「冬花さま。お客様がお見えです」

「……」

 やっときたか、そんな安堵の面持ちでほっと冬花は息を吐いた。
 この日のため、外部とのシャットアウトも入念だったし、数日前から来訪している、
 佐祐理、舞、留美も今度ばかりは外出してもらっていた。

 今、報告にきた使いも、彼女の作り出した具現だ。
 紙人形で作られた使いは、報告だけを述べると、まるで空気が抜けるようにして、
 自身を消滅させた。あとには、うすっぺらい紙人形だけが残る。
 実にエコロジー、冬花は自身の行動に感心しつつ、席を立った。

 
 カタンッ――と障子を閉じる乾いた音を小耳にいれ、自身はゆっくりと、
 ソレでいて極端でなく、落ち着いた物腰で来客玄関へと向かう。
 



 しゃれた面持ちなどココには無いだけに、来客玄関に現れた香里の持っていた紅い傘はとても艶やかだった。
 広く仕切られた玄関の傘たてに、香里は傘を置き、冬花の足音が聞こえてきたので、
 しゃきっと背を伸ばし、衣服の皺を整えた。

 今、自分が面会しようとしている存在は自分にとって、いや、能力者たちにとって、
 とてもじゃないが頭の上がらない神々しい存在。
 先天性の能力者のなかでもトップに位置する――森羅万象の理を知る、そして、
 体現者の異名を持つ、能力者、冬花なのだ。

 曰く、彼女の知識は大英図書館をも凌駕する。
 
 揺れ動く昨今。知識人、俗に言う仙人の領域に達した存在はやはりこういうところにいてこそ、
 価値があるのだ。表に出てきてみろ――ダイヤと炭の違いほど、その価値は似通っていても、
 そして変わってしまうのだ。

 ――その髪が曲がり角から見えたとき、ドキリッ、と鼓動が早まった。

 それが――存在の価値を示す威厳か。思わず、香里は嘆息を漏らす。

「いらっしゃい。香里。久しぶりだね。我が子よ――」

「冬花さま、謙遜が過ぎます。あたしなんかにはもったいない」

 本当に困ったような顔で香里は顔をしかめると、冬花は軽く、2、3首を横に降った。

「謙遜なものか――君は自分を持ち、そしてわたしを慕う」

「はいっ」

「それは、恋慕のようで、母性だ」

「――」

「上がって。すぐに、君に頼んだ資料が見たい。――拙いんだろう。
 実のところ」

「ええっ――芳しくありません」
 
 一瞬俯き、すぐに立て直した香里は靴を脱ぐと、一段、社へと入る。
 
 その言葉に、冬花自身も険しい面持ちだ。香里に見せないその横顔は、酷くいらだたしさを露呈していた。

「思った以上に――彼らの怨念は深いらしいね」

「……はいっ。現実問題から見ても、影月の動きも頻繁です。
 あいつだけじゃない。上の存在として絶対視されてきた者たちも、
 あるいわ――」

「わたしはその問題を解消へと導く義務がある。体現者としてね」

「神区域――ですね」

 無言で、冬花はこくりっ、と頷いた。
 冬花にとって、神区域とは余程に重用なもののようだ。今までの言葉とは違い、
 その滑らかにすべる口調は停止していた。だから、一旦、会話を会話を中断する。

「冬花様?」



「わたしは、二度と、訪れることが無いだろうけど――香里は行かないといけないんだ。
 あそこは能力者としての命題。その答えを全て見せてくれるから」

「――?」

冬花は少し深めの話とは裏腹に笑顔を作って見せた。
 何であろうか?その、予感めいた嫌な気配の源は――一体。

 だから、もう一度、香里は冬花の名を読んだ。
 既に、そこに気配は失せていたが――これが、体現者の見せる一端なのかもしれない。
 そう思っても安心なんてできないが、香里は息をつくように、話題を止め、
 一段、またぎ、冬花の社へと身を預けた。

