第65話 KAMIKUIKI2


 流れ行く情景はプリズムの連鎖だ。

 相変わらずここの日差しは強かった――。 何の前触れも無く、廃屋が姿を現したのは翡翠があまりの眩しさに目元を押えたその時だった。

 
「……」

 祐一はぼぅっとその場の光景を見回している。 記憶からすっぽり抜け落ちたこここそが最終点の断片なのだろうか?
 まさに、そうなのかもしれない。 ”神区域”という存在のほんの数パーセントにも満たない距離を歩いた祐一。
 こんなに早くつけるとは彼自身思ってもみなかっただろう。 あるいは意図的に用意された”シナリオ”だとしたら……。

 そう思うと胸焼けがした。 すごく腹立たしくて祐一はむっと眉を潜める。

「あの、相沢さま……」

「相沢さんでいい――なんだ? 翡翠さん」

「先ほどから、随分険しい表情が見受けられますね」

「……ああっ」

 ふいっ、と祐一が顔を逸らしたのを見て翡翠は失言だったか、と気持ちを重くした。
 別段、祐一にしてみればそんなつもりはない。 ただ、示唆されるがままに導かれるというのが嫌だ。
 ここにこれたのもまた、彼としては必然だったということも――。





○


 記憶の復元は凄まじい速度で展開され祐一の頭をボロボロに貶めた。
 曰く、廃人。 完全なるままに、崩壊を防げたのは”48の王”の復活による身体能力の向上が強い。
 そして、――祐一の意識は絶えることなく、(あるいは絶えてしまってほうが楽だった)激痛を弊害した。

 苦しい――痛い――死にそうだ……。
 そういう苦言の連鎖すら誰にも届かない。
 自分を諌めるもまた、戒めるのも、全て自分自身の悔恨だ。 だから今までのことを思うと苦しんだ。
 
――償うことができない……贖罪の無意味を知った時、ようやく吹っ切れた。
 体はいまだに俺に罪の業火を振りかざし、”以外”を要求する。 ――苦しい。

 
 ここは、祐一を導く終着駅……這い上がるようにしてここへ辿りついた祐一は驚いた。
 自分の格好があの時のままであったことに。
 別段格好に思いいれが強いわけではないが、祐一は濃緑色のコートを愛用している。
 適応色、とでも言うのだろうか? 能力を使用する際この色はとても適応し、そして絡み易かった。

 だから、あの日もこの服を着込んでいたのだ。 少し蒸しっとした暑さもあったが構わないと思った。

……。


○


――まったく、最悪な悪寒、びんびんと漂わせやがって。

「あの、申し訳ありませんでした」

「んっ――?」

 気がつけば翡翠は祐一の横で深く頭を下げていた。
 何で下げているのか? 祐一が原因なのだが、その気が無かったため本人は気がつかない。
 ただ、無情な時間が流れるだけだ・・・。 祐一はぽりぽりと2,3度頬をかくと頬をかくと、口を開いた。
 乾いた、肉のない皮膚は少しも柔らかさを感じない。 ただがりがり、というのではない、引き締まったの極致。

 ただ、本当に時間が食べられているようであった。

「しっかし、あいつ、遅いなぁ……」

 そういえば、今は翡翠と祐一しかこの場にはいない。
 
「何か、あったでしょうか――」

「かもな――」

 祐一はあくまでも否定しない。 ここは、かつて彼女の場所だった。
 かつては――。

 だが、祐一も感づいているように、もうここは彼女の場所ではない。 過去形にされるのは、何時もあの事件の結果。
 全ての始まりThe First Sun によって起されたこの世界の均等を捻らせた事件。

 あるいは――で始まるあの日。
 なんでそうなったのか、の詰問で終わったあの日、彼女は名前と地位を剥奪されここに佇むこととなる。
 
「俺は、当事者だが、被害者という面が強かった。 何も解らないがままにさ、時間を食っていって。
 俺とアイツは顔見知りで、少し話した事がある。 能力のことについてもそこで触れた。
 そして――……ククッ、傑作だよな。 俺は能力者でありながら、無意味を知ったんだ」

「そう、その通りね――でもね、祐一、あまり口走らないで欲しいわん♪」

 2、3階建ての建設物があった。 かつてラボとして使用されていたその建物だが、朽ち、そして廃屋と化す。
 今では、まったくといってもいいほど煤けた建物で、白かった壁さ砂と風でウス灰色に染まっていた。

 ベリーショートの髪に埃がかかって、光を吸うとプリズムなんかより純粋な鮮やかさを示した。
 よっと、祐一たちの元へ、壁際から見下ろすように腰掛けるとぶらんぶらん、と足を宙吊りにして笑った。

