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KAMIKUIKI6 第69話
明滅を繰り返す鋼色のペースメーカーに秋葉は嘲弄と侮蔑を込めてに笑った。
「フッ。 所詮、この程度では動じない、ということか」
喋りつつ、斉藤はジッパーを閉じる。
秋葉も、久々に味わった肋骨の骨折からくつじわりっとした鈍痛を耐え、立ち上がった。
多少、足元はふらつくものの、まだ余裕があるように見えた。
秋葉の髪が再び朱く染まった。
「大人しく、引き下がればこれ以上の傷は負わなくてすんだというのに。
愚かな女だ」
――高速分解 解放。
「――承認」
悪戯に斉藤の口元は緩む。
圧倒的な力を手にし、あるいは虚無的にすら感じる実戦において彼は愉悦に浸りだしていた。
アドレナリンが狂いだすように大量に全身をランナーズハイシステムが分泌される。
これは、半死徒の能力を最大限に高める脳内麻薬だ。
さすがに、多発する高速分解は彼の冷静さすら破壊していっていた。
それは、秋葉ですら薄々感じ出している。
吸血鬼は血に飢えて、獣と化す。
それが、斉藤にとっては道標であり、秋葉にとっては兄、遠野
志貴であった。
譲れない。 それは斉藤にしても、秋葉にしても不変な存在だ。
「ハァァァァァァ……」
また、展開される熱い風。 そして伴う蜃気楼。
斉藤の姿は次第に霞んでいった。
「無様ね。 無能ね……くっ――それが、今の私だとすれば――」
喋るたび、呼吸するたび肋骨が痛む。
目の前で加速体制に入ろうとする斉藤を前にして、秋葉は平然と朱い髪をいじくった。
秋葉に余裕があるとすれば、自分の肋骨の痛みが原因だ。
余計なことが、痛くて考えられなくなってくる。
発露する高温に木々がざわめき立つ。
水分を奪われ、次第に葉の色は変色し、斉藤の周囲数メートルの植物は死滅した。
そして、斉藤は地面に足を踏み込む。
ドゥンッ――と爆発音とともに、斉藤は高速分解から赤熱へと移行する。
拡散された空気と、温度の差が異常な軋轢を生み、拡散されるエネルギーは先程の比ではない。
度を増すほどに、余波の残滓が引き寄せあいせめぎあい、くっつく。
結果周囲を荒野へと変貌するのも時間の問題だろう。
赤熱と衝動が秋葉を襲ってくる。
ふっきれたように、秋葉は息をつく。
「そうね。 あなたは人じゃないのよね」
そして、躊躇いも無く、横へ飛んだ。
「後ろ、がら空きよ」
「なんだとっ――!?」
踵を返すのに、瞬きをするほどだが、斉藤には時間がかかる。
それにも増して負担が斉藤の全身の関節、器官にかかっているのは無理の無い話だった。
お構い無しに、秋葉の檻髪は斉藤の背中へと突き刺さった。
斉藤は全身が灼熱の業火に焼き付けられたような錯覚を感じた。
凝然として秋葉を見つめる。
毅然とした、冷たい眼差しはむしろ、悪魔のようだ。
それも極悪な。
「――――」
だが、秋葉は再び襲い来る激痛に胸を押えた。
軽く動くだけでも脂汗が滲み出るというのに、下手に横に飛んだから直にぼろがでた。
秋葉自身余裕など無い、ということを改めて痛感する……。
声にならない苦痛だけが、今、秋葉の口から零れた。
「折角のチャンスだったのにな――残念だったな」
その間に檻髪は斉藤の背中から消滅し、
――高速分解 解放。
「――承認」
秋葉を取り巻く危険指数は著しく向上した。
「もう一度だけ聞いておこうか。 引き下がらないか?」
「ぃい気にならないでもらえますか?」
秋葉は手を膝をつき、辛うじて立っている。
余裕などないというのに、状況下が次第に斉藤に傾いていっているというのに――。
秋葉の意志は折れない。
「兄さんがきっとこの先にいる。 例え、この身を捨て去ろうとも、
霊魂になって兄さんを呪ってさしあげましょう。
――もちろん、死ぬ気はさらさらありませんけど」
クスリッ――。
秋葉の嘲笑と斉藤の姿が重なる。
腹腔に、斉藤の肘鉄は叩き込まれた。 秋葉はくの字に体を屈折させ吹き飛ぶ。
悲鳴にも似た筋肉と、骨、そして臓腑の負傷の音。
秋葉は血塊をはきつつ、地面に崩れた。
「あ――秋葉さまっ!!!」
琥珀の叫びは轟音により、空へと掻き消された。
ただ、駆け出す。
だが、それを差し止めるかのように、秋葉自身の手は揺れた。
「邪魔、しないで――。 琥珀」
「あ、秋葉さま?」
