いい天気だ――。

 空は濁りの一点もない快晴。

 なんというのだろうか?
 そう、どこか優しい日差しに俺は包まれ、向うべき場所へ向うのだった。



 春休みも既に半分は終わってしまい、どこか寂しさを感じるのは俺だけじゃないはずだ。
 バスの中では予備校に通っているであろう分厚い参考書を読み解く男が居た。
 ――俺もことしから受験生だ。

 よくよく考えれば香里などは推薦の話も出てきているのであろうな。
 俺とは違い、あいつは頭がいい。 凄くできる。

 だからといって、それを認めるの気休めだった。
 決して俺だってサボっているわけじゃない。
 その成果は、ちゃんと返ってきている方俺自身も嬉しいわけだ。 ……しかし、休みはダレル。
 困った事に最近参考書はおろか教科書すら見ていない。
 昔のCMみたいに、ダイエットは明日から――便乗して、勉強も明日から、ではいけない。
 

 だが、やらない。
 俺は何だかんだいって今の心地いい、ぬるま湯みたいなこの天気が好きで、もう少し浸かって居たいんだ。

「次は〜××3丁目〜お降り方は……」

 ……いい気分だったのに。
 
 ちぇーっとらしくない舌打ちをすると何だか可笑しくて俺は頬を緩めた。
 そしてブザーを押し、止まることを明らかにしてやる。
 どうやら、ここで降りるのは俺だけらしいな――。

 そろそろ、観鈴に連絡を入れておくか。

「って、やっぱり留守電かぁ――、あー、今から行くからそこを動くな」

 俺はバスを降りた。



――霧島診療所の纏っている空気はまだ真新しい。
 だが、新築臭くないのが不思議だな。

「――当たり前だ、佳乃がシックハウス症候群にかかってはたまらないからな」

 よいしょ――白衣に通天閣(今日は赤い)のTシャツを着こんだ聖さんは俺が診療所の玄関を上がったとき、
 入れ替わりで、入って来た。
 この人には何故だかビニール袋が似合わない。
今持っているのも何故か映画で見るような海老茶色の紙袋に荷物を詰めたものだ。
 
 一筋の汗を拭い、ところかまわず、Tシャツをおっぴろげるので下着が見えてしまった。
 正直目の向けどころがないのだが……聖さんは悪戯っぽく微笑む。

「上がってくれ。 どうせ、昼飯まだなのだろう? ぐーたら受験生よ」

 ……見透かした感じがちょっと気恥ずかしいものの、コレが大人の女性というものなのかもしれない。
 女――、今まで意識していた、描いていた存在とはちょっと違うなぁ。

 秋子さんよりも歳が俺に近い聖さんだ。 俺が意識するのもただの蒙昧なバカさ加減であろう。
 そう括っておく。

「はい、あのいいんですか?」

「なぁに、流しそうめんだ。 神尾さんも食べるんだからついでだ、ついで」





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「取り合えず、そこに突っ立たれると、邪魔だな。 相沢くん、どきたまえ」

 そういえば、俺は今、玄関前で突っ立っているんだった。
 あっ、すみません、と反省の言葉を漏らし、俺はどいた。

「さて、神尾さんは佳乃の部屋にいるはずだ。 くれぐれも手違いの無いように、呼んできてくれないか?」

「それはないです」

 さすがに、今現在、そんな気持ちになるような状況ではない。
 ムード、とかも大事だし、何より、聖さんに逆らうと何か嫌な予感がした。

 言われるがまま、俺は階段を競り上がる、そして佳乃の部屋? の前へと到着した。

 念のためのノックも忘れない。

 コンッ、コンッ――。
 
  欅だからヒノキだかの何だかしらないがそんな感じのシックな色調のドアを俺がノックしてから数秒、返事が帰った来た。

「はいはーい」

 ドアノブが回って、佳乃が顔をだし、驚く。

「――わっ、祐一くん、どうしたの?
 まさか、お姉ちゃんの作るそうめんが食べたくなったのかなぁ?」

「いや、単に観鈴を迎えに来ただけなんだけど、ついでにお相伴だよ。
 それで、観鈴は居るのか?」

「うんっ! いるよ〜!」

 満面の笑みだ。 何が嬉しくて、佳乃は俺に屈託の無い笑みを浮かべるのだろうか?
 微妙に解らないが、佳乃はそのまま、ドアを開いた。

 ――もしかしたら、お友達1号とかいうのが関わっているのだろうか?
 そんなことじゃ、解らないのだけどなぁ……。

 

「にはは、祐一さん、お帰りなさい」

 違うぞ、観鈴、ここはお前の家じゃない。

「祐一さんが遅いから、わたし少しだけ心配しました。
 おまけに、お昼までごちそうになるなんて――悪い気がする」

 んっー、観鈴は俺に過剰な期待を込めた返答を求めてきた。
 ――好意、とはいうものの、例えばこれが霧島診療所のカリキュラムのひとつであったらどうだろうか?
 患者の熱が下がり、食欲が回復してきているのかを確認……。
 そう考えれば、喉越しがよく、消化もいいそうめんなんかはいい事だと思う。

 それにしても、殺風景な部屋だ。
 よく言えば片付いている。 悪く言えば何も無い部屋。
 ブルーのカーテンには昼間の日差しが透過して、ライトブルーを演出しているが、学習机にも寂しさがある。
 教科書が連ねられていないからだろうか?

