『ねぇ、祐一? 高校の頃、覚えてるかな? 祐一ったら、この町に来るなり、余計なことに手をだして、
 奔走しちゃって……、本当に、わたし、心配だったんだよ?
 でも、祐一は助けてくれた。 あゆちゃんも、真琴も、栞ちゃんも、川澄先輩も……そして、わたしも。
 祐一のこと、……不思議だね、みんな、祐一のこと大好きなはずなのに、好き勝手なことばっかり
 やってるんだよ? 信じられないよ〜。 だから、わたしだけは祐一のこと、誰よりも好きでいてあげる
 
 

 ・・・。 じゃあね、祐一』




――名雪っ?
 
 祐一はまだ、痛む肉体を無理やり起こした。

 それは、名雪が去ってから数時間経った、正午間近のことだった……。

「うっ――」

 まるで、スタンガンを継続的に押し当てられたようなショックが全身を走り抜けた。 手が震えた。

「あらっ、起きたのね」

「祐一くんっ!!」

 その場に居合わせていたあゆとアルクェイドは正反対な反応を示す。

 脂汗で顔を滴らせた祐一は弱弱しい顔だった。 振り向いたその顔には明らかなダメージが見え隠れする。


 あゆは祐一の汗を拭うと、上半身に巻かれた包帯に手を伸ばした。

「まっ、待てっ、これくらい、自分でできるって」

「だーめっ、祐一くん、別に名雪さんならまだしも、ボクなんだからいいでしょ?」

「――――――はぁ、すまない」

 背に腹は変えられない。 祐一はしばし思案した後、やむなく承諾した。

 小学校の音楽の教科書にでも載っていそうな歌を口ずさみながらあゆは嬉しそうに祐一の包帯を変えるが、凄まじく不器用だ。 だから、仕上がりは異常なまでに不恰好だった。

「あはは――、ごめんね」

「……」

「うぐぅ」

 シュルッ……。

「はぁ、巻きだしてから約3時間、まさに未完の大器ねぇ、あゆは〜」

 仕舞いにはそんなあゆの動作を楽しそうに見ていたアルクェイドが包帯を巻きだす始末。 しかし、どこで心得たのか、その処置は的確なものだった。

「どうかなっ、祐一っ」

「上出来、だ。 また、頼む」

「いいわよ、その代わり……」

「解ってるよ」

 片目を閉じて、祐一は言うと、腕組みし、見下ろすアルクェイドは頬を緩めた。

「ねぇっ!!、 祐一くん、アルクェイドさん、その代わり、何のこと?」

  困惑顔であゆはきょろきょろと2人を見回す。

「んっ、ああっ、それはだな、まぁ、あゆあゆも大人になれば解るだろうさ」



 かぁ――っ

「う、うぐっ、お、大人になったらって、――祐一くんっ、不潔は犯罪だよっ!?」



「冗談の通じないやつめ」

 あわただしく顔の筋肉を動かし、動揺するあゆに向け、祐一は2,3小馬鹿にするような発言をし、軽く肩を落とした。

 それは、祐一と、アルクェイドと、舞、そして、遠野家の面子のみが知る祐一の所有物自慢話だった。



――あれは、夢だったのか?

 心のはじっこで、ぼそり、と祐一は思った。



 



 

 第16話

 

/1

 来客を知らせるベルの音が、人気の無いマンションの一室に木霊した。
 廃墟に迷い込んだような仄暗さ、それは、紫と橙の交わる夕暮れとこのマンション事態の電球の明度の低さから成り立っていた。

 どうにもおかしい。

 そんな気持ちにせき立てられたか、深い海のような青髪の彼女はもう一度、ベルを押した。

「やっぱり、留守、か」

 彼女は念のためドアノブを回す

「えっ――」

――開いてしまった。

 ぎいっと錆びたドアノブが擦れ、鈍く耳元を過ぎる。 一歩、玄関に足を踏み入れた。

 下駄箱の上にはガラス細工が数点、冴えない顔立ちのマトリショーカが1つ、そして、枯れた花を挿したままの花瓶が置かれていた。 
 嫌な予感がする。 ロケーションもあまり良いとはいえないのに……。

 彼女の足取りは自然重くなった。

 真直ぐ、廊下を抜け、ガラス戸をあけた。

「矢島さん――、留美です……って、あれっ? いるんじゃない、もうっ」

 ほっと胸を撫で下ろし、留美はリビングのテーブルに腰掛けている人間へと歩み寄る。 そして、手をかけた。

「えっ――」

 こんなに、痩せていただろうか、肩に触れたときの第一印象はそれだ。 見下ろせば、だらんっと力なく垂れた腕、ソレと同じような状態の頭。
 
背筋には言い知れない恐怖心がこみ上げた。

「矢島さんっ!!」

 ゴロッ……

「きゃっ……」

 留美は凝然と目を大きく開けた。 ――目があってしまったのだ。
強く揺さぶられた人間は造作もなく地面へと転がった死体と。
血の一滴すら残さない褐色の肌、ぎょろっと飛び出た目は瞳孔が開ききっている。 明らかな死、

 ここにいてはいけない、中枢機関がそう信号を送る。
ここにはいてはいけないのだ。 なんで入ってきてしまったのだろう。何で死んでいるのだろうのだろう。
あたしと関わったから?



