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第40話
吐き出した七夜 志貴の欲望は、瞬時に凄惨な3Dを映し出す。
眼前で、自分に気がつかず、ただ――祐一を見つめている。
志貴の殺意は、何の前触れのなく、走り出す。
アルクェイドが振り向いた時には、時既に遅し。
音もなく、無尽に振り下ろされた短刀はただ、アルクェイドの肉体を切り裂いていった。
「――」
17に分割されたアルクェイドは自分の失態に舌打ちする。
まず、何が起こったのか、よりも先に結論がでたのは、自分の顔が地面に落ちたからだった。
ごとりっ、と虚しく、右足が自分の顔前に着地する。
真祖、と称されるアルクェイドにとってそれは堪らない恥辱であった。
自分を殺す――寸分の隙もなく。
「久瀬よっ――俺をこんな低俗な存在のために利用する、と?
……フフフッ、堕落の象徴だな。 ――まぁ、いいさ、お望みとあらば、
殺してやるとするか。 死ね。 アルクェイド・ブリュンスタッド……真祖の姫君よ!!」
見上げた志貴は、アルクェイドが以前出あった、カオスに足掻く男ではなかった。
飲み込まれた。 そう、それすらも享受したある種の完成形。
ここに佇む彼には冷酷と同時に殺人貴としての風格がある。
人間の良心、その呵責を排他した終焉形。
遠野 志貴ではない、ということを、アルクェイドは察知した。
だから、志貴は躊躇の片鱗のなく、アルクェイドに短刀を振り下ろす――まるで断頭台のように。
「――頭だけで、動けるわけが、無い、じゃない」
明確には自分のぬかるみのような甘さを叱咤したい。
だが、したくても、体が木偶ではもう、なきつく事も出来なかった。
最後に、祐一を見ておこうか、と視線を逸らす。
死ぬわけではないか、暫く活動休止だ。
少なくても、祐一の生きている間に目覚める事は、ないだろう。
もれた溜息と、同時に、頬を熱いものが伝った。
「あれ――?」
自分はこの程度の事で泣く人間ではない。
ただ――そろそろ振り下ろされるはずの、断罪が、一向に振り下ろされないことに、アルクェイドは猜疑した。
また、上を見上げる。
ぽたりっ。
滴り落ちる血の軌跡がアルクェイドの目に焼きついた。
愕然、驚愕。 なんて、馬鹿な男だ――……沈黙。
「今、俺のこと、バカだって思っただろ」
と、右腕を正確に、あたかも精密なクレーン射撃のように志貴に叩き込んだ祐一は呟いた。
視線は見下し。 それも思いっきりの睨みを利かせて。
「――あは、あはは、ゆ、祐一、どうして、あなた平気なの?」
「……?」
このままじゃ、埒が空かない。 祐一は右腕の聖刻を僅かに解放し、志貴の懐にドスンッ、
と一撃お見舞いしておいた。
一撃でも、半端なものではない。
能力者のようにきちがいな連中ならともかく、基本的に志貴は一般人だ。
転換した聖刻の威力は、最大で、高層ビルを処理するダイナマイトにも勝るのだ。
今の要領でも、鉄板くらい貫通は可能かもしれない。
鈍い音。
軋む関節。
志貴は吐瀉し、弾き飛ばされた。
「――なにっ」
ずざっ――! 祐一の表情が変わる。 志貴は無表情に、その一撃をあえて受けたのだ。
くらった、というのに、その表情には余裕すら見える。
全身を使い、地面に左手で着地。
宙に飛ばした短刀を微動もせず、キャッチすると志貴は祐一に視線を向けた。
「ほぅ――相沢 祐一、噂どおりに規格外な男、というわけか」
「――……褒め言葉としてとっていいのか?
志貴」
「構わない。 自己紹介がまだだったな。
初めまして、相沢 祐一。 俺の名は七夜 志貴。
殺人貴だ」
自己紹介をし終えた瞬間、志貴の姿はそこには存在しない。
モーションに遅れを生じた祐一は思いっきり、体を捻じ曲げ、ギリギリで、志貴の斬撃を回避。
祐一は追撃を察し、即座に飛び退った。
ぶぅんっ、と短刀が空を凪ぐ音がした。
「――遠野 志貴、じゃない……ということか?」
眉を潜め、祐一は志貴に問う。
すると、クククッ、と志貴は乾いた笑い声をあげるのだった。
「遠野 志貴。 あの脆弱な片割のことか。 忘れてくれ。
あいつは死んだ」
「――死んだっ?」
「そうっ――折角持っている能力を有効に利用できないお子様なんか、
必要ないからな。 俺が、じきじきに殺してやった」
頬を緩ませつつみせる愉悦。 そこに、遠野
志貴の面影は、少なくても、祐一には見えなかった。
ただ、快楽に溺れる人間はこんな表情をするのだろうか?
