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第44話 約束 中編3
鈍い――音。
ゾクリッ、と嫌な予感があゆの背を刺した。
水滴なんかじゃない。 氷柱が背中を串刺すかのような重い痛み。
あゆの額がしっとりと湿り、隣に座り談笑していた栞も沈黙を禁じえなかった。
「――あゆ、さん?」
もともと、あゆと栞はそこまで仲のいい、という関係ではない。
最初は置かれた境遇への同情から始まり、
紆余曲折に彼女たちの付き合いが始まったのはあの冬から2年もしてからのことだった。
お互い知らない、というのにたまたま立ち寄ったコンビニエンスで顔見知り程度の2人は知り合う。
片や店員。 片や客。
人生経験です、というか香里が単独で仕事に行っている時の暇つぶしでやっているバイト先のコンビ二は、
理由無しに、町から少しはなれた国道沿いにあった。
たまたま、あゆが勉強がてら真琴のために肉まんを、肉まんは近くのコンビニには売っておらず、
その結果、国道沿い、栞がバイトしている店までたどり着いてしまったのだ。
いきさつはこんな感じで、既に春先――丁度、桜が咲き始めた頃、であったため肉まんを買うあゆに栞はおのずと、
好奇心を抱く。
肉まんが取持つ絆? とは可笑しいかもしれないが、その時の「あっ」というあゆの掛け声が2人の交友の発端だった。
あの時、あゆは単純に栞ちゃんだ! と驚いたのだ。
髪は昔よりも少し長い程度で、今だ可愛らしさが残っている。
変わってしまった自分とは違うあどけなさがあゆは堪らなく嬉しく――話も昔のことから始まる。
ネタは概ね祐一なのだが。
――とはいえ、こういう風に栞を家に呼ぶのは初めてだった。
どうして今まで頑なに守ってきたのに……いや、守ってきてしまったのか?
自分の意思の愚頑さにはほとほと呆れる。
さっきまで少なくてもあゆはそう思っていた。
そう――今の今までは。
「大丈夫だよ……、栞ちゃん」
「大丈夫って、顔蒼いですよ? あゆさん」
「うぐぅ――栞ちゃん。 ボク、嘘つくのは下手だからね」
苦笑いを浮かべたとしても、あゆの顔は蒼い。
もともと止まるつもりでボストンバックできたついで、あゆの蒼白顔では居辛い。
――何か、やな予感がします。
ふるっ、とあゆは首を横に振った。
決して、それは否定ではない 恐怖を振りは払うためのいわゆる抗いだ。
亜麻色の長い髪が微かにゆれると、あゆの顔に少し朱が戻った。
「栞ちゃん。 正直、こういうのは信じたくないけど、ボクの予感は当たるんだよ」
「はいっ、身をもって味合わせれてますから」
栞がいうのは1年前だかに一緒に出かけたときの話だ。
天候は嘘ではないかと思うほど、絵空事な快晴。
ドライブには申し分の無い天気だった。 ――ただ、あゆは何を思ったかドライブを快く思っていない節があり、
案の定、バイトで貯めて購入したスクーターはエンストを起こし、山道の真ん中で停止するは、
突然の大雨に煽られるはの大惨事――それだけじゃない。
あゆが嫌な予感を感じる時は、基本的には何かしら節に触れるのだ。
それにしても、今回のことは特大だ。
「祐一くん――、じゃないよね、まさか」
「あゆさん、でも、もしかしたら、があります!」
「……ありがとう、栞ちゃん。 でも、祐一くんの居場所、判らないよ。
どうしよう」
「わ、わたしの原付で――」
「闇雲に走るのは、だめだよ……」
……嫌な沈黙だった。 だが、祐一にもしも――そう思えば栞としても不安になる。
困った――こんな時にお姉ちゃんが……。
いても、役に立たないか、と訂正し、栞は祐一の居場所を考察する。
少なくても、この町ではない気はした。
「――あっ、斉藤くん」
そう叫び、刹那、あゆはぱっ、と目を見開く。
斉藤は落ち着いた面持ちでリビングに姿を現した。
「体調、どうかな?」
あゆは平静を装って心配そうに尋ねる。
「――ああっ、感謝するヨ。 生体機構の99,9パーセントが復旧した。
あとは安全装置をはずせば、完了だ。 それより、月宮?
