第7話


「へぇ……」

 アルクェイドは庭に佇む無数の甲冑兵に思わず唸った。
 
 もちろん中に人など入っていない。 茜が伝承した特殊な刻印を鎧の内部に付記することで、無機質な鉄の塊に
擬似の生命が宿るのだ。

 祐一の聖刻はそれを軽く凌駕する。 彼らは聖刻のテストのためだけに生を享受した使い捨ての代物に過ぎない。


「ぐぅ……」

 脂汗が祐一の額をとめどなく零れ落ちる。

「では、始めます」

「の、望むところだ」

 笑えない。 あゆはいつもこの瞬間そう思う。 この事態を冷静に見据えられる茜、そして一見のはずのアルクェイド
……本当に血が通った生き物なのだろうか? あゆの猜疑の念は尽きない。 でも、約束だ。 暗黙の、祐一との約束。
 それに抗うのは祐一のポリシーを傷つけることに等しい。だから、口にチャックでも閉めるように押し黙ってただ、
祐一の動きを凝視し続ける。

「来いよっ」

 ガ……

「ふぅ、んじゃ、さっさと仕留めさせてもらうぜ」

 動き出した甲冑兵の足取りは素早い。 祐一に引けを取らないほどだ。 それが祐一を挟み撃つ。
まずは、試し撃ち、とばかりに放たれた祐一の右腕は真正面の甲冑兵の胴を突き破る。
聖刻のありあまる性能を自分のエネルギーとして転換させたのだ。
一撃にしてその甲冑兵は撃沈する。

「甘いです」

 茜はそう呟いた。
 祐一ははっとする。自分で挑発したのだから仕方のないこと――、横合いからゼロ距離で放たれた鉛の一撃が祐一の腹腔を深く抉り、まるで、バイクにでも跳ねられたかのように盛大に祐一は宙を舞った。

「里村っ!! この前より学習してやがるぞ、こいつらっ!!」

「当たり前です。 計30体、前回は50体ですたから数を減らした分強化使用です。 死にはしないかと」

「だから男に逃げられるんだよっ!!」

「死にたいんですか?」

 鼻に皺をよせ、ちっと舌打ちすると、祐一は着地地点で身構える数体の甲冑兵目掛け膝を突きつけた。
勿論、それなりの強度を持つ彼らにそれが通じるとは祐一も思ってはいない。 これは撹乱にすぎない。
 ダンッと2体の甲冑兵の眉間に膝を当てると、その反動を利用して、後方に宙返りし、 爪先で後ろにいた甲冑兵の頭を蹴り落とす。 そのまま土塊に着地すると、しゃがみ込み、爪先を喰らわせわずかに怯んだ甲冑兵の顎目掛け拳を突き上げた。
 
 甲冑兵の兜が宙を舞う、祐一は一度溜息を吐くと先程膝を叩きつけた2体の甲冑兵を見やった。

 茜の描いた刻印だ。 だから茜の思考が反映される。 必然的に祐一を畳み込むべく群がる甲冑兵にあっさり祐一は囲まれる。
やはり、前回のペースではだめか……。 祐一はそう判断すると、聖刻02を解放し、限界覚悟で拳を振り上げた。

「それで、いいです」

「うぐぅ……?」

 あゆには茜の笑顔の意味が解らない。

「あゆ、茜は祐一の聖刻の力が見たいだけなのよ。 以外に計算ずみだったりするんでしょ?」

 アルクェイドの質問に一度頷くと、よほど満足したのだろう。 茜は食い入るように祐一を見入る。


 甲冑兵の攻撃をかいくぐろう、などという考えは祐一には無い。 そんなことしていたらすぐに限界がきてしまう。
勿体無いじゃないか、と言わんばかりの祐一の攻撃パターンは諸刃の剣あるいは背水の陣だ。
 左手を盾代わりに祐一は右腕をまとめて甲冑兵に叩きつける。 一度あたってしまえば確実に機能は停止する。 祐一を囲む甲冑兵の数は半分以下にまで減った頃、 その膝がもたつきだした。

「はぁ、……コストダウンには成功したみたいだが、相変わらず、疲れるな、これ」

 祐一がここに来て初めて弱音を吐くと、茜の頬は緩む。 甲冑兵に耳があればみんなそんな顔をするのだろうか。






「あゆ、相変わらず、良い仕事です。 聖刻に2つ以上の効果を展開するパターンなんてそうそう聞きません」

「……うぐぅ、祐一くんがそれに気づいてくれればラクなんだけど」

 あゆの心配を他所に祐一は甲冑兵を蹴散らしている。 だから安心できるのだが、あと一押しの不安がそれを苛む。

「ねー、ねー、あゆ、祐一の腕に何を追加したわけ?」

「うんっ、今までのより、もっと上質でより軽減してみたんだ。 あと、”貫通”を追加したんだよ。
使用量は実値は量ってないけど2倍強ってところかな」

 アルクェイドは祐一の右腕に視線を移した。

「あのままで、大丈夫なの?」



 祐一はそろそろ限界だった。 聖刻の色あせが顕著にそれを表している。
冷や汗ものの甲冑兵のすね蹴りを紙一重でかわしたものの足腰がそこで限界を迎える。
 残り数体。 1人でそれらを潰したのだ。 左半分の打撲で済んだのならこれは妥当ではなかろうか?

