跋扈をはじめた黒い影に窮鼠は緊迫を強いられた。
黒薙が使役する魔獣”黒ゲル”だ。
魔法という概念をあくまでも維持し、存在としては否定される。
それゆえに黒ゲルには意思が無い。 キラーマシーンとしての殺戮本能のみが口内に侵入し、
窮鼠に漆黒の絶望をもたらすのである。
黒ゲルは、今や深い休息に就いた主の代行者。
おぞましい黒は何事も感心無しにただ森を支配した――。
「――アレが、歓喜の歌声と、有名な黒薙の使い魔か」
漆黒の闇に彼女の姿は良く映えた。
際立ったプロポーションを余すことなく真紅のエレガントなドレスで装った彼女、藤香は、今宵森の前に佇む。
やるべき事があった。
――神区域の真相。
口元をきつくするたびその言葉は頭の中を反芻する。
そして、その後、日を追うごとに彼女の頬は緩んでいった。
天空から眺める摩天楼、森閑な森の中の異形達の戯れ。
彼女は今上空xメートルの空を俯瞰している。
空にいるのではない。
仕掛けた衛星を脳内に組み込まれたチップにリンクさせチャンネルを切り替えるようにして、鑑みているのだ。
彼女が目を閉じた場所はどこか見知らぬ、ただ広くそして高い位置にあるがらんっ、とした部屋。
空調が悪いのかエアコンは活性で、機械音はびんびんと響いていた。
もう、ここに半死徒を囲うモノは無い。 彼女は半死徒の作成に飽きた。
それは神区域という極上の存在の糸口を手に入れたことに対する単純な探究心のお陰。
そして、現行する唯一の半死徒、斉藤に視線を移した。
次に会うのは神区域であろうか? そんなことを考えつつ我が子を見る瞳には母性が滲み出ていた。
斉藤は留美と歩き出したところで衛星からの更新が途絶える。
どうやら陽光が感受できなくなったらしい。
こういうミスは度々あるからその都度、対処を働かせればいい。
……正味1時間というところかしら。
長い研究生活で体得した眠りは彼女の疲弊を1時間で回復させることができる。
「丁度合致するわ。 久々に、寝ようかしら」
睡眠は甘美だが、代償として時間を伴う。
だが、やるべきことがかなり少なくなってきた。
たまには休息も必要であろう……。
藤香の意思は次第に薄れていった。
「ったく、うるさくって眠れないじゃないか」
両手に携えた4を掘り込んだナイフ。
北川 潤は鬱陶しさを晴らすが如く森閑とした森の中に足を踏み入れた。
気配がおぞましく、そして騒々しい。
人一倍感覚が優れている事と、外で雑魚寝という状況。
夜にこんなものがいること事態が怪しい、という純粋な代行者の意思に乗っ取り潤は討伐にやってきたのだ。
そこに、普段の彼は存在しない。
冷めた目の色の埋葬機関第4位”ジュン キタガワ”という人間を凌駕した人間が存在するだけだ。
黒ゲルは窮鼠の始末を終えると、直ぐに潤の殺気へと襲い掛かった。
生存という共通の条件の中、彼らは戦いを始める。
黒ゲルは自身を拡散させるように攻め込んでくるが、完全に隙があるわけでもないし、
固体としても、潤としては大きい方が対象の処理をしやすい。
目を閉じ、一点を捉えるとナイフが光塵を放って紫電と化した。
ぱぁんっ! と風船でも弾けるみたいに黒ゲルの上部38パーセントは大破される。
本来ここからが攻撃段階に入るのだが黒ゲルにその気配は無く、停止を保っていた。
そうではない。 潤の攻撃の前に根絶された断片たちは純粋に死に囚われてしまったのだ。
予想外の事態にもただ殺戮のみを趣向とする黒ゲルは動じることなく潤を襲撃した。
「――思いっきり煩わしい奴だよ。 お前は」
目一杯の皮肉を込めて放った紫電は3本。 ごうっ、と轟きが放たれ無惨に黒ゲルは消滅した。
何かを察したかのように潤は走り出した。
「――間に合え」
それは余りにもリアリティーに欠けた気配――距離にして数キロ先。
丁度、冬花の社をでて、下って直ぐの蛇行の道の辺りだ。
それにしても、本当に何者なのだ? この男は――。
夜と月の間、冬花の屋敷の門まで歩いてきた留美の横を斉藤は歩いていた。
さも、当然というようにその歩調は留美とほぼ同一。
なんだか正直ワケがわからない。
――と、斉藤は顔を緩めた。
同時に留美の顔に訝しさが浮かぶ。
「――鈴の音が、止んだ」
「はぁー、良かった〜手間が省けた」
驚きと安堵が重なるなんてなかなか珍しいこともありうるものだ。
門を出ると冬花の社と下界を繋ぐ1本の橋が存在した。
石造りの大きな橋だ。
下界、とはいうものの、現世と天国or地獄を繋ぐという意味ではない。
ここは世俗とは交わりがあまり無いがゆえ、冬花が勝手に決めた呼称だった。
