![]()
第49話
――相沢の暗黒面、呪われし力の覚醒はそのまま、わたしを絶望へと導いてしまう。
だというのなら……。
茜の視線にはもう、2人の姿は映らない。
美汐にはなった銃弾の音すら聞こえない。
ただ、その瞳には旋律を乱すあの光景。
聞こえる音はあの日の自意識を欠落させたあの響きだった。
秋子が発していた光が清流を表すとしたら、今、茜の前に立っている男――相沢
祐一は濁流だ。
「うっ――くそったれ」
自分を励ますため、祐一は肉体を罵った。
立てるはずの無い足はぎしぎしと悲鳴をあげ何か物悲しさすら孕んで彼を立ち上がらせる。
「……バカな」
黒薙は呻くようにしてそう声を漏らした。
そう、言うならば祐一の纏う気配は淀んだ光。
眩しいほどに、目がくらむほどに輝きを放つ、波状の淀みだ。
靄(もや)といわれるほど不透明ではなく鮮明な、湖畔のような静寂を気配は与えた。
ただ、それがこの場には相応しくない。
何もかもの歯車の欠落――黒薙は戦慄を覚えざるを得なかった。
場違いというのが相応しい恐ろしさ。
ただ、立ち上がっただけ、それだけだというのに存在は肥大化しあたかも祐一を中心に
世界が回っているようである。
否、3人の視点は祐一が放つ気配に向けられていた。
その根源――聖刻が消えた右腕。
どすぐろく、もう動かす事もままならない血の経過の悪さ、複雑な骨折を彷彿させるのは容易で、
使い物にならないであろう――茜はこの時点で判断を変える。
代償とともに、目覚める必然性が、祐一の中の、茜が知りうる唯一の恐怖を引き起こしたのだ。
――”48の王”かつて、わたしたちは死んだ最凶の魔術師達、
根源の探求者たちを葬った絶対禁忌の能力をそう、教会に通達しておいた。
忘れもしない――あの惨劇。
トラウマとなって今でも、茜を心底でおびえさせ、焼きついて離れない、あの出来事を。
そこで、保てない崩壊は音と立ててあっさりと始まった。
かつて、シエルは祐一のことを”48の王”、そう呼んだ。
祐一はそれを知らない、といった。
――当たり前だ。
わたしは、あたかも必然であるかのように情報を操作し、めぐり合わせたのだから。
わたし、里村 茜と――相沢 祐一を。
大事な記憶を無くしていたのではない。 記憶を封印したのだ。
そうすることによって、彼は部分的な空白を得る。
そもそも、絶望の絵図であるから、構わないのであろう。
茜は今の今まで安堵感とともに、操ることをただ磨耗の趣味として楽しんでいたに過ぎない。
まるで今までの努力を無駄にするかのような現実の愚かしさ。
疑心暗鬼に、茜は祐一への恐怖もまた積み上げてきたという事実も否定できないのだった。
本人の意思はどうあれ、右腕は彼を動かす。
48の王は深く身を屈め、黒薙へと跳んだ。
白と黒は再び交わる。
秋子などとは比べ物にならない腫れ物同士の爆発は茜に絶望を与え、
秋子の生気を気絶にまで追い込むまでに奪い去った。
「な、何物だ? お前――なんで、立っていられる??」
「――消えてくれないか?」
重力弾のような一撃は混沌に包まれた黒薙を深く抉った――黒薙は撤退を余儀なくされる。
祐一の能力”48の王”によって。
ただ、祐一はその場に佇んでいた。 意識などとっくに消沈しきっている。
だが――彼は結果として茜との約束のために、自己を覚醒させてしまう結果となったのだ。
――嫌っ……。
皮肉なものだ――。 助けられた本人はただ、発狂寸前の絶望しか抱いていないなんて。
銃弾は美汐の肩を貫通した。
「うっ――」
じわりっ、と広がる出血。 美汐はただ、それを肩を押える。
「どういうことだ――、里村」
「――。 相沢、もう、死んでください。 あなたがいては、わたしはダメになる。
怖いんですよ。 あなたが」
ただ、虚無のように、祐一に銃口は向けられた。
既にそこに里村 茜は存在しているのだろうか?
