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第53話
雑木を2台のバイクは走り抜けた。
フルフェイスのヘルメットに覆われ、黒いレザースーツを身に纏う舞と、どこか場違いな行動性を重視したロングレザーを
身に纏った斉藤だ。
静寂なところであった。
速度は早く、そして、どこか落ち着きがある。
それは、むしろ、斉藤が沈黙しているから、ということが原因なのであろう。
ブブブブッ……。
やがて、雑木林を抜け、荒っぽい砂利道を通り抜け、河川を横切る大きな橋を通過した。
その先に、黒塗りのどこか怪しい、冬花の住まう社が存在する。
香里が数日前に潤を連れてきたときは、驚いた。
ここは、女子比率100%。 そこに年頃の男を放り込むというのだ。
むすっ、と冬花と、留美は少なくとも不満を顔に出していた。
北川は信頼を勝ち取るため、もとい、敷居を跨ぐために只今広い庭でキャンプ生活を送っている。
本人はかなり満足そうであるが、舞としてはどこか気後れするところがあった。
「なにっ、今に始まった事じゃないですから」
彼は何を隠そう、教会の代行者である。
平然とそういいのける彼に、シエルのようなプライドは感じ取れなかった。
いや、違うのかもしれない。 プライドというものは身に滲み出るものとは限らない。
笑顔を装いつつも、潤は心底必死に馴染もうとしていた――。
舞は潤の人間性が気に入った。
もともと能力者として殺伐とした空気の中で生きている自分にとって余裕のある人間、
祐一にはそれが次第に薄れているのを舞は感じていたがため、香里や潤のような存在は眩しい。
「着いた。 斉藤、一応、皆に説明を済ませてくるから」
ヘルメットを外し、汗ばんだ髪を揺らすと、舞は社の中へと歩き出した。
「――……ふぅっ」
”ちょっといかなければならない場所があってな”――あゆと別れてから既に3日が経過していた。
舞を探していた、ということもあるし、何より色々と情報を収集していたということもある。
近いうちに、何か、とんでもないことが起ころうとしているのは影月の暗躍にも解る通りだ。
必然、その顔は優れない。 それが、ヘルメットを脱いだ後の軽い眩暈へと繋がった。
全身を流れる人口血液の中の塩分濃度が少し高いのだろうか?
多少気だるい。
虚脱感のような感覚が込み上げ、頭が重い――3日間寝ていないからか?
斉藤が影月に、久瀬に反旗を翻す、そういいつつも、実際は無駄に時間は流れていった。
それが現実だ。 最小限、自分には力が足りない。
そして、それを解決できる策を自分は知らない――その不器用さが斉藤を苛む。
あゆに治療をされていなければ自分は死んでいた。
”死”。 斉藤にとっての死は全身の人工臓器の活動停止からくる唯一の脳死から来ている。
酸素が脳に届かないことにより、酸欠したときにはもう脳に希望など存在しない。
人工血液が止まり、脳の活動が限りなく停止に近づけば、斉藤は”死ぬ”。
さらに、自分には痛覚が存在した。 人間であった頃の、そして人口の痛覚も。
鈍痛を覚えれば、それは覆われた人工皮膚が電算処理し、ダメージを体内に蓄積する。
それを脳が痛覚として認知させるのだった。
このけだるさも、人間と自分の共通性を示している。
日差しが自分には痛いことだって。
「果たして、俺はどこまでいける存在なんだろうな?」
剃刀色の目は憂いに染まった。
それから数分、舞は佐祐理を連れて斉藤の下へとやってきた。
「――こんにちは、斉藤さん……あの〜、わたし倉田
佐祐理と申します」
「知ってる」
「は、はぇっ?」
「……」
「佐祐理、斉藤は影月側に属していたから、それくらい知っていて当然」
驚く佐祐理の疑念を舞はさらっと解消した。
そういうことになっている。
現にそういうことなのだが、そうしなければ自分はここに連れてきてもらえなかっただろう。
こういうところで、自分の素性が役に立った。
斉藤がまだ人であった頃、舞は高校の先輩――。
舞はもちろん自分のことなんて覚えてはいなかった。
彼女にとって高校はモノクロ。
佐祐理と過す時間以外、そこに色合いは存在しなかった。
後に祐一と再会し、視界は広がるが、闇の中に既に斉藤は処理されてしまった後の話。
皮肉さすら斉藤は覚えた。
たとえ、舞にとって斉藤が記憶の隅にも無い人間だとしても――斉藤にしてみれば大事な人間なのだ。
記憶の、自分の残された過去の記憶の最後に話をしたのが舞であったから。
「ご説明の通り、僕は影月の部下だった男ですヨ。
信じるも信じないも自由。
ただ、僕自身は有益だと思うんだけどネ」
――信じるに足りうる存在なのでしょうか?
