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第43話 約束 中編2
弾道を逸らすように、黒薙は自身の腕を祐一の右腕に重ねる。
黒薙の腕が祐一の腕に掠める。 それだけで、祐一の体全身が撓り、無抵抗に等しいほどの衝撃を受けた。
祐一は無惨に向かいの壁へと叩きつけられ、吐血する。
肺を思い切り叩きつけられたのだ。 呼吸も一時的に困難になり、眩暈を起す。
「木偶。 お前じゃ、無理だ。 大人しく退いていろ――俺が殺したいのはそこの女。
まぁ、これ以上邪魔になるようならば、お前も処分しておこうか」
「――ならば、殺してみろよ」
ほぅっ――黒薙は嬉嬉とした。 もともと無駄な争いは好みだ。
弱いやつと張り合うのなど、いきり立つほどに好ましい。
自分が優位に立つのは絶対――そもそも、黒薙より上の能力者など存在しない、と本人は踏んでいた。
だから、誰よりも、他人の意見を卑下し、それでいて処理する。
敗残者への代価、それは精であり、そして彼らの記憶中枢となりうるブラックボックスだった。
アカシックレコードとも称される存在を彼は求めた。
人は実に単純な構造ゆえ.――能力者、魔術師、サディスト……etc.
その答えへと彼は一歩一歩確実に根源へとたどり着く。
混沌――。 黒薙は今、その根源を求めていた。
今、この世界には幾億、幾兆もの混沌があるだろうか?
0〜×????????……と連なる答えの不明こそが、黒薙が欲する真理への道だとすれば、
自ずと、彼は探すんだろう。 それは抽象的には人でなくてもいい。
情報を、特に類稀なものを提供してくれた存在にはそれなりの代価を支払うのが礼儀――。
これは、ゲームだ。
脆弱な基盤を弄ぶ、強奪と言う名の。
右半身に電撃が走る。 片目を瞑り、歯を噛み締め、祐一は痛みを堪えた。
先ほど、右腕を掠めた時の傷だろうか。 あざがどす黒く斑点を描く。
「どうしたよ? あと3秒まってこなければそこの令嬢の首は飛ばすぞ?」
「ふぅっ――」
正直に、祐一は思う――もう、腰が持ちそうに無い。
だが、勝たなければ。
だから祐一は這う。
あたかも獣のように――それは、かつて遠野
秋葉と対峙したときに見せたものとはワケが違う。
生命を喪失しようという危機をむしろ満足げに――受け止めている。
それでいて抵抗感を抱かない無欲、しとめようという貪欲。
背反の関係を保ったそのスタイルには死と生の両立を感じた。
「元素に帰る――この国には、先祖がえりという言葉がある。
だから、どうした?」
奇に照らされ、黒薙は一歩前に出た。 祐一の方へ前へ、と歩き出す。
殺してしまおう、そう判断している事が冷静に祐一にも感じられる。
「相沢 祐一。 わたしは面白い結果に期待しています。
抗いなさい」
「やれやれ――言われなくても、やらせてもらうさ……っ」
左腕をバネに祐一の跳躍は開始された。
「はぁ――君は無謀を好む人種だった。 つまり、そういうことか死を好む、と」
――大歓迎だ。
黒薙の腕はぎんっ――と唸った。 奔る祐一はそれを耳で感知、遮蔽する。
電信柱を蹴り飛ばし、祐一よけた一撃の隙は申し分ないチャンスのようにすら見えた。
「相沢 祐一っ――」
黒薙であるというのあだろうか? これが。
黒薙の胴が、今しがた2つに割れた。 そして、禍々しい鎌が姿を現す。
真っ向から四肢で疾駆する祐一をザクリッ――肩から――胸の辺りまで深く、漆黒の鎌は抉り、喰い込んだ。
「がっ――」
「安心しろ。 お前は面白い。 こいつは、死を嘲弄する鎌だからな。
そう、お前を殺してはくれない。 大事な箇所は破壊しないさ――例えば、ハート」
黒薙の拳が、唸り、そして、祐一の胸を激しく殴打する。
祐一は混濁する意識の中で、黒薙の素顔に触れていた。
にくったらしい笑みを構える、
狂人――サディスト。
思わず、踏みとどまり、辛うじて祐一は生を保つ。
だが、何時まで持つのだろう。 そもそも、こういうとき、どうして自分は逆境なのだろうか?
まったくついていない――溜息混じりに飛ばした左腕は、幸運にも、たとえそれが最弱なものであっても、
――ここ数年来久方ぶりの、黒薙にとっての屈辱となった。
祐一の血が、黒薙の頬を染める。
霞む瞳は、なおも、漆黒を宿している。
黒薙は軽い憤怒を覚えた。
「フンッ、くだらない。 不機嫌だ――お前を殺すっ、俺個人としてなぁ……」
もはや、何がでてきたも、可笑しくない黒薙の足は断頭台にすら思えた。
今だ鎌に括り付けられ、祐一の意識は皮肉にも残っている。
その踵が自分に下ろされればどうなるか――。
どうなる?
「あばよっ」
祐一の首に深く、黒薙の踵は振り下ろされた。
力なく祐一はアスファルトへと沈む。 ぐしゃりっと顔面が陥没した鈍い音が聞こえた。
「……あらっ、また、雨ねっ――」
赤い、血のような色合いの傘を広げたのは、タクシーから降りて数分も歩いた頃だった。
丁度ラッシュと重なって混み合う国道に手間取ったこともあり、
ようやくついたときには潤との待ち合わせに大分遅れてしまった。
ざっと30分はだろうか?
