第26話


 小川のせせらぎ、その音に耳を傾け、留美はようやく目を覚ました。

 ・・・、時に、それは妙に近く感じてしまう。

 こんなに近くに聞こえただろうか? この音は。

「んっ……ううっ」

 ゆっくりと開けた先は、天井ではなかった。 よく、晴れた蒼雲。
 視界には一望に青空が広がり渡っていた。

「ここは?」

「……とある、密教寺の近く」

「へっ?」

 寝転んでいた場所もソファーでもなければ、床の上でもない。
 シートの敷かれた砂利の上である。

――どうりて、肩が凝っている訳だわ。

 寝違えなくて良かった、と留美は起き上がり、肩を解しながらそう思った。


 ところで、留美は気になった事があった。

「あのさ、あなた、どちらさま?」

 黒いレザージャケットに身を包んだ、長く艶のある黒髪、黒瞳、前進黒尽くめの舞を
 留美は佐祐理の伝聞でしか聞いていない。

 その容姿はおろか、見た目すら知らないのだ。

 知らなくて当然だ、だが、てっきり自分のことを知っている、と思っていた舞としては、お門違い、
 失礼千万に他ならなかった。

 だから、顔を顰めた舞に、留美は軽く首を竦めて、

「倉田さんから、何にも聞いていないの。 できれば、軽く説明してくれます?」

 と当たり障りない程度に尋ねてみた。

「……そう。 佐祐理は、今この上」

「上?」

 首を上向きにした舞、留美はその視線をまるで、追尾するように後を追った。

 そこには、確かに、それらしき社の裏側が見えた。
 黒塗りで、結構古いのかもしれない、よく見れば所々ペンキがはげていて、
 屋根の申し訳程度の飾りに張られた金箔もボロボロだった。

 断崖絶壁、といっても良い立地に立っている社にはそんなことより、スリリングを感じられる。
 地震が起こったらひとたまりも無いのではなかろうか?

 そんな、ささやかな疑問すら提供してくれる社。
 そこに佐祐理は向かったらしい。 さしずめ、舞は留美のお守り役といったところか。

「あそこに、何があるというの?」

「……誰がいるか、というほうが正しい」

「・・・、じゃ、誰がいるのかしら?」

「森羅万象を知りすぎた人」

「……随分と、オカルトじゃない? 祈祷師? 呪い師? それとも陰陽師?
 はたまたいたこさん? 実は妖狐だったり……」

「能力者であり、魔術師」

「あっ――そう」

 なんて乗りの悪い。

 これも、自分にかかわりのあることなのだろうか?

 そもそも、どうして、自分はここにいるのだろう?
 ソレの元を正すと、アノ第3者の目、だかに行き当たるのだが、
 あまり思い出したくないのが事実。

 辛い。 まさに、第3者の目での事実は虚で無い限り、偽りのない真実。
 と、なると矢島女史を殺したのは留美、となる。

 能力者として、留美は……。

 自然と、涙腺はまた、熱くなった。
 それだけじゃない。 あまり食事もしていないため、込み上げた嗚咽感も、
 胃液の熱さばかりが印象的、喉がヒリヒリして、嫌な気分なる。

「……うっ」

「留美、現実は皮肉だらけ。 こんなところで自分の面も
 見えないのじゃ、この先には、行けない」

「先? 先ってなんなの? 思い出したくないのに、ほつれたのに、
 すぐに元通りよ。 ようやく、ようやく……」

「忘れよう、何て思わない方が良い。 能力者で気楽な人間なんていないし、
 あなたみたいな過去、いくらでもあるから」

「……」

 バシャン、留美は、自分の歪んだ顔を誰にも見せたく無かった。
 だから、留美は川に向けみを屈める。

 舞が手を伸ばそうと、した瞬間、留美の口は開いた。

「じゃあ、聞くは。 総体的に捕らえて、何がわかるの?
 あたし、個人の問題よ? 知ったかぶらないでよ――」

「……じゃあ、逃げる? 私は、構わない。
 佐祐理に怒られるくらい慣れているから。
 ただ、あなたを二度と、助けはしない」

 肩に舞の手が重なった。

 少し、握力がかかったその手は増して、重力を感じた。

「……自分にすら抗えない人間に、生きる理由なんて、無いから」

 かァ――――。




 


「やれやれ、佐祐理ちゃん、面白い場面に遭遇してしまった!」

 まるで、かっとなった留美の衝動を遮るかのように、
 巫女装束の女性はショートの青髪をたなびかせ、
くりっとした大きい目を見開きながら高らかを声を上げた。

 はっ、と留美は視線をそちらに向ける。

 余裕、寧ろ心底楽しんでいそうな背の低い女性、そして、その隣には、
 苦笑いを浮かべた佐祐理が立っていた。
               ふゆはな 
「よく来たじゃないか。 私は、冬花。 知る人ぞ、知る天才巫女さまだっ!!!」

 少なくても、留美の興は一気に冷まし、
舞は神妙な面持ちで冬花を見つめていた。

「まぁ、取り合えず、乙女くん、涙を拭いて」








///// ////// //////

 幻影、とも思える、紫煙のような靄が、倒れた佐祐理の上にぼうっと負ぶさっていた。



 夕方、留美を第3者の目の方へ送り込んでから数時間後、何とか間に合った舞は佐祐理のその姿
 を目撃し、緊迫が走った。

 能力者の仕業・・・、それが解っている分、同じ能力者である舞としては大いに気を使ってしまう。
 予断は許されない。 靄を取り除くために、舞は慎重に”まい”を使用した。

 具現化した”まい”はその紫煙の靄へと纏わりつき、自信もそれと同化する。
 
 そして、色はどんどん漆黒へと染まっていった。

 舞はほっと、胸を撫で下ろす――もっとも、それも束の間であったが。


「余計なことをしてくれるなよ。 川澄 舞」

 はっ、舞は声の方向へ身を翻した。

 赤茶けた色合いのつなぎのような服装の、ぼさぼさの髪の、声からして女。
 顔はペインティングされていたため、その顔を把握することは至難の業であった。

 手には数枚の護符と、佐祐理の写真、そして、藁人形が握られていた。

 呪い屋だろうか?

