で、結局何買ったんだ?」

「うーんとですね、結局両方買っちゃったんです!
 祐一さん、責任取ってくださいね」

「はぁ――?」

 栞は今までの仕返しです、と悪戯っぽく笑う――何だか、やーな予感だ。
 俺のそんな気分とは裏腹に今日は温暖な気候。

 サーティーツーアイスは本日はいつもより長めに行列ができていたのは言うまでも無い。






その温かさは栞をダレさせていた。
 憂鬱にさせる温かさ。買い物が済んだというのに列を並ぶダルさ。

――そして、荷物を祐一さんが持ってくれない不満。

 時折、栞は俺に目配せしてくる。
 ?、お前は俺に何か用でもあるのか、と聞くのはプライドに反するだろう?
 紳氏以前に俺は相沢 祐一。一介の高校生なわけだから。

「しかし、さすがサーティーツーだな。
 若者受けを狙った商品配列と味の確固さには保障があるみたいだし」

「――わたしはハーゲンダッツが好みなんですけど、
 こういうアイスって無償に食べたくなる時があるんです」

 いわれて納得。 確かに、と俺は返した。

 確かに、そうだ。 高級アイスはTPOに応じてどこか諦めみたいなものがある。
 たまに食べるから美味しいわけだ。
 だが、世間一般、大衆の見方である100円アイスの類、こういうチェーン展開の店は価格を抑えることがしばしば。
 親しみが湧く――それはコーンのせいかもしれない。

「祐一さん、下のコーンをサクッ、てかじりつつアイスも頂く、コレが堪りません」

「まったくだ。 カップはあくまでも保冷、それ以上でも以下でもない。同意するぞ、栞」
 
 俺と栞の意見ががっちりまとまった頃になってようやく行列は解消された。
 俺はオレンジシャーベットを、栞はもちろん、バニラを注文。

「あまいですぅ〜」

 栞はとろけそうなほどに幸せを噛み締めていた。
 俺は、というと、シャーベットということも助けてそう舐めている感じがしない。
 甘いのはいいのだが、舌がちくりっときて麻痺してしまう……。
 これではコーンにした意味が無いじゃないか。 俺は自身に同情の声をかけた。

 現在13時20分――。 そろそろ、観鈴は退屈しているかもしれない。
 もしかしたら、霧島姉妹と仲良くやっているかもしれないし……。

「祐一さん、あの、これから何か予定ありますか?」

 ジャストタイミングに、考えていた俺に栞は尋ねた。

「んっ――どうしよう」
 


「あっ、そうか観鈴ちゃんですね……」

 一瞬、栞の顔に陰りがさす。
 こいつは無理すると直ぐに解る。 はぁ、変なやつと友達になったもんだ。

「……今、わたしのこと変なやつとか思いましたか?」

「いえ、めっそうもない。
 だが、観鈴なんだが、俺はどうしたらよいのやらー」

「祐一さん」

 がしっ――。

 栞は俺の腕を掴んでぐいぐいよろしくで引っ張り出す。
 俺って実は優柔不断だなとか思っていると栞は口を開いた。

「栞さんにここのところ付きっ切りなんでしょう?
 えーっと、たまには1人で考えたりするのもいいんじゃないですか?」

 それは、俺に問いかけているんだか、観鈴に問いかけているんだか解らない。
 俺としてはその意見には納得がいくんだが……。

「もぅっ! 祐一さんシャキッとしてください。 バス、来ちゃいますよ?」



「――やれやれ、お姫様、それじゃ、お家までお供しますよ、はぁ〜」

 何となく、その時思ったのは、俺は別に、観鈴と特別、というわけでもないしなぁ、というものであった。









待っていたのは、香里の不機嫌そうな横目だった。

 美坂家は、家に入って直ぐにキッチンとダイニングが直結する作りになっている。
 要は筒抜けなのだ。

 ドアに入ると来客が直ぐに解るという利便性。 妹さんが男友達を連れて着ましたのも直ぐに解る仕組み。

 香里は1人ドライカレーを口に含みながら固まっている。
 怖かった――。

「ただいま! お姉ちゃん! お父さんとお母さんいる?」

 緊張をかっさばく栞の一声で香里はハッとスプーンを構えなおす。
 どうでもいいが、素で睨んでいるのはちょっと洒落になってないぞ、美坂 香里。

 そつなく、俺は靴を脱ぎ、美坂家へとお邪魔した。
 リビングに行くように栞は俺に指示すると嬉しそうに2階へと上がっていった。

「……」

「何か、喋ったら? 相沢くん」

「――いい天気だな」

「ええっ、そうね。 それで、なんでウチに相沢くんが来る必要があったのかしら?」

「お宅の妹さんに聞いたほうが数段わかりやすいですぞ」

「……」

 気まずい、気まずすぎる気配。 正直今ここに来た事を後悔した。
 第一、俺は小学生じゃないんだってば。 あと数ヶ月で嫁さんを取れる歳である。
 親が居れば、絶対に、そう思わなくも無い。

 年頃の娘が、男を連れてくる――。

「ああっ、お父さんもお母さんも親戚のお葬式で遅くまで帰らないわ」

 いいながら香里は髪をいじくって俺から目線を逸らした。
 内心ほっとする。

「あのさ――」
 
 前々から話ておきたかったことがあったので、凄まじく瑣末なことだがこの辺で話しておこう。
 などと思ったのは本当に気が抜けた所為だったに違いない。

「フーン」

「そういうわけだ、わかるか?」

「解らないわね。 大体――」

 ダダダダダダッ!!!

 雪崩!?と思わせる勢いで栞はようやく姿を現した。
 そして、何故か香里を睨む。
「おいおい、栞、どうしたんだよ」

「はぁ、はぁ、何でもないです。 それより、祐一さん、おなかすいてませんか?」

「すいてない」

「懸命ね」

 ……香里は笑う。
 俺は素でおなかがすいていなかったのだ。
 だがあとあと考えるとこの答えは正しかったと頷く。

「えぅ〜、祐一さんのけち〜」

「そうか?」

 栞はホント、がっかりという面持ちでうな垂れるのであった。



 ふぅっ――いいお茶葉使ってるじゃないか。
 感心を示すのはこの程度のことだった。

 そもそも、栞の部屋になんぞ下手に入ろうものなら香里に何を風潮されるか知れたものじゃない。
 だから、今だリビングに俺は居座り続けていた。

 昼下がりという時間が来る頃になって、そろそろお暇しようかな?
 そう俺は思う。

「栞、そろそろ、俺、帰るは。 結構充実した時間だったぞ」

「――あまり、喋ってないですぅ」

 そういえば、栞より香里の方が喋る回数が多かったような気がする。
 初めのうちは気になっていたが、よくわからん。

 知らず知らず、時間だけは過ぎているというわけで、栞の話はまた今度。

「じゃあな、香里、栞」

「じゃあね、相沢くん」

「ばいばいです! 祐一さん」

 美坂姉妹と簡素な別れを告げると、俺は霧島診療所へとその脚で向うのであった。