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KAMIKUIKI 7 第70話
プリズムに反射する陽光は暑く、一歩歩くだけでも全身から汗が噴出してきた。
既に荒廃した場所、翡翠は見渡す限りのプリズムだけの荒野を見て、そう思う。
「――あぢぃ」
祐一は舌をたらし、ぼそりっと文句を言った。
空の色はライトグリーン。 草原を髣髴させる色なのだが、気化したプリズムの色らしい。
そういえば以前琥珀がテレビをみていて、金星は厚い硫酸の雲に覆われていると自慢げに話してくれた。
そんなことを翡翠は思い出す。
「フフッ」
思わず、口元が緩んだ。
「?」
訝しげにこちらを見る祐一を横に、不思議さを味わう。
何しろ、琥珀が自慢げに話したのはテレビからの情報が専らだった。
自分はこうして、ワケもわからずテレビでみるような幻想の世界に浸っているのだ。
そう思うと、なんとも可笑しい。
「翡翠、どうかしたの?」
翡翠の前を歩く少女は尋ねてきた。
ベリーショートで背丈が低く、この中で一番薄着な少女。
とのかく口達者であり、実年齢は定かではない。
きっと翡翠より年上なんだろうとは解るのだが。
「……申し訳ありません。 少し、家族のことを思い出していました」
「家族――?」
興味津々、と疑問の色が少女に浮かぶ。
「ああ、っちぃ〜。 チビチビ、翡翠には琥珀っていうお姉さんがいるんだよ」
ついに、愛着満点のモスグリーンのジャケットを脱ぎ、脇に抱えながら祐一は解説した。
「チビチビ言うなっ!」
祐一の脛に少女のローキックが炸裂。
言葉もでない痛みに、祐一は目に涙を溜めその場に屈した。
かくして――時間だけは過ぎて行く。
ここに、時間というものが存在するとすれば、の話であるが、確実に祐一たちは歩いていた。
ここでは汗をかこうとも、今のところ脱水症状に陥ることもないし、空腹に陥る事も無い。
不思議なところ――だ。
それに、以前、影月が一度奇襲を掛けてきて以来襲い来るものは存在しなかった。
やはり、ただ漠然と平野を進んで進む。
その目的地は地平線の先か? と思えるほどに果てしなく遠いのだろうか?
それとも、実は歩いている距離はおざなりで自分たちはぐるぐる同じところを彷徨っているのだろうか?
後者ならば影月の件も何だか納得できそうだ。
そして、それはここが思ったよりも狭い場所なのでは?
という錯覚間を与えてくれる。
ただ、プリズムだけが広がる世界に周囲の変化への認知の度合い乏しい。
翡翠はそう感じていた。
だが、少女と祐一は確実に道を進んでいる事を実感し喜んでいた。
実際、現実でいう24時間ほど歩けば何れ目的地に辿りつく。
決して実感がわかない祐一だがもう直、たどり着いてしまう。
導かれるとは皮肉だ。
『ようやく、ここへ辿りつく時期がやってきたのね。
――相沢 祐一。 あなたを歓迎するわ。
過去を手に入れて。 そして、力を……なさい』
再び、ここへ来た時、少女は祐一にそう言った。
過去、というものが罪の塊だとすれば、人とっては苦いもの、あるいは輩出されては拙いものだ。
無論、祐一にとってもその考えは変わらなかった。
ただ、微妙に違うところは過去を穴だらけに忘却していること。
祐一はここで起こった記憶を失い、そして、空白を手に入れた。
空白は時に無知、というなの武器となる。
知っている人間を知らないと言放ち避ける事。
自分の罪をなすり付けること、あるいは回避することだって可能だった。
記憶の混乱が起こるまでは、祐一は自分の記憶を取り戻そうと考えていた節がある。
