第48話




「祐一くん!!」

 そして、先ほど閉じられたドアは勢い良く開かれた。
 眼を真っ赤にしてあゆは走ってくる。 寝ていないのだろうか? そう祐一は思った。

「ったく、また、徹夜か?」

 一瞬の間を置いて、あゆの頬はぷぅっ、と膨らんだ。
 まじった、と祐一は判断するも、もう遅すぎる。

「違うもん! 祐一くんがすっごい重態だって聞いたから、ボク心配したんだからね!」


「そうか」

 そう言い、祐一はゆっくりと目蓋を下げた。
 視界はぐっと暗くなり、毛細血管が見える。 蒲団をから自分の手をとり、
 あゆの手にそれを重ねた。

「……そんなに怒るな」

「ボクだって、怒る時は怒るんだよ。 祐一くん」

「――、そう、なんだっけ?」

 目を閉じたまま、祐一は頬だけ崩して笑って見せると、あゆはぷいっ、と顔を逸らした。
 もう知らない、とでも出てきそうなその顔には明らかな安堵が漂う。

「さすがに、目、疲れるんだよ。 多分これは昨日のせいだろうな」

 空いた手をあゆはそっと祐一の目に重ねた。 シエルが直した、とはいえ少し紫が残った目蓋に触れると、
 祐一の血液の鼓動を僅かに感じ取れた気がする。





――ボクは、祐一くんが、ああ、生きているんだ、と感じているんだ。
  祐一くんが、もしも、もしもだけど死んじゃったらどうしよう、と斉藤くんのバイクに跨りながら考えていた。
  すると、ボクは思う。怖いんだね。 やっぱり……と。

「反省するさ」

「うぐぅっ……祐一くんから反省なんて言葉がでるなんてっ、明日は雨?」

 と、祐一は負傷しなかった片目を見開き、あゆを見つめた。
 ところで――そう、祐一は切り出す。

 相変わらず灯りの量が少ないこの部屋で、まず祐一の視線についたのはあゆと、写真たて。
 話をしよう、と自分から口を開いておいて情けない。 思っても見ない写真を観てしまったのだ。

 茜と、その友達、柚木 詩子、そして――城島 司が肩を組んでじゃれ合う写真。
 まだ、みんな背丈があまり高くないと感じたその写真、茜は満面の笑みで笑っていた。

――ったく、今のあいつは大違いだな。

 皮肉な嘲笑を漏らし、そろそろ、話をしなくては、と祐一はあゆへと視線を移す。

「秋子さんのことでしょ? 祐一くん」

「――……今言おうと思ったのに」

 クスクスと、笑いつつ、あゆは祐一のベッドに身を下ろした。

「祐一くん。 あのさ――秋子さん、凄く思い悩んでいたんだ。
  ボクのことも一瞬ダレだか解らないみたいに」

「冗談だろ? 秋子さん、俺の部屋では笑って帰っていったぞ?」

「もうっ、建前はそうかもしれないよ? でもさぁ――、ボクらは、秋子さんをどれくらい知っているんだろね?
 って考えてみたんだよ、さっき。 ――祐一くんはどうかな?」

「……と言っても、秋子さんはもう出て行っちゃったんだろ? 俺が関わると、邪魔になるだけだし、
 それに――、俺にはやるべき事がある」

「そうだよね。 ねぇ、祐一くん」

「何だ? あゆ」

「はいっ」

 懐から、あゆは小さな天使のぬいぐるみを取り出した。
 フェルトで作られた危なっかしい縫い方のちぐはぐさにあゆの努力が伝わってくる。
 ――…・・・無言。

「ありがとうな、あゆ」

 それを受け取ると、祐一はあゆの頭に軽く手を置き、ベッドから起き上がった。
 少し、本当に少しだけ血が循環しきってない気だるさが頭に来るものの、寝すぎたせいだ、
 いい加減に顔を出さなくちゃな。 祐一はそう思った。

「あっ、そうそう、祐一くん?」

「なんだ? あゆ」

「祐一くん、さっき昨日とか言っていたけど、もう3日も寝てたんだよ? 祐一くんは」

「――やれやれ、3日も1日も変わらないだろ? あゆ。
 そんな些細なことを心配してると寿命が縮むぞ?」

「うぐぅっ! 祐一くんより長生きしてやるもんっ!!」

 部屋を出るときには和やかさだけが感じられた。
 ただ、祐一は疑問を感じざるを得ない。
 自分の衣服が真新しくなっていることや、誰が着替えさせてくれたのかについて。

















