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第29話
「用件は、2つ。 ……この写真を、みてくれますか?」
「……、何だか、違う気がするが」
百花屋。 常時、学生や買い物帰りの客で賑わうこの喫茶店の隅の窓際で、シエルは、口より前に、
写真を出した。
酷い話だ。 端から拒否権など祐一にはなく、見ろ、はい、決定、の方程式は決まっていた。
「だが、手はず云々は、帳消しにしてやる。
なぁ――シエルさん、どうして、あなたが、
この写真を持っている」
と、祐一は、一枚の写真を突き出した。
モノクロのような茶で彩られた、恐らく、そういう仕様なのであろう、その写真。
そこに、描かれていたのは、一人の男だった。
祐一の髪は散切り、という具合、それよりも、やや伸ばした髪形の、血行の悪そうな肌、
そして、淵の無い眼鏡を掛けた男――祐一はその男に心辺りがある、
などというものではないらしい。 眉間の影が濃くなっているのには明白さがある。
「――その男を知っているのですね。 やはり」
「ああっ、この前の襲撃の時、再会して、驚いた。
確かあいつは、もう……」
「ええっ、そうです。 ただ、早合点、というものでしょう」
「――追求者、確かに、叔母の水瀬 秋子を付け狙う、強盲思想者たちだ。
一概の否定論は覆せるだろうな」
こくっ、とシエルは首を縦に振り、先ほど到着したアップルティーにストローを刺す。
祐一は、一度瞬きをし、軽く水を嚥下した。
・・・相変わらずカルキ臭いな。
そう、祐一は思う。
「内容は、影月の撲滅と、再発の断固防止。
稀に見る一因子として、その存在は、
永劫なる消滅に値します。 彼の本体がどこにいるか、は潤が捜索中、
見つけ次第、実行に移ろうと思います」
「余程」
「えっ?」
「余程、手を焼いているようだな。 見た感じ切羽詰まったという感じは無いが、
教会――だったか? 教会が俺のような落伍者に手を欲するなんてさ」
「……それが、48の王としての回答ですか?」
「――その辺りの記憶がどうも曖昧なんだ。
多分、神区域前後、その頃か?
俺をそう呼ぶ奴が現れたのは」
「隠蔽に合い、どうもこうも、資料不足ですが、あなたは、確かに数年前から、そう呼ばれているんです。
卓越した死の伝道者、と」
「聖刻……これを乱用する前の俺、か」
ふと、祐一の表情に冷ややかさが伴い、まるで、過去を貶すかのようにすら見えた。
汚らしい、まるで汚物でも、鑑みるかのようなその視線はやがて天井で止まった。
……影月、その根源は教会でも、まともに察する事ができないようだ。
ただ、資料全般からしられていることは、不死である、ということと、際限なく自身の変異体を、
作成し、同時に使用できる、ということらしい。
そして、それらには本体がいた。 数日前、伝達には、そう記されていた。
シエルは潤と話し合った末、共同戦線を組むことで結論がまとまった。
「ちょっと待った」
「?」
祐一はシエルの説明を遮る。
「……今までのとこだが、ホント、宛が無いじゃないな。
北川はどうやって、
本体を探してるんだよ」
「それは、潤独自、といっても良いです。 サーチワークは、彼の天職ですから。
ええっ、直感、という奴です。 第6感を感知する力が彼には備わっている」
……アレか、アレのことなのか?
急に祐一は眩暈を覚えた。 学生時代幾度と無く眺めてきた潤の頭髪は、まさか、
というか、どうやらリアリティーにそうだったらしい。
現実面からみて、甚だ信じがたい喜劇だが、そうでもない。
――北川のアレが……。
こめかみがズキンッときた。 頭蓋が割れそうな愚かしい笑い。
「だーははっ……はァ、はァ」
「?」
あまりに突然で、シエルは訝しげな目で祐一をみやる。
笑いは止まらない。 ついには抱腹しだし、椅子に寝転んできたので、
ロングスカートだったにも関わらずシエルはとっさにその裾を隠した。
「……と、すまない」
「もう、十分に遅すぎます。 あなたは仮にも彼の親友だと伺っていたんですが、
そういうものなのかしら」
「そういうものさ。 クククッ、んじゃ、カレーも来たし」
「ええっ、こっちもその所存です」
「「いただきます」」
ぱんっ、2人は食材達を敬うように、手を合わせ言った。
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「あら、祐一、と――なんで、シエル?」
そろそろ、包帯を変える頃合だろう、と見計らったアルクェイドは、2人が、手を合わせるそのシーンを目撃した。
なんというか、間が悪い。
「……うむ、数年ぶりだが、味は悪くないな」
「は? 数年。 相沢さんはここの住民だったんですか」
「いや、水瀬秋子は俺の叔母だろう。 高校のとき、こっちに来たの。
ははら、ほっちは――」
「見苦しい。 飲み干してから喋ってください」
「むぅ……」
何かが違う、とアルクェイドは察知した。
2人は、敵同士。 それは、自分ともいえる話。
だが、妙。
昨日、シエルと殺りあった時の感覚は、アルクェイドが一方的で、シエルの無駄足掻きが目立っていた。
単純な殺意、それしか無いらしい。 自分とシエルには。
そう感じざる得ないのは因縁に他ならないのだが、ロアが死んだ後まで、こうなのだ。
アルクェイドの力も元に戻り、シエルも死ねる体に……。
懲りない奴、とアルクェイドは軽くあしらいつつ思う。
「むっ、そういえば、昨日、シエルったら祐一の家を聞いていたような――」
……嫌な予感がする。
「――祐一を、駒にする気」
それは、否定できない。 ガラス越し、モクモクとカレーを食べる祐一とシエル。
だが、アルクェイドもようやく、自体を理解しだしたのだった。
アルクェイドは聖刻の負荷について、知っている、というより祐一の状態を常に把握していた。
何故なら、真祖にとって人の呼吸や、血、内蔵などの活動を集約するのは容易すぎるから。
聖刻の負担が多いことや、無理も承知な戦いは、祐一をより、死の淵へと導く。
死、とは明確なもので、絶対に生き返らせることができない。
祐一の死、それが、アルクェイドには、どうも納得いくものではないことだけは確か。
確か――何故、瑣末な存在である人を気にかける?
