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第22話
男の全身が悲鳴をあげ、酷く軋む音がした。
はがされ、千切れた服の内側に見えるのは幾重もの筋肉のようなチューブの束だ。
……真紅の瞳はそれでも殺意を失わない。
男と、また対峙する彼もすでに絶命寸前であった……。
土塊に浸透した雨水は、その場をぬかるませる。
男はそれをうまく利用し、加速的に死徒、
としての能力で彼を粉砕し続けた。
だが、半死徒、である。
半分は人間だった。 負担に耐え切れなくなった肉体はあっさり自壊の道を進む。
結果、今の状態に陥ったわけだ。
半死徒である、という以前に、体が精密機構の一路を辿っているため、余分な動作ですら、
男にはマイナスだった。 振動1つ立てず、流れるような動作、それしか男が体を維持する方法は見当たらない。
何せ、反旗を翻したのだ。 男の肉体のメンテナンスをできる人間など世界広し、といえど、藤香、となのる
女史以外見当たらなかった。
まるで、矛盾。 その矛先が自分である。
彼は苦鳴を漏らすと、くらっと体が崩れた。
チャンスだ――男は思った。 同時に罠では?
とも思う。
空は次第に橙にそまる。 それにもまして、凄惨な一撃は、男の意思に上乗せする形で金属器の過剰動作
によって、発動された。
ずどっ……と。
ゼロ距離で、肉塊は爆ぜる。
「影月、である以上、俺に死は無いんだ……斉藤。
お前は半死徒である以前に、
人間として、生きていれば、良かったんじゃないか?
俺が影月、と言う駒ではなく、
名も無き能力者として生きていたように……」
「矛盾しているな。 それが、自生の苦、だというのなら腹がよじれるほどに笑いたい。
――大体、そんなこと、反吐がでるくらいに昔に捨て去った。
名前も、人間であることも。 それすら、今まで俺は思い出せなかった。
たいしたもんだぜ、影月それに、藤香女史はよ」
ダアンッ――。
遠野家の一画で、大爆発が起こった。
それは、エネルギーの放流に他ならない。
「……あはー、翡翠ちゃん、秋葉さまにどう説明しましょうか?」
「――姉さんの植物園にたまたま揮発性の植物がいらっしゃた、とでも言えばいいのでは?」
もうもうと、立ち込める煙は渦を作り、空へと舞上がる。
外野はあまりにも突然の自体に、
ただ、耳を押えることしかできなかった。
「それは、ちょっと、あんまりでは? 翡翠ちゃん」
「いえ、姉さんなら、秋葉さまも笑って許してくれますよ?」
「何となく、呆れ交じりの笑いなのが、目に見えます」
「……詳しくは、張本人に聞くのが宜しいですね」
丁度、湧き上がるような炎と煙の中からバイクに跨り、男――斉藤は姿を現した。
遠くからみても、そのボロ雑巾のような姿には痛々しいものがある。
ただ、普段から、秋葉や、志貴のそういう姿に見慣れて免疫が出来ている琥珀と翡翠には、
別に越したことはないようだった。
やがて、バイクは2人の前で止まった。
「君ラは屋敷にいた方がいいね」
「……はいっ?」
何を言っているんだろうか、この男は、と琥珀は思わず聞き返してしまう。
男は苦い息を漏らした。 やはり、ただ事ではなかったらしい。
「遠野 秋葉は罠にハマった。 それも最悪のネ。
まァ、彼女は自力で脱出できるかも。心配なのは遠野
志貴のほうだ」
「えっ――」
サァッ――琥珀の顔は青くなった。
「安心したまえ。 僕が志貴くんは何とかするよ。
もっとも、どこまで信じるか、
は君ラ次第だけどネ」
「――」
「ちなみに、僕の足止めをするのが長ければ長いほど、志貴くんの寿命は縮むヨ」
どこまで本気なのかは解らない、ただ、志貴、という言葉は鍵のように、
すんなりと琥珀と翡翠を動かした。
2人は頷き、無言で踵を返す。
「……1つ、尋ねていいですか?」
「んっ?」
「あなたは、何者なんですか?」
「さっきも答えただろう? もう1つ言うのなら、我侭な、死徒、といったところか?
