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第23話
死体は、甘い鼠色の息を吐き出した。
みるみるうちに、まるで、空気の抜けたビニル人形のように、宗次郎はしぼんでいく。
それは、丁度、秋葉が小学生の頃、理科の実験で見たプラスチックの末路にも似て、類似性、
懐疑製すら呼び起こすものだった。
デジャヴ……それが、秋葉の脳裏を過ぎる。
「何……っ」
観た事など、経験したことなどあるはずが無い。
だが、確かに、
「秋葉っ――!」
「えっ!?」
咄嗟に、志貴は秋葉を抱え、飛びのいた。
もし、そうしていなければ、秋葉は今頃、先ほどの立ち居地で獣に首元を抉られていたかもしれない。
「――っ、黒」
そこにいるのは獣だ。 群れをなした、漆黒の。
彼らは、まるで、死体に群がってくるかのように、ぞろぞろと無数に、気がつけば点在していた。
それだけじゃない。
「うぷっ……」
こみ上げる吐き気。 志貴の、秋葉の眼前に広がるのは耳を劈くような嬌声だった。
ずぶりっ、と獣達はその場の人間を糧として、喰らいだしたのだ。
志貴は愕然とする。 それは、秋葉にしても同じ。
では、先ほどの懐疑感は――?
「酒池肉林。 宴には餐が必要だろう? そして、弦楽器の荘厳なる奏で。
まだ、足りないかな。 だとしたら、そう贄となる生け血」
響くのは、既に、人の声ではない。
満ち足りた、男の声、そして、添えられた拍手の音だった。
「さてっ――メインディッシュ。 遠野 秋葉を喰らえ、魔獣どもっ!!!」
ぎらっ、炯炯と除く黄金食の血走った瞳が2人を射抜いた。
志貴は思わず、眼鏡をはずす。
「やめてっ、兄さんっ、そんなことしたら、兄さんの命が」
「何、心配することはないさ。秋葉、たまには、兄面させてくれないと、
守ってやるさ」
やんわりと、志貴は微笑む。 ただ、目はすでに今まで見てきたどの人間よりも冷酷だ。
ぞくりっ、背筋が凍えるのを秋葉は覚えた。
不完全なる、殺人貴。 志貴は牙を向く獣の威嚇に、何の怯みもなく、懐から取り出した
短刀で切りつける。
喉を――。
手を――。
足を――。
腹腔を――。
「――キリが無いっ」
志貴は完璧で、無欠にすら見える。 が、時折遅い来る、欠乏症と、疲労感は、極端に、ピークを
逸脱している。 その脆さが、仇となる。 圧倒的数。
言うならば、質より量。
呻くように、もれる、志貴の苦渋。
「ちくしょうっ!!」
「――兄さんっ、あなたはっ、どうして、いっつ自分勝手なんですかっ!!!」
秋葉は吼えた。
紅き、檻髪は、志貴のちまちました攻撃などより、よっぽど効率がいい。
一斉掃射。 放たれた、朱い髪の渦は、辺りを占領、掌握した。
魔獣たちは、それに抗う術を知らない。 あっさり、一蹴され、影形も微塵も残さず、霧消した。
「……に い さ ん ?」
「あ、秋葉――」
一難去って、また、一難。 志貴に群がるのは苛立ちを露にする、秋葉だ。
それには、志貴は平謝りしか、謝罪を求める方法を知らない――なんて、不器用。
「っ、あまり、心配を掛けさせないで下さい。
取り合えず、ここから、逃げましょう」
「あっ、ああっ……」
何とも言えない、重ったるさだ。
うっかりつまずこうものなら、先ほどの死体さながらに生き血を抜かれた死体が転がっているし、
臓腑もごろっと転がっている。 喰い散らかしは、良くないが、コレを食えるものは恐らく世界広し、
といえど、人間には見つからないだろうな……少なくても、志貴はそう願っている。
2人は廊下に出た。
「きゃあああああっ!」
女の悲鳴が、廊下をでた、志貴と秋葉の耳に届いた。
「――」
秋葉無言で、志貴を見つめた。 どうやら、志貴に意向を委ねたらしい。
