「くっ……うぅ」

  

どうやら、殴られたらしい。 その激痛はじんわり、と腹に応え、留美は思わず鈍い声を漏らした。

「さて、どうする?」

 うつ伏せの留美の足元に男の革靴が見えた。
 
「君の選択肢は2つ。 ここで、僕に殺されるか、大人しく僕に従うか、好きなほうを選びたまえ」
 
 男は留美に手を翳しながらそう言った。



「がああああっ」

「何だとっ!?」
  
 突然、女は男に向って殴りかかってきた。
男は対応しきれず、一撃をまともに受け、留美よりも盛大に宙を舞う。

 留美には手加減をしていたのだろうか? 考えるとぞっとするが、同性とは思えない馬鹿力だ。

――何、何が起こったの?

 キイッ……。

 急転した事態を飲み込めない留美の目の前に一台の車が停車した。

「乗ってくださいっ!!」

 降りた窓から覗いた顔は声の荒々しさとは裏腹におしとやかな印象の髪の長い女性だった。
 よく見れば、車も黒塗りの高級車だ。 とんだお嬢様?

 などと、留美に考えている時間は無い。

「わっ、ちょっとっ」

 何が起こったか、それは留美が聞きたい台詞だ。
 前方座席から現れた男羽交い絞めにされた挙句、先ほどの女性が座っている後部座席に無理やり押し込まれたかと思うと、車は急発進した。


 





 深夜のインターチェンジはトラックが数台駐車されているだけ、というお粗末なものだった。

 売店で購入したのか、ビニールをくずかごへと放り投げた舞はジャムパンを口に頬張ばりながら歩く。
 丁度、舞から見て数メートル先に一台のオフロードバイクが停車していた。

 舞と同じく漆黒、ヒールが乗り回すような印象のあるそのバイクに舞はキーを射し込むとけたたましいエンジン音が寝静まったインターチェンジに響き渡った。

「そろそろ、行かなくちゃ行けない」

 下弦の月が雲に隠れた。 どんよりと思い雲だった。

 明日は雨だろうか? そんな気配を肌で感じながら、けたたましい煙と共に、舞は高速を駆けた。






 

