第66話 KAMIKUIKI3


 久瀬と影月を待ちかねたかのように、乳白色の幾重もの柱が立ち並ぶ離宮への道が姿を現した。

 歩き始めて僅かに数分、まるで、時間を短縮されたかのような違和感を覚えたのはむしろ影月である。
 感嘆と同時に、畏怖にも似た感覚を味わった。 解る――ここは、我を拒んでいるのだと。

 ほぼ、10メートル。 等間隔に備え付けられた石橋の下を瑠璃色の雫の渦が川となって流れている。
 柱の奥には、手入れを良く施された美しい砂利と竹林の日本庭園風の庭が広がっていた。
 
――我は辺りを見回し、そして気付く。 ここだけは異常なまでに外界の干渉が緩慢だ、と。

 影月が思うのも無理はない。 周囲の世界はここに比べればドブ沼にも等しいほどにすさんでいた。
 一礼として辺り一面のプリズム。 反射光によって常温45度前後を保つ砂漠地帯もさながらな暑さは過去の賛辞の全てだ。

 にぃっ――と犬歯を見せ、影月は久瀬へと賞賛の笑みを浮かべた。

「管理主、いや、キサマというべきか? ここだけは干渉がないな」



「当然だ。 次の管理主が作り上げる世界がアレでは悲惨だろう?」

「――なるほど、 ククッ、そういうお考えであったのか」

「余計な詮索はするな。 代わりはいくらでもいるからな」

 久瀬は石橋の中腹で立ち止まると、辛辣に、影月を観ずそうはき捨てた。

 横から吹く風もまた涼しい。 ここは隔離されたかのような場所だ。 まさに、離宮の名に相応しい……。

 
 ざわつく笹の葉と小川のセセラギ、そして余りにも悠長な時間の流れによって気を失ったかのように距離は縮んだ。
 気がつけば庵、という構えの門が眼前に広がっている。


 
――美しい。

 ふぅっ――……と嘆息してしまうほどの門前に久瀬はこの先の景色への思いを馳せた。
 目を瞑り、情景を思い浮かべる――無限に広がる御前、静謐な庭園が広がる――宇宙との調和。
 芸術の極地、森羅万象を彷彿させるそこに居れば悟りを知りえる、といえる夢想だった。
 
 あり得ない、それを思うからこそ身を熱くさせる、自身への活力が湧く。
 
「さて、門を開いてもらおうか? 管理主。 権限の受け渡しを行いに来たよ」
 
 シュイン――……ィ……ン。

 光が漏れ出した――そしてフィードイン。
 飲まれる、と影月は錯覚し、むしろその先に広がる卓越した世界に久瀬は陶酔した。

「ほぅっ……管理主――あなたが、そうか」

「ええっ――お久しぶりです。 久瀬さん」

 紅白の巫女装束を装う秋子は光の奥から久瀬に微笑みかけた。
 まるで旧知の再開を祝うかのように……。







○






「まーーーったく、お姉ちゃんっ、たらどーこの根無しの浮気草に毒付けられているんでしょうねっ!」

 戦々恐々。
 バスの後部座席から軽い荷物をひっさげて降りたあゆの困り顔の後ろに、膨れっ面を今にもハジケさせそうな栞が居た。
 

――うぐぅ。

 茜の家からここへ来るまでの数時間、隣の座席のあゆはずっと、この文句を聞いていた。
 ちょっと迷惑かなとかあゆは困ったし、寝たような仕草をとればなんだか視線が恐い。
 本人(あゆ)の意思に関係なく、ノンストップな栞の怒涛のグチをただ、あゆは聞く羽目になったのだった。

『ボク、トイレに――』

『わたしも一緒にいきますぅ〜』

 とかいってどこぞやのインターでまで脱席のチャンスをいただけないのは本当に悲しい。

――ああっ、空はあんなに晴れ渡っているっていうのに。
 
 茜のことを、思うと、少し胸に不安が蔭りを差した。
 だが、香里や、そのバックに居るメンツを考えると不思議と安心できた。
 それまではおずおずと考えが浮かばなかったが、ようやく接点が見えそう、そんな予感がする。

