第41話 約束 前編



 待ち伏せという言葉は少々いけ好かないが、秋葉としては、そうする以外、
 志貴を察知する方法が無かった。

 ――今だ、気丈な自分がこんなに脆いものか、と焦燥している。

 ただ、時間は刻一刻、予断なんて許してはくれないのだろう。

 
 そんな思いの逸りが秋葉を遠野家へと歩ませる。
 何故か――今日はいい天気だったからだろう。 志貴が遠野家に帰ってくる。
 そんな予感がしたのだ。


 秋葉は門の前で佇んでいると、すぐに、琥珀と視線があってしまった。

――どうして、こう都合の悪い時に、庭の掃除なんてしているのよっ!!
 
 だというのに、自分に向ける琥珀の視線は心配で彩られていた。

「――秋葉さま、ですか?」

「何? 琥珀には私が遠野家当主 遠野 秋葉に見えなくて?
 随分落ちぶれたわね、私も……」

 と、秋葉は気丈に、そして、冷静な返事をしつつも、内心の振るえは止まろうとしない。
 琥珀は一瞬、身震いした。 そして、秋葉が門を通り越すと、抱き寄って来た。

 反射的に、秋葉は琥珀の髪を優しく撫でる。

「心配かけたわね。 ――いえ、まだ心配は拭えていないでしょうけど」

「――? 秋葉さま?」

「……」

 よりによって――どうして、認めたくはないが、志貴の最愛の人琥珀にこの事実を伝える役目を、
 神は担わせたのだろうか? 呪い殺したくなる苛立ちをかみ殺す。
 そして、秋葉は真剣な面持ちで、琥珀に向かい合った。



「兄さんは――遠野 志貴は死んだわ」

「えっ――」

 秋葉は目を逸らす――そして、何かを失ったような気がした。

 琥珀はただ呆然と、箒を持つ手が緩まり――ぼとりっ、と箒は地面でバウンドした。












 約束を守るために――アルクェイドは遠野家への道を急いでいた。
 正直、祐一の意図は全然判らない。
 だからといって祐一を止めることは力押しではだめだろう。
 たとえ可能であったとしても――それは祐一との絶交を意味してしまうという悔しさ。
 だからこそ、今、アルクェイドは後悔をしながらも走り続ける。

「祐一を失ったら、わたしはどうなっちゃうんだろう」

 この頃、よくアルクェイドはそんなことを考える。
 失っちゃだめだからこそ、答えが欲しいのが現実だったが、馬鹿らしくて祐一にはいえそうにない。
 現に、あゆにも軽く笑われてしまったし――。

 こんなに気持ちを掻きたててあの男 相沢 祐一は楽しいのかしら?
 本当は不満をぶつけたいアルクェイドだが、彼女は不満のぶつけかたを知らない。
 モヤモヤ――として消化していくしかない。

 あるいは――それができても抑止力として祐一が立っているがため何もいえないのだ。


 タンッ、気持ちとは裏腹に颯爽とアルクェイドは夕暮れの道を駆ける。
 遠野家は彼女の足にすれば、もう、眼と鼻の先だった。












 あれから1日が過ぎた今、 安否もわからない志貴に対して、言えるのは秋葉にはそれしかない。

 例え、琥珀に詰め寄られようとも、覚悟するしかない。
 自分は逃げてきたのだ。 いや、逃げさせてもらったのだろうか?
 今になればようやく整理が出来てきた。 あの男の判断は賢明だったのかもしれない……。

「琥珀。 兄さんは死んだ。 そう考えるのが良いと私が思っただけよ。
 兄さんは能力者に攫われた。 だから、どうなったかわからない――。
 ただ、無事ではいないでしょうね」

 ……沈黙は琥珀が箒を拾い上げると直ぐにとかれた。

「そう、ですか」

 えっ、と戸惑ったのは秋葉だ。 何か知っていたかのような表情の琥珀には、
 気がつけば自分以上の落ち着きがある。 これが相思相愛の力か? ――なんて思ってみるも、
 それでは腑につかない部分があった。