      第17話



/2‐1

「結局、この車、どこに行くわけ?」

 むすっと留美は隣に座る女性に尋ねた。 すやすや、という寝息が聞こえる……。
 はぁ――、留美は溜息を吐く。

 夜間、この車はノンストップで高速道を走り続けた。 順応性の良さだろうか? 留美はこの車で数時間仮眠を取れた。
 
 夜が明けても、車は走り続けている。 どこに行くのか、といっても集中しているのか、運転手は何も答えてはくれないし、頼みの女性は熟睡中だ。

「もうっ、人を拉致しといて何様のつもりなわけっ!!」

 留美はふて腐れた。

 サイドミラーから見渡せる光景は、漁船が帰ってきたばかりの漁港や、その船から今しがた上がってきた漁師達だった。
 
 さらに行くと、海岸線がひろがり、折りたたまれた屋台や、民宿がちらほら――夏は繁盛するのだろう。

 そんな長閑な光景を留美は目を大きく開けて見入った。

「……なんで、海がみえるわけ」

 御音市から最寄の海までは少なくても車で2時間は掛かっていた筈だ。 込んでいたならなおさらだが、今はそういう時期じゃない。 それを夜通しで走っている。

 どうやら、凄まじく遠くまで飛ばされてきてしまった。
 

 留美の気落ちを急かすかのように、とどめばかりに、看板には、留美のいる町から地方2つほど隔てた日本最大の避暑地まであと10キロ、と白インキで明記されていた。
 
「ううっ……あたしが何したっていうのよぅ」

「そんなことより、おなか、空きませんか?」

「うひゃっ」

 フイに、後ろから、手が伸びた。

 赤ん坊のような、柔らかさと、程よい湿気を持つ、女性の腕は留美の頬をやんわりと触れた。
 留美は驚いて、オーバーにもガラスに頭をぶつけてしまう。

「ひーんっ、なんであたしがぁ〜」

「須藤さ〜ん、この辺で一度、休憩しましょう。 わたしも、七瀬さんもおなかぺこぺこです」

「了解しました」

 何だか、機械みたいな男だ。 須藤と名乗る運転手の仕草や声に留美はそう思った。






 頃合にあった24時間営業のファミリーレストランに車を駐車し、須藤を残すと、留美達は外にでた。

 うんっ、と背伸びすると、御音市にいたときよりも味わいのある空気が鼻腔をくすぐる。
 それが、ここは違う場所なのだ、と実感させ、また、些細な違和感の元となった。

 肌にあたる風の冷たさだけは、御音市とあまり変わらない。

「えっと――」

「はいっ、なんでしょう」

「あなた、何で、あたしの名前を知ってるの?」

「あはは〜、それは、おって説明しますね。 取り合えず、自己紹介、わたしは倉田 佐祐理といいます。
 知り合いからは何故か佐祐理さんとか、倉田さんとか、はたまらお嬢様とか呼ばれていますが、ご自由に
 呼んで決行ですよ」

「うーん、じゃ、倉田さんでいいわ。
 ここじゃ、何も話してくれないんでしょ、ならさっさと朝食すませましょ。
 あたし、もうおなかぺこぺこ……」

 



「さぁっ、好きなもの、召し上がってください」

「ラーメン」

「ふぇ、まだメニュー開いてないじゃないですよ、もっと身になるものでも」

「すきなのよ、ラーメン」

 留美は無愛想にそう返答した。

 さすが、明け方だ。 モーニングサンドとコーヒーが一番人気であるにしても、客入りは稼ぎ度の1パーセントほどにも満たないに違いない。

 喫煙席にもかかわらず、留美たち以外人が座っていないのがその証拠だ。

 
 健康にだけはこだわった特にこれといって特徴の見出せない中華メンが留美の手元に運ばれる。
 佐祐理は、やはりモーニングサンドにブラックコーヒーだった。

 ずずずっ。

「ふぅ……まぁまぁね〜」

「それにしても、凄い食欲ですね〜、佐祐理尊敬しちゃいますよ〜」

「はぁー、そりゃあ、半日何も口に入れてないから、当たり前よ。 それより、あいつ等撒けたの?」

「あいつ等、ですか?」

 ハテナの文字が佐祐理の頭に浮かぶ。
 
「ほらっ、あの銀髪の男と、赤い目の女よっ」

「ああっ、あの人たちなら多分、夜までは大丈夫です」

 バンッ!!

 一瞬、喫煙席に視線の全てが注がれる。

「ど、どういうことよっ!!」

――堪らない。

「いえっ、あの方たちは普通じゃありません。 まるで追跡型ミサイルみたいにしつこく追ってきます」

「……、まるで、ストーカーね」

 不安から来る苛立ち、突如でたソレを抑えるのは困難だが、抑制は可能だった。
 留美はなるべく落ち着いた物腰で、席につくと、非好意的な意思を佐祐理にぶつけた。

「ですが、撃退は可能です。 夜までに、わたしの親友が来てくれるはずですから――いえ、絶対来ますっ!」

 佐祐理の声に熱が篭る。それは確信におびていた。

「どれくらいよ、確率は」

 にこっと、笑う。
 留美は観察してきたが、佐祐理は常に笑っていた。 だが、今の笑顔はさっきまでとは少し、違う気がした。

 言いだしっぺの留美はその数値を何となく予測できた。
 きっと……だ。 




「もちろん、100%ですよ〜っ」

――はぁ……、やっぱり。

 













/2-2
 拉致されたにもかかわらず、相変わらずの順応性の良さは何の賜物だろうか?

