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第42話 約束中編1
瞬く間の静謐。
込み上げる憤怒――。 ? 秋葉は驚く。
「――兄さん」
「何だ、居たのか。 遠野 秋葉」
「……ええっ」
ぞわりっ、と頬を伝うイビツな感触に秋葉は現実を知る。
遠野 志貴ではない彼。
志貴であり志貴でない男は何者か、を。
琥珀もまた、絶望には落ちずとも、志貴が遠い存在に感じられた。
彼に声は届くだろうか?
定刻の夕暮れのメロディーが町に鳴り響く頃、遠野家の世界は転変とする。
凪ぐ風は生暖かく、土塊は秋葉自身の足にあたかも絡みつき、進行を妨げるかのようであった。
――琥珀の目に焼きつくのは、志貴と赤々とした夕暮れ。
耳に響くザワツキの音。
志貴は冷淡に、唾を吐き、一度、わき腹の辺りに手を置いた。
目を細め、自身に浸るかのような笑みを浮かべ、腰元の手をだらんっと落とす。
視線は琥珀だけを見ている。
遠野 志貴にとって大事だったもの。 白いリボン――約束――果たされた?
志貴にとって琥珀という存在は命題に等しかった。
純粋に愛していたし、裏切りなんてもってのほか。
そこに穢れは存在しない。
無垢。 七夜 志貴にとってそれは何物にも耐え難い苛立ちである。
志貴が好きなものを好きなわけが無い。 背離の関係にある志貴と志貴。
だから、まず一番に殺すのならば琥珀であろう。
視界から抹消。 吐血。 粉砕。 消滅!
肉を切り裂き臓腑を握りつぶすあの快感は一度目覚めたらやめられない。
殺人貴の血――それが志貴自身を苛立ちへ――急かす。
衝動へと急かす。
「――っ」
志貴の笑みに、琥珀は恐怖した。
拙い――理解した時には、秋葉を通り越し、志貴は琥珀に短刀を振りかざす。
「琥珀っ!!!」
ブゥンッ! ブツッ――。
秋葉は間一髪琥珀を蹴り飛ばし、その立ち居地に自身を身代わり――肩をざっくりと抉られる。
「――ちっ、邪魔してくれるなよ……愚妹さんよぉ」
炯々――、秋葉は志貴をキッ、とにらみつけた。
夕暮れのメロディーは止まる。
ほぼ一寸、志貴の短刀は地面から一気に、天空へと駆けた。
「そうっ――大人しく退いていてくれ。 あんたは、3番目だからな」
立ち上がった琥珀へと、志貴は視線を移した。
「志貴――さん」
「俺の名を呼ぶな」
「志貴さんっ!!」
「……そうか、果てたいか。 あまりにも単調にさぁ――」
自然と、琥珀の体は強ばる。 豪い緊張――この人に殺されるのは、本望か?
否。
琥珀を駆け巡る放流は何か、なにであるか。
答えがでない、暗礁に登りつめ、何も見出せない自分への焦燥が琥珀自身の生への固執だった。
志貴自身の例外。 琥珀は志貴へと跳んだ。
軌跡が逸れ、志貴の短刀は琥珀の腕を軽く掠めたに収まる。
志貴は舌打ちし、自分に手を回す琥珀に目を疑った。
「……」
ぎゅっ――と。
「ほぅっ――。 単調に、死ぬんじゃはなかったのか?琥珀」
志貴はあくまでの冷静に答えた。
「志貴さん。 あなたがここにいない理由が、わたしには解りません」
琥珀はその非力さすらめげず、志貴を抱きしめる。
あたかも、自身の確執を示すかのように。
「――だって、ここは志貴さんの帰る場所でしょう?