勿論、志貴は、人を見捨てられるほど浅はかな人間ではないことを秋葉は知っている。
これは、まぁ、秋葉なりの譲歩だ。
「くそっ!!」
志貴は駆け出した。 それを秋葉も追う。
つい、数時間前はどれもが、芸術であったこの廊下も、今では何も目に留める価値すらない。
それが、現実みたいである。
瑣末な廊下を駆け抜けた末、2人は今にも女性――藤香に喰らいつこうとする漆黒の魔獣の元に
辿りついた。
「させるかよっ」
少しくぐもったその声の後、志貴の短刀は魔獣の喉を貫く――はずだった。
「な、何っ!?」
それは、計算外。
志貴の短刀を、魔獣は後ろ足で弾き飛ばしたのだ。
それだけじゃない。 残念、声が志貴の頭を掠めた、かと思っていたつぎの瞬間には志貴の肉体は、
宙を待っている。 あまりにもそれは美しく見えた――。
「甘いな。 遠野 志貴。 俺には、そんな手口は通用しないんだ」
「――っ、その声は!?」
「ったく、寝ていれば良いものを」
「くそっ……」
志貴は肺を締め付けられ、一度、呼吸を禁じられた。
地獄から解放され、志貴はおもむろに腰を上げる。
「兄さん」
そんな志貴に居ても立ってもいられず、秋葉は近寄ってきた。
睨ねつけるような、視線が秋葉に届く。
「早々に立ち去ったほうが身のためですわよ?」
「解っているさ。 だがな。 影月様のご命令なのさっ。
遠野 秋葉の始末。
そして、志貴の略奪」
「なっ」
「と、言う訳だ。 お前達は最初から、罠にかかっていた、と思って諦めろ」
ククク……男の笑いは下卑なものだった。
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「ただでは、通してくれない、ってことか?」
内心、舌打ちまじりな文句を垂らす斉藤だが、顔はそれほど嫌そうでもない。
報復にはもってこい、そんな環境への配備に寧ろ感謝したいくらいだ。
「……ざっと、10人、と20匹。 ビートを完全防御の方向にエネルギー転移させちまえば、
余裕に違いない。 確実に、ここはやり遂げねば」
覚悟、といわれると、笑われそうだが、斉藤は覚悟できていた。
自分の目の前、フレームに幾つか配備されたボタン、それはパターンさえ規律に従えば、
様々な効果を発する事が出来る。
今から斉藤が行おうとしている、完全防御もその1つだ。
完全防御、と言えば聞こえは良いが、できることは、バイクのAIが相手の攻撃パターンを確率で
導き出し、それを元に内蔵の排気装置で巻き起こした風圧で弾く、という強引かつ大胆なものだ。
その際の振動で、下手をすれば落馬もありうる。
だが、飛来するもの、例えば銃弾などは数発であれば、
難なく避けられる、よいう利便性を顧みれば、あまり越したことではない。
もっとも、相手が死徒、や能力者である場合、あまり、役に立たないのも事実ではあるが……。
メリットだけ、良い方向にだけ、そんなことばかりプラス思考に考えながら、斉藤はギアを回す。
後は、AIに任せるしかないからだ。
「来るが良いさ。 お前らぐらい、容易い」
ギンッ、迫り来る魔獣の群れをいとも容易く斉藤はかわす。
そして交差する際、思いっきり蹴りを叩き込めば、
最低でも、失神は免れない。
そんな緩慢な動作だが、すでに10体は捌いた。
「お前らじゃ、役不足なんだよっ」
背を思いっきりかがめ、零れ玉を回避する。
最悪の場合への策も怠らず、邁進は続いた。
斉藤はすかさず、銃身を自分に向ける男に特攻する。
男は辛うじて、避ける事に成功した。したはいい。
一瞬、怯んでしまう。
魔獣は、血が大好きだ。 臓腑が大好きだ。
滴るものが……。
用は、掠めるだけで良い。 自分は幸い、人間じゃないから、男たちを怪我させれば、血、さえながしてもらえば、