――じゃね」
主人の疲弊とは裏腹に颯爽とバイクは邁進した。
「姉さん・・・」
「翡翠ちゃん。 あの人は信じるに値しないけれど、秋葉さまの足手まといにはなら無そうよ。
わたしには、見えてしまったから。 あの人の行く末が」
「姉さん?」
「あの人、長くないですね〜」
微苦笑が琥珀の顔に浮かぶ。
翡翠には検討のつかない発言、それに他ならないためか、翡翠の顔は終始訝しかった。
ただ、2人の顔から相変わらず、落ち着き、というものは観られない。
これだけは、暫く解けなさそうである。
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メインが不在。 それなのに、パーティーは順延もなく始まった。
滞りがない。 寧ろ、可笑しいくらいのスムーズさ、秋葉にとっては早く1日は過ぎれば、
こんな退屈なこと、どうでも良かった。
だが、しかしそれでは社交界はうまくはいかない。
死んだ、とはいえ、親の顔も、
遠野、という血筋も立てなくてはいけないことは、なんて、皮肉なことだろうか?
馬鹿馬鹿しくてしょうがないけれど、その辺は妥協でカバーするしかない。
と、なると、気に懸かるのは志貴に他ならなかった。
兄さんはきっとこんな場所に来るのは初めてだ。
だから、うっかりはめをはずしても可笑しくない。
いくら厳重に注意したってあの人は聴きやしないんだから。
まさに、馬の耳に念仏――。 そんなことを秋葉は思っている。
それを知っているのだろうか? 当の本人は……。
「――」
秋葉は今、すごくむっとした。
なんだ、あの露出度の高い胸は。 まるで自分をあざ笑うかのようではないか。
そこに群がるのは、何名かの鼻の下を伸ばした、軟派な男たち。
そんなのは優しい。 無視すればいいのだから。
ただ、例外、志貴がその女に絡まれているのだ。
これは、さすがにいただけなかった。
「……くっ」
不幸なことに今日は立食パーティーだった。
よって、バイキング形式がとられている。
秋葉の手持ちの皿はカタカタと振るえ、ぴきりっ、と
皹が入る。
そして、トマトソースが秋葉の指に触れたことすら、気付かず小柄な仁王様と化した秋葉の足はつと、
志貴へと近づいていった。
志貴、絶対絶命、である。
「秋葉くん、今晩は」
「――あっ、」
咄嗟に秋葉ははっと顔を赤らめた。
秋葉を呼び止めたのは、宗次郎だ。 先程より、数歳、若く見えるのは、白髪を染めたからであろうか?
日に焼けたせいかもしれない。 黒いタキシードが良く似合う中年の紳士、正にそれである。
宗次郎は秋葉にワインボトルを差し出した。
「秋葉くん、バルコニーで、一杯どうかね?」
「……お断りします」
何故なら、志貴の監視が緩慢になるに決まっているから。
「フム。 手厳しいね。 さすが槙久の娘だ。
まぁ、いいか。 秋葉くん。 君もあまり、はめを
はずさぬようにね」
「ええっ、それは、十分に心得ておりますわ。
叔父さま」
挨拶程度の笑みを浮かべ、秋葉は身を翻した。
赤いカクテルドレスを着ている、ということもあり、
足元がどうしても、鬱陶しい。 秋葉は志貴のほうに再び視線を移した。
「兄さん……?」
そこに、志貴はいなかった。
「悪いわね。 こんなところまでご一緒願って」
胸の開けた黒いワンピースを身に纏った藤香は、もうyしわけ程度にショールを身に着けていた。
夕方と、夜の間、そんな時間である夕闇時。
心地よく、少し暖かくなってきた風が、2人の肌にしん、
と染み付いた。
志貴の似合わぬタキシードはまるで七五三のようである。
志貴はその場に肘をつき、外を眺めていた。
「いえっ、俺なんかでよければ、全然お構いなく。
でも、すごい人数ですね。
さすがに、ちょっと俺には向いてないかな」
「ふふっ……、でも、遠野 秋葉さんのお兄さん、と聞いていたから、さぞかし、
きつい性格だと思っていましたわ。 驚きですね」
「そうですか。 まぁ、あいつには、長い事寂しい思いをさせましたから。
その、裏返し、っていうか反動っていうか、そんな感じなんでしょうかね?」
「まぁ――」
淑女らしく、上品に藤香は微笑む。 ふと、志貴が振り向くと、見えたのは、そんな藤香の
大人、という部分と、ドキッとするほどの豊かな胸。
艶やかさ。
そして、風に靡くブラウンの長い前髪の房だった。
――わからない。
どうして、そんな美人さんが自分をこうプライベートにもてなすのだろうか?
