――迷いが失せるというのならばここで終わっても構わない。

 里村 茜が開放されたのは深夜だった。
 開放、といっても別に何時でもよかったのだが精神の問題を考慮して……。
 そう考えた上での総意であった。

 気が遠くなるほどぼうっ、としている。 相沢 祐一への憎悪は何も変わらない。

「――」

「ま〜ったく茜さんって案外いじっぱりね〜。 素直にこんな縄くらい解いちゃえばいいのに」

「フフッ、それは何の意味も成しませんから」

 実際結び目は極端なほどに緩いものだ。
 みさおはそれを解こうという意思が無いだけでなくそもそもそれを知ってたのにしない茜に呆れた。
 もう溜息を軽い罵声くらいしか漏れない。=普段とあまり変わらない。

 こんな時でも茜は司のことを考えていた。
 自身をここまで走らせた一因は司にある、ということを彼は理解しているのであろうか?
 戻ってくるともわからない城島 司。
 茜はそれでも彼が愛おしい。 堪らなく、触れ合いたい。

 そんな過去の幻影にまた、茜は縛られそして新たな現実すら歪曲して生きている。
 現実はどうであったか――それを真摯に受け止めたとしても現実は変わらないだろう。
 歪んだものの見方しか今の茜にはできない。
 だが、茜は救いなど求めはしなかった。 それは自分が得た”力”のお陰だ。
 誰に頼らずとも生きていけるという過信の象徴〜魔術。

 魔術〜無限の可能性?

 
 そしてあの日の惨劇……48の王への徒労にもにた彼らへの制裁。
 神区域への不法侵入者は全て天変地異の手によって処罰される。
 彼らへの警戒が解けた瞬間、異変は起こった。 48の王だ。 48の王……。
 
 神区域で起こった突如の偶発的不用意なファクターの合致こそ、全て。
 おぞましさを拭えない圧倒的恐怖の連続。
 群れるかのようにうねる”ソイツ等”。 ただ――台風のようにそれは襲いかかる!

 
 脳裏を掠めたあの日の幻影に茜は肩を抱きかかえた。

「……茜さん?」

 その光景は突如にしてどこか儚さを兼ねていた。
 みさおは腕くみ、「?」という感じで茜を見る。
 どうして震えているのか、という原因の不明。 そもそも、あまり考えるのは好きじゃない。
 だから余計にややこしくなったのでみさおは考えるのをやめてドアへと歩み寄る。

 ふと、写真たてにみさおの視線は集中された。

 今歯軋りすらたて寒さ?に震える茜を鑑みればそれは逆転という言葉が相応しい。
 思わず、ぷっと思わず笑いを零した。

「どこまで、走ってもね、結局茜さんのしていることって答えはないんだよ。
 わたしはもう答えなんてとっくに見つけたからねぇ〜、苦労しないんだけど――。
 
 晩御飯、こなかったらわたしが全部食べちゃうぞ」

 ――ガチャリッ。

 ノブを回す音。
 ドアを開く際の金具の音。 そして――ドアを閉じる音。

 
 みさおの姿がいなくなったことすら茜は気付かずしばしその場で茜は震え続けていた。
 


 











「天野さん、大丈夫?」

 にこにこ、と笑みを崩さないままにあゆは美汐の傷口を見つめた。
 弾痕はそれほど酷く残ってはい無い。
 それなりに処置が早かった事、何より銃弾が貫通していたので栞は大きく出て消毒液で済ませた。

 能力者である美汐の回復能力は一般人と変化は無い。
 ただ、美汐の能力は自己の体内機能の躍進的回復へと通じることもあり回復は早かった。

 その傷を見るとあゆはとても複雑な気持ちに駆られ頬を緩めた。
 笑うことで感情を隠す――とっくに慣れてしまったあゆの得意技の1つだ。
 もはや、得意技にすらなった隠蔽体質は祐一を除くだれもが騙されるがまでに発展している。