 少なくても本人はそうは思わない。 祐一は余った腕力で地面を叩き、その勢いで立ち上がる。
 あゆはそこでようやく祐一の瞳の色の変化に気づいた。 そして、いける。 そう思う。

 祐一の瞳は以前より遥かに淀みが軽減され、光さえ通さない黒真珠のような色へと変わっていた。

「はぁっ――」








 ひゅうっ、と吹く春風が祐一の汗ばんだ服を冷やす。 先程までは不快に感じたそれも今は心地よく感じられる。

 あたりに転がった甲冑は今ではこの庭の格好のオブジュとなってあの騒々しさはもう、存在しない。 大の字を書いて
荒々しい呼吸をしながら寝転ぶ祐一、その横にあゆが座り込んだ。

「あのさ、祐一くん、すっごく申し訳ないことなんだけど言っていい?」

「――お前は小学生か?」

「ち、違うよ、そりゃあ、名雪さんみたいに肉付きよくないし……」

「主に、胸がな」

「もうっ! ――、こっちは真剣なんだよ?」

 あゆが切り出そうとしているのは、もちろん先日の秋葉のことだ。 あの日以来、あゆはそのことを胸の内に秘め、日々
忘れようと心がけていた。 明日、その日を迎える。

だからこそ迷いが生じてしまうのはあゆの正直さだろう。 悪い点数を取った子供と似通った感じだが、――
それでも、あゆは決心し、思い口を開いた。

「この前ね……「ねっ、祐一、ご飯買ってきたんだけど、食べれる?」……うぐぅ」
 
 最高のタイミングでアルクェイドは帰って来た。 手には膨らんだ近所の弁当屋の袋を抱えて。

 


――ボクの意気地なし。 久々にそう思った。


 
その後のあゆは、誰が見たって”変”と思える態度だった。 そわそわしている、かと思えば上の空。
 ぼんやりしているかと思えば、突然頭を掻き出す。

 折角、茜の家のお風呂に入れる、というのに――ちなみにいつもは銭湯だ――長湯して溺死しかけたり、
 
 決め付けは夜の散歩に行く、と言って出て行ったきり、あまりにも帰ってくるのが遅い、と祐一が探しに出ると
 膝を抱えて、玄関先で座り込んでいる、という始末。

「お前、どうしたんだよ」

「うぐぅ……、祐一くん」

「ったく、人を困らせるのだけは昔っから得意だなっ!」

「違うもんっ! 祐一くんなんかにボクのこの数時間の葛藤はわからないよ!!」

「――、あのなぁ、見てらんないんだよ、そういうの」

「うぐぅ……」

「眠いからさっさと洗いざらい吐いちまえ」

 よろっと祐一は崩れる。 慌ててあゆが支えると、祐一は意地悪な笑みを浮かべた。

「ここ、夜のジョギングコースで結構有名らしいぜ。
ちなみに俺はあゆが言うまでは肩を借り続けるからな」

「う、うぐぅ……」

 すでに0時を回っている。 今頃ジョギングなんて――、あゆにはそれでも効果覿面らしい。
 
 その困った顔に満足げに、祐一はさらに追い討ちをかけた。




「お前の事、忘れてやろうか?」

「――この薄情ものっ!!」

 健康な少女の腕から繰り出される拳、祐一は甘んじて、それを受けた。 グーはだれが殴っても痛い。
 どんなに強かろうと、弱かろうと、グーで鼻っ柱を殴られればもんどりうってしまうもの――、足をばたつかせ、
呻く祐一の姿にシエルとの戦いや、聖刻02の試験時のような勇ましさなど存在しない。
 ただの間抜けにしか見えない祐一を見ていると、あゆは声を上げて笑い出す。 自分がどれだけくだらない事で悩んで
いたか気づいたようだ。

 彼は相沢祐一である。

「よ、ようやく、元に戻ったようだな、あゆ」

「うんっ、祐一くんのことでブルーになってた自分が恥ずかしいよ。 あのね、祐一くんがこの前帰ってこなかった
ときあったじゃない?」

 祐一の目が大きく開かれた。 そして珠のような汗が額から零れだす。
 アルクェイドの家に泊まった、なんていえば誤解必須。 下手するとあゆに殺られる、そう思ったのかもしれない。

「?どうかした?」

「な、何でもないぞ、ほらっ、行ってみそ」

 祐一の態度に多少の疑問が残る、だが、あゆは意を決した。

「祐一くん、実は……」


あとがき

 聖刻に貫通の能力が加わる……4本足が2本足になるくらいの進歩だったりします。 
 

 
 次回はいよいよ遠野家編です。
 
 舞、北川も出てきます。 月姫ヒロイン……しえる以外はでます。全部。
 大人数を動かすSSは久しぶりです。(汗)





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 とっぷ