第26話

 沈黙が夜風を遮るかのように走った。

「……」

 ガッ、と手首の関節がわざと音がするくらいにぶつけ合う。

 交差された腕、そこからは、よく映える、白い靄の様なものが零れだした。

 これが、自分の能力の一端なのか……? 留美はそう思う。
 
 適当な杉を見つけ、留美は掌打を叩き込んできた。


 軽く、振動が起こる。 僅かながら圧力のようなものが発生しているらしい、
 がそれだけだ。 決して、殺生を掌るほどのモノではない、見て解る。

「――綺麗ですね」

「……、倉田さん」

「なんて、綺麗なんですか。 まるで、蛍みたいですよ」

 着物だろうか、淡い墨汁で朱鷺が描かれた、少々派手な東雲色、
 さらさらと流れる髪を払いながら、佐祐理はこちらに近づいてきた。

 ……だのに、留美は落ち込んだ素振りで、佐祐理を向かえる。

 それは、今朝のわだかまりの所為に違いなかった。

「そう? この色、あたしは好きになれないわ、人を殺す、とかそういう色を、
 好きになれるなんて、なんて高尚なのかしら――」

「あははー、七瀬さん、まだ今朝のこと、気にしているんですか?」

「…………当たり前じゃない」

 まるで、消えてしまいそうなくらいにか細い留美の呟き、
 佐祐理は、留美の隣に立った。

「わたしも、能力者なんですよ。 でも、舞の役に立てないし、
 ゆ――、友達とも、それで大喧嘩をして、離れてしまいました」

「あなたが、人と喧嘩を? 冗談でしょう?」

「――気を許せる方となら、それくらい、わたしだってしますよ」

 気を許す、か……。 自分は佐祐理に気を許してもらっている、などと思えるには、
 時間があまりにも淡白だ。 きっとこれも、些細な馴れ合いなのだろう。

 まるで、昨日話をしたクラスメイトに挨拶をするくらいなもので。
 それに、留美だった、気を許せるか、と考えると、どうであろうか。
 当然許せるはずが無い。 高校時代もそうやって、浅く広い関係の友達ばかり、
 考えれば、1人しか、親友と呼べる人間はいないことに、思い当たる。

――長森さん、元気にやってるかしら。

 自分は到底ノスタルジーに浸れる資格はない。

 だが、親友のことを思ってもいいであろう。 万物の尺度は、様々、
 ただ、1つしか選べない。 運命は、自分を見放したのだ。

 誰かを、好きになったことはある、だが、情熱的、とかそういう風に溺れたことは無い。

――長森さんは、それに溺れた。

 成就させたなら、いいじゃないか……。

 名前も思い出せない、ダメ男、アイツの面をみたら、5発ほど殴りたくなるに決まっている。

「……」

「ふぇ、七瀬さん、大丈夫ですか?」

「……」

「もしもーし、七瀬さーん、気は確かですかー?」

「えっ……、うんっ」

 くわばら、くわばら……。

「あのさ、少し、川澄さんの話、聞かせてもらえないかな。
 暗礁に突き進むくらいなら、方向を変えたいし……」

「自分を変えようと? とても、いいことですよ、七瀬さん。
 それなら、少し佐祐理がお話してさし上げます。 舞のことを。
 
 舞はですねー……」

 まったく、どうしてしけたムードでも、川澄さんの話になると、
 嬉嬉するのかしら?

 まるで子供みたい、と留美も可笑しくて、笑った。















////// ///// ///////

 
 夜明けとともに、留美は起された。

 冬花と同室、ということにいつの間にかされていたらしく、
 寝起きが悪かった留美は、蹴るは殴られるは、枕で叩かれるは、災難である――。

 朝から頭に小さいこぶをつくり、留美はたくあんを頬張った。

「あのー、舞さんと、佐祐理さんは?」

「さぁ、しっぽりやってたんじゃない」

「っ!?」

 ごほんっ! 冗談じゃない、思わず留美はむせてしまった。

「冗談よ」

 そういい、冬花は目を細め笑う。 その仕草はいやらしい。

「まぁ、麦御飯と、おナスの味噌汁、それとたくあん……。
 うち、肉だしても、良いんだけれどね。 質素に行きましょう?」

「もう、いいわ。 頂きます」

 ごりごりと、音をたてて、留美はたくあんを口に頬張った。
 浅い。 凄く、味は薄いあたり、手作りなのだろう。

 かめばかむほど味がでる、と言う言葉が留美を過ぎり、
 ああ、なるほどな、こういうことか、1人ごち頷いていると、冬花は、『バカじゃない? 何にやにやしてるの?』
  と。 夜型の不機嫌さを露呈にした文句で留美を一蹴した。