「――」

「――」

 ……人見知り、と言うべきなのであろうか?
  栞とアルクェイドは間取りを少し広めに設計された診療所の待合室で意味の無い沈黙を過していた。

 栞としては何か話したい、だが、隣にいるのは真祖であるアルクェイド・ブリュンスタッドだ。
 好奇心はワクワクだが――果たして興味があるのであろうか? 相手方は。
 そう思うと、自意識が規制してしまい、もう、話をすることすらできない栞であった。

――えぅ……、ああ、祐一さんのことについて、とか聞きたいのに。

 ちょっとセンチな気分になりつつも、口にだすのがはばかってしまう。
 もどかしさを上塗りにしたように時間だけが無情に過ぎて行く――。





 すっと、アルクェイドは席を立った。

 願ってもいないチャンスかも、と栞は思う。

「あの――どちらへ?」

「えっ、えーっと祐一を見に行こうかなと思って」

「だめですよ。 祐一さんは絶対安静なんですから。 いくらアルクェイドさんだって我慢してください。
 本当はわたしが看病したいくらいなんですけど、あゆさんが限界です」

「――ん〜」

 アルクェイドは困った。 そして眉間は影を作り、下がる。
 もう、祐一に3日もあっていないのだ。 近くにいる、というのにシエルが邪魔をするし、
 あゆに諭されてしまうことだってあった。

 と――、こういう機会だからこそアルクェイドは思うに、栞やあゆ、美汐達やはり、祐一に少なからず好意を抱いている。
 そんな気配を禁じえなくて、自分を顧みてしまうのだ。

 祐一は肩ぐるしい束縛なんてものともし無さそうである。
 アルクェイドにしてみても、どうなのだろうか? という状況でただもどかしさも感じず、安息を保っていた。
 ことに、栞はあまりお喋りじゃないのであろうか? と勝手にアルクェイドは判断し黙っていたのだが、
 向かい合ったときの目を見る限りどうも、違うらしいとわかった。



「それじゃあ、栞が何か話しなさい。 そうすれば、もう少し大人しくしていてあげるわ」

「えーっと、解りました! それでは、わたしと祐一さんの思い出話でもしましょうか」

「わっ、それすんごく興味あるわ。 きかせて、きかせて」

 かくして、語られる事の無かった祐一の過去話は栞によってアルクェイドに暴露されることとなる。
 後々、アルクェイドが笑いながらその話題を振り撒いた時、祐一はただ愕然と彼女を見つめたという。

 祐一の過去=栞……とかに優しく接した高校時代の話がメインになる。

 それは、一時代、祐一のもっともこっぱずかしい思い出であるといっても過言ではなかった。




『なんで、お前がそれを知っているっ』

 話を聞き終えて、アルクェイドは祐一の混乱する顔を脳裏に描いた。


















 ドアノブを回す時、右腕の力加減が少しおかしいか? と思ったものの祐一は気にせずにドアを開いた。
 板張りの床は掃除がされていて埃ひとつ見当たらない。

 天井のランプも燭台に似た凝った嗜好のデザインで観る人が見ればアールヌーボがどうとか、
 ルネッサンス時代の……、などという議論をしたくなるような造り。
灯りに電球が使われている以外は祐一にもいい感じにさえ思えた。

「相沢さんっ!」

「……あらっ? 天野じゃないか」

 幻か? 目が不調を来たしている事もあり、祐一は視界を軽くくすぐってみたり疑ったりしたが、
 落ち着いた物腰の中に嬉嬉としてものを有した天野 美汐はゆっくりとこっちへと歩み寄ってきた。

 ちなみに背後にみさおの姿が見えた気がしたが口にだすと嫌な思い出がぶり返くるため、
 優位は無視を決め込んだ。

「――本物だよな?」

「失礼ですね。 相沢さんはいつからわたしが天野 美汐でないと?」

「いやっ、微妙に髪型も変わったし、その、なんだ? 顔も大人びたような……」

「ありがとうございます」

 少し頬を朱に染め、美汐は微笑む。
 むぅっ……、天野ってこんな感じだったかな? と自分と美汐の隔たりを覚えつつも、
 凄く懐かしい気持ちを祐一は覚えた。

「だが、どうして、天野がここに?」

「秋子さんと一緒に里村先生のところに向ったんです。 そうしたら……」

「ああっ、そういうこと。 なぁ、あゆ」

「何かな? 祐一くん」

「少し、外してくれるか? 天野と話がしたい」

「――わかった。 それじゃ、ボク、栞ちゃんのところへ行ってるからまた後でね」

 満面の笑みでぶんぶんと手を振るあゆの姿はとても爽快だった。
 軽く床にあゆの走り去る音が広がりを見せる。
 祐一の顔を見つめ、美汐は幾ばくとない緊張に駆られているのをあたかも隠すかのようだ。






