KAMIKUIKI5 第68話
斉藤の表情は晴れやかだ。 これから戦うというのに戸惑い1つあり得ない。
自分の目的のために――そのためだけに動けるのはどれだけ幸せか。
斉藤はそれを噛み締めていた。
戦う――今なら遠野 秋葉の呼吸、鼓動、そして感情の軋轢まで全て見据えられる。
完璧だ。 性能が過剰なまでに上昇したのだ。
「今の私は、手加減なんて言う言葉知らないわよ?
死んでもいいのかしら?」
張りのある、意思の篭った強い声だ。 鶴の一声、というのはこういうものなのだろう。
一言で全てを動かす。 可能になりそうな言葉の重み――ワードに対する思いいれの次元が秋葉は違う。
何十、何百という下の存在を束ねて行くと決めた時から彼女は狭い範囲で王としての資質を身につけた。
普通の存在なら、身じろぎをして怯むのであろう。
「――重いな。 重すぎる宣戦布告だぜ。 だが、それくらいで丁度いい。
俺も、これで何も気にせず戦える」
――この男の真意が読めない。
秋葉の口元は斉藤のそれとは相対するかのようにきつく引き締まった。
「それで、もうでしゃばるのは終わりだな?」
「ええっ。 あなたが退かないというのであれば倒すまでですので……」
湧き水が岩肌を浸透するように秋葉の漆黒の髪を朱は駆け巡った。
檻髪が全体へと行き渡り、殺気が容赦なく漂う。
面白い――そうでなくては、と斉藤は目元の筋肉の緊張を緩めつつ思う。
「1つ、質問に答えなさい」
「なんだ?」
「それは、あなたの意思かしら?」
「――ククッ、面白いことを言うな。 恐らく、この首輪を見てそう判断したんだろ?」
斉藤が首輪に触れる。 チャリンと鈴のように、くくりつけられた物質は音をたてた。
「ええっ。 正解です。 そして、もう1つ。 ここに現れるにはタイミングが良さすぎる。
この2点から考えました。
あなたは、何がしたいのかしら? と」
「言うまでも無いだろう?」
雨が振った――ぬかった地面のドロは斉藤が走るたび跳ね、斉藤の衣服へと付着する。
拳は斉藤の頭上に備えられた。
「お前たちの行動を止めるためだ」
秋葉は咄嗟に腕を構えた。 斉藤の殴打は二の腕にクリーンヒットし、秋葉は弾き飛ばされる。
なおも斉藤の圧制は止まらない。
振りかざした拳は地面へと着地し、その勢いはとどまる見込みは無かった。
紫電のように放たれた拳は地面を抉る。
いや、その前に斉藤は掌を開いた。 そして、身を逆さにし、旋回する。
――腕、やられた……。
だらんっとぶら下げた腕を無視し、その痛みを倍返しする勢いで秋葉の檻髪は立ち上げる斉藤へと迸り――。
”高速分解 開放”
「承認――開放してくれ」
「なっ――!?」
檻髪を、斉藤はすり抜けた。 赤熱が彼を包み檻髪を通過する。
そのまま、秋葉を素通りし、やがて、木々をガリガリと削りあげ、勢いを殺して斉藤は停止した。
斉藤は振り返る。
予想通り秋葉は檻髪を通過されたことにショックを受けていることに斉藤は――ノーコメント。
――……。
「遠野 秋葉。 どうした? 現実の前に打ちひしがれたか?」
「な」
”高速分解 開放”
「承認――」
斉藤は深く腰を落とし、地面に足を踏み込んだ。
彼の周りを覆うかのように空気との軋轢が発生し回りが蜃気楼を起す。
「降参、してここを立ち退くんなら、遠野 秋葉の存在は消滅しないだろう。
どうする?」
「――」
「あくまでも徹底か。 いいだろう。 タイムオーバーだっ」
秋葉の額に緊張の汗が滲む――以前対峙したときは一方的であっただけにこの差は恐ろしかった。
強化とかそういう言葉では表せない現実。
では、以前の斉藤は自分に手を抜いていたというのだろうか?
腹立たしい。 この上なく腹立たしい。
だが、それを覆せない現実に秋葉は苦渋を舐めさせられた。
どうすれば、この辛苦のような状況を脱出できる?
斉藤を再び赤熱が包んだ。
○
「くぅっはぁ……――」
鉄筋の赤茶けた階段を斉藤は一段一段、迷いを掻き消すかのように上った。
歩けど歩けど消えない――迷い。 それは帰省本能だったに違いない。
ぼろぼろになり何もできない。
おかしな確信めいた答えは判断を破壊してしまったのだ。
斉藤は悲しいまでにソレを疑う事なと無かった。
ただ、肯定していき、疑念を払う。
目の前に数年前の幻影が見えた。 なりたての半死徒であった自分の姿はとても勇ましく誇りに満ちている。
偽りだ……その偽りに気付くのが遅かったからこそ、何度もあったチャンスを最悪の形で手に入れ、失う。
何のためにではなく自分のためだけに生きていけるという話はいつも出てこなかった。
考えれば常に、影月もとい、久瀬という呪縛に縛られ続けていたのではないか、と斉藤は考える。
いや、――もうその時間は過ぎた。 余生すら余りにも短すぎる。
――息が、苦しい。
数分に一度、核に締め付けのような痛みが襲い掛かってきた。
そのたびに嘔吐するでもなく斉藤は苦しむ。
吐血ではなく人口の食塩水が口元を流れる――二酸化炭素で満たされたその液は無臭のはずなのに鼻腔をくすぐった。
いっそ、自分の体に火を放てばその役目を終え軽くなれるとも分析した。
だが、できなかった。 彼は弱くない。 斉藤は強すぎるがために拒絶した。
生などどうでもいい。
ただ、やるべきことが決まっている以上は――。
「斉藤だ……開けてくれ。 博士」
事実上、現世の兵器では限られた威力のものでしか破壊し得ないX物質の扉、その隣に無造作に置かれた一台のパソコンがあった。
インターホンの代わりをなし、声紋にしか反応しない。
斉藤の声はあらかじめ録音されているのか、声に反応し、扉は開いた。
重苦しい機械音の先には真っ赤な絨毯が敷かれている。
斉藤はおぼつかない足取りで室内へと歩いていった。――下は高層ビルが点に見えるほどに高い。
正直、ステルス機能を有している、とかいうレベルでは現せない高所がこんな都会のど真ん中に存在するなど誰が想像できるだろうか?
