ふと、夢を見た。
どうってことのない夢だが――本当にどうでもいい夢なんだが……。
登場人物がクセモノだ。
佳乃と、聖さん。
佳乃は無造作に散らばった? 赤い部屋の隅っこにうずくまり、聖さんは黙って勉強に打ち込んでいる。
2人は今よりも幼く、どこか、冷めた関係にすら見えた。
――そして、目が覚める。
まだ、夜中じゃないか……、んっ?
「あぅっ――」
「どうかしたか? 真琴」
「祐一がうるさいからきたのよぅっ」
心配そうに、真琴はいった。 真琴の部屋は俺と近いからな。
名雪にはまずこういう行為はできないであろう。
もはや決定項。
あいつは――夜は苦手だ。
「――ありがとうな、真琴」
他様の夢、しかもあまりいいとは言えない、どこかもどかしい夢だった。
俺の背が汗で滲んでいるのが解る。
「――なぁ、真琴、今何時だ?」
「今? 3時半よ――なによ、漫画読んでたのよ」
「――やれやれ……いくら明日バイト休みだってダメだぞ」
「ふんっ! 祐一が構うもんですか!」
つんっ、べーっと舌をだした真琴は顔を背けた。
「これから寝るんだな?」
「ううんっ、真琴は寝ない。 この時間に起きてるって独占欲が湧かない?」
「――ははっ、湧くかもな」
俺は軽く笑うと、何だか、もう、寝たい気分ではなかった。
「なぁ、真琴」
「何よ」
「暇だったら、外少し歩かないか。
相手しろ。 変質者と間違えられたら堪んない」
真琴にバカにされたり、からかわれたりしながら、俺はジャンパーを羽織った。
そして、誰にも気付かれないように、こっそりと外に出る。
真琴は頬をちょっとだけ普段より赤く染めて俺と歩き出した。
「ねぇ、祐一。 寒いんだけど」
そういい、真琴は手を差し出す。
手を繋ごう、ということらしい。 ――まったく素直じゃないなぁ。
ぷっと、俺は吹き出しそうになるのを堪え、目だけで笑った。
「いいぞ。 ほら、どっちの手がいい?」
「――右手!」
「ああっ、ホレ」
ぎゅっ――と真琴の手を握ると、体温が繋がっているみたいに伝わってきた。
ここには単純な親しさが伝わる心地よさがある。
かなり恥ずかしいのだが、まぁ、散歩に付き合ってくれるサービスだ。
いわゆる家族サービスだな、うん。
「なぁに1人納得してるのよぅ〜、真琴にも教えてよ」
「ば〜か、何でもねぇよ……と、ちょっと歩くけど、ものみの丘に行ってみるか?」
「あぅっ、本当に遠いわよ」
今だ、夜明け前、少しすれば日が昇るだろう。
それなりの高所に行けば日も日の出もみれるというものだ。
きっとものみの丘からみる夕日のように朝日もきれいだろうな?
そう思うと、言ってみたくなった。 何より、気持ちが晴れないから。
「まっ、いいわよ。 でもさ、祐一、肉まん奢ってね」
「むっ、財布持ってきてたかなぁ」
「――ジャンパーに入ってるわよ。 だって真琴この前みたもん。
祐一が財布捜してて、気付いたらジャンパーの中に入れっぱなしだったの」
――入っていた。 やるな!真琴
感心している暇もないのだけど、何だか過剰な気分こそ今に相応しいきがした。
少しずつ、少しずつテンションをあげていけば嫌な夢も放棄できそうな予感だ。
「まっ、おごってやろう」
「あはっ! おごられてやるわ!」
「ああっ、奢ってやるさ!!」
――かくして、俺達はまず、肉まんを買うため、商店街へと向った。
さて、コンビニエンスストアなのだが、コンビニエンスといってもチェーン展開されているそれとは少し違う。
便利な個人営業といった感じのお店、だが一応24時間営業だから他と変わらないのである。
といっても――酒といえば日本酒までそろえてあり、雑誌は実用性のあるものがメイン。
週刊誌といえば”女性”漫画雑誌といえば”アダルト”(月刊)といった具合にな。
ここの肉まんを真琴はこよなく愛して止まない。
何故なら、この店の親戚がカムラヤの社長さんらしく、真偽の程はさることながら、高級と謳われるそれを88円で提供しているのだ。
もちろん税別だけど、それはかなり良心的を度過ぎていると思う。
「おばちゃん、肉まん、肉まん〜〜」
うれしそうな真琴を横に俺は書籍コーナーへと向った。
雑誌類、プロ野球ニュースくらいはおいてあるから、それを見るのだ。
――すぐさま来なけりゃ良かったと思ったが……。
「んふふ〜、これで美凪にかわいいなんていわせないもんね〜」
みちるだ。 ツインテールで陽気に、手にはその〜、白人さんがでっかく映っているなかなかのもの(俺でも憚る)を、みちるは持って歩いてくる。
来るなっ!
