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第36話
感情の欠片も無い死した人型――プロト・クル―スに問い掛けた。
それは突然に、自分に降りかかった災厄だ。
ふって湧き出たその存在に黒薙はただ、無常なる裁きを下す。
下賎なる輩への純粋無垢な始末、そう殺害という方法において、彼は一日の長であった。
今は動きもしない残骸の速度は思ったよりも早く足をもっていかれる。
歓喜だ。不意をつかれたに他ならない、だが癒される。陰惨なまでに、黒薙は再度追撃を仕掛ける人型に、
ただ、今さっき失った足を糧として提供した。
口もとに、彼の足を押し付けられた人型はその圧力で頭蓋を砕かれ、声にならない叫びを目で語りかける。
だが、満たされた男にそれは無言の抵抗とまではいかなかった。
「そう、その牙すらも、折れてしまえば装飾具に過ぎないだろう。
完全なものなど存在しない。例えばそれは全知全能を詠う神々にも言えること」
自身の鼓膜すら劈きかねない銃声にも似た凶弾の一撃。
首根っこに叩き込んだ残り足の一蹴はごっそりと人型の肉を奪い去った。
易くは殺しはしない。そう黒薙の目は語りかけている。
首の大半を失い、皮一枚でつながっていても、人型は人ではない。むしろ死徒に近付いた中途者だ。
容易に死ねないことの後悔を始めて、彼は知り、そしてむざむざ死にたくないと思う。
「がァっ――」
それは自我の覚醒だった。本来、藤香のいうところ、プロトとは試験台である。
幾度のも試験を重ねΒまで到達しなくては完全への至りは起こらない。
――偶然とは時折恐ろしい。そして、それすらも彼にひざまずく。
黒薙は声帯のいかれた、血走った目を素直に眺めた。
ほう、と嘆息すらつく。その醜悪さすら今は大聖堂に飾られた絵画にも見えるのだろうか?
「だが、悲しい。俺は自分以外は大事に扱えない……」
次に浮かんだ彼の表情は嘲弄だった。
目を瞑るように無造作に、何も労せずに軽く構えた右腕が今、ようやく自分の状態を理解した人型の眼前を
横切る。無残なるスプラッター。無慈悲なるその衝撃が貫くのは人型の腹腔だった。
横隔膜は一撃にしていかれた。おかしくもないのに痙攣し、ちぎれた事を理解していない。
てんでばらばらだというのに振るへ続ける無様さに、黒薙は修正を余儀なくされた。
美しいのではない。現代の絵画のように、一瞬のインパクトが強いだけなのだ。
「芸術触れすぎて、目が病んでいるのか」
目をこする仕草だけ、たった一瞬隙を見せた以外、彼は本当に余裕が無い。
そして、慈悲のカケラすらも無い。
「せめて、その口が利ければ、なぁ?」
元来、吸血鬼は心臓を壊し、脳を壊し、脊髄を破棄する――。
最たるは顔であり、中枢をつかさどる脳を微塵も無くすれば事は済むのだ、
ならば、どうするか?
