門前の証明が終わると、秋葉と志貴を乗せた車はそのまま、久瀬氏の豪邸へと流れていった。
ケバケバしい、獅子を象ったスライド式の門もさることながら、庭の造りも豪く派手な印象を受ける。
満開の花々は自分達の栄華の象徴とでも考えているのだろうか?
奥には、プールも見えた。
まるで、誇大妄想、秋葉は皮肉にそう称した。
志貴にとってはそんな他愛も無い秋葉の文句など、関心の無い話だった。
志貴は考えに耽っていた。
悪く言えば、猜疑。 どうして、秋葉だけでなく、自分がこの屋敷に招待される必要があるのか?
自分は、遠野の名字を名乗っていても、それは建前で、本当は……。
秋葉以外、遠野の血を引く者達はみな、彼を認めはしないだろう。
第一、そんなこと、久瀬氏も知っているに違いない。
金持ちは悪い噂が好きだから――。
どうも、自己嫌悪ばかりだ。 志貴にしてみれば、それだけでいいに決まっている。
秋葉もいるんだ、悪いようにはならない、志貴はそう、1くくりし、よし、と頷く。
「兄さん……?」
「なんだい? 秋葉」
心配そうな顔をして、秋葉は見つけてくる。
こういう顔は志貴の前でしか見せない、いわば、
気丈な乙女の見せる恥じらい。 志貴の特権だった。
志貴はそれにすら気付いていないが。
兄として、志貴は秋葉の表情を伺った。 何を心配しているのか、と。
「――兄さん、言っておきますが、あまり、一人で悩まないで下さいね」
「ああっ」
――ばれていたか。
志貴は少し照れくさいものを憶えた。
それにつられ、秋葉の表情は一度和らいだ。
「兄さん、それと――勝手知ったる我が家ではないんですから、テーブルマナーは弁えてくださいね」
「……どうして、そう、痛いところをつくんだよ、秋葉は」
志貴が苦笑いを浮かべたのとほぼ同時。 庭や、門を凌駕する”宮殿”と呼ぶにふさわしい屋敷に
車は到着した。
/3-1
「お久しぶりです、叔父さま」
「おおっ、秋葉じゃないかっ、よく来てくれたね」
「ええっ、叔父さまには父が元気だった頃、よくしてもらって……」
「いやっ、いいんだ――」
久瀬 宗次郎は志貴が想像していたより、ハンサムで、3枚目俳優のような印象の男だった。
秋葉は、宗次郎に親しげな挨拶を交わす。
礼儀正しい令嬢、志貴にはそんな風に見えた。
「紹介が遅れました――私の兄、遠野志貴です」
「初めまして……」
「ああっ、君が、息子のわがままにつき合わせてしまってすまないね。
一悶着したんだが……」
「いえっ、構いません」
分不相応な自分に恭しく頭を下げようとする宗次郎を、志貴は静止した。
大丈夫だろう、宗次郎に気付かれぬよう、志貴は秋葉にウインクする。
そして、僅かに胸を撫で下ろす仕草をした。
「まだ、少し時間がありますので、奥のレストルームで待っていてください。
メイドがいると思うので、何なりと命令してけっこうですから」
「わかりました。 それでは、後ほど。 行きましょう?
兄さん」
「ああっ、じゃあ、どうも――」
「ゆっくりしていって下さい」
壁に掛けられた絵画の数々、置かれた壷や瀬戸物の皿、ガラス瓶や彫刻……配置のバランス、和洋折衷の
具合は他所にしても、それらは全て、名のある高価な品々ばかりだった。
壊しやしないか、と志貴は僅かな振動にも気遣いながら、秋葉の後ろを歩く。
海老茶色の大きな扉を素通りすると、レストルームに辿りついた。
「はぁ……、まるで、古代ギリシャの宮殿のようね」
「んっ、確かに。 白い机に、白い椅子。 均等に配置された真っ白な支柱」
「でも、ここが、この屋敷で一番、まともかしら?
統一されている、ということだけだけど」
「おいおい、メイドさんがいるんだぞ? 失礼じゃないか」
どこに? と秋葉は志貴を見据えた。
「あれっ?」
言われるまで気付かなかった志貴も志貴だが、この風景はテラスへと続くガラス戸以外、みな白で統一されており、そこに、みなれたメイド、という言葉、姿は存在しなかった。
「身も心も真っ白、といったところですか?