 電球の灯りが一瞬点滅した。
 2人きりなんていう展開――こんなに早く来るとは思ってもいない。
 願ってもいない幸せな気分。
 ずっと浸っていたい、と美汐は思う反面、祐一の平然とした顔つきに変わり映えのない彼がいたということに美汐はショックだった。

 変わっている。 何もかもが。 世界も、自分も、そして祐一も。

 だが、歴史を刻もうとも、刻は流れてしまっても、祐一にとっての美汐は高校時代の天野であった。
 それ以上は無い。 以下にならなかったのは嬉しいが――自分が寂しい。

――相沢さんは、自ら機会を提供してくれた。 それは、確かに嬉しいのかもしれない。
 
「じゃ、部屋を移すかっ……て、ここでいいか?」

「ええっ、立ち話の方が落ち着きます。 それに――個室だと、何をされるか解りませんし」

 むぅっ――まるで子供みたいに祐一は気難しい表情で髪をかく。

「まっ、至っちゃったら、至っちゃいましたなんだけどな。
でも、本当に、変わったな」

「そうですか? わたしは変わった気持ちはないのですが」

「人は変わるものなんだよ。 いいか? あまり、下手にはいえないが、もう大人なんだなって思った。
 寂しい気持ちだ。 ううっ、心なしか寒風が胸を梳くように切ない」

「――冗談はほどほどにしてくださいね? 相沢さん。
 まだ、許容範囲です。 わたしは物腰が上品なだけですので」

――……。

「変わらないな。 天野は」

「それは、褒め言葉ですか? 相沢さん」

 むっと軽く目を細め美汐は祐一に冷めた視線を送る。

「ご自由に解釈してくれ」

 頬を緩め、祐一は肩をすくめた

「でも、あえて良かったです。 偶然とは言ってももしかしたら一生会えないんじゃないか、
 とか死亡説とかも立てていたくらいですから」


「勝手に人を殺すな――だけど、そうだな。 俺も半死半生みたいな生活していたから。
 微妙だけど。 この先どうなるか、解らないぞ。 これが最後の会話になるかもしれない――」

 











――っ!

 祐一は思わず身を屈めた。
 案の定、一瞬遅れていれば銃弾は自分を射抜いていただろう。

「相沢さんっ!?」

 バリンッ、という音をたて、窓ガラスは割れる。 一度そちらに目配せをしつつ、美汐の先を見た。

「残念です」

 銃口は一向に下がる気配は無い。 安全装置を解除された銃が爆音を放った。
 
 祐一はすかさず横へ飛ぶ。 動けない。 美汐がいなければどうとか言う以前にここは狭く、
 足場が多すぎた。

 そんな祐一を見据えた弾丸は床を跳ね、自分へと被る。
 肩を射抜かれた。

「あの雰囲気でしたからチャンスだと思ったんですが、ダメでしたか」

 硝煙を上げる銃をゆっくりと下ろし、里村 茜はそこに佇んでいた。

「どういうことだっ! 茜っ――」

 クスリッ、茜は嘲弄を含んだ笑いを浮かべ、銃を構えた。
 もう、外しはしないとでもいいたそうな、確実に撃ち殺す、そう、小銃は語る。

「どういうこと? とぼけないで下さい。 あなたは折角の施した力を解いてしまった」

「はっ――」

「聖刻、ですよ。 よくご存知でしょう? 相沢」

 


「もう、死んでください」

 何が何だか理解できそうに無い。 ただ、1つだけは言えそうだ。
 里村 茜はとんだ食わせ者だった。

――無感動に茜の放つ弾丸は軌道を画き、美汐へと放たれた。

 
 
 



 次回予告

「どういうことよ、里村 茜」
「フフフッ――もう、何もかもが手遅れです」
「――あなたは、その力が怖くないんですか?」
「……48の王、か」
「祐一くんが迷っているんだ。 どうしたらいいの? 誰か教えてよ」
「――探したわよ、名雪」



とっぷ