「そうだ」

「――っ!?」

「お前が私を殺したのだ。 一般人である、私に能力者であることを告白したがために
……酷い、私、まだ死にたくなかったのに
――私、可哀想、あなたが死んでくれれば私にも安らげる時間が訪れるかもしれない」

「なっ、矢島さんっ!?」

 死体の口は開かれていない。

 咄嗟に後ろを振り向いた。 ――しかし、気配すら感じられない。 ただ声だけは耳に伝わる。
 
 がしっ。

「っ!!!!」

 胸が張り裂けるかと思った。

 振り向いた留美の首を掴んだのは、立ち上がった死体。 どこに、そんな力があるのかは解らないが、その凄まじい力は留美の頚動脈を直に圧迫し、思わず苦鳴をもらした。 息継ぎができない。

「お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した。お前が殺し、お前が殺した」

「――っ」

 その判断は正しかったのか、それは今となってはわからない。 留美は能力の断片を無意識の内に使用した。

  叩き込んだ肘鉄は死体の体組織を風化させる。 
 風に流されるかのように消えた死体、その後には僅かな、潮のにおいが残った――。




 たまらず、留美は部屋を飛び出すと、無我夢中でマンションを後にした。













/1-2


「あ、あたし――何やってるのよ。一体、さっきのは……」

 走り続けた挙句、日が沈んだ頃まで留美の意識は定まらなかった。 走り続けたせいだろうか? さっきより、留美の顔に冷静さが戻っている。

 額にこびりつく汗と前髪、そして、不安と疑問はマンションの一室で起こった悲劇を嫌でも回顧させた。

「ひっく、矢島さん――」

 丁度、トンネルに差し掛かった辺りで留美は肘をつき、嗚咽交じりの涙を流した。 

――能力者、なんて皮肉なんだろう。

 死亡した矢島という女性は一般人だ。 決して特異な能力に目覚めたわけではない。 だが、留美と関わってしまった。






 誰しも、能力者を否定するわけではない。 時に、彼らは未熟な能力者にとって支えにすらなる。

 留美もそんな1人だった。
 能力者として覚醒したのは、高校を卒業してすぐのこと。 大学に進学する気にもなれず、就職の道を選んだ留美はそこで、矢島に出会った。

 マンツーマンで仕事を教えていく、というシステムが成立していたその会社で、矢島、という女性は人当たりのいい親しみ易いお姉さん、といった具合だった。
 留美も尊敬できる上司に恵まれ、一時は幸せだったのだ。

 
 突然の、能力覚醒までは……。

 留美は誰の力にもよらず、ある朝突然、能力に目覚めた。
 今まで、こうあったら便利だ、と思っていたこと、これができたら良い、と思っていたことその全てを留美は能力で可能にできるようになる。

 最初は単純に便利だ、それだけだった。

 
「不思議な力?」

 オフィスの屋上、留美は矢島にそのことを告白したのはよく晴れたとある昼下がり。
 
 数日前から、自分の周りに不穏な影がちらつきだし、ついに前日、襲われた。
 集団で襲ってくる能力者たちに留美は成す術もなかった。 否、留美は実際能力の一端すら引き出せていなかったのだ。

 何故なら襲撃してきた面子は後天的な私利私欲のために上からの私事を仰ぐ下衆な奴らだったからである。
 先天的能力者の力は後天性のソレをはるかに上回る。

 ただ、成す術もなく、留美は袋小路にまで追いつけられた。

 あの恐怖心は今でも消えない。
 
 幸い、その場はうまく撒くことができたが、おかげで留美はすっかり怖気づいた。

 
 あろうことか、留美はそのことを矢島に話した。

 ぽすっ。

「ばーか」

「す、すみません、矢島さん」

 腕組みし、矢島は苦笑いした。

「良いわよ?」

「へっ――?」

「あなたの、支えになってあげても良いって言ってるの」

「や、矢島さん」

 嬉しくて涙がこみ上げてきた。

 その2日後、矢島は仕事を無断欠席――1週間たっても出社してこない。

 心配になった留美は一度遊びに行ったことのある矢島の家に見舞いにと、赴いたのだ。

 その結末は……。 
 そうして、今に至る。 


「う……ひっく、」

 タンタンタンタン……。

「っ――!?な、何っ!?」

 長さにして、20メートル程の短いトンネル、留美の向い側から、2人の男が歩いてくる。 1人はサングラスをかけた銀色の髪の男、もう1人は暗がりに映える赤い目の女性だった。

