第34話

――りーん、りーん。

「……、何かしら。 この音は」

 森を抜け出すのは、存外に容易く、留美はバイクのある辺りまで舞を背負って歩くという乙女としては、
 絶対やら無いことな上、あまりにも疲れる作業をしていた。

 そんなときだ。

 鈴の音が留美の耳元を過ったのは。

「……」

 空耳よね、そう括り、留美は再び歩き出す。

 振り向いても、見えるのは何だかやけにむかつくオレンジ色の太陽とどこか切ない空の色、
 それらと木々が織り成す影法師くらいなものだ。

 風の悪戯だろう。

 きっと、なんでもないに決まっている。


 初めて使った能力は余りにもどっと疲れが押し寄せる代物だった。
 願わくばふかふかの蒲団、もっと願うのならば暖かいお風呂を提供してくれる家になら、
 はいはいと犬にでもなったつもりでついて行くのだろう。

 やばくなったら能力があるし。――それは勿論、最後の手段だが。



 取り合えず、距離にして100メートルほどの位置にようやく舞バイクは見えてきた。
 
 黒をメインにしたむき出しのエンジンが何だか悪者っぽい。 もっとも留美にとってみれば舞は十分悪者だ。
 あの口答えは、絶対そうに決まってる。 ああ、許せるものか。
 もし、自分を助けようと動いていてくれなかったら――落としたのだろうか?
 置いてきたのだろうか?

 それは良心の呵責問題だった。
 人となりはまだましな部類に入っている、そう留美は断言できる。

 今日の天気のようにちょっと肌に汗が染み付くような親友の世話焼き具合のようにはいかないが、
 近所のクレープ屋さんの新人の接待よりはきっと自分は人に優しいはずだ。
 否、そうに決まっている。 だから今だった相変わらず入らない舞の肩が自分から落ちそうになったところを、気合で支えてあげた。
 

 自分の体を揺さぶり、自分よりさわり心地の良いお尻に手を重ねるのだが、乙女ながらにさすがに……、気恥ずかしい。



「よいしょっ、とぉ」

 隣はアスファルト、隣は草の生い茂る地面だ。 もちろん後者に留美は舞を落とした。
 ドスンッ、小気味のよい音と共に舞は軽く咳き込んだ。

「……っ」

 肩の辺りがまだ軋むんだろうか? それともやはり留美が無理やり戻しておいたので、接合部を傷つけたのかも知れない。

 舞の額を脂汗が流れた。

「大丈夫、じゃないか」

「……もう少し、優しく、手厚く介護して欲しかった」

「はぁ、それは我侭よ」

「……そう?」

 ようやくあけた視線の先には鬱蒼と木々が生い茂っていた。
 
 だが、ここが、もう外だ、ということは橙の空をみれば明白だった。
 それと、自分のバイクのガソリンと乾いた泥の匂い――いい加減に手入れを、とつくづく舞は反省した。

「敵は、何人かかってきた?」

「あの時のだけよ。 掠めたような気もしたけど、まぁ、あたしに触れる事すら出来なかったみたいね」

「……そう」

「ねぇ、あたしは晴れて覚醒だかをしたわけだけど、この先どうするの?」

「……冬花しかそれは知らない」

「はぁ――あたしの自由はどこにあるのかしら?」

 思わず留美は溜息をついた。

「自由は、結果の後についてくる。 今はただ受け入れるのも、あなたの道」

 そうかしら、何だか曖昧な受け答えで聞き流したみたいな留美の回答だった。
 まだ体は休憩を訴えるものの、あまり直訴されても困りものだ。

 舞は反動をつけて起き上がると、バイクへと多少ふらつく足取り歩き出す。

 バイクにたどり着いた舞から、隙だらけの留美にヘルメットが飛んだ。




 ドゥン――。






「痛いじゃない。 こぶ、できちゃったわよ?」

「……ごめん」

「あれ、やけに素直ね」

「……悪い?」

 くすっ、と留美は鼻で擬音を鳴らし、笑った。

「よく、解らないわ、川澄さんのこと――でも、悪い人ではないのは解った気がする」

 赤信号だった。

 舞はふと、留美を振り返る。

 舞はフィルタ越しで、無表情にも、僅かに目元を緩めた――気がする。










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 深夜になってあの別荘は著しく騒がしさを増した。

 ――深夜、ということもあるのだろう。 まるで、ふっと湧き出た虫であるかのように、
 そこに野次馬、という名の名目疑視の人々が跋扈する。

 迷惑極まりない惨事はそれでいてひときわ気味の悪いことだった。
 気味の悪さを述べるのならキリがない。

 それだけで文庫の書籍を一冊述べられる怪奇事件さながらの陰湿さである。
――今までこんな変死体を見たことがあるだろうか?

 ファンファンと鳴らしたサイレンの音、は助長として余計なことばかり。
 なんて背筋が冷えるよるであろうか?

