第9話


 ドスンッ、という音をたてて、盛大に祐一は愛の無いコンクリに叩きつけられた。

 高さにして50m、縦長プールを思い浮かべつつ、祐一は呻く。 さすがに痛かったらしい。

「どうやら、ゲームオーバーではないらしいな。 まっ、いいさ」

 一体どこから、どこへ繋がっているのだろうか?
歩き始めると、大人1人分ほどのセメント張りの通路が延々と、ただ、延々と続いていた。

 やがて、曲がり角に辿り着く。 だが、曲がると曲がるでただ同じような道が敷かれているだけだ。

 溜息の1つや2つ、漏らしたくもなる。 こんなもの作る人間の顔が見てみたい、と祐一は思った。

 あまりのあほらしさに頭痛を憶えつつ、祐一は歩みを進める。




 第一の部屋、という埃を被ったプラカードがぶら下がったドアに辿り着いたのは、
それから暫くたってからのことだった。
 
右利きの祐一は聖刻の差し支えになる、という理由から腕時計をつけることはしない。

「ここに、入らなきゃ、いけないんだろ?」
 
 ぎぃ……、と錆びた鉄がこすれる音があたりに響きわたる。








 



 
「秋葉、どういうことだ? なんで、なんで客人を脅迫する必要があったんだ?」

「――兄さん、黙っていてくれた事は、感謝します。 ただ、兄さんにこの事は
 関係ないんです。 気になさらないで下さい」

 秋葉はツンッと志貴の質問を跳ね返した。

 志貴の顔は赤くなったり、青くなったり大忙しだ。 それは、自分に秘密で他人を貶めようという秋葉への怒りと、
それによって客人、として招かれた祐一が被害にあっている、ということへの罪悪感。

 今にも秋葉に詰め寄りそうな勢いが志貴にはあった。

「無駄です、兄さん、――相沢祐一は二度と地上に上がることなど出来ません
 だから、忘れてください、兄さんは蚊を殺して、罪悪感を憶えないでしょう?
 それと一緒なんです」

「――話してくれ、相沢 祐一が、一体何をしているのか、・・・知ってるんだろ?」

「ええっ、相沢 祐一は能力者のいない世界を作ろうとしているのよ、川澄 舞、倉田 佐祐理と
 協力してね――。今日会ってわかったわ。 あんな小物たちにそんなおおそれたこと、できわしない」

「じゃあ、なんでっ!!」

「兄さん、バカ? 目障りだからよ、目の上の瘤だもの」

「……」

 志貴は右手を強く握った。 くやしい、そう思う。 事態が起こるまで、何も教えてくれなかった秋葉。

 秋葉の意のままに動く、駒と化していた自分……、琥珀は、翡翠はこのことを知っていたのだろうか?
 視線を2人に移す、志貴と視線を逸らすようにして、2人は被りを振った。

「俺だけ、俺だけのけ者か、ははっ、まさか、琥珀さんや翡翠にまで裏切られるとは、
 思っても見なかった」

「志貴さん」

「ごめんな、俺、役に立てないから、そうなんだろ? 秋葉」

「――ええっ、そうです」

「秋葉さまっ!!」

 琥珀はその秋葉の心無い返答に思わずカッとなる。 志貴は俯き、踵を返した。

「志貴さんっ!」

「志貴さまっ……」

「ちょっと、頭冷やしてくる」

 志貴はドアを開け、1人ふらっと出て行った。










――雨は、こんなにも、冷たいものだったんだ・・・。


 アルクェイドは1人、遠野家の庭を散策中だ。

 ロアを、事実、転生不能にまで追いやった、遠野家。 興味があってついてきたのだが、実際は無価値だった。

 今は、本当にただぶらぶら、祐一が出てくるのを待つ、そういったほうが正しいかもしれない。


「あれっ?」

 アルクェイドは目を疑った。 危なっかしい足取りで、傘も差さずにこちらへ、志貴が向ってくる。 本人は気付いて
いないのだろう、それは俯き加減や、目の色を見れば解った。

