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第38話
迸る、閃光すら宿らせたかのような、祐一の聖刻は久瀬の肩へと深く吸い込まれた。
「――な、なにっ!?」
歯軋りし、その激痛に久瀬は堪える。
祐一の迅速さの前に久瀬の足が追いつけなかった――足の優劣、そして、聖刻を転換したために起こる、
異常なまでの破壊性を秘めた膂力の爆発!
耐えられるはずは無い。
久瀬はその衝撃に身を捩じらせ、地面へと激しく叩きつけられた。
タイルの床は清潔ゆえに埃のひとつも立たない――まるで湖面みたいに、靴の色が映し出される床だった。
その床を久瀬の唾液と血の混じった粘ついた体液、あと苦渋の声が埋め尽くす。
どうやら、肩を完全に砕かれたらしかった。
「――くっ、随分と感情任せな一撃じゃないか」
「……何っ?」
「だが、やがて気がつくだろうさ。 その行為が自分の足かせだとねっ!!」
ガシャァァァンッ―――。
祐一の耳を劈くかのようなガラスの嬌声音が祐一の身体を横へ飛びのかせた。
外からの突き抜ける突風――無論、飛行機は飛んでいない、だというのに耳にはそのエンジン音が焼きつき、
そして、風が自分の進路を断つのだ。
「鏡面世界――僕はここに繋がりを求め、そして接点をずらす事を覚えた」
それまで、身を捩じらせ、苦しんでいた久瀬は走り出していた。
突風を味方につけ邁進する久瀬の手には先ほどのガラス片。
祐一と目と鼻の先、久瀬は欠片を、
祐一の肩目掛けてながつけた。
投げつけた、といってもそれはただの投擲ではない。
目を疑う、いや、疑う隙すらない兆速で風を押しのけ、
摩擦すら生む高熱のマグマのような衝撃が一点に集中した芸術的爆破だ。
必然的に、祐一の左肩は爆ぜた。 幸い関節で喰い止ったが、筋肉がじゅぶっと焼ける音が、
祐一にも届く――。 痛覚すら麻痺させる激痛を祐一は耐えた。
地面に転がり、バウンドしつつ、肩にこびり付く、
枷をうまく放り捨てると、自分についた砂埃を払い、立ち上がった。
「くそっ――」
やはり、一筋縄には、いかないな。 舌打ちする祐一の髪は、突風で後に流れる。
「脆いな。 相沢くん」
得意げに、先ほど傷ついた肩を久瀬は見せつけた。
祐一は目を細め、やはり、と思う。
あれはショーだった。 かなりのものだったにも関わらず、久瀬の肩は既に完治しているのは、
少し離れた距離からでも顔をみるだけで伺えた。
「けっ化け物め――」
祐一は深く、腰を沈め、低い姿勢で走り出した。
自分にばかり攻めてくる風はなんたる卑怯さか――思いっきり呪い殺したいが、理に拮抗を申し込むほど祐一は大きくは無い。
だが、抑制は可能だ。 そんなふうな前衛姿勢。
祐一の構えた右腕は再びギンッ、と閃光を放ったかのようだった。
―― 一撃で、仕留めるしか方法は無いな。
全身を酷使してのその一撃――あまりにも虚しい、風を切る音だけしか聞こえない。
「どうした?」
「……くっ」
祐一は久瀬を忌々しく思う。 久瀬は軽く、風という障害物などもろともせず、自分を横切った。
おまけに痛覚が再起動したらしく、麻痺してくれていればいいものの、肩の鈍痛は暫く治まりそうに無かった。
そういった込み入った事情が、つくづく、絶対認めたくない差――能力者にして、
追求者この世界を使用する男、久瀬 元治へのワケの解らない靄を思い知らさせた。
――だから、何だって言うんだよ。
3度目―― 一撃目の攻撃に祐一は可能性を持っていた。
その時の聖刻の転換率は23パーセント。
それだけでも、巨象くらいは沈黙させられるであろう。
圧倒の一撃はすんなり久瀬の身体に届く、有頂天。
祐一は天狗になり、2発目で誤った。
ならば、ここで軌道修正を、という冷静さも辛うじてクールダウンし働かせそうである。
相変わらず、久瀬は自分から仕掛ける、という動作に関しては無頓着にして緩慢だった。
「ひとつ、忠告しておくぞ、久瀬」
「――君が? 僕に? 何をだい?」
愛着のある淵無しの眼鏡を釣り上げつつ久瀬は祐一に視線を移す。
「ここからが本番だっ!!」
祐一はそのクールダウンで思い出す。 今、ここでこいつを殴りたい理由を。
久瀬は名雪を爪弾きした。 ――それだけじゃない。
内通者、そして名雪のことを久瀬は知っているような素振りすら見せている。
他人にとってはどうでも良くても、祐一にはそれが癪に触ることだった。
一気に攻め寄り、息の音が聞こえるほどの距離で、祐一は聖刻を全力で解放した。
「はっ、馬鹿か?」
肉薄の弾丸は久瀬と掠めもしない――ただ、
久瀬は背後が壁だ、ということを忘却する、というフイを踏んだことをようやく感づく。
「僕を、誘導した、のか――ふぅん」
祐一の聖刻は限りなく100に近く転換され、膂力は暴発する。
ドゴンッ――。
久瀬の右半身を粉砕した一撃は壁にのめり込み、横一線の亀裂を切り込ませた。
ぼうっ――と粉煙が白く、上がる。 かはっ、と久瀬は赤黒い血を撒き散らし瞳孔を大きく見開いた。
殺った、なんて思えないのだが、祐一は一度、飛び退る。
「がァっ、はァ、――相沢くん、見事じゃないかっ。
君に参加資格を与えよう。
主役の座も君のものだ。 僕ァ、好い買い物をした。
だから、代価を払わねばね」
「……」
「水瀬 名雪の話だ。 フンッ、ひとつ聞き給え。
相沢くんは、水瀬 名雪を本当に知っている。
胸を張っていえるか? その顔じゃ、言えると思っているんだろう。
それは嘘だ。 虚像――君が追っているのは虚像としての水瀬
名雪だ。
彼女は君が思っているほど、慈悲のある存在でもなく、むしろ無感動だ。
それを装う、
二重ラッピング――ああっ、狂言者だよ。
彼女はね。 勿論、僕は彼女にも役を与えている。
秩序と乱すという重要な役柄をね」
「だから、どうした。 名雪も能力者だ。 だが、あいつはそこまで凄いやつには、俺はおもえない」
「それが、偏見だよ。 相沢くん」
祐一の眉間の影が濃くなるのは、何も、名雪のことを語る独白家、久瀬のせいだけではない。
少しだけ、様相が変わった――久瀬は気がついていないらしい。
無視しているのだろうか?