佐祐理が信じるにはあまりにも唐突な話だった。
突然、舞がつれてきた男は影月側に属していた存在だという。
今、その存在を打倒していかなければと考えているこちら側としては重要な判断を迫られる。
それを、自分が回されるとなると……。
佐祐理は口元に手を当て、困った仕草をとり、目だけ空を見上げた。
今日は曇りのち晴れ。 だんだん陰りが薄れて、夜には満天の星空が観測できるらしい。
だが、ここは山の中。少し耳を澄ませば河川の飛沫の音が聞こえてくるような僻地。
それは、斉藤と同様に信憑性が余りにも薄っぺらな話であった。
「……舞、軽々しく男の人を連れてきちゃダメって言われたでしょ?」
結論はノー。自分では裁ききれそうに無い。
冬花に総意をゆだねるのもどこかはばかるものを覚える。
なんとかそれを表情に出すことなくいいのけた佐祐理はふっと微笑んだ。
「申し訳ありません。わたしとしては、あなたに頼る事はできないです」
「――確かに、僕としても、その意見には賛成だヨ」
断ったはずなのに斉藤は納得した口で佐祐理に視線を向けた。
余裕が顔にまざまざと表れている、そんな印象だ。
「僕としても、川澄先輩と組むとはいえ、この先に行く気は無いんだ。実は。
実際頼みたいことは、僕を君たちと協力させてもらいたい、ということだけサ」
「……あの、斉藤さん?」
くるっ、と斉藤は踵を返した。
自身のいかついバイクに身をゆだねるとギアを踏み込む。
振り向き様に手を振って、斉藤は無言でその場を去った。
「はぇ〜」
「……佐祐理、どちらにしろ、協議しなきゃならない」
少し、舞の口調には申し訳無さそうな気配。
それはそうだ。
自分の身勝手で連れてきた男は自分の予想に反して勝手に去っていったのだから。
「……行こう」
「そうだね、舞――」
今日は多分、星空が広がるな。
そう、空に思いを半分だけゆだねると、舞は佐祐理の肩を軽く叩き、歩き出した。
はぁー、はぁー。
祐一は酷く苦しい動悸に溺れていた。
これは、夢だ。
アレからどれくらい歩いたか、なんて検討が付けられない。
ただ、自分の意思に反して一度、視界がぶれたかと思えば全身に虚脱を覚え、そのまま地面に臥した。
鼻がじんっ、と痛みを覚えたのを祐一は記憶している。
「――」
ゆっくりと祐一の目は開かれた。
「んっ――」
上に見えるのは夕焼けの空。良く映えたその色は魔性の存在をイメージさせる艶やかさを持つ。
そして、祐一は自分がベンチに寝せられている事に気がついた。
「……なんだ、振り出しか?」
「違うわよ」
「――アルクェイド……」
歩くたびに広がる砂利の音とアルクェイドの金色の髪の揺れに祐一の意識ははっきりとしたものへと変わる。
「何のようだ? お前まで俺を止めようとでも言うのか?」
よっ、と祐一は起き上がる。背中が多少痛むものの、それは雑魚寝をしたからだろう。
全身の気だるさを払いとるように、背伸びをすると、祐一はアルクェイドを見つめた。
完璧すぎる容姿――普通の人間ならこれに堕ちるのであろうか?
自分にはそれ以上に輝く存在たちがいた。だからこそ冷静でいられるのかもしれない。
そんな女と協力関係を結んだり色々詮索をしたりした自分は幸福か?