「――あんなのに、?」

 そして、こみ上げる、言い知れぬむかつき。 それは、殺意とは違う。 困惑からくる怒り――。
 だが、アルクェイドはそれを知らない。

 だから、単純に自分の方へ歩み寄る志貴が憎い、そう思った。

「――、ロア、バカね、あんな矮小な存在に……」

 ダッ――

「殺して、あげる」

 高速の擦過音が庭に木霊す。

「――、ううっ」

「へぇ、短刀」

「退いてくれ、俺は、ワカラナイ、だから、相沢 祐一を、助けに、行く」

「!?っ、ねぇ、祐一がどうかしたの?」

「うっ、あああっ」

 志貴は突如、発狂した。 アルクェイドは危険を即座に察知し、その場から飛び退く。

 志貴の目はぼやけたような青。 カタンッ、と志貴の眼鏡は落ちる。

「はぁ――、はぁ――、」

「何、」

 釈然としないものもある。 それは、志貴が突然短刀を自分に突きつけるべく構えたこと。
 そして、ひしひし、とくる焦燥感。

「遠野、志貴……一体、どうしたの?」

「――っ、」

 志貴の動きは見えた。 アルクェイドは動く事もできただろう。 だが、それが、出来なかった。

 完璧なまでの短刀捌きで、志貴はアルクェイドの肩を軽く、切りつけた。
それだけだ。 それだけで、アルクェイドの肩から下がずるりっと落ちる。

「っ!!」

 アルクェイドは咄嗟の判断で、志貴を蹴り飛ばす。 志貴の肉体は宙に舞う。

 ドンッ、と地面に落ちる志貴にアルクェイドは無慈悲だ。

「――」

 だが、・・・その腕は志貴の頸を絞めるものの、命を奪いはしなかった。  

――わかんない、でもっ――これは、いけないことだ。




「けほっ、けほっ……ご、ごめん。その、そこに転がってる眼鏡、取ってくれないか?」

「――」

 無言で眼鏡を志貴に投げてやる。 志貴は少しむせったが、眼鏡を掛けると、ふぅ、と一息つき、
落ち着きを見せた。

「大丈夫――じゃないか」

「ううんっ、ちょっと大丈夫よ、」

 そういってアルクェイドは切断された左腕をくっつけてみせた。

「わたしは、人間じゃあない、まっ、それくらいわかるでしょう?」

「ああっ、今はっきりとな。 っと、それより、相沢 祐一だ。 お前、相沢 祐一の――」

「うーん、祐一は思い人って言ってたわ」

「そうか、とにかく、相沢 祐一を助けに向かおう。」

「それよ、それ。 ねぇ、祐一に何があったの? 教えてくれない?」

 志貴は苦笑した。

――まるで、鏡だ。

 自分は、秋葉、琥珀、翡翠にのけ者にされたのだ。 だが、祐一はこれほどにまで心配されている。
 
「俺、が頼りないばっかりに――」
 
「へっ?」

「いや、なんでもないさ」

「そう」

「なぁ、相沢 祐一ってどんな奴なんだ?」

「んー、変な人間っかな?」

 思案顔でアルクェイドはそう答えた。

「相沢 祐一は今、うちの地下にほぼ、監禁状態にされてるんだ」

「ふーん」

 アルクェイドの冷めた回答に志貴は驚愕する。
秋葉あたりが同じ状況だったら凄まじいことになるのだろうが、やはり、人間でない、ということが原因だろうか。

「むっ、何よ、その反応は、まっ、祐一は大丈夫なんじゃない? それなりの力量はあるみたいだし」

「――じゃあ、ついてくる?」

「当然、行くわよ」

 








 

 遠野家には、離れが存在する。 そこに通じる林、湿った土塊が、僅かに盛り上がった。

「……外?」

 やがて、ドロと埃まみれの髪を払う、舞が姿を現す。どうやら、舞は遠野家地下から脱出に成功したらしい。

「ふぅ……」

 志貴とアルクェイドがそこにやってきたのはほぼ同時だ。

「あっ、ああ……」

「何?」

 言葉も出ない、そんな感じの志貴を、冷めた目つきで舞は見すえた。

   
   



あとがき

 テロップに大幅変更を加えたせいで祐一の出番があああ。
 志貴くん大活躍。
 
 でも、もうじきその役目もさよなら、です。もう、オフコース状態。
 と、冗談はさておき、次回、北川くん登場、やっぱりシエルさんも登場です。

 ちなみに志貴は琥珀ルートっぽい設定で進んでます。
 おてつきについては黙秘権発動!

 ではっ。





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 とっぷ