差し出された芋羊羹を茜は喜んで口に運んだ。
そして一言呟く―淡白だ―と。
一瞬、美汐は我を疑った。 この羊羹のどこが淡白だというのだろうか?
とてもじゃないが、お茶無しでは全部食べる頃には口内は甘さでどっぷりじゃないか――。
味覚麻痺でもしているのかな、と美汐は推理した。
「……あの」
「はい」
「トイレはどちらでしょうか?」
「はっ?」
美汐は奥ゆかしさも無く驚く、それが、かえって茜には酷だった。
まさか宣戦布告のイジワル攻撃か、とか邪推しつつ、茜はすっと立ち上がる。
まるで見下し。 正座を崩した形でテーブル越しに座る美汐に視線を流す茜の物腰は、
そんな印象だった。
美汐はただ、はぁ・・・、と空返事に合図を送る。
そんなことよりも、先ほどから一度も口出ししてこないみさおの方が美汐には気に掛かった。
「あの、みさおさん、どうかしましたか?」
黄昏るかのように、視線を窓際へ送るみさおは何というからしくない。
まるで抜け殻だ。
思わず、美汐はみさの肩を掴んだ。
ビクンッ。
「――、みさおさん?」
「えっ、何? 天野さん、そのあたかもひさーんな顔は、ねぇ、わたし何か悪いことした?
でも、わたしが悪いことをしたのなら、天野さんに押し付けるから気にしないでね」
・・・相変わらずの饒舌は、どこか韻の欠落を感じざるを得ない。
なんだろう、この違和感は。
今の来客、里村 茜がここに来るまであんなに生意気口だったみさおが、何か足りない。
いや――。
「急ですみません」
茜はリビングへ戻ってくるなりそう言うと今度はみさおと向かい合うような位置に座った。
何故か、美汐は顔を傾げてしまう。 ・・・? と。
「本来ならアポイトメンとを取るべきなんでしょうね。
でもわたしもコレをずっと持っているのも気後れします」
「……?」
「・・・ 自己紹介を忘れていました。
わたしは里村茜といいます。 ――しがない紋章術士です」
――魔法使い?
という言葉が脳裏に浮かんだ。 みさおは自称魔法使いだ。
美汐はそれを度々耳にしていた。
さも得意げにそう言い放つみさおは、というと……また空。
白い壁も夕晴れの日差しで橙に染まり、床もどうように彩られた。
そして、影が縁取られ、印象を違うものへと変える。
あたかも、それこそが、魔法で、みさおを幻想へと誘ってしまったのでは?
と猜疑してしまうほど、ぼうっとしていた。
それは定義のないまやかしだ。 馬鹿らしい。
美汐は多くの解らなさを残しつつ、
茜の話しに耳を傾けることにした。 それは、本人にも悪いし、
何だか、不気味な予感がしたからである。
「――普段はもっとしがない医者ですが」
「……」
「――わたしの仕事の事情なんてどうでもいいですか?」
美汐は肩をがくんっ、と落とし、ちょっとだけみさおに指摘を求めたくなった。
「そろそろ、本題に入らせていただこうと思います」
「……はい」
「頼まれたものをコピーしてきました」
「はっ――?」
「……嫌です」
「あの、……どういう意味なのか、わたしにはさっぱりですね。
説明が欲しいのですが」
「――本当はこういうことをするのは嫌です、ということです。
約束どおり、相沢 祐一の聖刻のデーターを全て記載した最新版の記事を持ってまいりました」
「相沢――祐一っ」
天野は目を大きく見開く。 おもむろに取り出したその数枚にファイリングされた紙の束を美汐は奪った。
「あっ――」
その行為に思わず茜は驚きの声を上げる。
「……どうして、どうしてあなたがこんなデーターを」
そして、どうして秋子が自分には全然、祐一のことを伝えてくれなかったのか。
美汐は、相沢 祐一の後輩に当たる。 もともと、真琴つながりで知り合った2人は、
それなりに顔見知りの仲だった。
美汐にしてみれば、はじめたまともに話しをした男友達――。
あれは、いつのことだったか、確かもう数年前の雨の日。
祐一が高校を卒業してから、どこかへ行く、とかいうのでもう会えなくなる、そんな予感がしたときのこと、
幸か不幸か、美汐は祐一に遭ってしまった。
祐一とは特に何も無い。 自分のことなど、記憶の片隅においておいてもらえばそれでいいのだが、
本人のデーターをこうもあっさり連れて持ってこられると、居てもたってもいられなかった。
どうしても、それは納得がいかない。
何故、顔を出しもしないのか?