「ごめんね、翡翠。 この男わからんちんなの。 自分の考えばーかっり押し付けるのよね」

「――そんなことないぞ」

「ど ん か ん。 だ〜からだめなのよん」

「……」

 にこりっ――。

「わたし、ってばあなたに肩入れする気はないけど、翡翠もここへ来たのは運命だから諦めちゃってね。
 でも、ここでもあなたは諦めるのかなぁ?
  最低翡翠〜、最低最低〜。 姉の顔がみてみたい。 一応あなたのキャッチフレーズだし」

 不意打ち気味な言い草だった。 それでも、ちくっと何かに突付かれたようないやな気分は拭えない。
 ただ、話の突飛さ、そして天真爛漫な彼女の微笑みに翡翠はきゅっと口元を占めた。

 何だか、悔しいのだろうか? 翡翠は、少しイライラした――そんな風に彼女が見えてしまう自分。
 どこへいっても逃げられない自分へも。

「さて、そろそろ、行くとするかっ」

 肌にぴったりとくっつくコートが祐一の固い動きを相まって何だか情けなく見えた。
 後頭を抱えるように腕を括り、目指す指針を見出す。

 遠くない――とてつもなく近くだ。

「あいつと、お前で中立になってしまったここの話だ――。 責任はむしろ、俺達にある」

 腕を解き、祐一は歩き出した。

「ええっ――それじゃ、翡翠、行こう。 大丈夫、祐一が守ってくれるわ」

「そう、なんですか? 本当に?」

「俺は、基本的に、好き嫌いははっきりさせておく方だ。 お前たちはかなり嫌いじゃないぜ――ククッ」

どこかで誰かさんがくしゃみをした。




○



「あれが、来訪者、たちですか? 管理主」

 こくりっ――久瀬は頷いた。
 祐一たちの歩いて行く姿を彼らは遥か遠くより監視する。

「だが、僕は管理主では無いよ」

「さようで?」

「ああっ――」

 感慨深げに久瀬は頷いた。 陶酔――彼らしい満足げな夢見心地感を漂わせている。
 鼻っ柱も軽く皺をつくるように、彼は喜び、笑っていた。

「僕はあくまでも、代理人。 本当の存在はもう時期ここに来るだろう。
 脚本としては悪くない――」

 一体何十回のテイクをとり、台本を捨ててきたことか。
 お気に入りのシーンのある台本も、彼は無情に切り捨ててきた。 そこに悔恨は少なくない。
 表向き感傷に浸ることは無いが、その実、中々うまくいかない。

 それこそ、久瀬を悩ませる存在たちだった。
 ハリウッドの役者、トップともなればそのギャラは一作でプールつきの別荘が買えてしまう。
 それくらいの品評価値が相沢 祐一たちにもあるし、彼ら同様、祐一らも我侭すぎる。

 それにすら応対できた。
 多少、額の皺はできるものの、納得のいく範囲だ。

「しかし――なんと無粋なことか、相沢 祐一。 彼の顔は青臭い」

「影月、君自身、僕の中では最高傑作に位置するのだ。 僕自身の化身――」

「……心得ている。 なに、既に手筈は踏んださ。 見ているがいい。
 相沢 祐一の進化を」

 容易い。

 いかに、相沢 祐一が優れていようと、立地の差は覆せないのだ。
 だから、この場である以上”代理主”である以上久瀬の傘下の存在たちは強固であった。
 
 差の歴然、そして騒然とするばかりの圧倒量をもつ彼ら。
 蹂躙に周到は必要ないのだが、久瀬はその罷りなら無いを用心している。

 ここは、完全に久瀬の場所でもないのだ。
 第3者の土地を無断で借りている以上は天変地異の難を用心せざる得ない。
 むしろ、久瀬の不安はそこにあった。 脚本どおりに動いてくれない存在たちなど、ソレに比べれば瑣末。