 留美はじりじりと後退し、前後を見回す。 充血した瞳から焦燥の色は拭い去れない。

「こ、来ないで――」

 タンタンタンタン……。

 あと、数メートル、というところで留美は踵を返し、走り出す。
 
 トンネル内、2人の顔に卑屈な笑みが浮かんでは消えた。






/1-3


 下弦の月の袂、灯の明かりの方が明るい昨今には珍しく、息を荒げる留美の周囲は比較的暗かった。
 まずい道に出た、というのが留美の感想だ。 
 
 これでもか、というほど森閑なイメージが浮かぶ公園前は建設中の住宅やマンションが立ち並ぶ大型建設現場となっている。

「逃げても無駄だ。 僕達に従ってもらおう」

「ど、どこっ!?」

「ここだ、ここ」 
 
 銀髪の男はにょっと、電話ボックスの前から姿を現した。
 
――この前のとは、明らかに違う。

 ひしひしと肌に伝わる。 その雰囲気は絶対的な不利を留美に伝える。
 それに、さっきは2人だった。 数が合わない以上、待ち伏せもありうるし、うまくやり過ごせる自身は皆無。

「そうだ、そうやって大人しくしていれば、僕も危害を加えることは無い」

「――くっ」

 男の手が留美に伸びた。 ほっそりと、陶磁器のように白い男の手は留美に触れた。
 留美は険しい視線でその手を振り解く。

「まだ、抵抗する意思があるのかい?やれやれ、 少し、恐いものを見せなきゃだめみたいだな」

 男は中指の爪をぱちんっと弾いた。
 
 ザッザッザッザッ……。

「そ、そんなところに隠れてたのっ」

 公園に鬱蒼の茂った木々の合間から姿を現したのはあの赤い面の女だ。 ストレートの栗色の髪、ラフな格好井出達だった。

 留美はもはや、声すら出せない。
目の前の男ですら、手一杯だというのに、挟まれた。

 言い知れぬ不安は留美を身震いさせた。 緊張というなの電流は先ほどから放流しっぱなし、逃げ道さえ見つかればすぐさま走りだしそうな気配である。

 
「やれっ」

 と、女性は走り出した。 その速度は尋常ではない。

  瞬きをするまもなく、留美の眼前に現れた女性の赤い瞳。

 腹部に圧力がかかった、と思って瞬間、留美の体はくの字を描いて弾き飛ばされた。
 留美は成す術もなく、地面に転がる。

 どうやら、殴られたらしい。 じんわりと来た痛みはそう伝えた。

「さて、どうする?」

 うつ伏せの留美の足元に男の革靴が見えた。
 
「君の選択肢は2つ。 ここで、僕に殺されるか、大人しく僕に従うか、好きなほうを選びたまえ」
 
 男は留美に手を翳しながらそう言った。



「がああああっ」

「何だとっ!?」
  
 突然、女は男に向って殴りかかってきた。
男は対応しきれず、一撃をまともに受け、留美よりも盛大に宙を舞う。

 留美には手加減をしていたのだろうか? 考えるとぞっとするが、同性とは思えない馬鹿力だ。

――何、何が起こったの?

 キイッ……。

 急転した事態を飲み込めない留美の目の前に一台の車が停車した。

「乗ってくださいっ!!」

 降りた窓から覗いた顔は声の荒々しさとは裏腹におしとやかな印象の髪の長い女性だった。
 よく見れば、車も黒塗りの高級車だ。 とんだお嬢様?

 などと、留美に考えている時間は無い。

「わっ、ちょっとっ」

 何が起こったか、それは留美が聞きたい台詞だ。
 前方座席から現れた男羽交い絞めにされた挙句、先ほどの女性が座っている後部座席に無理やり押し込まれたかと思うと、車は急発進した。

 

 自分をマウントする女性を振りほどき、起きあがる。

「くっ、まんまと、邪魔してくれたか……倉田 佐祐理」

 男に無駄な足掻きをする気持ちなど片鱗ほどもないらしい。
 
 すたすたと、夜の闇に男は姿を消し、それを女は追った。





あとがき



 ひっさびさの更新です。

 さて、今回からは七瀬編です。 舞台は御音市。 祐一の住処から電車で数駅です。
 
 留美の能力完全覚醒までが暫くのメイン。
 もっとも、まだ、能力の重要性は微妙ですね。
 
 ちなみに、留美はキーポイントキャラ。 佐祐理さんはまぁ、並々。

 祐一は出てくるか、といえば出てきません。 遠野家、秋葉、志貴辺りは活躍させたいな、と……。
 
 幕間2はまぁ、無かったことにして状態(爆)

 感想とかもらえると嬉しいです。





 とっぷ