「喰え」
黒薙の懐にポケットライターがあった。
カチッと鳴らすと、発露したのは火ではなく、どす黒い粘ついた凝固体である。
そいつは、小さいながら、飽食と言うものを知らない貪欲性を秘めたまるで人のような存在。
的確な意志と緻密な嗜好を持つおかしな――黒薙の使役。
一度、凝固体―黒ゲル―は振り返った。
それこそ極致。彼はほほえましく、自分の使役を見送ると、もう、本当に人型には目もくれない。
ただ、美味そうに人型を食す黒ゲルだけを見つめていた。
「――うわっ、強烈な悪趣味」
「?」
どんっ、と足踏み。みさおは黒薙に目配せをした。
あんた、バカ?とその目は物語る。
「どうした?お嬢さんが、何でこんなところにいるのかな?」
むっ、みさおは眉を寄せた。お嬢さん、とは響きがいいが、彼女にとってそれは差別用語に他ならない。
自分を尊く最高だ、とか思っちゃっている存在には見下しは禁物、言語道断なのだ。
「……どうかしたか?」
「――羞恥だけど、わたしがラクできたか、許したげる。
でも、評価はわたしのものよ。
そこの肉塊はわたしが撃墜して、こう、どわわー、っとやるはずだったんだから」
「ほぅ。 威勢のいいお嬢さんだ」
「お嬢さんじゃないわっ! 折原 みさお、覚えておきなさいっ」
失敬、と黒薙は恭しくみさおに一瞥した。
そして、前進する。 みさおは感じるだろうか?漸次溢れる、
この違和感を――。
肉迫の距離に来て、黒薙はみさおの頭に手を載せ、ぽんぽんっと軽く叩き、それだけだ。
手を下すことなく、再び歩みだした。
「――」
何たる恥辱か。 みさおは顔を真っ赤にして睨む。
だが、振り返ったところで、睨む相手、
黒薙はその場から既に姿を消していた。
豆鉄砲を食らった鳩のように目を見開きみさおはしばし呆然と佇んでいた。
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小賢い悪魔は思わず舌打ちした。
今、確かに自分の使役は黒薙を切り裂いたはずだった。
だのに――迅速にして慙愧。 彼の使役は綺麗さっぱり空を凪いだに過ぎない。
通過ではない。 もともと、そこにいなかった。
そう、蜃気楼である。
「……むしろ、安堵するべきか」
頭痛の種は今回の惨殺とは無縁だろう。 黒薙は無価値なことには何も興味を示さない。
提示された戦いのみを颯爽とこなす、とカルテに書いてあったことを彼は思いだす。
「彼は何物ですか? デビー」
「……ああっ」
こめかみを押さえぼそり、と小賢い悪魔は呟く。
「茜くんが裏に来なくなってから半年ほどしてね。
知っているだろう? D国。
あの国で大量惨殺事件が起こったんだよ。
犯人は能力者、そして魔術師だそうだ。
わたしはピンッときた。 過去数10年間のカルテを洗いざらい知らべあげた!!
そしたら、出てきたんだ」
「さっきの男が?」
「……違う。 話を挟むな。 その犯人の名はロック。
皮肉にも元 哲学者だそうだ。
かの彼と同名の彼は、だが、……その翌日、K市を流れる川で死骸となって発見されたよ。
脳髄を抉られて、な」
「――っ」
「もう、明瞭だろう。 そいつは、君も知っている」
「全知全能を探求する、という、黒薙、彼がでも、何でここにっ」
知らん、とだけ言って彼はそっぽむく。 どうやらそのことについて話たくないらしい。
だが、2人は直ぐに知ることになった。
答えは明白だ。 語りべはゆっくりと部屋へと入って来た。
「……くろ なぎ――」
「俺を呼んだか、魔術師。 生憎、俺はお前を知らない。
ただ、盟約だ。 お前を沈黙させてやろう」
小賢い悪魔は使役を振りかざす。
二丁の刀のような細長い手先をきわどく操るカマキリは黒薙を有に2倍追い越していた。
ザザッ――そいつは叢を駆けるような足音で邁進し、先手を切った。
「使役か? ならば、俺も使役で行くとしよう。
行け。 黒ゲル」
ライターを擦ると出てきた黒ゲルは久々の強敵だ、といわんばかり高らかと宙を飛躍、
そのカマキリの背後に回りこむ。
「……」
茜は猜疑の念を黒薙へと向ける。
「そんなに、気に喰わないか? 俺が。 まぁ、構いわしない」
「何をしに、今頃になってこんな島国に来たのか、だけ教えて下さい」
「言えないね。 一々、キサマに教えられるほど、俺の考えは下衆のソレとは違う。
勘違いしないでもらおうか。 お前達は俺によってここで殺される。
それ以外、何も口外することはない。 ……冥土の土産だと、よくものだな。
無理だ。 人はただ、原初に帰るだけだというのに――」
カマキリは前足を踏み込むような前衛姿勢で突進し、黒ゲルの一部を切り裂く。
べちょりっ、と落ちたシャンゼリアに、その粘液はこびり付く。
さらに、刃はとどまらない。 余った片腕で切り口をさらに2分に深く竹割りの要領で抉り裂いたのだ。
黒ゲルは活動を停止する。 勝った――カマキリは確信の意を込めて、止めへと向う。
両腕を交差させたクロスチョップも鋭利さで乗算した恐ろしい圧搾になった。
そう、確信を疑うのは、酔いしれたのは余りにも短すぎる黄昏であったことにカマキリは気がつく。
黒ゲルはまず、飛び散ったと見せかけて関節部に張り付いた。
そして黒ゲル自身の構築ファクターとなっている強酸Sがカマキリの接合部を溶解―。
目を疑う隙すら無しに黒ゲルは血管という血管に自身を張り巡らせる。
――そして膨張。
「甘いな」
小賢い悪魔は醜く微笑んだ。
「拮抗の意を込めて収縮。 そして消失の意を込めて壊死――実行っ!!」
「ほぅ、黒ゲルを亡きものにするとは、 やるじゃないか」
胡乱下な目元は何を語るのか? 小賢い悪魔はただ、視線を黒薙に向けるだけだ。
「だがな? お前は何も解ってはいない。 俺はその程度では何も変わらないだろう?