とにかく、祐一はその気配も気になっていた。
いやみったらしく、血で濡れた唇は孤を描く。
嫌な微笑。
軽く間を置き、再度、久瀬は口を開いた。
「君は変わりすぎて、解らないのだろう。 哀れな、水瀬
名雪という檻の本質に。
クククっ、傑作だ! 僕は一目でわかったぞ!
こいつはヤバイってなぁ!!
あいつはさァ、冷酷なんだぜ? 唯一無二、自分の欲しいもの以外にはさァ!!」
醜悪な陶酔。 そこから零れる愚言。 仰け反るほどに笑いつくす久瀬に祐一は待っていられない。
我慢できない。 名雪を侮辱する資格はこいつには――無い。
「お前が聖人君主みたいなことを言ってもな、俺にはノストラダムスの予言程も信憑性も無いんだよ」
ブォンッ――!
聖刻を1つの、機能停止の形へとリライトし、祐一は歩き出す。
壁に張り付いたオブジェへ向かって。
「ここから、どうやって出ればいい?」
「簡単だ。 僕を殺せ」
もっとも――。 はっと祐一はその気配にようやく答えを見出した。
「僕は1人じゃあない。 軽くいってしまえば、僕の本体に最も近い存在を倒し続ければ、
そう影月を何匹と倒し続ければいずれ均衡は崩れ、ここから出れるだろう」
「キサマ――、最初から!!!」
バカめ――血混じりの唾を祐一に吐き捨て、その”久瀬”は絶命した。
祐一は数十人の影月に、今囲われている。
知ったコトか。
感情に任せて振りかざす聖刻は余りにも虚しくて、心の底がいつひりは照るかもわからない。
孤独だ。 彼等は祐一に何度と無く語りつくすのはたんなる罵声――。
ただ、影月というなの虚像たちはさした傷を追うことも無く、風化していくのだった。
聖刻は生けし者達の生命を機能停止させる。
虚無。
祐一にはただ、疲弊と気だるさだけが蓄積する。
何匹倒したか。 こんなはずじゃなかった。
後悔してもキリは無い。
拳の関節が軋み、ボロボロに成り下がった頃、祐一にはようやく光明が指すのだが、
それは――ほんの少し先のことだ。
「嘘つき」
アルクェイドは呪うかのような目つきで、空港の前に立っていた。
日が昇っているのに、ちっとも弱気にならないのは彼女が真祖だという照明。
実質、本物は強いのだ。
「祐一 ――自分を崩壊させて、何が楽しいのかしら……」
チクンっ、と自分の胸が痛む理由、出かける前にあゆに言ったら思いっきり笑い飛ばされた。
同席していた栞にはもぅ熱く語られたような気もするが、スタイルの批判の辺りから聞き飽きて上の空だったため、
ちっとも耳に入っていない、という馬耳東風振りがアルクェイドらしい。
祐一がいない、ということにまず焦りを感じたのはアルクェイドであり、
その焦燥かららしくない心配をしたのもアルクェイドだった。
その決定はゴミ箱に合った塗り薬の空箱――。
空白とともにそれを理解する。
何か厄介の事が起きているのでは、と。
それは、自暴自却を促進する麻薬だった。
確かに成分には異常治癒能力はあるだろう。
祐一が気がつかないところで蝕まれる。 暴走し、いつも異常にハイになるには数時間を労するが……。
アルクェイドは祐一の住処を、そういった過程を踏んで駆け出したのだ。
そして多少のズレはあったのだが、10分ほどで、アルクェイドは空港に到着した。
昼下がり――最悪な事に、祐一の気配はあるのに、ここに祐一はいなかった。
薬はそろそろピークではないか? 逸る――押えられない苛立ち。
失ってはいけない、とこの前理解したばかりなのに。
その場所に既に、名雪の姿は無かった。 医務室に運ばれたかもしれないし、
祐一がいないから帰ったのかもしれない。
そんなこと、アルクェイドにはどうでもいいし、知らない事だ。
アルクェイドの真祖の能力”空想具現化”。
祐一の気配はここであってここでない場所、
アルクェイドは察し、そして、空想具現化を使用する。
鍵のかかってないスライド式のドアみたいにアルクェイドには鏡面世界を移動するのは容易な事だった。
鏡面世界――アルクェイドは視線を落とした。
祐一が被っている人には余りにも凄惨な姿に。
その姿に目を奪われた。
ソレが原因だ。 彼女が背後を奪われるという失態の。
あとがき……。
祐一戦闘編パートAをおおくりしました。 ぬ、ぬるい何ていわないでくださいT
T
自己満足おばかなんていわないでT T。
さて、次回は香里がメイン。
それでは〜