「……、ここか」
それまでひっきりなしに活動していた潤の足が止まる。
繁華街からかなり離れた位置にある、鬱蒼と茂る森の中、
ガードレールがあたかもその存在を覆い隠すかのように敷かれていたその先、
そこは、今は使われていない蔦の張り巡った古ぼけた2階だての洋館だった。
大層な金持ちが有していたのだろうか? 門前だというのに、庭だけで100坪以上のスペースがあり、
いざ、洋館へと視点を変えても、ざっと80坪以上……はぁ、と潤は思わず嘆息した。
「よいしょっ、と」
厚手のコートを着ているためか開かない門を跨ぐのに手間どったものの、
何とか着地し、潤は庭へと降り立つ。
「――旧久瀬家のお屋敷、とくれば、こんなものなのかもな」
1人ごち頷けば、納得いくのか、潤は一度頷いた。
そして、未知区域に足を踏み入れた。
潤が影月の本体の居場所を感知し、ここまできてすぐ、その感覚は重く圧し掛かった。
尋常ではない。 この波は存在定義の源泉から来る一種のエフェクトだ。
必然的にむいた足取りがここなのであるが、間違いない、ということを再確認する機会直ぐに訪れた。
「まったく、手厚い歓迎だぜ」
潤は拘束を外すかのように、その厚手のコートを脱ぎ捨てると、二対のナイフを握った。
目の前に立つ1人の女性。 その目元は赤く、自分の敵とする死徒であることを明白としていた。
ただ、気になることがある。 今は昼さがり、ということ。
そして……死徒の手足に括りつけられた金属。
拘る事は決して醜くはないが、今はそれを求めるのは醜態だな、と潤は処理し、軽く肩を鳴らす。
その姿をまるで冷めた目つきで死徒は見守っていた。
潤の握るナイフに力が入る。
教会特製の4を関するナイフ、それを扱えるのは今のところタダ1人、潤だけだ。
そのナイフの特徴は、集団戦の長――マンツーマンではセンスの問題。
「挨拶がまだでしたね――私はキス。 あなた方の天敵、と称しているものですわ。
歓迎しますよ。 北川 潤。 さぁ、その脳髄まで貪らせなさいっ」
死徒――キスはその後、一気に加速し、地面を爆破させた。
歪ができるほどの威力のブローを潤はバックステップし、かわす、そして、跳躍し、
しくじった事を理解したキスと一瞬交わった。
前のめりに構えた潤の斬撃をキスは腕に填めて金属具に衝突させる。
衝撃でバチッと火花が飛んだ。
「チぃッ!!!」
続けざまに放った蹴りは完全にキスの腹部を捕らえる、が、その代償はでかかった。
潤は思わず舌打ちする。
肩の肉をざっくりと持っていかれたのだ。
「フフフ、遅いのですね。 そして、軽すぎますわ。
それでは、この先は越せませんわよ?
影月さまもさぞかし退屈なさっているのですもの……ここで死なれては」
「はっ! やるじゃないか。 でもな、俺もこの先に行きたい」
潤は疾走し、一気にキスとの間合いを詰める。
無謀な事を、そんなことしても、軽いものは、軽い。
キスはそう思いながら金属具をナイフに標準を合わせた。
ガキンッ――。
「ヘイスト!!!!」
潤のその掛け声とほぼ同時、潤のナイフは2対いや無数に割れた。
「それが、どうしてというんですか?」
潤のナイフが起すイリュージョンはただ全速で信じられない量の斬撃を繰り出す、
死徒にとっては瑣末なものにも見えた。
だが、ずしり、ずしりと来る重さに隙を作れないというもどかしさは苛立たしい。
いくら死徒、といえどその機構は人間に酷似だ。
その上概念武装で覆われたナイフで切りつけられては、絶命の恐れもある。
「無駄な足掻きは、やめなさいッ」
「できないのなら、自分でつくる、ってもんなんだよ」
「っ!?」
完璧な隙の無い完璧な一撃のはずだった。
ナノに、張り詰めた弦がプツンッと切れたかのような音の後、吹き飛ばされたのはキスのだった。
肉塊の爆ぜる音がする。
右腕を根元からごっそりと失い苦鳴を漏らしたキスは今だ、地面に転がっていた。
その光景こそ死徒にとっては羞恥に他ならない。
「な、何ですか、私の腕が、どうして……」