「――ねぇ」

「秋葉さまが留守の間、斉藤という男にわたしと翡翠ちゃんは助けられました。
 お屋敷にて」

「斉藤?」

「はい。 妙な形のバイクに跨った変わった風貌の男でした。
 ただ、悪い人には見えませんでしたけど」

 どこがっ! そう口が出そうになったのを、必死に秋葉は踏みとどまった。
 斉藤――あの男は一体何物か。 実のところ、さっぱり理解していない秋葉。
 自分には毒のある口回しをしたが、この屋敷で彼が仮に行動を起した、となると矛盾だ。

 秋葉は強面に、尋ねるまでもないと思った。
 特徴点。 琥珀の良いあげたものに合致するものが存在したからである。
 変わった風貌。 そして妙な形のバイク。 ――2つあれば十分だろう。
 
「琥珀――あなたは、覚悟が、出来ているの?」

「……志貴さんは死んでいません。 わたしはそう、信じます」

 信じなければいけないのは、時として酷な任務だろう。
 だが、琥珀の瞳の奥にそれは存在しない。 当然、という強気すら感じられた。
 果たして、自分は同じ立場になったら同じような結論に至れるであろうか?

 正直なっていないから――ワカラナイ。













 
 その影は色濃く、そして、とても危険な気配を発していた。
 先に祐一に半死まで追い込まれた男とは到底思えない余裕が浮き彫りになる。

 遠野家へと歩む志貴の歩調は非常に緩慢だった。
 自分の家に戻るのに、殺気立つ必要などない。 殺しはすれど、それは過ぎた話だ。
 殺して、殺して、殺して……殺しまくる。

 ただ、獣のような瞳。 飢えたハイエナのように志貴は微笑む。
 琥珀――、秋葉――、翡翠――。

 自分にとって依存した彼らをしとめるのは新地を得る開拓民としては当然だろう。
 かつて大国に移民したピューリタンもそうであったように、いずれ本国に抗うのだ。

 抗う事に意味がある。 自由を勝ち取るのに過去は邪魔でしかない。

 七夜 志貴、という人格にとって遠野家はその程度のものでしかなかった。

「確実に――殺す」

 今はまだ、不完全に過ぎない七夜 志貴の行進は続く。
 












 ガタンッ――。

 電車が、その駅に着いたことを知らせて時、祐一の意識は蒙昧としていた。
 アナウンスがようやく耳に入り、目を開ける。

 地獄だ。 全身が焼けてしまいそうなほどの痛み――。
 思わず吐血しかけたのすら飲み込んだ祐一はプラットホームに乗り出した。

 かはぁ! と苦い息を吐き捨て、祐一は歩き出す。
 ブルゾンを着ているがため誰一人として、彼の症状、生命の危機に気がつかない。
 だが、祐一にとってもそれは幸いだった。

 気が疲れない。 余計な心配をさせない。 他人に不快感を与えさせない。
 最前列の車両はそういった意味でも、客も少なく、利用しやすかったが、
 もしかしたら、自分に歩み寄った女はその以上に気がついたかもしれない。
 もっとも、そんなことどうでも良い。 待ち合わせは――確かあの辺であったか?

 そんなことを思案しながら、祐一はもどかしいほどに進まない足を無理矢理進めた。
 距離にして、数分。 そこに――里村 茜はプラットホームと自分の腕時計を交互に見つめながら、
 佇んでいた。

「……すまない。 1分の遅刻だな」

「――そうですね」

 茜は直ぐに祐一の以上に気付いたか眉を潜める。

「あっ、ちょっと寝違えたんだ。 ははっ、ドジだろう?」

「……ドジですね」

 気後れする気配も無く、茜は言うと、いきましょうと、祐一を促すのがした。













 


 約束前編 fin



あとがき


 これ以上書くと区切りが悪いので、次回に持ち越します。

 次は中編 志貴とアルクェイドの対決。 そこに信頼なんてあり得ない。
    黒薙対祐一。 そこには絶望しか存在しない。

   アルクェイドの方はこっちで終わる予定。
   祐一のほうがメインです。 あと――北川と香里の話を入れる予定。
 


 

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 とっぷ