 泳いでいてくれればそれ即ち喜劇なのだから。

「管理主の疲れた顔を観るのは久しぶりだ。 キサマは全ての主にこそ相応しいというのにそれでは示しがつかない」

「フッ、なんとでも言ってくれたまえ。 僕は彼らを愛し、そして憎悪する。
 相沢くんはその際たるもの――やれやれ、どうして、役どおりに動いてくれないんだろうね?」

「あいつ等が無能だからだろう?」

「ソレはない」

 はっ――? 久瀬は、あたかも自身を否定しかねないことを口走り、そして微笑した。
 
「彼らもまた恐ろしい。 だから、僕は彼らを讃え、そして狂わせるということだ」

――その先に待つのは、彼らの”死”そういうことか。

「実に、感慨深い」

「当たり前だ」




○



 
 祐一は影月を惜しげもなく睨みつけると聖刻を解放した。
 しゅーーーっ……と蒸気が発散されるかのように気配が漏れる。

 プリズムを蜃気楼が揺るがせた。

「本当に出てくるとはな――できれば、久瀬をぶん殴りたかったぜ」

「笑止。 久瀬氏と対峙したい、とは実に甚だ可笑しい。 ここで、試させてもらおうか。
 差を――」

「笑わせるな。 お前じゃ、俺には敵わないって」

 周りに、祐一という粒子を浸透させるかのようにして祐一は疾走した。
 影月はなんの躊躇も抱くことなく、佇む。


 スカッ。


「おおっ!?」

 振りかざした拳は虚空に空しい音をたてただけにとどまり、影月の姿は霧散していた。
 勢い余って大勢を崩しそうになるも、右足を軸に踏みとどまり、祐一は踵を返す。

 振り返った祐一、彼に待っていたのは影月が投擲したプリズムの断片だった
 
「だ か ら、どうしたぁ!!!」

 祐一はその軌道を逸らす、あるいは避けるなどという正攻法に走ることはない。
 聖刻のエネルギーを転換し、低く構えたその姿勢から、振りかぶって拳と解き放った。
 
 プリズムはぱんぱんの風船のように破裂し、飛び散り、祐一の頬を掠めると、つぅっ――と一筋、血が流れた。

「――どうだ?」

「今日は、豪く挑発的だな――相沢 祐一よ」

「俺は常に前向きに生きているからな」

 再度祐一の聖刻は空しく虚空を画く。

――はぁ……。

 本気で放っている聖刻が負担になる率が圧倒的に減少していた。
 祐一の体がいかに頑強になっているか、がはっきりとしてどこか皮肉である。
 
 能力者としても余裕がここにも垣間見え、祐一自身の足取りも軽かった。
 さらに、祐一は邁進し、そして思い切り振りかぶる。

――……。

 馬鹿か? と影月は思った。
 殴りかかる、ただ大振りに。 そんなこと今の自分”主”の力を得た彼の前では圧倒するほどに無力。
 いや――祐一は知っているという節があった。

 まるで、まるで――……まるで――っ!!!!!?

 白い螺旋が振りかぶった祐一から具現化される。
 影月は凝然とした。






「キサマ……ッ」

「気にするな。 容赦してやらないから」

 不規則な白い螺旋は祐一が振りかぶるたび、あらぬ方向へと飛躍しては霧散した。
 その連続――悪寒を影月は肌で感じていた。

 確実に、練磨されるが如く、その光は影月へと近づいてくるという自体。
 そしてそれに触れると、何か、よからぬことが起こるという既視感に影月は囚われた。

「聖刻の余分な力がかかっていると、精度が落ちるからな」

 圧倒的有利ではなかったのか――!?
 
 影月は、自分が確信的に騙されていたことにようやく理解した。
 所詮”この影月”は捨て駒に過ぎない。 過剰な自身のもと、下ごしらえ程度をするために存在する。

 がっ――ぎぃ――。

「喰らってみるか? 48の王の能力を」

「――無駄な足掻きを」

「無駄かどうかは、やってみなくちゃ、解らないだろう」

「――っ」

 目が、捉えた。 非常に、穏やかな目の色。
 祐一が恐い――影月の知識にはない祐一が恐ろしいほどに恐く、まるで、夢かと思った。
 だが、覆せない。

 これは、現実だ。

「――俺は、償う事ができない。 だから、戦うしかないんだよ。
 今、守るためだかに――今だけは開放された気でいられるからな」

 たとえ、それが、夢想だとしても、祐一が影月に振りかざす衝撃の”白”は拭われる事はありえない。
 影月の体を凄まじい速度で駆け巡る48の王の能力、その螺旋の白が肌を通過し、浮き出ると、影月の姿は霧散した。






 広がるプリズムの中、構えていた拳を下ろし、祐一は振り返る。
 少しはなれた、かつて居住区として使われた廃屋の隅から、翡翠と少女は顔をだした。

 少女は疾駆し、そして祐一のわき腹深くを抉る。

「ぐぇっ――」

 ひき潰された蛙よろしくに、祐一は悲鳴を漏らした。

「あっぶなかったじゃないの! わたし達のほうにも被弾しかけた、というかわたしの頭上を通過したわ」

 ゲシ、ゲシ、ゲシ――けりを膝へと少女は叩き込む。
 叩き込む。叩き込む。叩き込む……。

「痛いから、やめてくれ、チビスケ」

「チビじゃない!」

 フィニッシュは鳩尾への狂速ヘビーブロウだった。



○



 満足げに、久瀬は祐一の姿を見つめた。

――ようやく、落ち着いてきたらしいな。

 風が告げるかのように、久瀬は振り返る。

「――管理主のお目見えだ。 影月、一まず挨拶に向おうか」

「――心得た」

 2人は……へと向い歩き出した。
 


The Last Moon!!

「管理主――あなたが」
「し、栞?」
「くっ――どんな時でも、諦めないものよ」



 ばっく