 その場に立ち会った彼女は一人そう思った。

 
 どうして、こういう知り合いが多い? そう愚痴をこぼしていいですか? え、だめ?
 はいそうですか、と引き下がるほどに、ココの空気は淀んでいる。
 
 知り合いというのは根っからこういうことの好きないわゆる死体解剖専門医師なのだ。
 そんなあおり喰らいたくは無いが、好だった。

 日ごろ拒否しているためだ、だからこういうときに回ってくる、そう寝る前だとか……

「里村くん――悪いがコーヒーを買ってきてくれ」

 まったくこの男ときたら自分勝手極まりない。
 体躯は太り気味、いや肥満、そして鼻息で眼鏡のふちも曇っている。
――だったらぶらさげるな、と何度もわたしは指摘した。
                        スマートデビル 
 髪の笑えるほどに薄い彼、検死兼解剖医師、通称【小賢い悪魔】は彼女にそう語りかける。

 日本語で言うところの痩せた、という意味のスマートだが、彼は好んでこの言葉を用いる。
 その姿は時折、茜には痛く感じられ、失笑すら覚えた。


 と、彼女――里村 茜はいつもの文句をはくのだ。
 流れとしては意図的に。

「……嫌です」







 肉体の損傷はもはや見ることすら出来ないほどに酷かった。

「……血だけがこれを物語っているよ、里村くん」

「そう、ですね」

 地で血とかそういうのは好きではない。こういうこのには見慣れている、
 とかいう適応性が働くのが殆どらしいが、言わせればそんなことは決してない。

 そもそも、自分のことを評価しているというのには茜としても喜びはしてやりはするも、
 半分この男は茜が顔を青くして不機嫌さを露呈することを楽しむマゾヒストだ。

 どうしてしたがったか、なんて聞くまでも無い。
 あまり、お互いに干渉し合わない、ということと、時折の打算、言うならばヒット&アウェー。
 それが接点なのだ。

「うむむ……しかし、良いものだ。こういう事件は燃えるな」

「関わりたくも無いです」

「何をおっしゃる里村くん! こういうのは人生経験を尊くも儚くつんだ私だからこそ言える。
 すごく、役に立つんだよ、とああっ、推薦してしまいたいほどに」

 やや、陶酔気味な横顔に鬱憤のため息をつくと、一度彼の弱点であるわき腹を小突き、
 ひゃんっとらしくない悲鳴をあげる男に嘲りを漏らした。


 しかし、酷いことは事実だ。
 例えるのなら始めた片付けをした子供の一幕。

 惨殺されたどろり、とした半乾きの血液と、時折視線を落とすと見える死骸の欠片は子供、
 というたとえには相応しくないかもしれないが、茜の脳裏にはそれがピタリッと当てはまった。

 何故なら孤を描くようにある一箇所をのぞいて、そこいら中に細切れな不足が目立つからである。
 初めはなれず、自分の周りから片付けるのだが、仕舞いには飽きて、ついにはどこかへ遊びにいく。

 なんというか当てずっぽうではないが得てして妙な回答例に他ならない。

「今宵は朔月。僕の計測だと、死後硬直は無視しても、腐食が始るのはすぐだね」

「どういう、ことですか?」

「今宵、月の恩恵は有り得ないからさ。月は不思議な物で死者にすら平等を分け与える。
 ほら、死徒にもあたえるだろう? 月の引力は私達に妙に疎遠でそれで妙に近い……。
 背理の関係にあったりするものさ」

「解らないですが」

「やれやれ」

 呆れたようにぼそり、と彼つぶやいた。小学生からやり直しだね、と。
 もちろん、ジョークだが。

「とにかく、死者たちは恩恵を受けられず、仮に人の恩恵を受けようとも、死んだ、
 とう事実は拭えないよ」

「地に足がつかない、と?」

「ああっ、こんなに楽しくて、されど飽きがこない。こんなのは学生時代以来さ。
 いいか? 私の興は冷めやすい。だが知っておいてもらおう。今回のこれは厄介ごとの前触れさ。
 すぐに、そのほつれは現れる、と私はまぁ、踏んでみるよ」

 まるで、探偵にでもなったかのように男はそう高らかと述べた。
 茜は暇人め、と思っていることも知らずに。











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 暇を持て余して見るバラエティーほどつまらない物は無い。
 かこつけてドラマなんてみるとなお興は冷めるもの。

 目的もなしにみさおが見ていたのはまさにその虚をつくニュース番組だった。
 これの特集は存外に面白い。

 それこそ雑学にもみたない昨今のクイズ番組とは偉い違いだ。


――次のニュースです。
  昨夜、○○県××市の住宅街で変死体が数十体発見されるという惨事がおきました。
 
 ――付近では警戒を強めています。

「……」

 みさおの足は必然的に軽くなる。赴かなくて言い分けないじゃないか。
 こんな楽しい事……。見捨てたらばちがあたって、この先一生、悔やみ続けるぞ、
 とか何とか、自分の意思を奮い立たせ、みさおは立ち上がった。

 あぐらをかいていた、というのに、しびれた足は自然と血行を矯正し彼女の行為を支援する。
 
 準備は万端。いざ、鎌倉である。


「えーっと、天野さん!! ちょーっと出かけてくるわ。でもね、朝ごはんまでには戻ってくるから。
 あっ、ジャムは無しよ。あれまずいもの。――秋子さんの口にはいったらどうしよう。
 って秋子さん今いないんだっけ、うんっ、突然帰ってくるのは漫画と小説の世界だから大丈夫だわ。
 それじゃ、朝ごはんはネギの入っていない味噌汁でお願い」

 後と先がうまくつながらない支離滅裂な会話の後、みさおは蹴破るようにドアを開け、
 あと数本しか走らない深夜の電車を拿捕するが如く真剣に一歩踏み込んだ。


あとがき

 次回早々と鈴の音の謎が少しだけ判明します。
 元ネタはグリム童話だかイソップ童話なので、解る人は解りますよ。
 茜、みさお、あと検視のおっさん(笑)がメインかな、と。
 
 

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 とっぷ