「うぐぅ……天野さんって、肌白いね〜」

「ありがとうございます」

「まるで、陶磁器みたい」

「そんなこと、ありませんよ……」

「雪見だいふくみたいにまっしろだよ。 うぐぅ……ちょっと触っていい?」

 今、栞は遅い夜食の買出しでいない。
 正直な話し、ここにいる能力者で、アルクェイドという次元の違う存在以外、有能なのは栞だった。
 その栞がチカンに襲われれば黄泉の世界へと送り込みそうなくらいに恐ろしい。
 場数を踏んだ栞の能力は”生命”に携わった分野に多岐しており未知な部分も多い。

 いつか香里とみせた連係プレーなどそのはじっこにも過ぎなかった。

 そんな栞はいまここにいない。 2人だけの密室の中、あゆはどこか危なげに美汐を見ていた。
 ごくりっ、とあゆは唾を飲む。

「あ、あゆさん?」

「へへっ、美汐さん、かわいいな〜」

 たじろぐ美汐へとあゆは突き進むほぼ肉薄の2人の姿は傍から見れば凄まじい光景――。

「なぁに、2人の世界に入ってるのよ」

「!!、みさおさんっ!」

 みさおは美汐と目を合わせ、さりげなく笑い、そして逸らした。
 移ろうのは時間と緊迫とした嫌なムード。

「はぁー、天野さんったらボクのジョークを真に受けるから〜」

「えっ?」

「まったくよねぇ〜。 天野さんってどぅも奥手なのよ。 それがまぁ魅力的なんだけど。
 あっ、まって、もしもわたしが邪魔しなかったらあゆさんと天野さんってば――
 きゃー! ロマンチック! ぜひ、続けていいから……」

「良くないです」

 はぁー、と瞬時にやつれたような声を返す美汐は支離滅裂なみさおの言葉に呆れていた。
 近いうちに何か制裁を考えないとな、と思いつつ椅子に座りなおすと隣にあゆが座った。

「ま、冗談だったから気にしないでね」

「冗談じゃなかったら堪りませんよ」

「うぐぅっ――ほんっと堅いね、天野さん」

 ちょんっと爪先をけったあゆ。
 あゆのはいていたスリッパはその反動でストーンととび、ドアにコツンッと当たった。

「そういえばさ、茜さんはどうなの? みさおちゃん」

 みさおはうんっ――と一息、溜飲すると首を横に振った。
 
 普段不真面目な存在なだけに破天荒でなく大人しいみさおに美汐は真剣に驚いているようだ。
 美汐は目を瞬き、奇蹟を体現したかのようにみさおを見つめていた。

 あゆとみしおは馬が合った。 特に理由は存在しないがどこか引き合うものがあるのだろう。
 普段の性格からは見違えるほどの冷静な思考を有するあゆとそもそも唯我独尊なみさお。
 推敲のように2人の話す姿は姉妹を思い浮かばせさえする……。

「茜さんはなんだか、相変わらず頑固で口、開いてくれないわ。
 だからな〜んにも解らないし、だったらこっちも質問ヤメーで時間ばっかり過ぎちゃった。
 ああ、ドラマもツマラナイ今日この頃。 わたしの快楽はどこへ!って感じ」

「里村さんは心を閉ざしている……と」

 難しい顔で美汐はうなづいた。 それに対してみさおは首を横に振った。

「わたしはそうじゃないと思うわ。 どうしてか?て聞かれたらわからないって答えるけど」

「ボクも同じだよ」

 ……美汐はあゆとみさおの顔を交互に見合わせる。
 お互い浮かない顔をしているのは事実だ。 だが、そこに嘘偽りは無い。
 
 どうしても、自分と祐一に銃を向けた茜のことを猜疑せずにはいられない。
 並大抵の人間は銃を向けられて恐怖心や敵愾心を抱かないはずは無い。
 そもそも、銃を向けられる確率すらこの国では少ない、となればなおさらだろう。

 マイナスなイメージしか存在しないからこそ、この場のイメージは相対し、堅くなる。
 重ったるい気配は漂った。



 