自分は、そして真琴は――。 あなたに合いたがっているというのに……。
と、俯き美汐が自嘲気味な笑みを漏らしてしまう。
「すみません……いえ、ちょっと調子はずれなはなしでしたので。
でも、教えてください。 相沢さんはどこにいらっしゃるんですか?」
「……知りません」
「嘘」
それこそ嘘だ。 茜の声に裏表は無かった。
だのに、そう言ってしまう美汐の脆さは、
きっと日常の不安に今しがた気がつかされた瞬間から始まったのだ。
相沢 祐一、という男性の存在。 頼る、ということができる――。
水瀬 秋子のいない、ここで唯一の責任を追う自分の尊さを解ってくれる人間……。
「……実際に、知らない事は何も喋れません。
道理です」
にわかに申し訳無さそうに茜はそうボソッと言った。
「――確かに、データーはお渡ししました。
女史が帰宅し次第先刻、それを拝見させて下さい。
……もし、戻ってこないようであればそれは燃やしてください」
ごくりっ。
「解りました」
「待ちなさい」
茜が膝を持ち上げた瞬間だった。
今まで黙っていたみさおの手は当然茜の肩を掴んだのだ。
「……?」
「わたし、あなたを見たらちょっと体が痺れたのよ。
解る? これ一期一会っていってきっと運命なの。
だからわたしはあなたとここで別れたくないわ。
まさに、運命! あなたはわたしと会う運命だった……!
そうくると、ロマンティック!」
「は、はぁ」
「この際、反応がどうか、何て問題じゃないの。
こんなところじゃなんだから、
ほら、外で話しをしましょ」
「……あ、あの」
みさおの腕力は思った以上だった。 放す、といってもその正当な理由が無いため、
茜には文句の1つも言えない。
結局、みさおに連れられ向った先は定番の百花屋だった。
美汐は渡された資料を見る気などさらさら無かった。
ただ、会いたいな、と思う。 ――ただ、みさおの魂胆がそうでないことを、
今日の料理当番を自分にゆだねたのだ、などということでないことを祈りつつ。
見た目は白。 大きさは普通のケーキをあまり変わらないサイズ、
ただ、コーティングに練乳を使っている。
白濁の塊に茜は笑みを浮かべた。
「そうそ、払うのは茜さんだけど、やっぱり好きなもの頼まなくっちゃね」
みさおはジャンボパフェにスプーンをさす。
その砂糖の塊のようで、胃が焼けてしまいそうなケーキに比べればそれは子供騙しのようだった。
門外不出、絶対非注な作品であったエクセレント・ホワイトというごろの悪いケーキ。
店長の心意気すら疑えるその一品をみさおが嬉しそうに頼んだ時のウェイトレスの顔の硬直は見ものだった。
冗談でしょう? と問いたげなその顔を他所に、会話に勤しむのがみさお流なのだ。
つまりは無視。 茜も、その顔には頂けないものがあり、みさおの独断的な話に耳を傾けた。
「つまり、追求者っていうのは悪い奴だと思うのよ。
だって、我侭でしょう? 自分のしたい事ばっかりしてるの。
そんなことしているのなら、わたしなら許さないは。
世の中には瑣末な苦があって、
それを抜けると、極楽浄土が待っているの。
極楽浄土、というのはね、わたしみたいに、力の優れた、真面目な女の子だけが入れるところ。
男なんてもってのほか、非行に崩れた奴らなんて言語道断だわっ」
みさおは自分を顧みた事があるのだろうか?