 もっともダメだしといえば、電話をしたのが栞だったことや、香里が上機嫌すぎた事。
 本当に理不尽なまでに時はあゆを苛めたいらしい。

――とボクは思うよ……はぁ。


 あゆについで、栞が降りるとき、何故か栞だけはリュックサックの他にクーラーボックスを抱えていた。
 大きさはミドルサイズだが――私専用!――の文字が微笑ましい。
 
 だが、
 
 その中身の全てがバニラアイスだというのだから驚きだ。 しかも栞専用。 三度の食事、その後はバニラ。
 もう日常茶飯事となったから知り合い内は驚きはしないが、少し偏った嗜好といえよう。
 
「やれやれ、鬱陶しい雨です」

 パラパラと降る雨は栞に触れる寸前で消滅した。
 栞の能力が全身を擁護する形で働いているのだ。 雨で濡れたら大事なバニラアイスがおいしくなくなってしまう。
 そんな予感がしたから……。

 むしろ、栞が今日美味しくバニラアイスを食べるためにはもっと重大なファクターを引き抜く必要があった。
 そう、栞が言うには、根無しの浮気草。

 あるいわ――七瀬 留美。

「打倒、泥棒猫!」

 決意を固める栞を他所に、あゆも、美汐も、みさおも先へと歩いていく。



「栞ちゃーん、ボクたち先行ってるね〜」

「えっ!? ……あっ、待ってくださいよ〜!!」


 ・・・・・。





○

 


 
「外、騒がしいわよ。 香里――責任取れる?」

 呆れた、という顔で冬花は呟いた。

「すみません。 ったく――栞ね。 あんなに大急ぎなんて」

「おーおー、愛されてるねぇ〜お ね え ちゃん」

「どうだか」

 自嘲気味に香里は言うと、目を細めた。 栞はそういうキャラクターじゃなかったのだが……。
 過保護過ぎたのかもしれない。 逆に突き放すと騒がしくなるなんて思ってもみなかった。

 香里と栞は今のところ、何の変哲も無い姉妹のはずだ。
 栞に過度の愛情を最近は注いでいた香里だけに少し自分の愚かさがおかしかった。
 とはいうものの、自主性は尊重したし、過保護といっても底まで絵に描いたようなものではない。
 そう、思っているのは案外本人だけなのかのしれない。 逆に、栞に関してはそうも言い切れないのだから。

「とかく、新鮮な流れを期待してよさげ?」

「だめです……はぁー」

「うん、留美ちゃんを隠しておいた方がいいわよ?」

 ?、眉を潜め、香里はその発言に訝しさを募らせた。

――何故に、七瀬さん?

「……その、素振り、気付いてい無いわね」

「どういうことかしら?」

「思うに、栞さんの騒がさの原因を、あなたと留美ちゃんの師弟関係が担っている。
 というか大元と読んでいるわ。 少なくてもわたしが」

「んなっ!!!」

 まったくお門違いではないか? 何かの間違いでは?

「予感は仮定だから、気にしないでケッコーなんだけどさぁ〜、多分、嫉妬ね」

 どう? といわんばかり、自分を含め労いを込めた冬花の慈悲の笑みには毒が含まれているのは明白だ。
 彼女は香里に説教されて以来、すっかり素でいるようになってしまった。
 冬花の素はニヒリストだ。 凄まじいまでの――。 常に皮肉物事を見る。
 楽しい事には進んで参加する。 無論、その後のことも考え、逃げ道を作る事すら怠らない完璧っぷりは素敵だった。

 かつての香里ならこの笑顔に騙されたのだろうか? 今ではむしゃくしゃの元にしかならないこの笑顔に。
 はき慣れたGパンは香里の握力で皺を作った。

 本人の顔も、なんだか狼狽気味である――。  


「――まさか、手だしてないわよね」

「だすわけないでしょうが……はぁ〜、最悪だわ。 取り合えず、七瀬さんを……」





「呼びましたか? 香里さん」

 どどどどどどどどどっ――!!