男ならゴマンといるに違いない。 ただ、秋葉の兄、それだけで、俺を呼んだようには総じても
怪しい……。
こんなときでも、志貴から猜疑の念は消えないのだ。
それは、可笑しいだろうか?
「あなた、良い目、しているわ」
「――えっ?」
つっと艶やかな唇が、志貴の顔を覆う。
「……っ!!!!!」
思わず、志貴は撥ねた。
それは、どくっ、とする高揚などではない。
アドレナリンはそんなことで警戒しないのである。
あるとすれば、それは――殺気。
いやなほどの緊張感・・・・・・・。
「どうかして、お兄さん?」
「いえっ――」
志貴は頭を横に振った。
誤解だろうか? 今の感覚は――それを捲くし立てるかのような真紅のルージュを塗った赤い口紅は、
……。
「私から、何か気配のようなものを感じたのならば、あなたは正しいわ。
でもね、私、自分の事しか考えない、ハキダメみたいな奴らが嫌いなだけよ。
志貴、と言ったわね。 あなたの顔憂いで一杯だから――すごく興味があるの」
艶かしい唇は志貴に耳打ちをする。
「あなたは、あなたのままでいなくては、だめよ」
それは、自分の行く末を案じるかのように思える嫌な感じだった。
結局志貴は藤香が去っていくまで一歩だに動く事すらできなかった。
///// ////// //////
「にいさんっ!!」
息を荒げた秋葉がバルコニーにやってきたのは、ようやく志貴が自分を取り戻してきた時だった。
「あ、秋葉っ!?」
息が荒い、というのは裏返せば、何かの前触れか、何かと女難の相がでていそうなしきである。
きっとろくでもないこと……例えば先ほどの藤香との一件、そんなことを観られていたのでは、
と焦っているにきまっいて。
「あー秋葉、落ち着け」
「へっ? 何をですか?」
狼狽気味だった志貴は一転した。 何か拍子抜け。
「なんだ」
ほっと、志貴は胸を撫で下ろす。 そんな安堵感に満ちた志貴を秋葉はじとっとした目で眺めていた。
「今まで、どこにいたかと思えば……」
腕組みしながら、秋葉は志貴に言った。
そして、溜息を吐く。
「ほらっ、兄さん、そろそろダンスの時間なんです。
その……踊ってくれませんか?」
「んっ、えーっと、秋葉、俺、ダンスなんて出来ると思うか?
そりゃ日本舞踊くらいなら嗜んでるけど」
頬をかきながら志貴はぼそり、と呟く。 だが、秋葉としては、そんなこと、どうでも良い話。
ただ、志貴と一緒に踊る、ということがメインなのだ。
すっと、秋葉は手を伸ばす。
「いきましょう。 兄さん。 私がある程度は導いて上げますから」
「んっ――ああっ、」
そこまで言うのなら、と志貴はおもむろに秋葉の手を握る。
少し汗ばんでいるのは、秋葉
が緊張しているからに他ならなかった。
志貴は妙に、そんなところが、兄として、愛おしく思えた。
弦楽器の華麗な演奏を背景にダンスは無事執り行われた。
多くの紳士、淑女が、手を組合い踊る。
そんな中で、志貴も秋葉にリードされ、踊っている。
ふと、誰かの視線を感じたような気がして、志貴は目を逸らした。
ぎゅむっ。
「痛っ」
嫉妬、という名の代償が志貴の足元を踏んづける。
飛び跳ねたいのだけれど、ふんっと、顔を
横に振った秋葉の機嫌を損ねないためにも、そこは一まず、無視することにした。
「ごめん、秋葉」
「……」
「悪かったって。 ほら、今度の休みで埋め合わせするからさ。
罪滅ぼし、ってことで。 たまには兄妹水入らずもいいだろう?」
「…………解りました。 約束、ですよ」
それは、適はない、約束となった。
「ではっ、みなさん、そろそろ、宴の開幕、と行きましょうか?」
どこからか、そんな声がした。
志貴ははっとする。 予感的中、と言ったところだろうか?
淑女の悲鳴が辺りを覆い尽くしたのはその時だ。
天井から、つるし上げられた紳士の死体がゆっくりと、降りてくる。
それが正体だった。
秋葉は絶句して、それを見つめる。 それとは――宗次郎だったからである。
あとがき
あと何話続くかしらないけれど、祐一は相変わらず出てこない(汗)
秋葉編は次回戦闘やっておしまい、な予定。
七瀬もあと、2、3話ですから、そろそろ、祐一がでてくるはずなんですけどね。
感想はこちらです。
とっぷ