祐一が問いかけようと、答えは常にハテナだった。
「祐一、ねぇ、どこも痛まない?」
「――ああっ、全然痛くないし、むしろラクだ。だから、あまり俺に構うな。
気が散るからさ……」
そう言った頃か、アルクェイドは祐一の隣にちょこんっと座り込んだ。
普段の存在より、それは小さく感じる。
「ねぇ、祐一 ――わたし、どうかしているのかしら?」
「何をだ?」
「だって、祐一は何も気がつかないだろうけど、わたしはこんなに人に関わった事なんて無いよ」
「そうか、じゃあ、いかれちまったんじゃないか?」
「――バカッ」
「やれやれ、何をいまさら。 俺が馬鹿なのは常日頃の事だろう?」
「話、真面目に聞く気ある?」
「――無いな」
大腿と脹脛の筋肉に力をいれ、祐一はベンチを立つ。
思ったとおり体は気だるさも無く元通りだ。
「もう――行く?」
「……ああっ、お前に謝る義理は無いような気もするが、礼を言っておく。
ありがとう」
――そして、さよならだ。
これは、夢だ。
自分に質問を投げかけるアルクェイドに祐一は”日常”を感じ取った。
ゆがみの無い事実ほど、今の祐一にとってはくすんで見える。
どうかしているのだろうか? それとも、自分の気持ちに素直に応えればいいのだろうか?
アルクェイドに、何かしてやれることはないか?
模索をしても、それはあまりにも漠然としていて正直うざったい。
張り詰めた湿っぽい気配――梅雨の足音だろうか?
その歩調はきっと今の祐一の足音よりもか細くまだ先の話だろう。
ここは、そういうところだから――。
一度、振り返ってから歩き出そう。 それは迷いだった。
ここで、別れる。これほどに無いまでに自分が迷っているのに余計な因子は不要だ。
――これは、夢だ。俺は夢を見ている。
自分に迷いなんて覚えてことも無い。そう、俺の歩くことは、結局夢。
まどろみのなかでだけ語られる夢物語の断層なんだ。
もう直ぐ目が覚めて、本当は、包帯をぐるぐる巻きにして傷ついた自分がいるに――、
そう決まっている。
――内心、薄々と気付いていた。
俺がどんな感情を皆に向けているのか。正直それを言葉にすることは絶対簡単じゃない。
俺は茜が嫌いか? どうして茜を嫌いになれないか。
それは、あいつが痛みを背負って生きている存在だから。
あいつに、もう少し考える余裕があればまだ、これからの結末は変わるはずだ。
だから、俺はあいつを信じる。
……。
――アルクェイドを、俺はどう思っているんだろうな。
あいつは吸血鬼だ。真祖だ。
人間と関わる時点で間違っていた。
それに、アイツほど、あやふやに思えてくる存在はない。お節介だし。
正直、嫌いなんだろう。きっとそうだ――。
全身が、空っぽになっていくような感覚を祐一は覚えた。
アスファルトすら、今は祐一の気持ちの緩衝材にはなってくれない。
遠くなる足音、やがては聞こえなくなる残滓に、アルクェイドは唇を噛み締めた。
悔しさから来る。
祐一は倒れていた。介護する。呼吸は安定している。大丈夫だ。
ほっと安堵を漏らす。
悔しかった。
一言一句に戸惑いを隠せない自分は、明らかに動揺している。
真祖。そんな肩書き一度も好んだ事は無い。
ただ、今はその肩書きに肩をかり、この気分を隠し通したかった。
「バカ……だいっ嫌い」
何もかもが嫌いだ。
大嫌いだ――。
あとがき
でね、結局、このSSの祐一×アルクェイドはね、少女漫画なノリなんですよ(爆)
今回、すっごく中途半端です;;
斉藤に関してはファーストコンタクトという意味合いが強いです。
読みづらいのに読んでいってくれる皆様は――神以外の何者でもありません^^
感謝しきれないですし、事実。
ではでは〜。
「水瀬 秋子――」
「全ては、狂っているんですよ。 そう、……」
「白と黒――僕の喜劇その幕間に相応しい駒が揃った」
とっぷ