「栞」

「えっ?」

 地面には”止マレ”と烙印が押されたほの暗い小道。
 消えかかった外套の明かりが寂しくて、一端、ここが別世界なのではないか?
 そう栞は錯覚を覚えた。 ここは外界とはかけ離れた――。
 そう思うのも無理はない。 自分に呼びかけた声はさらにそれを煽る存在だから。

 
 アルクェイドは自分の背後にからひょっこりと姿を現した。
 いつもの親しみの溢れる笑みとともに彼女はゆっくりと栞に歩み寄り、そして止まる。
 栞は振り向いた。 そしてアルクェイドの眩しさに負けないように笑顔を取り繕った。

「へへっ、栞の足音が聞こえたから、つけて来ちゃった」

「えぅっ――アルクェイドさん、ストーカーはよくないかと」

「あら?」

 悪戯っぽく口元を緩め、アルクェイドは腕を組んだ。
 言い知れぬ存在感を放つアルクェイドは女性である栞にしてみても溜息ものの美人。 
 2人きり――となればドキリッ、とするものだ。

 ただ、栞はそれを1つの隔たりを持って分別していた。

――アルクェイドさんと祐一さんは、どういう関係なんだろうか?

 今朝話したときのあの興味の持ちようはさながら……だ。
 栞は少しまずったか? と思ってしまうほどにその無意識かにあせりのようなものを覚えた。

 栞は祐一のことが好きだった。 もう、ずっと前から――。
 その思いは次第に薄れてきていることに悲しみを覚えつつも、現実の儚さに溺れそうになる。
 幾度となく機会はあっても、それをもぎ取る勇気は栞にはない。

――臆病虫に好かれた自分には一生できないことなのだろうか?

 時折、それはとても切ない。
 
「ねぇ、栞。 あゆに伝えておいてもらいたいことがあるの」

「祐一さんのことですか?」

「――違うわよ」

 ……負けたなぁ。

 どうようの1つのせず余裕の佇まい。 栞は初めてアルクェイドに親しみの好意を抱いている事を知った。
 自然体、という取り繕ったことのない仕草は自分にはもう過去の世界。
 誰もが持っていて誰もが捨てた世界に今栞は触れて少しだけ満たされる幸せを知る。

「もう少し、動揺してくれると嬉しかったんですけど」

「ごめんね。 わたし、嘘はつかないことにしてるの。 祐一もそうでしょ?」

「自分に素直、と――それって我侭って言うんですよ♪、アルクェイドさん」

「ふぅん。 それじゃ、我侭でいいわ。 わたし

 それより、わたし、用事を思い出したから暫く留守にするわ……あゆに伝えておいてね」

「はいっ! 任せて置いてください」

 くるりっ、とアルクェイドは風のようにその場で一回点し、歩き出した。

 聞いておかなくてはいけないことがある。
 今、吹っ切れておきたかった過去の幻影とその残滓の戯れに、別れを告げるため。
 

「そ・れ・で、アルクェイドさんは祐一さんのことすきなんですかっ!!」

 アルクェイドは止まった。
 そして振り返った。

「――大嫌い、でもね、わたしはイフが好き、もしも祐一が…………ってね」

 くすっ、と笑い声。 栞の目で追えるくらいすごくゆっくりとアルクェイドは歩き出した。

「がんばってくださいね!! アルクェイドさん!!」
 
――あの人は幸せなんだ。 今が。




「おっと、わたしも皆さんの御飯をはやく届けなくっちゃ! ほらっ! あゆさんなんて、
 おなかをすかして沈黙祭りになっているかも!!」

 頬をなでる風は何だかむしっとした気配を兼ねていた。
 
 そういえば、そろそろ梅雨の季節にここも入ろうとしているのだっけ――。

 
――だから、急がなきゃ!

 栞は走り出した。 

 



The Last Moon!

「おはよう、琥珀」
「志貴、を取り戻すのは、そんなに難しいことかしら?」
「ぐっ――はぁ……」
「祐一、わたしが守ってあげるんだもん」