兄さん」
ぽかーんと間抜けな顔で頷く志貴。
ソレに対して、秋葉は宗次郎の温情に感謝した。
秋葉も、よもや、こんな場所で兄妹水入らず、などという気分を実現できるとは思いもしなかったからだ。
「兄さん、私、紅茶用意しますね」
嬉嬉とした秋葉の頬は緩む。 奥に置かれた周りの丸いテーブルよりやや小ぶりな四角いテーブルには
シンプルな白い陶器製のティーポットが置かれていた。
/3−2
「お前のその足じゃ、いくら走っても追いつけやしないさっ」
一心不乱、舞のオフロードバイクは高速をかけていた。
丁度、佐祐理の別荘のある県の境まで差し掛かった辺りだ。
耳に、自分を蔑む声が聞こえた。
「……」
風の悪戯だろうか? それにしては、フラットな男の声は耳に余韻を残す。
しかし、横や、ミラーに視線を移しても、人の姿などありはしない。
今は観光シーズン前だ。
だから、交通量は指で数えられるほどしかないこのあたりで自分以外の人間が通るとは……。
「――まさか、追っ手?」
その可能性は否定できなかった。 舞も危険な任務を負っている。
留美を保護する佐祐理に一手、自分に一手。
挟み打ちもありえなくはない話だ。
――なんで、今まで気がつかなかったんだろう。
不覚、と舞は反省した。
「――」
舞は数百キロを出しているバイクに急ブレーキをかけ、孤を描くようにして、停車させると、
地面はタイヤのラインが黒く擦れて浮き上がった。
「やれやれ、どこまで盲目なんだろうね、君はサ」
「……」
「僕が能力者にでもみえるのかい? それならお笑いだねェ」
「何で、バイクが喋ってるの?」
舞の視線を一点に受けているのは自身のバイクの後ろに金魚のふんのように張り付いた緑色の
異形なバイクだった。 不可解なフィルムを有する、
甲虫のような造形のがっしりとしたバイク、それから、声が聞こえてくるのだ。
どうやら、先ほどから舞に話しかけているのはこのバイクのようだ。
舞は落胆半分、驚き半分という具合で少し苛立ちを覚えていた。
自分はバイクに弱点を指摘された。
その上、間に合わない、などと、挑発めいたことを言ってのける。
まったく腹立たしい。
だから、舞はそのバイクを思いっきり蹴っ飛ばした。
もっとも、そのくらいで横転するほど、このバイクは柔ではないことをわかっての事だったが。
「痛いじゃないかッ。 まっ、それはさて置き、僕は君の敵ではない。
付け足せば、この声は勿論バイクが喋っている訳じゃないからね」
「……」
「今、ショックを受けているでしょ?」
「っ!!!
――どこにいるのっ」
「フフンッ。 僕は君の近くになんていない。
そのバイクは僕の化身サ。
まァ、びーとクンとでも呼んでくれたまえ。
因みに、人工AIをつんでいるから、
君より賢い」
腹立たしい喋り方。 横柄な態度。 明らかに、舞を見下すかのような声は、相変わらず、
バイクからのみ聞こえてくる。 ただ、それだけだった。
「ん〜っ、現在、2時15分。 あと、3時間を切りました、急がなくて、良いんですか?」
はっ、と舞は空を見上げると、日差しは僅かに西に傾いていた。
――マズイ。
「ほらっ、僕なんかと相手をしているから、遅れるんだよッ。
世界はご都合では回っていないんだ。
完全なる論理に乗っ取って動いてるのサ。
君が間に合うためにはこの先300k/h で行かないと
……」
言われるまでもなく、そのつもりだ。
舞は小癪なバイクになど目もくれず、バイクにまたがると、そのまま、疾駆した。
「ヤレヤレ」
どういうわけか、びーとクンと呼ばれるそのバイクは猛スピードでバックしだす。
何か鈍い音がし、その行為の意味が判明するのは時間の問題だった。
「バックしまーす。って、もう遅いか」
ふぅっ――もれてきたのは、バイクには似合わない深い溜息。
そして、けたたましいエンジン音。
「つけられてることにも気付かないとは、相変わらずだな。
川澄先輩は――」
今までと違う、どこか親しみのある声が発されたかと思うと、バイクは元来た道を引き返した。
――先ほど撥ねた能力者を背景に。
/3-3
男は遠野の屋敷からさして離れていない住宅街の塀にもたれ掛かっていた。
剃刀のような色の目を除けば、コレといって特徴のない短髪の男。
年は二十歳前後だろうか、
生来の性格か、清潔なのか、無精ひげは見当たらず、服装も今先ほど、アイロンをかけたかのように
パリッとしたものだった。
「つけられてることにも気付かないとは、相変わらずだな。
川澄先輩は――」
男は、それとなく、持っていた携帯を懐に戻す。
微苦笑をすると、はにかみ具合が妙に愛らしく思えた。
「ホント、一途なんだから」
軽く腕を絞り上げ、肩を解すと、一度息を吐く。
「――俺は、自分の好きなように動かせてもらうぞ」
瞬きをすると、その剃刀色の瞳は一向におさまる勢いのない反抗心に燃えた。
僅かな動きで皺が出来ないよう、用心して身を翻した男は呼吸と同じ速度で歩きだす。
「まずは――お前に対する蜂起と行かせてもらおうかな……」
人の耳に入るか入らないか、息を噛み殺すような小さな声で、男は嫌悪の掃き溜めである、
彼の名を呟くと、踵をかえした。
その先には、遠野の屋敷がみえる。
男が踵を返した時、門前に、一台の黒い4WDが停車した。
――思ったより早いじゃないか。 さすがだよ。
関心、ではない。 皮肉を込めた、そんなことを思う。
そして、何の警戒心も示さず、遠野の屋敷へと繋がる門は琥珀の手によって開かれた。
「えっ――っ!?」
琥珀は何が起こっているのかわからない。
ただ、気がついたら、ここにいた。 ふわりっ、と頭が軽く、まるで寝ていたかのよう――、そんな
余韻がまだ残っている。
「悪いな。 何、酷いようにはしないさ。 用があるのは、アレだけだからな」
4DWから、颯爽と降りてきた2人の男女。 その内女性は先日留美を襲った奴に間違いない。
赤い目の彼女は、座席から降りるや否や、琥珀の腹腔に深い一撃を叩き込んだ。
ぐらっと琥珀の体はよろける。
「おいおいっ、手厚く応じろ、って言われてるだろ?