 ファミレスからでた留美は取り合えず、佐祐理のゴールドカードに引付を起こすほど驚いた以外は至極落ち着いている。
 
 
「留美さん、これからの予定だけは簡潔に説明させてもらいますね」

「ええっ、そうしてくれると嬉しいわ」

 元の生活には戻れない、もっともそんな選択肢、能力者である、という時点で諦める他無かった。
 なんたる、皮肉。 便利だと思っていた力は決してそうとも限らない。
 純然たる力の象徴”能力”は否定的な権化だった。

 そうだとしても、留美は前向きだ。 ただ、聞き耳を立てる。

「これから、佐祐理の別荘に行きます。 そこに、能力者についてまとめた資料がありますから」

「資料? ふ〜ん、あなた達、随分と、物騒なものもってるのね」

「ふぇ、物騒でしょうか? まぁ、物好きなら世の中にゴマンといますからね〜」

「あなたもそんなもの?」

「はいっ、そんなものです」

「……」

 次第に、車は山合いに潜入していく。 鬱蒼と生い茂った木々、進むにつれ、豪奢なつくりの別荘が見えてきた。
 
 この辺はそういった、別荘を有することのできる、彼ら流に言えば、選ばれた、という金持ち地区。
 庶民丸出しで、留美は嫌気みたいなものを感じる。

 金持ちって言うものは、どうも、肌に合わないのよね。

 かくいう自分の隣に座る佐祐理も金持ちに属するのだろう。 何せ、ゴールドカード所有者なのだから。


「そろそろ、到着です、七瀬さん、荷物、持ってください」

「あのね〜」

 あきれた、と留美は苦笑いを浮かべると、佐祐理は僅かに戸惑っていた。

「あなた、あたしを拉致同然でここまでつれてきたんでしょうがっ」

「あはは〜、そうでした〜」

 


 ここまで、何度溜息をついただろうか? 少なくても、5回は佐祐理との会話の中で漏らしている。

 
 停車した車を待ち構えていたのは、今まで見てきたどの別荘よりも典雅な造りのものだった。
 平安時代の貴族の荘園を髣髴させ、それに反してシンプルな武家屋敷のような家は引き立たせられ、かえって趣を覚えた。

 趣味?、それにしてはやりすぎではなかろうか。

 凝ったつくりの門をくぐり抜けた留美達は庭の大きな水ために泳ぐ錦鯉を尻目にし、鹿脅しをBGMに玄関へと足を踏み入れた。

「お庭の管理は管理人さんが来てやってくれるんですよ、あと、お掃除も周に1回。
 でも、今日は休んでもらいました。 奥のリビングで待っていてください」

 留美は言われるがまま、靴を脱ぐと、時折、軋む年期ものの木の床を進んだ。
 



 がっかりしたのは、リビングに入って直ぐのこと、ソファなんていう西洋かぶれのものが置かれていた。
 それ以外は純和風なのだが――。




『あなたの、支えになってあげても良いって言ってるの』



「……支え、か、矢島さんは、――多分、殺された。 しかも、人間では考えられない方法だった。
 能力を手に入れれば、そいつともしも、対峙した時、あたしは仕返しができるのかな?
――仕返し、なんておこがましいか。 依存してしまった、あたしにも、非はあるんだから。
 でも、敵討ち、ぐらいの名目なら許してもらえるかもしれない。 矢島さんに」

 ガチャ。

「あはは〜、お、お待たせしましたぁ〜」

「……呼べば良かったのに」

「お構いなく〜」

 凄い料の本を抱えて、佐祐理はリビングに来た。
 これが、すべて能力者に関する資料なのだろうか? 全部読め、なんていわれたら胃が痛くなるに違いない。

「えっと、一応、付箋紙はつけときましたでそこの部分だけは最低でも読んでください」

 付箋紙は丁寧に本の隙間と言う隙間に貼り付けられていた。

「それってもしかして、これ、全部みたいなもんじゃないっ!!」

「あはは〜、言い換えちゃうとそうかもしれませんね〜」

 

「はぁ――がっくし」

 留美は気乗りしないものの、手前の本の1ページ目を捲った。










 

 


/2-3
 ビリッ、ビリッ……。

「秋葉さま――? 何をやっておられるんですか?」

 ビリッ、ビリッ……。

「――秋葉、さま?」

 秋葉はどうしたわけか、無言で本を数ページずつ、ちぎってはその場に捨て落としていた。
 主が何をしているのか解らない。

「いらない本を、処分しようかと思ったのよ」

「本、ですか?」

「ええっ、本よ。 遠野 槙久が蔵書私に託した、能力者に関する事項を連ねたもの。
 ゴミと一緒に出しても良かったんだけど、嫌な予感がしたから、 私、直々に焼却してさしあげます」