秋葉の拒絶。 反応の意外さに、琥珀は動揺を隠さず驚いた。
感情がざわつく――少し、低い声に琥珀は思わず涙腺を揺らした。
「こんなところで名折れになるのは、ごめんなの。
――安心して、死にはしないから」
とはいいつつも、秋葉の目は泳いでいた。
焦点が定まらず落ち着きが辛うじてプライドで誇示されているようなもの。
”死”ということばをイメージするも、もはや漠然とは言いがたい。
キッと、秋葉は斉藤をにらみつけた。
「――?」
斉藤は膝をついていた。
膝元には関節部の配線がショートしたのか火花が散っている。
それは、先程秋葉に不意をつかれた時の代償だった。
むやみに体をゆがめてしまい、2度、緩急のない高速分解の乱用により、負傷は更に悪化したのだ。
「自慢の、あし、が死んでしまっては先程のは使えないのかし、ら……?」
「――フッ、らしいな」
遠野 秋葉――内臓破裂。 右肩脱臼。 肋骨骨折。
全身打撲――。
SAITOU メインフレーム 破損率67,9パーセント。
修復完了時間、4分13秒。
「やはり、分が悪い……」
秋葉は檻髪をざわつかせ、意識をハイにして腰を深く落とし構える。
立ち上がることが出来なくなった今の斉藤では上半身を駆使して動く事が限界……。
いや、数字から見てしまえばそれすら限界に近かった。
思った異常に摩滅が酷い。 これが、機械――限界を見境無く凌駕できる代償ということか。
斉藤は小さく舌打ちし、眉を寄せ、表情は負の色に染め上げた。
「私の勝ちみたいですね。 ところで、あなたの死を悼んでくれる人はいるのかしら?」
「無駄な話はいい。 俺に、死など存在しないからな。
あるのは故障、あるいはスクラップのみだ」
そう、と秋葉は一息つき檻髪は轟々と勢いを増していく。
暴走は冷静に加速、勢いは止むことなく斉藤のペースメーカーを貫通した。
「任務失敗……ただちに、打開策を展開、します」
「っ!?」
ガクンッ、と斉藤の首がたれ、彼の生命の停止を秋葉に伝えた。
秋葉が絶句したのは打開策、という言葉の執念にも似た悪寒を肌で感じたらに他ならず、思わず周囲を見回した。
どぅううん……ど ど ど ど ど……。
自分の背後でバイクのエンジンがかかる音がする。
「打開策、あれのこと?」
思わず顔を顰める秋葉を他所に、バイクは疾走した。
すかさず重い体を横にそらし、秋葉はバイクの特攻を回避する。
だが、それは当たり前の事だった。
バイクは勢いを緩めることなく抜け殻のように沈んだ主、斉藤へと更なる加速を試みたのだ。
秋葉は愕然と斉藤とバイクの衝突を見つめた。
「こんなのって、ありなの?」
衝突した瞬間の凄惨さは言葉に現すのは無理だ。
空しく、ただ、吹き飛ばされる斉藤。 同時に爆破へと準備を移行するバイク――。
ある意味異様で、ある意味不可解な光景であった。
思わず秋葉は呟いた。
もはや、動く事も限界を来たしてしまったらしい。
「秋葉さま、逃げてください! 死んじゃうじゃないですか!」
「無理よ、琥珀。 私、動く事できないもの」
「できますっ!」
「いい加減な事、言わないで」
ぐぃっ、と琥珀は秋葉の上着の袖を掴んだ。
「無理よ。 琥珀じゃ非力すぎる」
「あ、秋葉さま――そんな簡単に諦めないでください」
秋葉大きく頭を振る。 そして、バイクと、斉藤の亡骸を見つめた。
あんなにも、あっけない。
所詮、その程度なのだ、と自分の姿を重ねながら……。
熱気が一気に高まり、爆発の予感を告げる静けさが込み上げ、世界はモノクロと化した。
琥珀は目を瞑る。
目を瞑る瞬間、金色と白いとても早い何かが自分達に近づいてきたのを見たきがした。
秋葉と琥珀。 2人の意識はここで途絶えた。
耳を劈くような爆発音を後にして……。
○
栞が展開した水の壁は容赦なく留美の繰り出す拳を受け止めた。
メキッ、というイビツな音が栞の耳元にも届いた。
――ほんっと馬鹿ですね。
実際バカは死んでも直らないそうだ。 ならばしとめてしまってもなんら差し支えなさそう……。
何より香里を奪おうとしている、という誤解が栞の感情をより煩雑なものにしていった。
欲望のままに――。 という昂ぶりが栞の壁を分厚く囲っている。
「ぬぁ、めるなぁぁぁぁっ」
威勢良く振りかざした留美の拳。 瀑布のように落ちる水。
地面に留美の拳骨がついた時思わず、外野から感嘆の声が響き渡った。