その肉塊を日の光は急速に焦がす。
ザッ……。
「なるほど、その金具は、お前を紫外線から保護する役目があるわけか。
サングラスの肉体版、と捕らえて良いのかな」
「……」
ザッ……。
「残念だが、さっきのでそこいら中に反響が完成してしまったぜ。
そこにも、あっちにもな」
「フフフッ、あなたは影月さまに会えるなんて思えませんわ。
もう、理性を無くしてしまいそう」
「箍が、はずれる、か。 いいぜ。 失血だろう」
すぐにラクにさせてやろう。
潤はナイフをしなやかに振り落とす。 と、一撃は空を凪いだ。
「エイ、メン」
バシュウッ――。
「――っ痛」
切り口から、潤の髪を撫でる微風が流れる。
腕周りと、大腿のあたりが少し切れたらしく、
上着とノーポケットのズボンは朱の輪郭と描いた。
全ての反響を連鎖させる、
荒業ともとれるこの一撃は潤にも風が流れ込む。
キス側の木々がその反動から軒並み薙倒され、キス自体、肉塊は微塵もなく弾けた。
一撃にしてできた凄まじいクレーターはその凄さを物語っている。
潤は、放り投げていたコートをはおい、2対のナイフを懐に収めた。
「なんて、様だ。 仕事はこれからだってのにさ」
じんわり、とコートを染める肩の出血を気にしない……とはいっても痛に決まっている。
そのとめどない痛みに、潤は思わず歯噛みした。
///// ///// /////
錆びきった扉には何十もの鍵がかけられており、とても、開けられそうに無い。
潤は思わず唸った。
ここに来て、自分の計算外が起こったからだ。
肩の負傷など目的の阻害に比べれば容易い。
……押してだめなら引いてみろ、生憎この扉はスライド式でもないようであった。
日が暮れる前に用件を済ませなければ、とんでもない事になる。
それこそ、大破産だ。
死徒どもが目覚めてしまうだろう。 それも精鋭な奴等が。
肩慣らしにはとても不釣合いな特殊型−キス−との戦闘は堪えた。
あれが2体、3体、集団戦を仕掛けるほど、奴等もバカではなかろう。
「……」
圧倒的な悪条件を突き立てさせるほど、潤は愚かではない。
くいっ、と上を見上げる。
――この家には窓が無いのか?
と、なると、さぞかし館内は菌糸類が群がっている事だろう。
考えただけでも、環境は悪い。
・・・?
「あるじゃないか」
そう、向けた視線の先は通気口。 潤はそこへと走った。
無理やりナイフで隙間を開け、囲いを取り外す。
暫く使っていないのだ。 むわっとした蒸したような臭いが鼻の先を強く刺激した。
軽い跳躍の後通気口を這うこと数分。 開けたのは湿ったタイルで覆い尽くされた、便器前だった。
「……さて、と」
この中に入ってしまえば戦闘は始まったも同然――。そう言い聞かせる。
先ほど閉まったばかりのナイフを握る腕にも力が入る。
余韻を抱きながら、トイレのドアを開け、いよいよ侵入した室内は、ほの暗く、そして、カビ臭い。
呼吸すら儘成らない。 さらには傷口の衛生面には最悪な場所だった。
一般には廊下というのだろうか? 茸や、コケが所狭しと張り付き、ソレを糧とする生物によって、
食物連鎖をされたここはさながら森林地帯の獣道だ。
だから、何時どうなっても可笑しくない。
「油断は許されないな――。 よしっ」
右左の確認も怠ることなくこなすのは予備策に他ならない。
「ここにいられるのは、正味1時間。 それ以上いれば、死ぬぜ、こりゃ」
思わず潤の口からグチが漏れた。
ただ、歩くことに専念し、進んだ先に2階へと続く階段は存在した。
だが、どうやら、そこに用は無いらしい。
「高みの見物か?」
銀髪の男は無言で踵を返すと、2階から1段1段、ゆっくりと歩いてくる。
その表情は冷笑を絶やさない。
「……気持ち悪いな、お前」
「そうかい? 僕はこの顔は気に入っているのだがね」
「いや、そんなことどうでもいい。 だが、仕事なんだ。処分させてもらうからな」
能力、とは、こういうものだ。
それを去らしめんがための追究。 規則など覆せ。
犯せ。 二度と動かなくなるまで、
そうしに至らしめる程の!