「時に、香里、今日は雨が降るのか?」

「ええ、降水確率60パーセント、今まで晴れているのが怖いくらいです」

冬花空を天井を見上げ――にぃっと笑う。

「――見えるわけ、無いよね」

「えっ、ええ、ハイ」

 香里は思わず、微苦笑を浮かべ、冬花とともに、香里は歩き出した。








 天蓋に組まれた櫓は何だか不恰好で誰もが趣味を伺ってしまうような物だった。
 と――はいうものの、気になるほどの物ではない。

 ただ、何となく、調和を損なわない異様がその広間を強引に取り繕う――そんな感じだ。
 日焼けした畳にはぬくもりが合った。よく手入れがされている畳に膝を曲げ、今、香里は腰をおろす。
 冬花は香里が座った後、暫くし、部屋にやってきた。

「――それは?」

 まず、香里が目に入ったのは冬花の携えた小太刀である。
 黒い鞘に収められた妖しさと自身の赤袴はとてもいい組み合わせには思えた……。
 だが、この際色合いだの、風格だのの問題ではない。

 肝心なのは、一体何のために、その小太刀を使うか。

「これ?うん、これは結界ようだよ。この先、香里が持ってきたデータ―はあまりにも危険なものだ。
 解釈の際にも、あの男が近づいてくるやもしれないから」

「影月――どこまでは、本当で、何処までがまやかしなんでしょう」

「能力、という定義が存在する限り、あいつは全て本当で、全て、まやかしさ」

 よっと、小太刀の刃を抜くと、無造作に、刃を畳に突き刺し冬花自身も畳に膝を沈めた。

「さぁ、見せて、香里が持ってきた資料を」

 頷いた香里はポケットから一枚のフロッピーを取り出し、
 懐から手のひらサイズの再生端末を持ち出した。

「フゥ、フロッピーにデータ―をしまうって言う時点で恐れ入るのになぁ。
 まさか、データ―を極縮小してくるなんて、堪らないよ」

「僭越ながら、あたしの能力”統轄”にかかれば、大方の物は根源が存在する限り、
 膨張、そして縮小が可能です」

「まー、自分の自慢は後にしておくれ。今はデータ―を見るのが先さね」

 ヴゥン、電源を入れると、再生端末は青白い光を発し、すぐに起動した。
 香里はそれにフロッピーを入れ、フロッピーを開く。


 香里は能力を発言させた。MOにも収まらないような膨大な情報網を極縮小し、そのうえ、香里にしか解けない、
 複雑多岐の大小さまざまなデータシールドを展開。
 これによって、絶対に読まれることの無い完全な物を作り上げるのだ。

 そうでもしないと、香里としてはやっていけないのだろう。
 ビジネスの一環、情報の絶対死守は鉄則だ。漏洩は万死に値する。香里なりに求めた結論が、
 能力で守る、というものだった。実際効率と安全性は髄を貫いて業者間ではトップだし、
 裏社会を生き抜く、という意味合いでも、能力者は賢くなければならないのだ。


 そうこうしている間に、ことは完了する。

「追及者界隈のトップシークレット……。絶対禁忌。侵略不可の領域とは、
 どんなものなんだい?」

「容量は馬鹿になりませんが――それはカモフラージュ。大事なのはメガバイトも存在しません。
 久瀬――元治。の項目さえ見てしまえば処分しましょう。冬花様が覚えていてくださればいいのですから」

「やれやれ〜、こんないたいけな少女に重用任務を任せるとは、この鬼めっ!」

 軽いジョークに香里の頬は緩んだ。
 久瀬 元治――。

 冬花は香里の隣で、画面を見つめる。――能力者として、以前に人間として、彼の残忍さが目に付く。
 独善で行う、愚行の数々。彼は完璧でなければならない。
 それは結果が示していた。