どうしたんだい? 顔、蒼いヨ?」
ワケのわからないイントネーションは健在に、あゆの顔を見た斉藤の印象は、
様子がおかしい、というものだった。
空気が――必然であるかのように重く、やな感じだ。
「ねぇ、斉藤くんにGPSとかついてない、よね?」
「――生憎ネ。 人探しかい? 手伝えない事もないが」
「無理だよ。 居場所が解らないもん――」
祐一、というかあゆ自身もGPS機能のついた形態、そして位置確認ができるPHSなどは持っていない。
そんなことをすれば所在がしれてしまうという事実が、今になって仇となった。
現実に、祐一が予断を許さない状態である今、まだ3人にとっては仮定なのだ。
安心はできない。 そして早く、祐一の安否が知りたかった。
「うぐぅ――」
それでも、一向にあゆのむかつきは晴れない。
最悪に、最悪に。
まるで時間があゆをあざ笑うかのように、世界を敵に回した気分だった。
苦し紛れに――あゆは腕を組む。
「あゆさん」
困っている親友を無様に見ているしかできない。
大事な男をただ、傍観することすらできない。
無力さは伝播するらしい。
栞に――そして、その場に佇む斉藤にも、それはひしひしと感じ取れた。
やがて沈む夕日に、3人の姿は闇へと溶け込むだろう。
この部屋には今、明かりが差していないからそれは明白なのだ。
無力=消滅――方程式の打開、その鍵を握るかの如く、シエルは住処のドアを軽くノックした。
シエル自身、祐一に報告する事があってきたのだが、
祐一が不在おまけに始末しておきたい存在(半死徒)の斉藤がここに居た。
肝心の祐一は不在――聞けば非常事態の予感がするというではないか。
シエルは眉下を潜め、あゆの考察を聞いた。
栞の考えを懇意になって聞いた。 馬鹿みたいだ、とか誹られそうなシエルの態度だが、
今、この周囲に影月を消滅させる術を有する、それだけの力を持つ人間など祐一以外にいるのであろうか?
他には居るかもしれない?逆算的に 打算してみても、それ以上の答えは見出せない。
頼れるだけの、自分と対等以上に渡り合える存在が相沢
祐一オンリーとなる時点で明白だった。
今はこの瞬間だけは傍聴に専念する……。
「――あるいは」
シエルは栞の話のあと、口を開いた。
あるいは――判るかもしれない。
多岐に渡る選択肢、ところ狭し、諸行無常の時勢、人口一億数千万人という島国から1人を探すには、
張り巡らされた情報網が不可欠だ。 定義、それさえ知れれば可能という案外にも存外な答えも然り。
シエルのあるいは――は即ちアルクェイドだった。
シエルはアルクェイドを探すのに長けている。
それはロアという因縁に縛り付けられた所為であり、教会の埋葬機関7位である所為だった。
「アルクェイド、彼女は近くに居ます。 アルクェイドは相沢くんと親しい間柄なんですよね?」
「うんっ。 祐一くん、いっつもお世話になっているからねっ」
失いかけた光明が、あゆの瞳に宿る。
「わたしが、相沢 祐一を発見、保護次第、連絡を入れます。
えーっと、どこにしたらよいんでしょう?」
「あっ、わたしの携帯のアドレスを教えておきます。
わたしにかけてください!」
栞は威勢良くガッツポーズ、そして携帯をポケットから差し出す。
シエルは栞のアドレスを即座インプットし、家を後にした。
「――っ!!」
その時だ。 最悪の悪寒があゆに走ったのは――祐一が深々とアスファルトに沈んだのは。
呼吸が整い、心音も安定する――秋葉の安否の程が知れて、アルクェイドがここに居る役目は終わった。
「それじゃ、琥珀、翡翠、じゃあね」
服を脱いで、じわっ、と赤く染まった包帯が痛々しい。
琥珀、秋葉ともに志貴に軽い怪我を負わされたが線は切られていないらしく時間がたてば再生するのだろう。
そう踏まえてのアルクェイドの帰宅だ。
とにかく、祐一のところに行かなくては。
アルクェイドは一歩踏み出す。
「アルクレイドさん?」
「へっ? 何? 琥珀」
「相沢さんはお元気ですか?」
むっ、とアルクェイドは回答に困った――だってさっきの状態だと死にそうなほどに酷かったし。
そんなこと琥珀にいえば下手な煽りに成りかねない。
「わたしも解らないは。 これから会いに行くんだけどね」
「あらっ、おあつい」
「――なんて、迂闊いてられないでしょう?