わたしが居ます。
志貴さんが居ないのは――矛盾です。 わたしはそんなの、嫌」
志貴の心臓が早鐘――警鐘をする。 動悸からするに、何か嫌な予感だ。
胸の奥底が熱い。 目を大きく見開いた志貴は初めて感情を露にした。
腕力を全開に、琥珀の腕を離した志貴のは一閃の軌道を描いた。
志貴自身の動揺が線を外す。 琥珀の腹部にも届かず衣服の帯に軽く掠めたに過ぎない。
「――ううっ、そういうことか。 久瀬っ!!!」
脆さ=欠陥。 深みにはまればはまるほど、自分側から無くなる。
ワカラナイ。
志貴自身の凶悪にも似た是非の無い衝動――それは邁進への助力だ。
「に――兄さん!!」
秋葉は急転、咄嗟の判断で檻髪を発動。 朱の閃光が錯乱した七夜
志貴の腹部を深く射抜いた。
志貴は動いた。 たとえ、秋葉に略奪されようとも――根源を抉りさる。
目は、線を見つめ、そして、切断。
檻髪はばさりっ、と地面へと落ちた。 志貴は落ちない。
秋葉へと駆け出し、そして、首を掴むと、
一瞬にして圧迫し、気絶させると、琥珀へと急いだ。
ダッ――。
「――あーあ、祐一の予感、当たっちゃったなぁ」
この場には似合わない、どこか気だるさをふくんだ落胆の声が志貴と琥珀に届いた。
その影はゆっくりと志貴へと歩み寄る。 威圧的に――真祖の影が志貴へと迫り寄った。
それとともにぞっとするほどの戦慄が禁じえない。
志貴の肌に脂汗が伝ったのはそれから直ぐの話だ。
にぃっ――余裕の笑みと腕組み――そして、靡く金髪。
「――志貴、だったわね」
「……」
ごくりっ、と志貴は息を呑んだ。 眉唾ものの彼女、アルクェイド・ブリュンスタッドから放たれるのは、
何も戦慄ばかりではない。 金にもにた瞳は志貴を誘うかのような感すらあるのだ。
もっとも――彼女が誘うのは愛欲などではなく、死へのロンドだが。
「わたしを殺した責任、とってもらうからね」
真祖の姫君はその時だけは立腹気味に、そう、祐一への不満を志貴にあてつけるかのように、
言ったのだが、志貴には最終通牒にしか聞こえなかった。
余韻が耳を通過する。
地獄だ。 隙が無い。 だが、アルクェイドは志貴を完全に射抜いている。
コロサレル――志貴は久瀬への文句をひとつ、捨て去り、逃亡への道を測った。
いや、志貴自身、未熟だと理解した。
それを補うために、今は手に入れなければならないものがある。
圧倒的アイデンティティー。 志貴には自己を確立できるものが存在しない。
だから、退くのだ。 自分を手に入れるため、尊厳を得るために。
「どうしたのかしら?」
「アルクェイド・ブリュンスタッド――生憎だが、まだ、俺は死ねない。
見せしめをして――今は退こう」
アルクェイドは反射的に志貴へと駆け出した。
だが遅い。
目の前の琥珀に志貴は短刀を今度こそ振り下ろしたのだ――――。
「あなたは、何もできない」
琥珀は呟く。 志貴は琥珀すらも殺せない。
志貴の短刀は琥珀の心臓を抉ったはずだった。
ハラワタをかき回したははずだった。
アンチテーゼ。 非論理的。 ロジックの崩壊――空想具現化はそれを成し遂げた。
志貴に立ちふさがるのは一枚の見えない壁。
線も見えないその壁に志貴は絶望を覚え、
再度舌打ちをしたかと思えば、迷走するかのように、その場から逃げ去った。
ニゲロ――ここは、俺が居られない。 どうしてか?
自分があまりにも脆弱だからだ。
何て非力なっ――何が殺人貴か――!!!!!!!!!
屈辱の袂、アルクェイドは志貴を追おうとは思わなかった。
何故なら、祐一に言われたのはここまでだから。
傍観していても良かったが祐一に叱られるかと思えばこれくらいは動かなくてはならない。
それにしても、今日のアルクェイドは本当に機嫌が悪いのだかよいのだか、わからない。
まだ、ぼぅっ――としている琥珀に、アルクェイドは手を差し伸べた。
「あら、帰るの?」
冬花はどこか嬉しそうに席を立った香里に言った。
振り向き、香里は思いっきり否定の言葉を吐くと、、ちぇーっと冬花は唇を尖らせる。
夕刻、買い物を済ませた佐祐理、舞、留美が帰ってくると、香里は一まず挨拶をしておいた。
顔見知り、というか、高校時代の先輩であり、数週間前に顔を合わせたばかりの舞と香里は、
こんにちは、どうも、みたいな関係である。
佐祐理が少しだけ、馴れ馴れしかった印象があるが、香里にとって留美は無愛想とまではいかづとも、
愛想が感じられない気がした――のはお互い様らしい。
軽い談笑を終え、今、席を立つのには理由があった。
少し早いが、潤に連絡をいれてあげようか、と思ったののである。
障子を開け、廊下にでる――小ぶりになった空の隙間からは夕焼けが覗いている――。
天気なんて中途半端な予想なのだ。 その時までわからないから野次甲斐があるというものではないか?