 そしてパイプベッドは観鈴が軽くジャンプすると軽い軋み音を上げた。

「何か、寂しい部屋だな」

「寂しくなんかないよぉ」

 まるで、反論だ。 俺の感想を佳乃は否定するが如くあしらってきた。
 ――そういえば、そうだな、とだけ俺は返しておく。
 どこかつっかえを覚えながらも。

「ま、そのさ、聖さんがお前たちを呼んでこいってさ」

「あっ、そうだったんだ!」

「にはは、祐一さんパシリなんだね」

 ほっとけ。

 

 ざぁぁぁぁ――と蛇口からでた水はホースを伝って竹の中を泳ぎだした。
 そうめんはその中を威勢良く流れる。

 高いところは俺とひじりさんが。
 真ん中に佳乃と観鈴がたってそうめんを掬いあげる。

 ちゅるんっ――。

「むぅっ、だしが濃いんだけど」

「水を足せばいいだろう? いくらでも流れているじゃないか?」

 なるほど――。
 




一応、聖さんに熱を測ってもらって、平熱であることを確認した観鈴は晴れてご退院となった。
 
「祐一さん、退院しました。 心配かけてごめんね」

「別に、心配なんか少しくらいしかしてないさ。
一応、晴子さんには旨は伝えてあるから問題ない。 でも、あと、一日だな」

「あっ――そうだね、にはは、気付きませんでした」

 照れ笑いで、自分を隠す観鈴をみていると、自然と俺も頬が緩んだ。
 かくいう自分もうっかり忘れていたのである。
 朝までは覚えていたのだけど、栞と買い物に行ったり、聖さんにそうめんをごちそうになったりしていると、完全に忘れていた。
 そういえば、変な連中にも、今朝あったっけ。

 あと、一日か。

「でさ、観鈴、どこか行きたい場所って無いか?」

「うーん、ごめんなさい。 見当たらないです」

 にはは、という作り笑いでご愛嬌に観鈴は申し訳無さそうに言った。
 
「それじゃ、その辺、散歩しながら家に帰ることにするか。
 少しくらい裏情報を教えられるかもしれないしな」

 まぁ、安くて上手い隠れた名店とか、古書専門の本屋とかそういうのは他をあたってもらいたい。
 俺が知っているのなんて、これから世話になるであろう、あゆや、真琴といったところだ。


 観鈴は一件ガキっぽく見えて芯はしっかりしているからむしろ大人。
 俺なんかよりずうっと、気高く感じる瞬間(料理)などもあった。

 あゆや、真琴は、芯がどうこうの前にまだまだ甘いな、と感じる。
 観鈴と同じ高さで観ているだろうが、時期が過ぎればそれを思い知らされるだろう。

 ――基礎くらいの予習は大切だ。
 少なくても、あの2人にこれは外せない。 学校とものみの丘……。

 

 鬱蒼と茂っていた黒い影は、穏やかに昼下がり夕暮れ前の空を隠した。
 育ちすぎたのは、俺が生まれるずうっと前から知識を薀蓄した証拠――。
 
 昔、ここに1本の大きな木があったのだ。

「あゆと俺はここでよく遊んだんだ。 もう10年近く前になるかな」

「へぇ〜、祐一さんってもともと、ここに住んでいたんですか?」

「いや、違う。 あゆと会ったのはその年、冬の話だ。
 秋子さんの家に遊びに来たときにな、あいつに声を掛けたんだよ、俺」

「が、がお……祐一さん、なんぱ?」

「――違う。 寂しそうだったからな」

 望郷ってこんな感じなんだろうか? どうも、この話はしみったれてるし、すんごく気恥ずかしい。
 あまりの恥ずかしさ、その頂点はもちろん、切り株の前だった。
 ふっと、一端観鈴に向き合うと、その恥ずかしさに耐え切れず、俺は首を逸らす。
 向かい合わせだった観鈴はつられて俺と同じ方向を向いた。