解れ。 これが――現実だ」
次の瞬間零れたのは小賢い悪魔の吐血だった。
肺を深々と抉るのは先ほどシャンデリアにこびり付いた黒ゲルが牙と化したもの。
貫通し空気が外に漏れる音がする。
「がっ、がはっ」
呼吸器が半分失われた。 いや、もう片割れの肺も今しがた、機能を破壊されただろう。
何故なら彼の皮下を黒ゲルは蠢いていてのだから。
「あがっぎっ――アプォクァ……」
「お前では、無理だろう。 アレは誰にも開けないのだからな」
吐き出した朱、そして、崩れ落ちた肥満体。
目から、口から、そして華から、黒まじりの粘液は噴出された。
呼吸もできず、そして、足掻く事も出来ずに彼の体内をなおも黒ゲルは蠢いていた。
「死んだか。 さて……次はお前だ。 精々、抗うがいい」
くっ――凄惨さに茜は思わず沈黙する。
「さぁ――死んでもらおうか」
自分にこの化け物を処分する手立ては万が一にも無い。
こんな、化け物――相沢 祐一の聖刻ですら下せないであろう。
「――」
次の瞬間、黒薙の顔から血の気が僅かに引く。
……??
安堵と共に、茜自身にも寒気のようなもの――いや、コレは寒気などではない。
真意で絶対零度の気配がこの場に溢れている。
今だ湯気を立てている死人の血を冷ますその風はどこから吹くのであろうか?
ぴしゃっ……茜の頬を水滴が過ぎった。
茜はそれを指に留める。 真水――だろうか?
「バカなっ」
嫌そうな顔で黒薙は自白する。 どうして、どうしてと繰り返すのには恐怖の色すら感じられた。
……ついに雹粒が姿を現す。
水滴は雪となり敷き詰められた赤い絨毯を白く染め上げる。
茜は髪にかかる雪を払いのけた。
『逃げろ』
「えっ?」
『お前に用など無い。 あるのはこの男の死、だけ。
もっとも、ここに居座るのも構わない。
流れ弾を受けても救いようは無い、ただそれだけだがな』
白き槍は黒薙へと振り下ろされた。
氷の塊だ。 舌打ちし、黒薙はそれをかわすのを見計い、茜は部屋を後にした。
確か、裏口があったはずだ。 などと思いつつ。
フリージアの髪が靡く。
冷えきった肌はより、彼女の白さを際立てていた。
茜はどうやって帰ったか覚えていない。
完全な敗走だったことだけで……。
ただ、自分の家の床で寝ていた、というだけで、それ以外これといって記憶に無い。
自分の蒲団ではなく、床。
では、誰がわたしの蒲団を? それは余りにも簡単に答えが出た。
腹を出してはしたない寝相の悪さを醸し出すみさおだ。
朝日も昇らない時間帯――先のことは現実だろうか?
ふと、何の変哲の無い写真たてに茜は手を当てて、寂しげに俯いた。
あとがき
フリージアが出てきたのにはしっかり理由があります。
でも、ネタバレなので、いえません。
言ったらThe Last Moonの骨子が崩れちゃ位にT T
ようやく、祐一がメインに戻せそうな気配です。
……夜は北川と香里がメインだし。
感想とかもらえると嬉しいです。
とっぷ