V-005」
目元の垂れただらしない格好の金髪の男はなよなよしく女に警告すると、門を跨いだ。
「……」
無表情で、女は男に次いで門を跨ぐ。
まだ、意識のある琥珀であったが、激しい腹痛が琥珀に立ち上がることを阻害した。
「さてっ、とっととアレを探して退散する――鬼の居ぬ間に、な」
まるで、今の遠野家の現状を全て知っているかのような余裕綽綽な態度は癇に障る。
それでも、彼は、自分を阻害する存在が遠野家にはいない――確信はあった。
だから、無防備に、後ろを振り向く行為などせず、屋敷の玄関へと侵入したのだった。
「やれやれ、お前は、気がついたみたいだな――半死徒」
「……どういうわけだ? V-001」
「何、追求者であることに、嫌気が差したそんだけのことだ」
流すような視線を、倒れている琥珀に、男は送った。
視線が琥珀と合うと、不安そうな琥珀に軽く笑い返し、女性と向き合う。
「裏切る、というのか?」
「……裏切る? そもそも、
追求者とは、理想こそ現実、なんだろう?
俺の理想は人に指図されるものなどではないただ、それだけのことだ」
驚愕の色が女性に浮かんだ。
「狂ったか? V-001っ!! 我々は能力者に飼われる狗に過ぎないのだ、
そんな妄言、挙動は身を滅ぼすに過ぎない――まだ、間に合う、戻って来い」
大仰に、身を振りかざし、最後の道標の如く、男に差し出されたのは、
以前の彼ならば、喜んで受けたマヤカシだった。
今ではソレを聞いたでけで虫唾が沸く。
胸が痛くなるほどの苛立ちしか立ち込めてこない、そんな断頭台。
「確かにな――」
「――」
「確かに、言われるがままに従うのは楽だ。
おまけに俺達は能力者には逆らえない。
力が無いからな。 だが、本質はだれも、一緒なのさ。
性欲と、眠りと食欲を欲する――貪欲な生き物でしかない。
気がついてみると、あまりにもそこは簡素だったよ。
脆弱、それを取り囲むのは嘘だけだ。
――狂ってるのは、俺達半死徒だ」
男は深呼吸し、言い放つ。
「だから、俺は、反旗を翻す」
夢を見たあとのぼうっとした感覚。
見たあと、ソレを思い出すのはどんなに難しいことか。
じりじり……広い庭は、女性にとってはあまりにも狭く感じられた。
男は感情の片鱗すら見せず、女性へと歩み寄る。
逃げ場が無い。 自分と同質、同レベルに過ぎない存在の暴挙は彼女の思考を
著しく麻痺させた。
そして、一閃。
斬撃を彷彿させる、紫電の如き手腕は、女性の首元にのめりこむと、肉体が千切れる錯覚を与える。
ビクンッ――。
一度、痙攣を起こすと、女性は血に臥した。
僅かに、男に哀れむような視線を送るも、男は琥珀のもとに向ったあとだった。
あとがき
わけわかんない。
そんな話です。 今回は。 辛うじて秋葉と志貴の話がのほほん、ですね。
でも次回以降あちら側も大変です。
ちなみに、この男が斎藤だったり。
祐一の同級生、とかそういうのではなく、オリキャラすれすれです。
設定も何もかもが。
祐一が次第に遠くなっていきます。 なんとかしなくては……。
感想とかもらえると嬉しいです。
とっぷ