「そして、最重要項目―アポカリプス―にいたる、と」

 その最重要項目がワンクリックで片付けられるのはどこか虚しい気もするが、
 好奇心はそれに勝る。そして、恐怖と危惧も……。


 カタリッ。

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 01年10月30日

  久瀬元治の死亡を確認――脳髄より、能力のデータ―を摂取。
  
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 カタリッ。



「魔法使いでもなければ、最上位の魔術師でもない。一介の能力者にはできすぎた話。
……でも、当然といえば、当然かしら」

「――そうさね」

 納得を示しつつも、冬花はどこか遠くに焦点を移している――出来すぎた話。
 だが、できすぎていて、当たり前。





 冬花自身の頬がきっと締まったのはその時だった。


 それとほぼ同刻に外では遠雷が鳴り響く――。 
 もともと、日の光が中心のこの部屋は一気に暗さを増していく。
  天候に付き従うかのように冬花は目を閉じた。 

「あなたには、知っておいてもらわなければ、いけないみたいね」

「――冬華様?」

 それまで、落ち着いた物腰を見せていた冬花だったが何かを察し膝を持ち上げた。
 赤袴が波を描き、冬花の長い髪も僅かに揺れる――。

「罪を背負うもの――スケープゴートは、もう、たくさん」

「――っ」

 
カッ――。

 雷は近い――雷光は黒と黄色のニュアンスの中で、人影を鮮明に映し出した。
 黒い影――正体は自ずと理解できる。

「まるで、ハイエナだ。結界を無視するとはね――余裕だわ」

 冬花の顔が次第に険しくなり、声には溜息が混じる。

「まだ、多少結界は持つかもしれないわ」

「――」

 真摯な眼差しの前に、香里のいい訳なんて通るはずも無い。 否、絶対通らない。
 香里はそこまで、冬花を知った人間ではないが、上の人間として尊敬し敬っていた――。

 栞の命を助けた医師は後に自分に2人の名を語る。 相沢 祐一、そして――冬花という名の女性を。

 まだ、自分は借りの1つも反してはいないじゃないか。 返しているには全然足りない。
 少なくても、香里には。 嫉妬すら、香里は一時期2人に覚えた。

 だが、それは間違っている。 自分にかされた命題を、ただ、2人は自分の意思でやり遂げた。
 ただ、それだけなのだ。 自分にとっての命題とは? そんなこと香里は今だ見出せていない。

 ただ、能力者である、という以上宿命には逆らえない。時にはこうして、冬花に頼った事もある。
 知らない人間でも、自分は冬花を慕っている。 相手がどう思っていようとも。

「……冬花様。 近くに知り合いの埋葬機関員が来ているんです。 それまで、
 持ちこたえていただけますか?」

「確かに。それも、一つの手、だろうね。第一、わたしはあいつに負けるとは限らない」

 要は意思の持ちようさ、と冬花は付け足す。
 その儚さに、香里の眉間は濃く、まるで、睨むかのように冬花に向けられた。

――なんて、情けない、と。

 少し、悲しそうに――影は一歩一歩無情な歩みを続ける。
 その音は先ほどから振り出した土砂降りの雨で、特に響いた。
 絶望など、無いのだろう。そもそも、負ける気は無い。
 ただ、心のどこかに空いた節穴が冬花自身を崩壊させるには十分すぎた。

 香里はそれを恐れる。冬花の敗北以前に自壊の方が圧倒的という結末を。

「確かに、まだ死ねない。 わたしは、確かに、あの、亡霊を消滅させるまでは、
 まだ死ねないよ」

「だったら、どうして」

「……あの日、2001年のあの日。 わたし達は禁忌に触れた。 そう、神区域に。
 そして、多くの犠牲者を生みながら、能力者の根源に辿りついたんだ」

「――っ」

「いいかい? 香里。 百聞は一見にしかず、だ。 神区域に、そしてあのラボに立ち会った者達は、
 言いくるめを覚え、嘘をつくことを覚えた。 赤信号皆で渡れば怖くないってさ。 嘘だったんだ」

 毀れた笑い声は障子越しの影月のものだ。
 反応しているのだ。いきり立たんがばかりにその追憶に著しい反応を見せている。

「神区域――香里は、その真実を知ったとき、どう受け止める?」 





 バシンッ――。

 半端な一撃ではダメだと思った。 香里は余すことなく、平手打ちに怒りと、侮蔑と、叱咤を込め、
 冬花を突き飛ばす。 軽妙な音と共に、冬花の華奢な体は崩れ、そして頬は朱に染まり口元からは、
 赤い血の線がツゥーッと流れた。