「お姉ちゃん! ただいま!!」



「ふふっ――たーのしみだわー」

 栞と留美が香里の下へ辿りついたのはほぼ同刻だった――。 まるで神のお導きであるかのように。
 

 
 
○



 栞は見慣れない留美の顔を見るなり即座に判断できた。
 冬花とはかつて一度会った事はあるものの、この際無関係に等しいな、と判断。
 ようは、姉に媚を売っているであろう。 根無しの浮気草、留美に現実を理解させる。
 それが栞の意思であり意地だ。

――あなたのような存在に跋扈されてては堪りません。

 その呪い殺さんばかりの栞の視線にさすがに留美も背筋をヒヤッとさせた。

「な、何? ――えーっと、もしかして、栞ちゃん?」

「……どうして、あなたがわたしの名前を」

「香里さんから聞いたのよ。 ホント、可愛いですね。 香里さん」

「ええっ、ありがとう」

 香里は遠慮がちにそう返答した。 今現在香里は模索中なのだ。 この2人が衝突することを避けなければ、と。

 ただ、同席している相手が冬花であることは最悪の要因、それは訂正のしようが無い。
 悪循環の血栓をさらに顕著に表面化させ、そして破裂させてしまう。
 
――だ、だめじゃない。 それじゃぁ……。

「まったくー、香里ちゃん、もしかしてふたまた〜?」

「……」

「――あの、名前は?」

「七瀬……留美です。 初めまして、栞ちゃん」

 さっ、と留美は栞へ手を差し出した。

 案の定、栞は顔を曇らせ、そして一蹴。
 ばちんっ、と留美の手を弾いて、敵意を曝け出した。 目には対抗心。
 いつでも能力が使えるように体を解すのも忘れない。
 何? 何? などど、留美には言っている暇すら与えてもらえない。

「七瀬さん、表へ出てください」

「へっ? えっ? えっ?」

「戦いましょう」

 一瞥もないままに、栞は障子を開け、外へと向った。

「どうしよう……」

「悩むまでも無いわ。 香里、留美ちゃんの能力を試すのにはいい機会だし、いっそやってみましょう」

「そ、そんな! 危険すぎます!! それに、もしもあの子が怪我でもしたら」

「なるほど〜」

 香里はあくまでも栞に対して”過保護”ではなかったと思う。
 少なくても、本人はそう思っている。 栞を付けはなそうとする事すら愛情の裏返しであり、
 栞がいなくなると、一抹の不安を常に抱えている。 留美に栞の名前を教えたのは話の切り出しのような位置だった。
 そう、丁度、仕事が栞のことで頭が一杯でどうしようの無かった時、留美は香里を師事することとなった。

 偶然? まさに必然じゃあないか。 香里は留美を気紛れの道具として使っているという解釈。
 栞の根無し浮気草という言葉も決して一因をなしていないわけでは無かったのだ。

「しかたないでっしょ、栞さんが、ああなわけだし〜。 滅多に無い本当にいい機会かもね?
 そう思わない? 留美ちゃん」

「……確かに」

「ちょ、ちょっと――!」

「安心してください。 栞ちゃんも能力者です。 最悪の事態はあり得ないですから……」

 留美は立ち上がった。

「何時まで待たせるんですか! 逃げ腰はかっこわるいですぅ〜」

 ほらね、と投げやりな笑みを香里に向け、留美は廊下へと向う。

「フフッ、能力者対能力者。 そう観れるものじゃないわよ」

「――」

 不安で押しつぶされそうな香里……いざとなると情けない自分が嫌だが、そう悠長に構えても居られない。
 
「時間がないっていうのに、どうしてこう、皆のんびりしてるのかしらっ!!!」

「それわね。 あなたとわたし、あと北川っち以外、事実を知らないからよ」 
 




 それから、数分後、火蓋は切って落とされるのであった。




The Last Moon!!

「そんな能力にひっかるものですか!」
「試させてもらうわ。 あたしの力」
「邪魔、しないでもらえるかしら?」
「――すまないが、この先へ行くのなら、俺を殺していけ」



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