琥珀」
「――そうでした」
はぁ、とアルクェイドは片目を瞑った。 琥珀も忘れ去りたくても、忘れられないことが、
忘れてはいけないことに直面しているのだ。
遠野 志貴。 七夜 志貴である彼であっても”志貴”に変化はないだろう。
琥珀は志貴を愛している――。 自ずと、志貴の居場所も理解していた。
「もっとも、わたしには関係の無い話だけど、思うの。
あそこで殺さなくて良かったのかしらって」
「――っ!!!」
「志貴は秋葉を、そして琥珀を傷つけたは?
これって過失で済むのかしら?」
「……アルクェイドさんは、残酷なんですね」
「そうかしら?」
そ知らぬ顔のアルクェイドに琥珀は正直な残酷さを覚えた瞬間、
居ても立ってもいられない気持ちを叩きつけられた気分になった。
何を言ってもアルクェイドはあしらってくれるのだろう。
だから怯えてしまう。
平静なのではない。 無我なのだ。
そもそも、真祖という存在が他人にそこまで感情を乱されていたら、やっていけない。
まるで、空気のように、アルクェイドは去っていった。
琥珀は、直ぐに会うことを確信する。 何故なら、琥珀はアルクェイドに言いたいことがまだ沢山あるから。
そして、”志貴”のことには、どうしても、祐一やアルクェイドの力が必要らしい、と思ったからである。
一台の個人タクシーが里村 茜の家へと滑走した。
時速120キロ。 秋子の能力でその存在定義を隠蔽されたタクシーは高速で道を急いだ。
「アルクェイド――」
「あらっ、シエル、今、わたし、あなたと殺り合う気はないんだけど。
一瞬でいいんだったら……」
シエルは首を横に振った。
決して目線は外さない。 遠野家の庭にて2人は再会を果たす。
シエルの口から祐一のことがでて、アルクェイドが少し不機嫌になった。
「……本来、あなたにこんなことを聞くのは遺憾ですが、
相沢 祐一がどこへ向かったか聞かなくてはなりませんので」
シエルにだって覚悟はある。 片手に握られた一冊の本。
アルクェイドはこれを見たからこそ誤解し?
一瞬困惑したのであった。
「月宮 あゆが嫌な予感がする、と言っていました。
私自身も思わしくない。
そんな気がします。 あるいは、命を落としているかもしれない」
アルクェイドに2の句は無かった。
そして、今度こそ、祐一に不満をぶつけてしまおうという方程式を導き出した。
その瞬間――アルクェイドの感覚は麻痺する。
そして疾駆する――。
待ちなさい! というシエルの声など耳には入らなず、狂おしく、ただ、狂おしく祐一が思えた。
あの時、祐一が霞めて見えたのはどうやら嘘ではなかったらしい。
そもそも――明確でない存在、相沢 祐一。
「ばか――」
それは、祐一に漏らした、誰とも聞き入る事のできないアルクェイドの聖域であり、
心のどこかで抱いていた自分の甘さへの叱咤だった。
――里村 茜はそれでも、相沢 祐一という存在がただ存在しているだけで、
絶望を抱く事は無かった。
現に――彼女は今でに余裕を崩していなかったのだから。
約束中編 fin
あとがき
はぁ――中編3話完結〜〜。
次回からは約束 後編です。
とっぷ