 言い終わると、秋葉は懐からマッチケースを取り出した。
 しゅっと擦ると、橙の炎が灯された。

「あの、秋葉さま、わざわざ、秋葉さまがお手を煩わすことなど無いのではないでしょうか?」 

「黙りなさい。 これは、あってはいけないものなの。 忌々しい、絶望の礎は、処分に値するわ。
 ――、槙久がなんでこんなものを蔵書していたのかが疑問なのだけど」

「秋葉さま――」

「あっ、それと、琥珀。 午後から、兄さんを借りるわよ」

「あはー、どうぞ、ご自由に〜」

 志貴は、決して琥珀の所有物ではないのだが、そんなものにも見えなくも無いようだ。
 秋葉にいたってはそのほとんどが妬みというか嫌味というか、意味合いに毒が篭っているのだが、
 その辺は受けて立つ、というところ。 種火のついた本など非ではない炎が2人の背後を捲くし立てている。

「いい度胸、じゃない。 琥珀」

 秋葉の頬は先程から貼りっぱなしだ。

「当然です。 志貴さんはわたしの彼氏なんですからー」

 琥珀はいけしゃあしゃあと言ってしまうから、秋葉の額には青筋が立った。

 ぶちり、と何かがはじけるような音がした。

「それは、さて置き……、琥珀、急用を頼まれてもらえる?」

「なんでしょうか? 秋葉さま」








「早急に、この場を立ち去ってちょうだい」

「へっ――」

 ザワッ……。

 春一番などとうに過ぎた。 なのに、突然、木々がざわめき、風に舞った。
 
 あたふたと琥珀は白いリボンを押さえていると、秋葉は、離れのある林の方向に体ごと目を向けていた。



「でてきて戴けませんか? 影月さん」






「ふふふっ、よく、僕の気配に気がついたな」

「当然だわ。 あなたのような小物に、私は欺けるはずがないのだからっ」

 すでに、臨戦態勢の秋葉の髪は次第に朱に染まっていく。
 影月は銀髪を掻き揚げ、サングラスをはずすと、その紅い目を覗かせた。
 
「僕は君と正式に協定を結びたいと思っている」

「協定? 私、人を見る目はあってよ。 あなたみたいな目は卑怯で、そのうえ臆病。
 一度手に入れた力にばかり拘る、自分勝手な存在。どう、当たってないかしら?」



「――大はずれだな。 僕は寛容な紳士だ。 以後、訂正を宜しく頼む」

 パリンッ――。

 丁度、ガラスが割れるかのように、影月は消えた。

「なんなのかしら、あの男」










 






「それじゃ、琥珀さん、翡翠、少しの間、留守頼んだよ」

「かしこまりました、志貴さま」

「あはは〜、任せてください、志貴さん」

「兄さん、早くして乗ってください。 あまり、相手方を待たせては失礼でしょう?」

「あっ、そうだな。 ごめん、んじゃ、いって来る」

 何だか、惜しいような気もする。 翡翠と琥珀に館を任せると、志貴は車に乗り込んだ。
 


「兄さん、これから会いに行く人物が、誰だか、解っているんですか?」

「……ああっ、確か、遠野家の遠い親戚で――」




「久瀬 宗次郎の子息にして、現、久瀬コンツェルンの社長、久瀬 元治です。
 今日はまぁ、社交辞令程度のパーティーですが……。決して羽目をはずさないで下さいね」

「は――はい」

 それだけ忠告すると、秋葉はサイドミラーに肘をつけ、ぼんやり空を眺めだした。


「久瀬 元治、か――」

 日当たりがいいから、サングラスが欲しいな、と志貴は思った。






 あとがき


 冒頭で舞をだしましたが、バイクについては、造形のかっこよさぐらいの無知ですので、すみません。

 遠野家の面子も久瀬との対面にかこつけました。
 七瀬は本でも読んでるがよろし、です。

 暫くは主人公なのに・・・。

 

  感想とかもらえると嬉しいです。





 とっぷ