待ち合わせに指定してきた喫茶店が少しだけ離れていたが、その辺りに駐車はおろか、
車も通れるスペースがないということで、香里は徒歩を選ばざる得なかったのだ。
「さっきまで、晴れていたけど――まぁ、地帯が地帯だから、しょうがないか」
ヒビの入ったアスファストは数時間前の雨で湿っていて、水溜りも、また斑点を描く。
この通りは人が少ないが、雨音は気紛れには丁度良かった。
「――レンガ造りの赤い屋根、グリム童話の世界みたい。
北川くんってああ見えてロマンチックなのかしら?」
オレンジ色のステンドグラスは濁っていてどうも向こう側が曖昧だ。
だが、指定したような建築物、おまけに喫茶店などこの辺にはここくらいしか存在しない。
多分、ここなのであろう。
香里がドアを開けると、心地よいベルの輪唱が店内に響き渡った。
「美坂〜、こっち、こっち」
「……」
大きく手を振る潤はどこかはにかみを浮かべて嬉しそうだ。
――といっても、何というかこの店に潤と数名の客しか居ないため、偉く注目を浴びた。
バカじゃないの――昔からこうなのだけどね……。
溜息を返すのもなんであるから、不意打ち気味に香里もはにかみを返し、
潤の所へと向った。
「――、よ、よぅっ、香里」
だが、どういうわけか、潤はおびえている。
「はぁー」
「う、っ……ごめん、ちょっと嬉しくって調子に乗りすぎたよ」
「いいわ。 ――あっ、コーヒー、ホットでお願いします」
潤は頼んでいたコーヒーを熱いにもかかわらず一気飲みし、奇をとりつつも、気を紛らわせた。
香里はふぅ、とようやく溜息を吐くと北川も安堵した。
「――あのさ、それで、ほんっとうにいいのか?」
「いいわっ。 許可とってあるしね。 影月――に関しての情報を提供する、っていう条件は変わらないけど」
「……ああっ、そのことは問題ない。 何しろ、お互い様だったみたいだしな」
香里、潤の眼差しは一間にして真剣なものへと変わった。
それだけ、影月に関することは重大な話だということなのだろうか?
2人にはどこか……、
それよりも先を見据えた見解すら感じさせる沈黙が漂っている。
「神区域――」
ビクンッ、と香里の肩が震えた。
「美坂はそこにいきたがっているんだな。
俺は正直言えば――いや、絶対に反対だけど……無理だろうから何も言えない
でも、事実、あそこでのデーターはまだ教会側にも見えていないとこが多いんだ。
怪奇性が多い無機質さ――。 不気味だぜ、あそこは」
「そうかもしれないは。 一般論としてはね。
でもね、ビジネスとしては知りたいのよ。
あそこで何が起こったのか」
はっ――と潤は鼻を鳴らし、緯線をテーブルへと落とす。
そして、そうか、やはりなぁ……と落胆を漏らした。
「だけど、俺も協力させてもらうよ。 美坂だけじゃ、心配だからな」
「ありがとう、北川くん」
潤の心中は複雑だ。 香里はどう、自分の事を思っているか、そういう青臭い心配で。
だが――例えどう思われても、香里を裏切る気は潤には今のところ、無い。
自分にとって一途とは何か? とか問いかけたくなるけれど、それはまた、後の話にしておきたい。
機会を逃す事すら北川 潤としては愚策だと思えてしまうのであった。
コーヒーが運ばれてきた、香里はそれを飲む。
美味しいじゃない、
と嬉しそうな表情に潤は救われた。
そして、2人は冬花の社へと戻った。
「――胸騒ぎがします」
美汐の表情に影が差す。 みさおは昨日出て行ったっきり帰ってこないし、
名雪も今だ戻ってこない。
能力者――以前に、繋がりがある彼女達。
欠けてしまえばとても不安を抱いてしまう。
「何なのでしょうか? この予感は……2人とは、どこか違う」
どこか? 問いただしても、美汐には結論はでない。
ただ動悸、胸騒ぎはぞわりと嫌な気配を保ちつつ存在している。
「折角、秋子さんが帰ってきたっていうのに」
トーン、トーン……。
階段を下りる足音がする――血色の悪い顔色。
そう、どこか疲れ果てた面持ちの水瀬 秋子は自宅の二階から姿を現した。
「……天野さん。 名雪は、みさおはまだ、帰ってきませんか?」
「はいっ――。 秋子さん、もう、いいんですか?
寝ていなくて」
「――」
秋子は首を横に振った。
その瞳にも憔悴の色は深い。
「里村 茜さんに今すぐ会わなければいけません。
祐一さんのデーター、
あれに書かれた真意を教えてもらわなければいけないんですよ」
「……聖刻、そして封印ですか」
秋子は無言だった。
美汐は立ち上がる。
「わたしも行きます。 何か、役に立てることがあるかもしれませんから」
「――お願いします」
秋子はあえて拒まなかった。 悟っているかのように頷き、歩き出す。
そして、祈る。
――時間よ、止まれ。
あとがき
中編2終了。 ようやく秋子さん登場です。
今までどこで、何をしていたのか、……とかはその内かたる方向で。
ってか秋子さんは何でも知っている状態(^_^;)