何しろ、佐祐理や舞と協力関係にありながら内容の半分はあとから鵜呑みにしたものだったのである。
”神区域の消滅”
ここはある意味能力者にとっての出立点だ。
ここで起きた断罪が全ての能力者の立ち居地を狂わせたといっても過言ではない。
むしろ、その真逆、なんともなかった、もありえた。
皮肉にも、祐一には後者が当てはまっており、だからこそ、佐祐理たちに協力を要請された。
祐一の記憶は48の王という能力が目覚めた事によって徐々に記憶が目覚めだす。
記憶の糸が連鎖し、そしてある形を成し、同時に祐一に苦悩を与えていった。
里村 茜の暴挙。 そして、祐一の意思の混濁。
祐一は記憶を取り戻した、といってもいい。
ただ、祐一はこの先に向う義務があった。
償う、のではなく捨て去るために……。
解けない鎖など、人には今ひとつたりとも、あり得ない。
「……神区域……戻ってきたのか」
解けない……。 そんな都合のいい言葉が頭を素通りする。
まったく馬鹿げているというのに。
神区域は自分が記憶していた最後の姿を何一つ変えることなく存在していた。
祐一は底に畏怖、あるいは感慨すら感じ、顔に蔭りが差す。
深くついた溜息すら、この世界はあっさりと飲み込んでしまった。
何も無い――見えるのは地平線だけの平らな荒野。
「――お帰りなさい。 相沢 祐一」
「……お前、生きていたのか?」
驚いてなんともいえない表情の祐一に少女は頷いた。
何しろ、役目を果たし、死んだはずの少女が自分の目の前に佇んでいるのだから。
――なんで、生きてるんだ?
祐一は問いかけたかった。
「いいよ。 説明くらいしてあげる。
――堕胎告知を受けたの。 この世界は流産なのだそうね」
「……」
「神区域。 ここはそう呼ばれているけれど、まだ具現できない胎内にある世界。
迂闊に迷い込むか、さしも当然、特殊な方法で入る以外ここへは来る事はできない」
「死んだ、世界」
少女は頷く。
「正確には、損失だらけの世界だけど。
運命には逆らえず加圧に押され、そして死んでしまったここ。
あなたを連れ戻したのはここに真の眠りを下すためよ」
この世界はまだ、死に損ないのままなのだ、ということをようやく祐一は理解した。
何故なら少女は生きていた。
堕胎し、 死に絶える前のほんの一瞬。 へその緒が繋がっている状態にここはある。
そう考えると祐一は不思議に思わずにはいられなかった。
またも、尋ねる前に少女は小さなそして意思の強いつんっとした口を開く。
ちょっと流してくる視線がきつく感じた。
「大方、あなたは死だの生だのについて拘っているのね。
無論、そうだよ。
元々管理主だった私ですら未だ神区域の理について理解できないもの」
「――そうなのか。 なら、教えてくれ。 真の眠りってなんだ?」
「言葉どおり――この世界のおしまいだよ」
「……ややこしいことを目論むんだな」
「当たり前でしょ?」
ちょっと怒ったような声で祐一に背を向けると少女は顔だけ振り向いた。
睨むような目つきは祐一の鈍感さを呪わしく思っている。
「あ、あぁ」
仮にも、元管理主。 自分よりもはるか高みの存在。
祐一はその威厳に思わずたじろいだ。
「死者を蘇生する事ができる。 それってちっとも素敵じゃない。
むしろ何してるんだろなーって思う。
人の生死を他人さ左右するなんて馬鹿げているように、ここの死も受け入れなくちゃいけない。
――やってくれるかしら?」
唐突に回答を求められた。 それも絶対拒否不可能な問題の。
口元をくっと絞りつつ頭に右人差し指を当て、考えた。
――俺のやるべきこと……つまり答え。
俺にとって多分これは最後のチャンスなんだろう。
ここで、俺はこいつに従えばいいのだろうか?