留美の真価。 その一部が姿を現したことによる原始的向上。
留美自信も一撃が栞にまた一歩近づいた事に対し嬉しさがこみ上げてきた。
「へへっ――やった」
口元が孤を描いて、栞へ向くとシンプルな喜び、という感情表現に栞はつられそうになる。
「だまされませんよっ!!」
栞は強く首を振って持ちこたえ、喜んでいる留美にすかさず手に宿った白球を投げつけた。
それは手の内で起した凄まじい量の火力運動を具現化した大技だ。
一撃喰らってしまえば以前、水瀬 秋子を急襲した屍へと叩き込んだ衝撃などとは比べ物にならない一撃へと変わる。
こうでもしないと、留美は折れてくれない。
口で通じない相手には力で示す。 それが律儀にして圧倒的なアンサーだと栞は思う。
「っ!!!」
留美の顔は一気に蒼白になる。
犬よろしくに這うようにして目を大きく開き、歯を食いしばりとにかく走って走って走った。
肉薄の距離で、一気に地面に臥す。 勿論頭を抱える事も忘れてはい無い。
彷徨うだけとなった白球は空しく途方を――香里と冬花が突っ立ている方向へ――走る。
「くぅっ」
奇抜な動きに一瞬、あんぐりと口をあけ驚いた栞を他所に、留美は右手で旋回し、地を這うようなクラウチングから一気に体制を持ち直しただ、栞へ向けて我武者羅に走った。
「え、えぅ……あ、呆れて声も出ません」
「ならば、大人しくしててよっ! あたしが――勝つんだから!!!!」
「嫌っ」
留美の大降りなフックは空振りし、栞は羽のように軽い跳躍で後退した。
「い、いい加減に喰らいなさいよ」
「だめですぅ〜。 七瀬さんこそそろそろ無理を知ってください」
「それは、ありえない相談ね」
不気味に2人はほぼ、同時に笑った。
――なーんてねっ。
留美は内心で小さく舌打ちした。
「さぁ――て、ぶちかますわよ」
「――」
白球を栞は再構築する。 思いのほか時間以外の労力がかかる技なので実際乱発することには無理があった。
よりにもよってこれを使うとかなり、手が熱くなる。
鑑みてしまえば自慢の肌が分厚くなるのは堪らない。
しかし、留美はことごとく自分の技を下して行くのを見ているうちに拭えない感情を抱かずには要られなかった。
――意を決します。
栞は走り出す。 投げるくらいなら留美にこの一撃叩き込む、という魂胆だ。
拳骨が熱い。 さっきの水を破壊した時の代償だろうか?
骨折にまでは至らなかったが冷やさないと夜には腫れてくる。
――やだなぁ〜。
どんどん栞と留美の距離は縮まる。
手の中には白球が構築され既に準備万端の栞は勝利を確信していた。
「わたしの、勝ちですね――七瀬さんっ!!!」
「栞さんは、そんな能力、使えない――絶対に」
留美の胸倉に栞の白球は叩き込まれた。
留美の言霊と左拳は同じく栞の胸倉へと入り込む。
地を削り、留美は地面をあたかも糸の切れた人形のように不自然に転がった。
激痛が留美の意識を一気に奪い去って言った。
「……ふぅ」
――まったく、これだから、素人は。
栞も同じく限界に陥っていた。
既に目の前が霞んでよく見えない。 ――真っ暗になっていく視界に不思議と恐怖は抱かずむしろ安堵を覚えた。
ごふぅっ、と小さく痰唾を吐き栞もまた、地面に臥す。
「引き分けか――」
栞を抱きかかえながら香里はぼそりっと呟いた。
「ええっ、まーったく残念だけれどね。 凄い進歩ね。
彼女」
あゆと美汐に介抱を受ける留美へ冬花は目配せする。
栞と引き分けるなど、冬花は予想だにしていなかった。
結果として見えてきたのは留美の可能性……。
「あの子もまた、素質ある個、なのかしら」
「さぁ、あけてみないことには」
「――でも、あなたは注目しているんでしょう?」
「――――」
「ほらっ」
見透かされたような冬花の瞳。
…………。 香里は言い返すこともできず、栞にまた視線を戻した。
「ねぇ、香里〜、時間ちょうだ〜い」
猫なでるような甘ったるい声と共に冬花は香里に膝を擦り、近づいてくる。
ゾクゾクッ! 背筋がひやっとする。
「ああ、もぅ」
極め付けにと耳元で囁かれた時には鳥肌がたった。
「――か、勝手にしてください。 でも、本当に時間ありませんから……フンッ!」
「任せて」
殊勝に冬花は笑った。
むしろ、栞と七瀬さんの戦闘は遊び要素を込めたかったとか。
完全シリアスになりきれない彼らなわけです。
感想くださいT T