魔獣は理性を保てなくなり暴走する。
それで、道は開いた。
「チャンス、だな」
ギアをフル回転させると、けたたましいエンジン音ともうもうと沸く鉛色の煙が舞い、バイクは疾駆した。
あと、数メートルで、屋敷だ。 相変わらずの不恰好。
何だか気分を害す、という具合では、こっちの方が強そうである。
だのに、斉藤のバイクは突然、孤を描き停車してしまう。
そいつは、自分を凝視していた。
血走った目で。
斉藤も顔を強ばらせ、眉間に皺がよる。
その目は空に向けられた。
「……今日は、もう、会わないと思ったんだがな」
「君は僕の忠実な僕ではないか。 斉藤。とても、悲しいな」
「黙れ」
「何とでも言ってくれたまえ」
「じゃあ、言うさ。 暫く黙ってろよ。 影月」
噴かしたエンジンの音と、2人の声はうまく交錯し、あまり良く聞こえない。
ただ、苦苦しくそして、酷く、凶凶しい。
はっきりいって、こればかりは、斉藤でも予想していなかった。
影月を一体仕留めている。 今日はお休みに違いない。
これは、斉藤の知りうる久瀬に対する最大の善後策だったのだ。
足踏みは重く、蹈鞴を踏みながら、舞う斉藤の蹴りは虚しく空を凪ぐ。
肩透かし、そんな感じだ。 だから、なおさら、自分の肩を軽く小突く影月の仕草、
嫌気のする笑い、が不気味だった。
「弱さ、それは、露呈するべきものなんだ」
「黙れっ――」
「何を今更。 君はあの日依頼順応なる、僕の下僕。
今更、反抗するなど、
野良犬風情はとても気に喰わないがねっ」
死を彷彿させる、インパクトが、一寸、流れを成して、斉藤の胴を突き刺した。
どうっ、と噴出す水分と、赤血球。 地上10メートル。
飛来したのは影月が投擲した、石。
そのつぶての重みは斉藤の体内抵抗の範疇を凌駕していた。
当たり前か――?
愚かしくも、それに驚きは無い。 相手は能力者。
それも、次元を1つほど先をいくであろう、
脅威を持つ、圧倒的存在者でもあったから……。
まるで、激しい下流を逆流するように、斉藤の体は地面を削りつつ、吹き飛ばされた。
「――死んだか、いや、死にはしない。 死徒、とは人の次元では想定できない頑強さをもっている。
もっとも、メンタルの面、を考えれば、脆弱さに差は無いがね。
つまり、僕こそ、完璧というわけか? あははははっ!!!!」
その醜態は哀れに他ならないのだ。 彼の前では。
同情に値した。
無力――それしか、斉藤に向けられる影月の餞は無い・・・。
「どうして、立ち上がらない。 大体、こういうのの、やられ役、というのは立ち上がるんだよ?
『くそっ、負けて堪るか』なんていってさ。
無様に他ならんがな」
影月はそういうと、足を、地面へと着地させる。
「君は、生かそう。 ただ、暫く寝ていてもらえるか?
昔の好であって同情でないからね。
その辺は呵責だ。 それに、今放つには、君は知りすぎている。
まったく腹立たしいよ」
「ご生憎様。 そして、ご愁傷様」
「――何っ!?」
影月の背面を斉藤のバイクが捉えたのはその時だった。
前輪は、足に絡まりみしみし、と骨を砕き肉を蹂躙する。
地面に、影月は叩きつけられたのだ。
邁進を続けるバイクは斉藤を通り越し、高く聳え立つ屋敷の壁へと衝突した。
もちろん、バイクはその程度では何の被害も無い。
「……くっ、ゆ だ ん ……した」
斉藤はすっと立ち上がる。
「掌握しきった、俺の勝利だな。 まぁ、今日のところは引けよ。
お前は無限大なんだから、機会はいくらでもあるんだろう?」
「……ふんっ」
バイクの辺りが少しだけ、明るく白光した、かと思うと、すぐに消えてしまう。
「――急がねば」
掛け声1つ、休むまもなく、斉藤は屋敷のドアへと向った。
あとがき
終わりませんでした。 すみません(TT)