怪訝さすら感じられる今の茜だ。
今、一瞬視界が霞まなければ祐一は美汐に飛び掛り、凶弾するところであった。
無意識か、茜はそれを読んでいる。
だからこそ祐一には解らないのだ。 茜が意図が。
だが、空気は一瞬に強いて兆しを変化させた。
かつーんっと無音な世界に鳴り響く革靴の音が、茜をはっとさせる。
「――どういうつもりかしら? 里村 茜」
そこに、普段のシエルの口調は無い。 祐一のことだ、とかいうことに躊躇を置くような人間ではない。
シエルはただ、銃を人に向ける行為に純粋な怒りを。
そして、祐一に関することを今、耳にして訝しさを感じたのだ。
「教会の狗に、何が分かるんですか?」
あくまでも挑発的な茜の態度に余裕を崩さない茜になんの感情も無い憐憫な衝動が襲う。
シエルは茜が引き金を引くよりも早く、茜を金縛りにした。
「――あまり、迷惑をかけさせないでくれます?
気になって眠れないじゃないですか」
詰問だ。
シエルはただ、弾劾を伏せた仮面で覆うかのように微笑む。
一瞬、視線を逸らすも、茜は直ぐに口を割った。
そもそも、どちらに転ぶのが利得であるかを考えた上でシエルに振ったほうが都合がいい。
「48の王。 教会側は、目の付け所は良いんですよ。でも、考えが浅はかです。
あなたのような無能な人間を適任と処すのですから」
シエルは文句になど口を挟まない。 戯言を聞けばきりが無い。
聞きたいのは話のファクターだけである。
そう思えば、茜の戯言など、シエルにしてみれば些細な事にすら思えた。
「――っ。 相沢 祐一=48の王は、覚醒しました。
この男は罪人です。 速攻に制裁を加えるべきでしょう」
茜の自壊は進行する――胎動だ。 分かってしまう。
聖刻で施した封印は茜の成果。 それだけに、感じてしまう。
聖刻がデリートされる胎動が。
「聖刻は、月宮 あゆの知識とわたしの技術の融合です。
確かに
でも、本当はちがう。 月宮 あゆは唆された。
わたしに、です」
「そして――相沢 祐一もまた、唆しました。
全ては彼が48の王という世界の破滅を彩る者であったがための所為でした」
空しかった。 祐一は自分が何だか解らなくなっていく恐怖に浸る中で裏切られていた、
そもそも、自分は操り人形であったことを知らされて――何の前触れも無く何か空しくなる。
「相沢さん?」
「なんだ?」
「いえっ――」
美汐はただ、俯くだけだ。 祐一に言葉をかけようとも何も見当たらない。
「フフフッ、もう、何もかもが手遅れですよ。
蝕まれてあなたは48の王へと姿を変え、自分すら殺めて、愉悦を知ってしまう」
ストンッ、と茜の後頭部をシエルは軽く殴打した。
「あっ――」
茜は口惜しそうに、気を失う。
「あなたは、怖くないんですか? 相沢 祐一」
「……? 何をだ?」
祐一のとぼけた仕草に、シエルは肩を落とし、体制を崩す。
祐一はゆっくりと歩き出した。
「どこへ――?」
「どこでもいいだろう? 散歩だよ。 ――美汐と、里村は任せた」
違和感? シエルがその答えを考える暇は無い。
祐一はそれを問われる前に走り出した。
――それが、俺だというのか?
予告のままいくと20k越しそうなのでここで切っておきました。
ということで、次回はこの続きです<m(__)m>
とっぷ