今にも振ってきそうな、志貴の短刀に注意を払いつつ、祐一はまだ、話しを続けた。
「――殺す? お前には殺せるはずがない。 志貴はお前だろう?」
「……物分りの悪い。 それは肉体の上での問題だ。
だが、精神面では違う。
俺は本来なら死んだ人格さ。 だが――久瀬が俺本体を覚醒させた」
「余計な事を。 なるほど、死んだも、同然か。
志貴は」
そうだ。 何か不満を含んだ表情で志貴は返答する。
まるで、呼吸でもするかのように、志貴は走り出した。
「……持つか?」
祐一の悩みは聖刻の限界。 今さっき久瀬?を倒し、影月を数体し止めたばかりだ。
その、影月たちは志貴の登場と共に霧散していた。
「……」
そこで、祐一は締めくくる。
加速をともなう志貴の足、そして、跳躍――捻りこむように振りかざされる短刀。
対して、祐一は素手――。
吸い込まれるように、祐一の胸倉に短刀は突き刺さった。
あと数ミリで肋骨を通る――死を察知した祐一は後退し、
身をかがめると、志貴の、
自分より、僅かに細身の足に旋脚を立て続けに叩き込んだ。
志貴は一撃目をあえて喰らう事で体制を逸らし、体を宙に浮かす。
祐一の乱れだ。 脚力に重点がおきすぎて、勢い余ったのだった。
志貴はその反動で前進、祐一の真横に手をつくと、さらに前進、祐一の背後を捕った。
ノーモーションで志貴は地面を蹴り上げると祐一へと突進する。
「――久瀬のせいだからな」
ごぅっ――。 崩れ落ちたガラス。 そのせいで、先ほどから風がなだれ込んできていた。
さっきは久瀬にそれで苦しめられたが、志貴はその瞬間を見ていなかったらしい。
横殴りの突風に志貴の体は意思を崩された。
僅かに宙を浮き、標的を逸らした志貴。 その標的、祐一は即座に立ち上がると、後背を反し、
地面をけり、バク宙。 志貴の隙、背面を捉えた。
飛び退ろうとするも、体制が悪い。 志貴が足を伸ばした時には、既に祐一はソコに居た。
ずぅん――。
そのまま、全体重を乗せたつま先が志貴の左わき腹を思いっきり串刺す。
――余すところなく叩き込んだ祐一の一撃で志貴は地面へと叩きつけられた。
とどめ、と思う祐一。無情にも、祐一を横へと飛び退らせたのは横殴りの風だった。
「……お前、能力者には向いてないな。 非道でありながら隙だらけだ。
アルクェイドを殺った。 それは以上だが、卑怯な手口のせいだろう?
――ぶっ殺したいが。 提案だ。 その体を、志貴に返せ」
ゴッ――っと志貴の口から吐瀉と血塊が吐き出された。
「…………お前もまた、化け物であった、ということか?
相沢 祐一」
「その体じゃ、立ち上がるのは無理だろう?」
志貴はに不敵さが込み上げた。
そいつは……どうかな?
――周囲には、志貴と祐一を囲むようにして、見たことのない男女が数人、佇んでいた。
「俺の欠陥は認るぜ。 ただ、俺の目的は終わっていない」
「目的?」
祐一は訝しげに志貴に尋ねると、志貴は嘲弄を浮かべる。
「冥土の土産だ。 教えてやろう。 こいつ等はかつて、神区域で死んだはずの亡者だ。
亡者には生の救済は成されなかった。 それどころか、未だに行方不明で世間から抹消だ。
久瀬はそれを利用したのさ。 こいつらはこの世界でのみ生存を許されるアンデッドさ」
「……そんなこと、一言も聞いていない。 お前の目的を言ってくれ」
「遠野 志貴の一番大事な者達の抹消さ――新地のほうが俺は動き易いから」
――まさかっ。
祐一は凝然と志貴を見つめるも、既に志貴は笑い声と共に踵を返した後だった。
くっ――思わずもれる苦渋の声。
周りにはアンデッド――。 仕方なしに祐一は聖刻を解放する。
まだ、祐一は倒れてはいけなかった。
「待てっ! 志貴!!」
「やだね」
歪曲が、志貴を飲み込んだ。 否。 現実空間が志貴を呼び戻したと言うべきか?