それこそ盲点なのだ、と藤香は嘲弄しながら、眼下の俯瞰をぼんやりと眺めていた。
起き掛けのコーヒーはただ歯にしみて苦いだけだ。
今度はアイスにしようか、と思った。
「斉藤――良く来たわ」
「答えを見つけた……」
「へぇ……ついに」
「――」
斉藤は頷き、そして俯いた。
藤香は微笑する。 斉藤のところまで歩いて向うと、片手でくいっと顔を持ち上げた。
「随分とやつれたわね。 月宮女史の治療で生きてはいるでしょうけど……先が見えた顔」
「そうさ」
藤香の視線は妖艶にして――凄まじい怖気を斉藤に与える。
斉藤は視線を逸らした。
くすりっ。
「何もしないわよ。 自分の作品だもの。 それより、斉藤――神区域へと到達を解明したの。
見る?」
「いや、いい――あんたは嫌でも見せてくれるのだろうが、断固拒否だ。
それを知ったら頭がパンクしてしまう」
「そうね……」
一歩、藤香は下がり、そして踵を返した。
見渡すばかり摩天楼が広がる――距離感を狂わせる立体映像の数々――ホログラフ。
「この世界こそ、全ての真相になるべきなのよ。
久瀬は余りにもバカ過ぎたわ。 世界は誰のものでもない。
誰のものにもならないという定義を知らないのだから――もう1人の愚か者は水瀬
秋子が消した。
つまり、事実上、結末はどちらに傾くか、は神区域を知るものの手に委ねられているわけ……。
斉藤、あなたのラスト オペレーションよ。
生きた証を与えてあげる。
遠野 秋葉を足止めしなさい。 あなたの命に変えても――」
「できるだろうか?」
「諸刃の剣を与えるわ――使うか使わないかはあなた次第だけど」
「……了解した」
○
秋葉自身には、まったく成す術が無かった。
横へ飛ぼうとしても既に引き込まれるような感覚に襲われ動けない。
辛うじて、首が少しだけ動くことができそうな気配もあるのだが……。
それすら窮屈に押し固められている。
「ふざけないで、冗談よしなさいよ」
檻髪はまたも、斉藤の全身を透過してしまう。
到底、次元の違う世界だ。
「――あなた、人間でしょうっ!!! 人を殺せるというのっ!?」
どぅっ――赤熱は全周囲に広く発散された。
斉藤自身の勢いは止め処ない。 怯んだ秋葉の胸倉へと斉藤の特攻は串刺しになる。
秋葉の身は凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
幾本もの樹木をなし崩しが秋葉によって砕かれ、めきめき……と斉藤が秋葉から離れた時、秋葉は真っ赤な血塊をはき、目を白くしていた。
「人間……? 笑わせるな」
ぐぃっ――と崩れる秋葉の胸倉を掴んだ斉藤。
秋葉を自分の一頭身くらいの位置まで持ち上げると遠くへと投げ飛ばした。
ちょうど、琥珀の足元へ、秋葉は転がった。
「あ、……秋葉さまぁっ――」
斉藤は目を瞑る感覚に合わせて秋葉へと歩いて向う。
自身の服のジッパーを緩め、胸板を露にすると――……機械音が森に木霊した。
「これでも、人間と、言えるか?」
「……っ」
人と、人でないものの同化。 過剰なまでに進化を求めた愚かな犠牲者の肉体がそこに存在する。
機械となった心臓は核と称され、流れる血管はそうでなくチューブを流れるのは血液でなく。
食塩水。
必要な箇所以外、ぴかっ、ぴかっと点滅する核に琥珀は思わず見入ってしまった。
「どうした? 気味悪いか? それとも同情か?」
ぴかっ。 ぴかっ。 ぴかっ。 ぴかっ。 …………。
ぴかっ。 ぴかっ。 ぴかっ。 ぴかっ。 …………。
「くっ――」
そして、秋葉は息を吹き返した。 呼吸が苦しい――肋骨を何本かやってしまったらしい。
それで生きているのだから幸いだ。 虚ろに黒くなった髪をいじくりながら、呆然と斉藤を、秋葉もみた。
一気に目が醒めた。
「生憎、俺は人じゃない。 きさま等の言うところのサイボーグだ」
「……無様ね」
秋葉は笑った。
The Last Moon!!
「こんなのって、ありなの?」
2人の戦いの結末に待っているのもは、ただ純粋な答えのみ。
生と死――。
そして、もう1つも決着、留美と栞の戦いも終わりを告げる。
一方、祐一たちは・・・・・・。
ばっく