な、なんて、規格外なんだよ。 思わず辟易として、俺は物陰に隠れてしまった。
「おばさん――にょわっ!」
見てられない、と俺はみちるの首根っこをひっぱった。
「よぉっ、みちる」
「むむっ! おまえは〜〜、相沢 祐一!」
「ああっ、だが、そんなことどうでもいい、そのな、どうしてそんな本を買ったんだ?
しかもこんな朝っぱらに」
「――教えてやるもんかっ!」
「遠野に何か言われた、と?」
びくりっとみちるは肩を震わせる。 凄く解り易い。
「大人がどうとかってさっき言っていたがな、お前の年でそれは大人というか堕落だぞ。
肉まん奢ってやるから、それ、戻して来い」
「肉まん? それで、みちるが釣られるかっ!
なめるな〜!」
そう、何度も喰らってられないな。 俺はみちるのストレートを避けた。
そして、背中を少し勢いよく押すと、バランスを崩したみちるは情けなくすっころぶ。
「で、なんでハンバーグまんならオッケーなんだ?」
それは不条理以外の何でもないような気がする。
「ふんっだ! いい、このことは内緒だからね。
みちるの努力は美凪に見つからないようにやってるんだから」
はぐはぐ、とハンバーグまんを口に含んだあいつに、そんな説得力は無い。
ただ、俺は深く溜息を吐いた。
――後ろから、殺気を感じる。 解っている。
ほったらかしにした真琴だ。
「真琴を放って置いて随分楽しそう――ねぇ、祐一、殴らせて?」
口より手が先に出る奴が、そんなやんわりとした口調で言うのはよして欲しい。
みちるが驚嘆するほどに、的確なジャブは俺を串刺した。
「と、取り合えず、じゃあな、みちる」
「ふんっ」
「うんっ、ばいばい、真琴――と相沢 祐一〜」
みちるは走り去る。 ――俺をおまけ扱いしたうえで。
「なぁ、真琴、お前って怖い夢なんてみるか?」
「何?祐一。どうしたのよ、そんな深刻な顔して」
……俺は思いきって切り出してみることにした。
歩いて、暫くし、ものみの丘が近づいてくる。
そろそろ緩急のある上り坂が出始めるのだが。
どうも、やはり気にかかってしまう。
「いや、マジな話な、俺、知り合いの悪い夢を垣間見た、なんていう体験をしたわけ」
「――。 そうね。 真琴は、そういうの見ないわ」
「えっ?」
ちょっと真剣な真琴の顔に驚いた俺は思わず驚きを声に出してしまう。
むっと、真琴の額が影を作った。
そして、膝蹴り! どんっ、と俺にその2撃は食い込む。
「うううっ!」
「もうっ、祐一があたしをどういう風に見てるか解っちゃうじゃない」
それは、蔑むような視線。 ふんっ、という荒い声の後、真琴はまた喋りだす。
「あたしね、嫌なこと、忘れるようにしてるの。
だって、それって嫌でしょ?
まっ、祐一みたいにおバカな奴には一生わからないだろうけどね〜」
「むっ……それじゃ、見てるんだか、観てないんだかわからないじゃないか」
「――だって、そうしたら、寂しい夢ばかり見るに決まってるもん」
にかりっ――。
その笑顔がちょっとだけ痛い。
悪い話をした、と思い、一層握る手に力を込めると、俺達は丘に辿りついた。
日が、昇りだしたのはそれとほぼ同刻だ。
「――ふんっ、まぁまぁね」
「お前、素直じゃないな」
「でも、真琴にこの景色を見せてくれたのだけは感謝してあげるわ」
「はぁ、ついでだよ、ついで――」
ぼすっ!
「祐一だって素直じゃないわねっ! そんなのじゃ、お土産あげないわよっ!」
「ててっ、持ってきてるのか?」
「あぅっ――偶然ポケットの中に」
「ほうっ、どれどれ?」
はいっ! と真琴は俺に小さな紙袋を投げつけた。
――今はあけないでおくか?
「真琴、自費で買ったんだから、少しくらい感謝しなさいよ」
「ああっ、サンキュッ!」
真琴の目線がすごくあけろと訴える。 仕方なしに俺は袋を開けた。
――日差しに反射するのは、狐のマスコットをあしらった良くありがちなキーホルダー。
「ありがとうな、真琴」
「へっへ〜ん、祐一が出かけたら3倍返しだからねっ!」
真琴の髪が陽光に吸い込まれるように彩られる……。
「やなこった」
俺は微笑を浮かべつつ、そう応えておいた。