 それならば、どこか他でやって欲しい、と願うも、舞の訝しげな表情。
 それは、彼女の心を掻きたてた。

「何ていい顔なのかしら。 その顔、プリントアウトしたいくらいにいいわっ」

「戯言は、無用。 ……」

 腰元に携えた西洋剣に舞は手をかける。

 鞘と銀が擦れる音がして、夕闇色に染まった剣が姿を現した。

「何人の男を、女を、死徒の血を吸ったのかしら、その剣は」

「……」

 何故、そんなことを言うのだろう。 もっとも、数を数える暇など舞には無い。
 数えたとしたら既に裕に200は越しただろうか?

 舞は睨めつけるような眼差しで、女を見た。

「切っ先、残念だけれど、私には届かないわ」

 どうやら、戦うことは確定事項らしく、舞はうんざりとする。

「どうしても、やるの?」

「邪魔なのよ。 邪魔だから、消えてもらわないとねぇ・・・」

 手が伸びた。 あろうことか、女の手はがっしりと、刃を掴み、強く握る。

「あなたは、早速、ミスを犯したわ。 私に剣と譲渡してしまう、ていうねっ」

「っ――!?」

 刃から零れる血はとめどなく滴り落ちて、床を赤く染め上げた。
 赤いカーペットでも敷き詰めたかのように、波紋は広がって、小さな水溜りにすら見える。

「きっかけは私の血。 私の能力、と言ったところかしら?」

 ケタケタケタケタケタケタケタケタケタッ!!!!!

「さぁ、数多の恨気どもっ、そのはけ口を、川澄 舞に見出すがいいっ」

「――バカ?」

「はっ? 何がバカだというのだ。 殺した数だけ、吸った血が、お前を襲うんだよ。
 さぁ、巣くえっ、恨気――どうした? どうして、動かない!?」

「だから、バカ。 私は、この剣で、人を殺したことは、無い」

「……っ!? それじゃ、お前はどうやって、いままで退いてきたと!?」

「”まい”」

 舞の体から、黒い霧が溶け出す。
 それが、”まい”舞の能力である。 具現化することで少女の姿をとった彼女は、
 目先の女に近寄ると、霧消した。

 いや、影の中に侵食した、というのが正解だ。

「”まい”は存在定義を巣くう者。 私も言わせてもらう。
 邪魔をしないで」

 ゾクッ……。

 女から、余裕が消えた。 本当なのか? 問いただす気にもなれないのは、
 体がやけに疼くからだ。 脂汗が額に浮かんでは、垂れる。

 制限なしに垂れる汗――身の疼きは一向に酷く、まるで毟り、抉られているかのようだ。


 女が吐血したとき、勝負はついた。

 目は反転したかのように、白。 完全に意識を喪失している体に違い無い。
 
 滑らかな動作で、剣を鞘に戻すと、舞は、佐祐理の肩を揺さぶった。











 月明かりを享受するように、彼女はそこに立っていた。

 冬花、それが彼女の名前。 本来の袴とか、は面倒なので、この時間は装備しない。

 軽い、トレーナー、それと茶のレザーズボン、そんな格好でも、儀式以外ならいい。
 本来なら、清めの水に留美を案内する、とかいう役目もあったのだが、
 今日はどうも、そこまでいかないらしい。

 ガサッ――

 藪が、擦れる音がした。

「ねぇ、川澄くん、どうして、あんなこと、言ったのかしら?」

「……」

 藪越し、背を当て、舞は俯く。

 そんなこと、自分にだって解っている。
 では、どうして――?

「血を、見すぎた、それが理由? あの剣から、何かが抜けていたわ。
 強いていうのなら、勢い、てところ?
 だめよ、あの剣には、概念武装が張り巡らせてあるんだから」

「……知らなすぎるから、あの子は、自分の位置を、
 知ら無すぎるから」


「守る価値も無い、と?」

「違う。 あの子は、守ってみせる。 階は、こちら側では、あの子にしか、
 開けないから……」

「あら、相沢 祐一は、どうしたのかしら?」

 軽薄な笑みが、冬花から漏れる。

 ――舞はきゅっと、唇をかみ締めた。

「相沢 祐一は、死にかけている、あなたは、失いたくない、そういうことかしら。
 矛盾しているわっ! アハハ……腹がよじれそうっ!」

「――違う、でも、そうかも知れない」

「いいわ」

 まるで、夜空を仰ぐように、冬花は手を広げ、その場に座り込む。

 そして、舞の方を向いた。

「今は、祐一に感けてる暇は無いのは私も同じだし。

 神区域は、もうじき、開ける。
 そのための序奏は早い方が良いのよ。 私は秋子を探すから、
 早くなさい。 私があなた達にしてあげられるのは、留美の能力を覚醒させることだけ」

 瞑目それに等しく、大きな瞳は閉ざされる。
 冬花が今日、月を見上げることは無さそうだった。

「おいで、舞。 私の可愛い子供、特別に腕枕してあげよう」

「……」

 そっと、舞は冬花に寄り添った。


注意。

 舞は冬花の娘じゃありません(汗

 先天的能力者、それのことを、称して、冬花を言っていたり。


 冬花(2×)……オリキャラ、ろり、多分、今のところ最強。
       とんだ喜劇家という設定。



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