どうだろう。
能力者、とかそういうのに、茜は興味は無い。
自分を運命だと、囃し立てるみさおに、
仕方なく同行しているのだから、そのことを知りたいな、というのが所存に違いない。
「……みさおさん、本名はなんていうの?」
「えっ? わたしは折原 みさお、現役高校生、でもね、最近物騒だし秋子さんも見当たらないから、
ちょーっと内緒で休校届けをだしているわ」
「おり――はら?」
ピシッ――。
記憶の放流が、茜の頭部を圧迫した。 例えるならば西洋の処刑機具――。
きりきりっ、思わずこめかみを押さえ、茜は考えた。
整理した。
折原と言う名を、そして、その名を思い出す。
かつての学友――いや、経由としてではあるが、親友――折原 浩平の名を。
「……、あなたにお兄さんはいますか?」
「へっ? お兄さま? 居るわけ無いじゃない。
わたしは――だって秋子さんに拾われただけだし。
身内なんていないわよ。 何? その顔。 同情ならいらないわ。
もう、お腹一杯なの。
高校でも、引き取られた事で友達に同情されたから、代わりに男子をぶん殴ってあげたわ。
これって道理よね。 だって弱いものを傷つけず、目上のものを傷つけたんだから」
「どうでしょう」
「大丈夫。 誰が認めなかろうと、わたしが正しいから」
みさおの受け答えは時々妙で、時々極端なまでに無知。
そして、こちらが恥ずかしくなるほどに、
自己主張の誇を示す。
茜はその姿に、一喜一憂、表情には出さないものの、何か含んだものを抱いていた。
――もっとも気になったのは、みさお、という存在は魔法使いだ、と自称している事だった。
……魔術師として業をつんだわたしは、相沢
祐一を聖刻の使用者として利便を追及し、
代価を求める。
代価とは即ち成果。 今のところ、追求者を狩る、
ということでしか成果は出ていないが何分完璧に使いこなしている、とは言いがたい。
いや、アレが本当の使い方なのかもしれない。
ただ、ひたすらに自我のままに狂い咲く。
聖刻、即ち聖なる刻印、そして、聖域を刻むもの。
聖域ーサンクチュリアーとは何のことだろうか?
それはわたしのような中途な魔術師では何もできはしない。
それこそ、かの蒼崎となる女性ならば別かもしれないが……。
茜は、ぼうっ、と口に運ぶのは滴り落ちる練乳でコーティングされた塊だ。
さも当たり前のように食しているのだが、その実、極甘。
見ているだけで吐き気のする代物だという。
「――でも、わたしがあなたに運命を感じたのは嘘じゃないの」
「……?」
「そうね、今日のこの代金はあなたが払ってくれるという運命は実。
それと、わたしが食事当番をさぼれるというのもこれまた、真」
……。 自分はめっしーであり、だしであった。
茜はようやくソレに気がついた。
――りーん りーん。
「……なに、この音は、鈴?」
みさおはふと、見上げる。 風は無く、そして駅前まで向う道、一向に無風状態だった。
茜は横で顔を顰める。
何かが近づいてきている、ということ。 それが恐ろしいことだ、ということと、
そして、必然的に回避不可能に追い込まれていることを。
「錯覚です」
「そうだよね。 こんな町のど真ん中で鈴を鳴らす人なんてそうそういないわ。
きっと錯覚よ」
「――帰り道には気をつけてくださいね」
ふっと、簡素な足取りで茜は改札口を通った。
「あっ、そうそう。 ごちそうさま。 またおごってね」
「ええっ、気が向いたら」
むしろ、以降会えるとも限らない。
だが、みさおは万全を期したかのようにこういった。
「大丈夫、わたしとあなたは運命の出会いなわけだから」
ちょっとやそっとではいえない気恥ずかしい台詞――冗談でも言えわしない。
階段を上る最中、それが可笑しくて茜は笑みを零した。
すぐ、そこにまで、鈴の音は鳴り響く。
紡がれた糸は、やがて、1つへと集約されるのは必然。
だというのなら――2人の運命もまた必然的に紡がれるシナリオだろうか?
あとがきィ。
次回以降何だかパッパラパーな展開ということで。
感想とかもらえると嬉しいです。
とっぷ