そんなの、今まで余分なことに脳を活性化してこなかったアルクェイドには解るはずもない。
「……アルクェイド」
「へっ?」
振り向くと、呆れ面の祐一がそこに居た。
はぁー、と祐一は溜息をついたのは、日も高く昇る、公園のベンチだった。
隣には、アルクェイドが座っている。
「……」
「ねぇ、ねぇ、祐一! シエルと何話してたの?」
「ああっ、手伝え、だとさ」
「手伝えって、教会の仕事を?」
「そりゃ、そうさ……まったく、そんなのどうだっていいだろ、俺の勝手だし」
「むーっ、そんなことないわよ。 一応、祐一の専属どくたーだし」
「専属、ねぇ」
包帯を丁寧に巻き上げ、傷の処置を手伝う。
何度か例の秘薬を持ってきて、祐一をゴートゥーへヴンさせたこともあった。
――そう、なるのだろうか?
ぽりぽり、と頬を掻きつつ祐一は空を仰いだ。
「あのね、祐一、あなたの体は丈夫だけど、ガタ来てるのよ」
「あー、そうだろうなぁ。 結構解るぞ。そういうの」
これは以外だ。 アルクェイドに、祐一はまた疑問を提供してしまった。
「ねっ、何で」
ひょい、とアルクェイドは祐一の見上げた顔の上に顔を現す。
「……、空が見えないのだけど」
「空ぁ?」
アルクェイドは自身の身を捻り、空を見上げた。
祐一は、穏やかな顔をして、口を開く。
「人間は、どこから、来て、どこへ行くか。
それは、調和の名のもとに決定してるんだろ。
俺だけじゃなく、あゆも、名雪も、そして、お前も」
「わたしは、人間じゃないわ」
「どうだか」
祐一は笑みを零した。
「ねぇ、それで、空と祐一の言おうとしてること、どう関係があるの?」
「人は、星に帰るんだ。 地にさ。 だけど、空には帰れない。
天国に上る、とかいう宗教の概念はだから、嫌いなんだよ」
「そう、わたしは喧嘩をふっかけてくる教会が嫌い」
「ああっ、そう。 誰しも、否定を持っているわけ。
ネ ガ ティ ブ、をな。
俺は大それたことなんか言ってないさ。 要するに、
根拠のないことは、俺は信じたくない、というだけだ。
だから、今のうちに……」
「そういうの、良くないと思うわ」
「だろうな」
アルクェイドの言う事はもっともだ、と祐一も思っている。
どうかしているのだろうか。 祐一はとっくにどうかしていた。
聖刻を濫用し、
肉体を酷使し、さらに、それを酷使酷使酷使――悪循環のサイクルオーバー。
わけわからない、という面持ちのアルクェイドの訝しげな目元だけが、最終的に、祐一の目には焼きついた。
「さて、そろそろ、家に帰るか。 包帯巻いてくれ。
色々、忙しくなる前に、
この傷は直しておかないとな」
「……」
ねぇ、 アルクェイドはそう呟いた。
「ああん?」
祐一は立つなり頭を後ろへ振る。
「わたしは、ドクターストップを掛けさせてもらうからね」
「――おい、突然……」
「祐一が死んじゃったら、どういう顔をすればいいか、解らないのよ。
あー、っと、よくわからないわ。 でも、これは自分で答えを出すから、それまで、ドクターストップ!!
いい、真祖の命令は絶対だから。
祐一が手伝ってくれる、といった以上、その盟約は崩れない。
そうでしょ」
「…………」