第19話



 琥珀は暫くして、体を起すことに成功した。

 多少痛みは残るものの、その辺は若さでキープ、と言ったところだろう。

 不法侵入を許すとは――何たる失態か。
 主のいない間に、屋敷をあらされては堪らない。

 それに、翡翠のことも心配だった。

 あまり、恥じたり、悔しがったりする時間は、琥珀にはないようだ。
 自分を助けた、という事になっている男は、服に皺がつかないよう、ゆっくり、とこっちへ向ってくる。

 彼の仕留めた女性、(確かV-004と言った)は屋敷の庭に臥していて当分目を覚ます気配は無い。
 
 となると、問題は2つ。

 今、自分へと歩み寄る男、そして彼らは何物か?
 そして、屋敷――。

「どうしたんだい? そんなむっかしい顔しちまってさァ」

「――へっ?」

 何だか、なよなよしい、どこか緩い。
 それが、本当に先の男であるのだろうか? 油断は禁じえない。
 ただ、妙に垢抜けた笑顔は、罪悪を払拭させる。

「そうだ、お腹、大丈夫かい?」

「えっ、ええっ、まぁ」

「良かった。 ソレならいいんだ」

 剃刀色の目に何の前触れも無く、安堵の色が浮かんだ。
 それとなく鋭利さの欠いた目元の輪郭と目の色は丸っきりの好対照だった。

「1つ、質問していいですか?」

「最低限、譲歩するよ、どうぞ?」

「あなたは、そして、あの人たちは何者何ですか?」

「ああっ、あいつ等は追求者、というのの一派、まぁ、使いっぱしりだな」

「じゃ、あなたも――?」

「ノン、僕は断じて。 君は、死徒を知っているだろうか?
 吸血鬼、なら知っているだろうね。 まぁ、僕は吸血鬼でも
 なければ、人間でもない、改造手術によって再構築された
 人間の亜種、半死徒だ」

「人では、無い。 と、喩えればいいんですか?」

「ああっ、それでケッコウ」

 男は、すっと踵を返した。
 まるで、琥珀の存在を忘れたかのように、と言わんばかり、屋敷へと向い歩き出す。
 
「あっ――」

 男の足は歩いている――だというのに、琥珀は自分が次第、屋敷から遠のいていく、そんな錯覚に襲われた。

 流される、そんなことはあり得ない。
 その奇怪な現象は男が館の入り口にたどり着いたとき、終わりを迎える。

 ドアが開いた。

 勿論、琥珀はさっき立った場所から、一歩も動いたなどいない。

「あはー……何だったんでしょう?」

 戸惑いながも、琥珀は自分の胸にふつふつ、と湧き上がるものを感じていた。

 このまま、置いてけぼりは琥珀のポリシーに反する。
 弱冠17歳にして、遠野家の影の支配者。 いわば、ラスボスすら操る真の敵。
 
 ここで、終わったら琥珀さんの名が廃る、というものだ。

 はたして、先に侵入した男は不運だろうか?
 琥珀を敵に回した、というのは明らかな不運だ、それだけは言えた。

「ただ、命の保障はできませんね〜」

 わなわなとした手つきで琥珀は懐から何かを取り出す。

 それは、無数のボタンの配置されたコントローラーのようなものだった。

 ……弱肉強食。 琥珀にとっては屋敷に入った時点で自分以外の人間は虎視眈々と狙いを定めた
 獲物――なのだろうか?