 コンマ数秒、俺はなんの躊躇いも無く、というかここから飛び出したくて走りだす。







「もうっ! 祐一さんひどい!」

 思ったより走っただろうか?
 商店街の少し前まで走っていると、息があがったので俺は停止した。
 今度は走りすぎて熱い……まぁ、暫く歩けば冷めるだろう。

 陰険だ、とか口走る観鈴だが、汗一滴かいていなかった。
 
「お前――持久力凄すぎ。 人の次元を逸してるってば」

「そんなことないです。
 わたし暑いところに住んでたからそのせいじゃないかな」

「ふぅんっ」

 そっけなく俺は返しておいた。

「次、何だが――ものみの丘っていうところに行こうと思うんだ。
 いいか?」

「丘?そんなところあるんですか?」

「あるんだよ」
 
 道中、さすがに、汗もひいて、丘に踏み込んだ頃にはすっかり落ち着いていた。
 
 密集した雑草が生い茂るわき道、そこに少しだけ開けた土塊の坂道を俺と観鈴は登る。
 軽いハイキングを楽しみ、丘に俺達は到着した。

「ここでな、この前真琴に蹴り倒されて落ちたんだ」

 ――忘れもしない、夜の出来事だ。
 俺はその日のことを語りだす。
 真琴が帰ってきて僅かばかりすぎたころだったか。
 俺と真琴は色々と募るものもあって2人でここに来た。

 真琴をホンの冗談のつもりでからかったのはそれからすぐのこと。
 軽くくちばしったジョークであわや他界するところだったが――決していい思い出じゃない。
 帰ったらこれをネタにまたからかってやろう。

「が……がお、九死に一生な話のはずなのに、どうして笑っていられんですか?」

 真に受けた観鈴は本当に心配そうな表情を露に、俺を観ている。
 別に、過去のことだし、あとあと有効活用できるネタだ。

 なにより、俺は生きているんだし――。

「さぁな、知らないさ」

「大有りですよ、相沢さん」

 多少予測をきかせたり、しっかりしていれば気付いただろうか?
 自分の後ろで腕を組み少し口調に怒った感じがする天野に。

 
 
 


天野は何をしにきたんだろう?
 そんなことが俺としては気になるのはここがものみの丘であり、平日、ことにこんな時間に人が来るのは稀だからであった。

「なぁ、天野? どうしてここに?」

「はぁ、まるでわたしがここにいてはいけない、みたいな言い草ですね相沢さん」

「――さすがにそれは大袈裟だな」

 そうですか? 美汐の目は何よりもそれを物語っている。
 ――かくいう俺も、来ている意味を問われたら解らない、と応えてしまうだろう。
 うむ、多分それなりの理由があって黙秘せざるえないんだ。

 そうしよう――、だって、キレると天野怖そうだし。

――相沢さん?

――なんだ、天野?

――勿論、手伝ってくれますよね?

 微笑を浮かべるも、空気に違和感を俺は感じる。

――ふふっ、相沢さん、わたしだって大胆になれば……。

 あーんっ、俺の口元には完熟みつまめがっ。

「はっ――」

「どうかしましたか? 相沢さん」

「が、がお……祐一さん、まるで悪夢を見たあとのマッチ売りの少女みたいだよ。
 汗が、凄い――あの、これで拭いてください」

 ぼーぜん、としている俺に、美鈴が差し出したのはピンクのステゴサウルスがプリントされたハンカチだ。
 すっと、汗を拭うと、少し柑橘系の香りが鼻腔を擽る。 現代人だ、こいつ。
 一瞬、観鈴がエレガントな格好に見えたのは言うまでも無い。
 ――まさか、こんなところでハンカチに香水をつける少女をみるとは。

「いい香りですね、神尾さん」

「にはは、お母さんに勝手もらったんだぁ」

「そう、ですか。 わたしも母にはたまに買ってもらうんですが、香りがクセのあるやつが多くって」

 ――ああ、なんだか天野が遠ざかって行く。

 黄昏、そんな気分に俺は浸りだした。
 丁度、夕暮れが近づいてきたなのかもしれない。

「相沢さん、明日は真琴が帰ってくるんですよね」

「ああっ、そうだけど」

「写真、頼めますか?」

 ……親指たてておこうか。

 これでもか、というほどの精悍なスマイルを浮かべ、俺は美汐に応対する。
 
「――キレイ」

 ここから見える夕焼けは大きくて、キレイなオレンジ色をしていた。
 その千切れ千切れが草木を幻想的に彩って、そして俺達を橙に染め上げ、影ができる。

「……」

 それは、見とれてしまうほどの夕暮れのほんの序章に過ぎないんだ。
 あと、1時間もすれば、本当の夕暮れはやってくる。

「ここから見る夕暮れは堪らなく素敵なんですよ」

「なるほど、そういうことか」

「フフッ、おばさん臭いとは言わせませんよ。 相沢さん」

「にはは、天野さん、すっごくかわいいからおばさんだなんていわないよ、誰も」

 みんな、少なくても真琴は言っていると思うんだが、観鈴。
 突っ込むのは興ざめだろう――だな。

「天野は毎日、ここに来ているのか?」

「真琴が帰ってきて、ふと、ここの景色が見えるようになったとか言ったら笑いますか?」

「――笑うよ。 少なくても俺はな」

 その日、俺達は日が暮れるまで他愛も無い話をして時間を費やした。
 ――明日は秋子さんたちが帰ってくる。

 ――みやげ、何を買ってきてくれるんだろうか。

 それが、相沢 祐一の明日の楽しみなのであった。