「こう、します。まず、あなたの狭量さを――叩きのめすわ」

「っ!?」

 目をつりあがらせ、仁王さながらに香里はキレた。
 ずんっと崩れた姿勢の冬花に詰め寄り、見下すような立ち居地をとる。
 否、本気で嘲弄すらかんじられた。

「あなた――人がへこへこしているからって、弱い所を見せ付けて楽しいの!?
 被害妄想に溺れて楽しいわけ? あたしはそういう馴れ馴れしいのがうざったいわ。
 いい? そろそろ、気がつきなさい。 あなたは、まだ必要とされているし、
 罪は死では浄化できない、ってことを」

「そう――それが、美坂 香里の答え、か……寂しいなぁ」

 じわりっ――と冬花の頬を涙が伝る。
 
「泣くの? それも、まだ早い。 ――見損なわせないで下さい。 あなたは体現者でしょう?
 久瀬如きに、影月如きに、誇りをねじ伏せられたいんですか!?」

「そんなわけあるものか。そういうあなたこそ――なんであなたまで殺気を飛ばしているのよ」

「? 逃げ腰になったらどうぞ。 殺してあげますから」

 ひぃっ――冬花は思わず上ずった声で悲鳴をもらした。
 のるかそるか、そんな問題じゃない。 久々に自分を顧みてこんなに自分を罵った女はいないな、と思う。
 
 刺激的で――正直怖い。

「わ、解ったわよ。い、潔く真っ向からぶっころしゃーいいんでしょ?」

「はぁ――どうして、それを最初からやらないのかしら?」

 呆れて香里は深く、溜息をついた。

「色々とあるのよ、大人には」

「……そういうのは、もう少し、わたしを納得させられるようになってから、言わなくて?」

 どすんっ――と、香里は冬花の肩をわざと強くタップし、睨みを利かせ、冬花を見た。

「て つ だっ て 下さいは?」

「ひっ――て、手伝って、香里。 わたしは、まだ色々とやりたい事があったのさ」

「そう。 深くは聞かないわ。 でも、もう、あなたに遠慮もしないから。
 さっさとその小太刀を抜いて――行くわよ」

 小太刀を抜くと同時に、結界は緩まった。 影月は自分たちのかなり近くで停止したらしい。
 迷っている暇など存在しない。 今の2人には少なくとも。
 一度、唾を飲み、躊躇いも見せず、香里は障子に手を掛けた。





 ちっ――影月は舌打ちする。 落胆の冬花を嬲り殺す予定だったのだ。
 それが、見事、僅か数分の間に瓦解する。 今の冬花はヤバイし、香里もまた、ヤバイ。

 障子が開いたその瞬間、影月は身を消失させた。
 だから、外はもぬけの殻――何も存在しない戸の先にぽかんっ、と香里は目を点にする。


「あらら――逃げられたわね」

「……服が汚れなくて助かったけど」

「フフンッ、かまわないわ。 雨は止まないけど、もうったら? むしろ、かえって良い」

「お生憎様、雨が止むまではここにいるわ」

「――あっそ」

 浮かない顔で、そっけなく冬花は顔を背けた。 正直、昨日の今日だ。 さっきの今だから、
 雰囲気についていけるなどが、冬花としては心配だったのかもしれない。

 もっとも、香里は、結局退屈になってしまった、と思い、今まで完全に忘れていた、
 潤に電話をする事を思い出し、既にさっきの喧噪など眼中にも存在しなかったのだが。



あとがき

 冬花は重要人物なんですが、とっつきずらい。このままじゃ、勝手に自殺するなということで、
 香里にぶん殴らせておきます。 香里、北川が佐祐理さんたちと合流。
 そして、祐一たちももうじき合流します。 終わんないなぁT T




03/5/2 改稿

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 とっぷ