潤が踏み出すより先に、床は激しく振動した。
生きている? そうだ。 この床は生きている。
影月の能力の末端、それ自体がこの屋敷をものにした。
おぞましさすらある、屋敷の暴走。 潤が跳躍しようにも、それを封ずるかのように、
床はピストンの幅を変動させた。
苦しい――と潤は思った。
「埃も、また、君を歓迎しているようだ」
「埃――?」
「いや、バクテリア、というべきか? そいつらは億単位の微生物さ。
この館でしか生存できない、
そんなネックを抱えているが、僕以外の人間の侵入者には皆無敵とみなし、
また、皆無、敵うものが無い。 どうした?
本体は目の前だが……まぁ、僕を殺しても無駄足だけどね」
「ほうっ……」
「いいかい? よく効きたまえ」
ようやく、潤の呪縛は解けた。 いや、止まったのだ。
潤はすぐさま、影月の心臓深く、そして首筋にナイフを突き立てる。
鮮血などとびもしなかった。
「……くそっ」
それは、清澄にして、苦々しい響きだった。
まるで、宥めだ。 ”死者”が、潤を宥めるかのように囁く。
「果たして、君は何をしているのだろうか?
僕には実態など存在しない。
僕ぁ、君が嫌いじゃないんだ。 だから、1つだけ教えてやる――。
この先、君、いや、君たちには絶望しか残りはしない」
「わけわからないぜ」
潤はつきたてたナイフの抜きさると、辺りの気配を確認し――いける、と判断した。
反響は、瞬時に抉られ、古び、軋む階段を倒壊させた。
影月の胴もまた、その衝撃で7割近く爆ぜるという自体、だが、僅かに目元を吊り上げただけに過ぎない。
むしろ、その表情は笑っているようにすら取れた。
なんというか不気味だ。
胴の大半を喪失しても、尚も余裕の表情で立ちあがる。
憤怒の感情はからっきしわかないのだろうか?
潤は腕を激しく捲くり、その反響を絶つ。
風船が破裂したような、一瞬のオクターブは影月の頭部を損失させた。
「……ホント、訳わかんない」
それは、例えるんのなら、袋小路。
潤の目先にはまた、もう一体の影月がたっているという猜疑。
断じて、勇ましいとは思えない。
ただ、その銀髪はどこか妖艶、そして目元とかけた淵なしの目がねは光が点されない室内であっても、
不気味な光明を放っていた。
威厳、というのだろうか?
「僕はコンシューマさ。 作り手側にグチを言う。
この体はにしては、好いな。
だから、壊されるのは惜しい」
「……」
潤の目元が、少し汗で濡れる。
「クククッ」
どこから――イスが現れた?