渡り廊下の湿り気に心地よさすら感じながら、香里は携帯の短縮ボタンを押す。
ru ru ru……。
壁に腰掛け、待つこと3秒、潤は電話を取った。
「――こんばんは、北川くん」
『――み、美坂〜、本当に掛けてくれたのかぁ』
「? どうしたのよ、何だか疲れているみたいね」
はぁー、と潤は電話越しに深い溜息をもらした。
疲れた――なんてものじゃないらしい。
「どうしたのよ」
『いやっさぁ――今日は野宿みたいんだわ、俺』
「はぁっ!?」
香里は顔を顰めた。 何がために、潤から電話越しでそんな与太話を聞かねばならないのか。
他人事なのだが――ぞっとするほどに呆れてしまう。
これが、北川 潤、ねぇ……。
ううっ、と電話越しで悲しそうにすすり泣く声がした。
「ああ、もう、泣かないの。 北川くん。 あなたに理性はあるかしら?」
『……!!っ、あるに決まってるだろう? 失礼な!』
真剣な表情が目に浮かぶ、ただ、冷や汗くらいかいているかも?
と思うとちょっと可笑しかった。
「本当かしら?」
『本当さ!』
「……本当?」
『――本当、だよ、う、美坂〜〜〜』
苛めているうちに、可哀想になってきたのか、罪悪感からか、香里は頷いた。
「今、どこかしら」
そして、ようやく香里は潤に助けの綱を差し出した。
何度目かの筋肉の軋む音に、祐一は悩まされた。
みしっ――と悲鳴にもにた痛み。 耐えうるのは自身の呆れるほどの我慢強さに起因している。
祐一にしてみれば、この時ほど有難く思ったことは無かった。
たとえ、祐一本人に瀕死が迫っていようとも、祐一は認めようとしない。
意地が悪いから。
「――ここで、おります」
もぅ、御音駅か――。 祐一はなるべく無理の無い姿勢で立ち上がり、一度ふぅっ、と息を吐いた。
それは、とても苦くそして、辛い。
エスカレーターに寄りかかりながら昇り、改札口を、あたかも茜の後ろを追うように進む。
その後数分の記憶が吹っ飛んでいるが、気がつけば住宅路を歩いている祐一がいた。
次第に陰り――夕焼けは色を濃くする。 夜が近いことを照明しているのだ。
夜が来る――絶望にも似た、その夜が。
男は、黒薙はそんな祐一と茜を妨げるようにして現れた。
微動もしない顔、漆黒の双眸が相沢 祐一、を見据える。
そして、死人か、と落胆の色に染める。
祐一は――死んではいない。
「お前、か――、気違いやろうっていうのは」
「如何だな。 俺はそんな呼ばれ方されるようなことはしていないのだが。
ただ――俺は恩義を尽くす性格でね」
黒薙は深く、右手を沈めた。
祐一はブルゾンを脱ぎ捨て――聖刻を解放する。
脆弱であろうろ、矮小になろうと、祐一には答えが待っている。
自身がどうなるのか、それはわからない。
だが死期はまだ、ずぅっと先だ。
「力尽くでもお前にはどいてもらう。 約束なんだ」
「ほぅっ、俺と同じだな。 まったく、しんどいぜ。
命を奪った。 ポリシーで達成してやるのが、
俺の務めってわけさ――ハハハ」
――やれ―やれ。
「悪いな。 お前と一緒にするな。 俺は自分の意思でやってるんだ。
俺自身が、あまりにも不器用だからな――せめて、自分には嘘をつかないつもりなんだよ」
祐一の右手を衝撃が走ろうとも、その目から禍々しい混沌は消失し――漆黒が宿る。
それは、茜にすれば成功を意味していた。
確実に、祐一は聖刻を取り込んでいく。取り込まれていく。
聖刻というものはイジワルだ。 だが、同時に善良なる万物の王でもある。
こんなときでも、茜は恐怖を他所に、データーの採取を始めた。
そんな茜に腹立たしさを覚えつつも、祐一は走り出す。
仮に、それが絶望だとしても、なんら躊躇いも抱かないだろう。
――迷うことなどとっくに捨てたからな。
祐一は心の内でそう思った。
あとがき
次回はまた、戦闘一色ですT T
黒薙対祐一第一ラウンド前編
(約束中編2)