志貴は去った。 祐一に嫌というほどの課題を残して。
「――」
ごすっ。
アンデッド――元は女性だったのであろう。
乳房に膨らみがかつてあったことを思わせる彼女に、
祐一の拳は叩きこまれる。 機能停止――そして、消失。
くっ――。
「がっ、くそぅっ、このポンコツっ!!!」
祐一の右腕は今の一撃で打ち切りだったらしい。
右手は痙攣していた。
だが、止まれない。 止まれば待っているのは死だから。
生への渇望――アンデッドに無くて祐一には無いものだった。
それこそが、本当は祐一を狂わせるのかもしれない。
祐一は右腕の痙攣に構わず、ただ聖刻を乱発、倒れようが、わき腹を抉られようが、
肉をごっそり持っていかれようが――、祐一は構うことなく、殴り倒し、けり倒し、
そのいかれた頭部、胴、足から起動権を奪い去っていった。
自身も慢心相違を通り越し、絶体絶命になっているというのに、彼等はまだ、数体。
もっとも、次の瞬間、アルクェイドの鉤爪のような鋭くしなやかな両腕の前に、彼等は消滅させられたのだが。
今度こそ、祐一に凄まじい疲労感、倦怠感、最悪な事に、鈍痛まで襲ってきた。
「はぁっ――」
漏らす息もどこか黒ずんだよどみを見せ、苦しさを隠しとおせない。
アルクェイドが観た祐一には視えなくても、死が視えそうであった。
「……祐一」
「んっ――なんだ? アルクェイド」
「あなたは、これでも、戦いをやめないの?」
「やめない」
ふっ、と微笑みを返し、祐一は上半身を立て直した。
その度に動く全身の血液が体外へともれ、関節は軋んだ。
危険だ――アルクェイドは判断する。
だが、祐一は止まれないのだろう。 その笑顔が余りにも痛く、そして怖かった。
「祐一――1つ、聞かせて」
「喋るのも辛いんだ。 あんま、余計な話しないからな」
「うんっ――ねっ、祐一、どうして、今、自分の意識を保っていられるの?」
ハッ、祐一は呆れたように苦く笑う。
当然だ――祐一はそう切り出した。
「えっ――?」
「当然に決まっているだろ? お前が視界にちらついたからだ」
「はっ――?」
「だから、邪魔するな。 お前がいると、どうも、うざったい」
顔を顰めて、祐一は呟いた。
当に越してしまった限界が、祐一の行動を抑圧する。
前進もうというのに、足が動かない。
右腕も痙攣したままで、次に回復するまで一体何日間このままでいるのか……。
正直ぞっとする話である。
このままでは、シエルとの契約も、ぱぁだ。
自身にとっても、久瀬、そして影月という存在は目の敵というより、何とか解消しなくてはいけない命題。
一括りに、自分の命題ともいえよう。
だから、抑圧されようとも、祐一は向かう必要が会った。
――それに、まだ、約束を果たしていない。
里村 茜との。
「なぁ――、アルクェイド?」
「……」
アルクェイドは呆然と、祐一を見つめていたが、はっとする。
「な、なに? 祐一」
「遠野家へ向ってくれ。 志貴の狙いは――あそこだ」
「でも、祐一はっ!?」
祐一は振り向く。 睨みを利かせて。
――、その目に、アルクェイドは逆らえなかった。
沈黙。
黙っていろ、と言わんばかり、祐一の目は物語っている。
いつ、脱いだ?
そんなこと記憶の隅っこにも覚えていないが、唯一血に染まっていないブルゾンを羽織ると、
祐一は今度こそ、前進した。
「――」
アルクェイドの内に、祐一を疑う、という心と、信頼している人に怒りのようなもやもやをぶつける、
そんな気持ちが初めて芽生える。 いや、後者なんてとっくに芽生えていた。
ただ、意識下で、初めて――アルクェイドは本心から不満を覚えたのだ。
その不満を口にはだせない。 余りにも、目の前を行く祐一は霞んで見えてしまうから……。
あとがき
祐一はどうして、いつも痛い役どころばっかりなんだろうか?
このSSでは。
祐一ファン&祐一最強思考の方々すみませんね^^;
感想とかもらえると嬉しいです。
とっぷ