故にこの橋は天秤橋と呼ばれている。
その天秤橋の中ごろに差し掛かった頃斉藤はバイクに跨った。
「さて、僕は家に帰るとするよ――乗ってく?」
「何? ナンパならお断りよ」
「おやおや、手厳しい」
がっかりとしたように斉藤は肩を落とした。
そもそも冗談なのだが……。
その辺も留美は何となく察していたから何も怒ることはない。
「いいか? 君はとても不安定だから気をつけるんだよ。
しかし、今日は本当に有意義だった。
是非、またこういう機会を望みたいものだネ」
「――どうかしら?」
「おやっ? 君は嫌いだったか。 いや、失敬、失敬」
見晴らしはいいものの、鬱陶しいほどにここは木が生い茂っている。
そのせいで夜は余計に暗く感じた――。
軽はずみに留美を指摘した後斉藤はようやくバイクのアクセルを踏む。
「それじゃ」
申し訳程度に手を振る留美の姿は次第に遠くなっていった。
加速する――ギアは速度を増す。
ブレーキを踏むことなく異形のバイクは更に加速していった――。
――次第に遠くなる七瀬 留美の姿を俺はサイドミラーで眺め続けた。
運命、そう、七瀬 留美を補足するのが本来の俺の役目だった。
幸か不幸か、本当に引き合っている。
川澄先輩にしろ、七瀬 留美にしろ……そして、埋葬機関にしろ。
俺は、半死徒。 死徒と呼ばれる存在だ。 教会は必然に俺の敵となる。
正直”北川 潤”の名前がでた時は心臓、いやペースメーカーが以上を来たすかと思った。
斉藤は埋葬機関と対峙して勝利をつかめる確信が無い。
自嘲にも聞こえるが少なくても事実だ。 皮肉なことに彼らの前には斉藤すら竦み上げる。
能力とかそういうもの以前に彼らは異端狩りのプロフェッショナル。
だから、斉藤の技巧についても幾分長けたものがあるに決まっている。
最悪命を落としかねない。 折角手に入れた自由すら脆いというのに――。
本当に皮肉だ。 抗えない。 薄々自分に気がついているのかもしれない。
もう斉藤という存在の期限が限界に近づいている事を……。
歯車は少年の前で停止した。
緊張からか頬が強ばるも、斉藤は落ち着きを払い、金属具を手足に身につける。
装填率100%――。
至死率50%――。
「影月――何のマネだ」
少年は視界に入る塵が邪魔だと思った。 だから歪曲を行う。
ぐにゃりっ――ガードレールはおろか、道路そのものが音も無く曲がった。
「それが、お前の能力の一端だっていうのかよ。
――」
「当然だろう。 僕の知識は未曾有だ。 君如きでは探れはしない」
その場に課せられた影月の使命は唯一無二。
裏切りものへの処罰? そんな小さなこと彼は気にしない。
――窮鼠のような脆弱な発想ではなく、確実な現実。
「斉藤、喜劇に参加してもらおうか。 最高の役だ。
そう、君の運命そのもの」
「……」
解っていた。 この存在は殺せはしないことなんて、とっくに。
だが――だからこそ、今身にしみる恐怖を隠し通したい。
「断る。 俺は、お前に縛られるのはゴメンだぜ」
「反旗を翻るのでは無かったか?」
「……」
「所詮、お前など生命を謳歌できない人間どもと変わらないじゃないか。
ならば、僕の劇で踊ってくれないか? これは提示だ。
決して悪くないだろう?」
知るものかっ!! 斉藤の拳は唸った。
タイムリミット――スタート。
「ぐっがっ――」
白目を向き、呼吸器を押える斉藤の姿は余りにも無惨だ。
みじめだ。 そして、無様だった。
斉藤は狂ったように苦しみだした。
嘲弄を漏らし、崩れた斉藤の足元に影月は佇む。
「無駄だ。 僕は運命の神に愛されているのだからね」
声すら上げられない。
「いいかい? 僕に逆らったのではない。 拒否権を行使した罰だ。
タイムリミットは1ヶ月。 そこで君は死ぬよ。
それまで、精々自由に足掻きなよ」
息すら、できない――。
「何も――無いかっ、くそっ!!」
潤はその一部だけ異形をなす道を眺め思わず壁を叩いた。
蛇行の道のそこだけが真直ぐになった――それはおかしい。
凄まじいことが起こったのだろう、と用意に察せるだけの亀裂が真実を物語っていた。
「ん?……新しい、タイヤ跡か」
”先”を潤は見つめた。 だが、何も見えそうに無い。
だから、潤は踵を返した。
悔しさを隠すかのような装いの微笑みを作りつつ。
The Last Moon!!
「どこまで、走ってもね、結局茜さんのしていることって答えはないんだよ。
わたしはもう答えなんてとっくに見つけたからねぇ〜、苦労しないんだけど」
「そ・れ・で、アルクェイドさんは祐一さんのことすきなんですかっ!!」
「――……」
ばっく