 ぽちっ、とスイッチを押したのも束の間。

 館の中から先に侵入した男の悲鳴と床が抜ける音がした。










/4-2

 どぅっ――琥珀の耳を劈くようなエンジン音が聞こえたのはその時だった。

「ひゃっ――」

 開いたままの門を一台のバイクが走破した。 それは、つい1時間ほど前に舞をおちょくっていた
 バイクに他ならない。

「な、なんなんですか、あれっ」

「余計なことしないで欲しかったなァ……おっと失敬」

「はっ――!?」

 聞こえてきたのは、先ほどまで話していた男の声。
 琥珀は目を疑った。

「安心してくれたまえ、遠隔だ。 遠隔。 もっとも、そいつは僕より頭いいんだけどねェ」

「何が何やらさっぱり」

「今、翡翠、とかいうメイドさん一号を捕獲した。
 あんたの妹さんだそうで。 そっちにこいつを渡す代わりに
 お願いがある」

 いきなり、人質を取るのは、どうか? と思うものの、琥珀は頷いた。
 見えているかはわからない。

「今さっき落とした男を庭にはいださせてくれないか?
 僕はそいつを仕留めなくてはならない」

「そんなことですか。 了解しました」

 ブチンッ、と電源が切れる音がバイク越しに聞こえたかと思うと、
 男は翡翠を連れて、歩いてきた。

 翡翠の目が凄まじく、琥珀を睨みきかす。

 到着するまで、琥珀はその意味が分からなかった。

――まさか、酷いことされたんじゃ……。

 そんな心配を横殴りな翡翠の言葉。

「危うく、姉さんのトラップに落ちるところでした。
 寸でのことろでそちらのお方が助けてくれなければ、
 きっと――」

 ぎろりっ、とさあっ――っと。

「ごめんね〜、翡翠ちゃ〜ん」

 琥珀は翡翠に軽く誤る。

「……さてっと」

 間に割って入るように、男はバイクへと歩み寄った。

 バイクの後部には荷物を入れが設置されている。
 男はおもむろに、中からショルダーケースを取り出した。

 この間も服に皺をつけない、最細の注意を払っている。

「よっと――」

 ショルダーの中身は琥珀、翡翠が見ても分からない。
 ただ、1つだけいえることは、金具が数個つめられている、ということだけだった。

 男はソレを手、足、膝、肘にそれぞれ装着する。

「あ、あの――何、してるんですか?」

 琥珀はあまりの不自然さに尋ねずにはいられなかった。
 翡翠に至っては何やら、冷たい視線をこっちに送っている。

「ああっ、僕、能力者に勝てる自身はないからね。 強化しておかないと、
 返り討ちも必死だし……というわけで、これは、―‐強化パーツ」

 男の語尾は険しいものに帯びていた。
 かと思うと、目の色が血を思わせる赤へと変色していく。

 次第に――。

「ここで、大人しくしているのが身のためだ」

 男はバイクに跨りながら、琥珀と翡翠に最終通牒を言った。

 縦横無尽、彼らはどうして、人の家でこうも横柄な態度がとれるのか甚だ疑問である。

「単に、肝が据わっている、ということですかねぇ……」

 今しがたウィリーを決めたいかついバイクに向けて、琥珀はぼそり、と呟いた。








/4-3
 留美はある程度まで本を読み終えると気だるいものに襲われた。

 ああっ、眠い、と。

 佐祐理にとってこれは幸いだった。
 何故なら、コレより先は、眠っていてくれた方がやり易いから。

 催眠術セットなるものを手に抱えた佐祐理は笑みを零し、それが必要なかったことを喜んだ。
 人を欺くのは嫌いだから、である。

「留美さん?」

「あっ――ごめん」

「起き上がらなくて結構ですからー。 あのですね、これから第3者の目でことの顛末を見てもらいます。
 これは、夢を介してやるものですから、丁度いいんです」

「――ああっ」

 ああっ、それで、といおうとしたところで、留美の目蓋は落ちる。

 第3者の目、佐祐理はコレをやるために、ある程度の準備が必要だった。
 その設備、資料などが整っているのがここである。
 それに、留美に車の中で寝ろ、というのも酷であるし、失礼だ。

「それでは、始めます。 ――オブジェクティブゲート、オープン」 

 グワワワ……。

 こういうことには機械の音がよく似合う。
 たいした機械ではないが、この屋敷のどこかで、その機械は稼動を始めたらしい。

 留美の眠りはあっさりと深いものへと移り変わった。










 ……えっ?

「どういうことよ――」

 目は何故かパッチリ醒めている。

 そして、留美の眼下に広がる世界。そこは、事の始まりの舞台。
 あのマンションの前だった。

 視線は自然と、階段の方に向く。 

「――っ、なるほど」

 今、階段を1人の少女が上っていった。
 それは、留美本人に他ならない。

「第3者として、か」

 夕焼けが恐い。

「あの時、何が起こったのか。 そして、あたしはどうして、こうも翻弄されるのか。
 答えは、あの日にある、ってことね」

 矢島、という女性が会社を休んで、初めて、留美が訪れた日。
 それが、まさに、今の舞台である。

 考えに耽っていても何の意味も成さない。
 留美は取り合えず、裏口へと回る事にした。


あとがき


 ようやく、話が動きだしました。
 齋藤のバイクが早すぎるのはあのバイクにワープ機能がついているからです。
 
 留美編は動き出し、秋葉、志貴編は次回以降動き出します。
 齋藤編は直ぐ終わりますので……。

 では〜っ。



 感想とかもらえると嬉しいです。


とっぷ