 もっとも、留美にとってはそんなこと、どうでも良かった。


 丁度、冬花が味噌汁を御飯にかける、という愚行を実行した時だった。

「……おはよう」

 既に髪を梳かし、整えてきた舞が姿を現す。 今日は、黒ではなく、それでいて、
 攻撃的な色合いの動き易い服装だった。

 まるで、サバイバルでもするかのようなその井出達で、舞は留美の目の前の席を陣取る。


 ずずず……、と脇目で舞を眺めつつ、留美は味噌汁を飲み終えた。

「すまんね、乙女くん。 川澄くんが食べ終わるまで待っていて上げてくれないかい?」

「……? どういうこと?」

「今日、あなたの能力を本開きにしてあげる。 ただし、鵜呑みにするな、
 それほど、甘いものじゃないから」

「……、ごちそうさま」



 軽く、冬花は、軽く唸り、そして、目を瞑った。

 思いのほか、留美に緊張感は無い。 何があるのか、ということより、どうしてソレをするのか、
 確かに、能力は使えないと不便である。

 置いてけぼりとなるのだろうか?

 一向に開眼しない冬花に留美は何か不思議なものを感じていた――。

 本開き、というのは、やはり、凄いものなのだろうか?
 恐れ多くも、留美はそれを凄い、とも感じていない。 ただ、それが、アノ力である、としたら
 どうしようか? 上目になった、目で見つめる天井の板目、結構な古い寺だ。

「そんなこと、どうだって良いわよ、乙女くん」

「――っ!?」

「驚かなくて良いわ。 あなたの溝、見つかったわよ。 これには、
 目覚めの海D地区が最適かしら? それと、あまり余計な事、考えないでね。
 雑念は、ここでは、私に筒抜けになるようにしてあるから。
 まっ、主としては、当然だわね。

 それじゃ、舞、この子を樹海へ」

「はい」

「ちょっと、じゅ、樹海? 樹海ってあの……」

 何を今更、とばかりに冬花は溜息を漏らす。

 留美の中で行きたくないところナンバー1にこの国だったら輝いている樹海へ、
 今、連れてかれようとしている。 マズイではないか。

 だけれど、舞は、立ち上がると、自分の真横に立って、見下げてくる。

「……」

 数分、間を置き、留美は肩を落とした。

 ゆっくりと、立ち上がる。

 ようやく、今日の舞のファッションの意味が納得いった。

 そう、死地に赴くが如くハイキングをするために、この格好なのだ。
 留美の格好が冬花から借りた着物なのには、寧ろ罪など存在しない。

「取り合えず、動き易い格好にしてもらいないんだけど、いいかしら?」

 冬花は、一度、眉を顰めたが、すぐに顔を崩し、仕方ないな、といった具合に頷いた。




「日が暮れる前に戻ってこなかったら警察届けだすから、宜しく」

「……問題ない」

「問題大有り」

 出かけ際、断じて、何の倦怠もなく、ことは進み、留美は舞のバイクの後ろに乗せられた。

 もちろん、ノーヘルで。









 2人がバイクで出かけて行くのを端目に、佐祐理は1人、受話器をとっていた。


『もしもし――ってこの電話知っているの、あゆと佐祐理さんくらいなんだけれどな』

「お久しぶりですね、祐一さん」

 少し、険の篭った声で佐祐理は言う。

『ふぅ……、何のようですか。 俺、これからちょっと出かけるんだけど』

「それなら、それでいいんです。 ちょっとだけ、いっておかなければいけない事が」

『――』

「祐一さん。 わたし、やっぱりあなたを傷つけたことには、後悔しているんです。
 だから――許してくれませんか?」

『……どうして、佐祐理さんが謝るんだよ。 悪いのは俺じゃないか』

「いえ、あの日、わたしが計算を誤らなければ、祐一さんも能力を喪失することも、
 聖刻を深める事も無かった……。 あゆさんを、だましてやってるんです。
 祐一さん。 もう、やめて下さい。 このままじゃ、本当に、あなたを失ってしまいます」

 今にも泣きそうな佐祐理、祐一はそのかすれた声が理解できるだろうか?

『俺の先はそんなに、長くないかもしれないけどな、だからこそ、終わらせなくてはいけないんだ。
 だから、佐祐理さんと舞と別れたんだよ。 その辺、誤解しないで欲しい。
 ……今は力を温存する。 俺は、俺なりの道を開かせてもらうから、安心してくれ。
 佐祐理さんは、悪くなんかない。

今度会うときは、神区域の前だ。 ……まっ、別にこっち来ても良いけれど、
 佐祐理さんの望むようなものは、もうここには、何にも無いと思うぜ』

「――」

 ガチャリ……。

「そんなの、解っています。 でも、誰も、あの日のことは教えてくれない」

 佐祐理も、沈鬱な面持ちで電話を切った。

 



 そして、思うのだ。 誰か、自分を導いてくれないか、と。





「――佐祐理」

「……っ冬花さま」

「あなたも、私と同じ、過去に囚われた人種なんだよ。
 流れに従えばいいじゃない」

「そう、でしょうか?」

「いずれ、あの日のことを、話せる日が来ると良いわ」

「あははー、期待しないで待っています」

 







「そうね、決して期待しない方がいいわ」


















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