それに余裕綽綽と座る影月は2階の踊り場でただ、現状を見据える観客のように彼はただ、
潤を見下す。
「芝居、か? とんだ茶番だな」
「ようやく、話の第一クールを始められそうでね。
笑わずにはいられないさ。
役者はこうして、揃ったんだ。 聖職者、さしずめお前は、主人公の親友C
とんだ大根役者さ」
「いかれた脚本家だよ、お前はさぁ……」
「台本は書き換えないさ」
「ならば、肝に免じておいて欲しい」
「?」
「俺は、脇役かもな、だが、大根役者じゃ、無い。
主役も喰っちまうほどの金の卵だってな!!!」
動くまでも無い。
そこに、反響はあったからだ。
大きく呼吸をすれば、影月の言ったとおり呼吸器官がむすっとして、咳き込みそうになった。
だから、ただ、抉る。
2階の踊り場のとっては勢いよく皹を入れ、そのまま破壊した。
「ふぅ――では、餞だ。 僕を殺させてやろう」
どうして、影月の頬が緩むのか、それは解らない。
監督心か? とか思うと気味が悪いし、あまり関わりたくないというのも事実。
ただ、どうやら抜け出せないらしい。
このサイクルは思ったよりも難攻不落。
「じゃあな」
思考をめぐらせる余裕などあまり無いらしい、といつのまにか開かれていた錆び付いた出口を抜けつつ、
潤は思った。
・・・・・・。
「でもね、能力者は何かを求め動き出している。
これって、最近わかった事なの。
でね、でね、秋子さんがいなくなったりゆーもそれに該当しちゃうかな、と。
どうよ、天野さん」
水瀬家に、そんな歓喜のような陽気さが響く。
襲撃の後、自体は一変した。
秋子の失踪はその最たるものだろう。 皮肉にも、秋子のいないこちらには、
みさおと美汐そして、名雪しか残らなかった。
名雪は毎日のように秋子を探しているため、大方、みさおと美汐しかこの家にはいない。
「もし、わたしの魔法が完璧だったら、きっと、そんなのーないチンプンカンプンどもも、
ひれ伏してくれるんだろうな、って」
「……相変わらず、横暴がすぎます。 少しは、おしとやかに」
「へっ、なんで? 普通が一番よ、こういうのは。うんっ、わたしって天才!
良いこと思いついちゃったわ」
「?」
「聞きたい?」
「……いえっ」
「じつは、聞きたい?」
「……ちっとも」
「あのね、風が操れたらいいなっと。 ようするに、わたしは凄い。
わたしは天才。
あー、おぞましくも勇ましい風よ、わたしは偉いんだからとっとと従いなさい。
さもないと、明日辺り、嵐が来るわ。 こなかったらラッキーね。
でも、絶対来るの。 何故ならわたしは魔法使いだから!!!」
どんっ、とみさおの頭いったいに、風の塊が落ちた。
ハンマーで叩かれたかのような一撃がみさおの頭を襲う。
「た、たんこぶできたぁ……」
みなさい、と呆れ顔の美汐。
「うーん、天野さん。 やっぱ風を操るのは難しいみたいだわ。
まずは万物の糧、炎からいこうかな」
がしっ! 美汐はみさおを制した。
「公園でやってきてください。 家内では、断じて、やらないよう、秋子さんにも言われてます」
「のんのん! のん! 秋子さんいないじゃない!今がチャンスよ!」
なんの、と美汐は関西人よろしくの突っ込みをしてくなるものの、
やめた。
また、言われそうだから。
「その、自制してる顔が、またあれなんだよね、天野さん」
「――!」
「ごめんください」
お灸をすえようか、美汐のそんな決意は、遮られた。
夕暮れ時に来客とは誰だろうか?
みさおは、なぜか、がんばれ、とか任せたとかいう意味合いの手を振る仕草をしている。
もはや、決定らしい。 当然、美汐は玄関へと向った。
「……」
「こちら水瀬 秋子女史のお宅でよろしかったでしょうか?」
「……」
ぺこり、と長い髪を2つ編んだ里村 茜は一礼した。
それに習い美汐の思わず、一礼してしまった、が、何用だろうか?
「ええっ、確かにここは、水瀬 秋子さんの家です。
ですが、今は――」
「……間に合わなかった、ですね」
そっと、か細く、確認するように小さく茜は呟いた。
「えっ?」
「……とにかく、中へあげてもらいます。 話はそれからで、いいですよね」
さらりっ。
真偽はいかほどか、そんなこと考えている間もなく、茜は落ち着いた物腰で、
靴を脱ぐと、黒い絞まったソックスで水瀬家へと足を踏み入り――。
あとがき
なんだか、ごちゃごちゃしてきたですね。と自分に反省。
誰もあずかり知らぬところで、時間は動いている、と。
結果潤だけは、ゲームの始まりを知り、みさおと美汐もまた他軸に巻き込まれる・・・。
秋子さんが失踪しているのも伏線なんですが、必ずだします!
で、まこぴー……でませんTT
あぅ〜とか言わせるの、あれですし、妖狐なんて設定もあれだし、ということで〜。
感想とかもらえると嬉しいです。
とっぷ