たどり着けるのだろうか? 俺自身の答えに。
「――もう1人、迎えに行く子がいるんだ。 新しい方法を見出すために。
そして祐一との相性を考慮して来てもらったの」
すごく、時間を経過したのを覚えていた。
祐一はずっと空をみていた。 そうすれば自分の意思を言い返せるな、と思って。
むしろ、結論が思いのほか早く出たことに祐一は驚く。
行こう。 と思った。
原因は簡単。 自分は目的地までたどり着ける自身が無い。
◇
かつて、全ての研究の核がここに存在していた時期があった。
ここ1つで多分多くの能力者は神区域の絶対を確信するだろう。
神区域のどこかにある研究施設の広さは尋常ではなかった。
東京ドーム10個は優に超したでかさを持っているのに広さを感じさせない遠近法のおおばけ。
「……お、おっきいです」
遠野家のお屋敷以外、大きいというものを見たことの無い翡翠は目を疑った。
世界の広さは知っていたがその人工的、かつ優雅な面持ちの彫りの入った壁は華やかだ。
何より、鉄を思わせない青いブロックは祐一にも未だ凄いものだと感じさせた。
幾何学的な発想、というよりも可変を拒む不動性を兼ねた巨大な円錐。
それは”ドーム”。
繁栄の象徴だ。
「IDカードとか昔はあったんだけどねぇ〜」
ちょっと渋るような顔で少女は呟き、口を尖らせる。
「どうかしたのか?」
「ええっ。 まったく」
少女は頭を落とした。
「実はさ、今、ここの扉を開けるのには力づくいがいありえないの。
壊れちゃったし」
「無理だぞ」
祐一はきっぱりと断る。
視線が痛い。
たとえ、祐一にできたとしても、一体どれくらいの時間を浪費するのだろうか?
そんなこと、ゴメンだ、と祐一は思う。
ここで疲れてしまっては元も子もなく、じれったいし、無論、この先の戦闘を考慮すれば当たり前。
祐一が無尽蔵に久しくなったといえども、それは仮想であり、いずれは尽きる。
何しろ、現実では祐一はそんな余裕を持っておらず、今でも死に瀕した昏睡状態であった。
「……ケチ」
「ケチいうな。 ケチっ! 俺だってできればとっくにやっているぞ」
「じゃあ、やりなさい。 聖刻でも48の王でもなんでもいいからやって」
祐一はゲンナリ、と肩をすくめ、顔を逸らした。
「ひっどーい。 横暴だー」
「冗談は程々にしてくれ。 俺も、無理じゃなければやってるって言っただろう?
他に、侵入経路とかないのかよ」
拒絶されると、少女は小さく舌をうつ。 どうやら本気であけさせるつもりであったらしい。
少女ドームを見上げた。
高く、ただ高いブルー。 光の反射にも特有も物質が使われているのか反射の角度が波打っている。
幻想的にして空想の塊のような場所。 見方によっては光は三日月のようにもみえた。
「共鳴。 ここはシンクロシステムを採用しているからドームの中央にあるシステムと共鳴できれば」
「――なんだ、あるんじゃないかよ」
「難しいから力押しを推薦したの」
「こっちもこっちでなくほど難しいんだが」
「んもう。 肉体と精神のつかれを同じ畑に並べないでくれる?
ほら、上、あの三角の突起」
三角の突起――ああっ。 翡翠は少女が指差す先を見ること数分。
少し尖ったいびつな三角柱が確かに随分上のほうにあった。
改めて上をみてしまうと遠近感が狂うくらいに高くて頭が少し痛くなってくる錯覚が迫ってきた。
ドームは落ちてきてしまうのではないか?
そんな不安な高さ。
翡翠は怖くなって目を擦った。
下には、透明で何も映さないプリズムの大地が相変わらず広がっている。
「ね、翡翠。 つかぬことを聞くんだけど――」
ボソボソッ
「……」
「……」
ボソボソッ
耳打ち際で少女はぺらぺらと何やら問い尋ねる。
その都度、翡翠の顔は噴火した火山みたいに湯気をあげ真っ赤に染まっていく。
「――ねぇ、どうなの?」
「……」
一旦困ったように顔を顰めるも、神妙な面持ちで緊張を走らせる少女は真剣だった。
仕方なく、翡翠が小さく頷くと途端に少女の顔は向日葵みたいに明るくなった。
「へへっ、さ、翡翠、あの突起だけをみて感じて。
きっと聞こえるはずだもの」
「――」
思わず口を閉ざし、後ず去った。 自分よりはるかに年下に見える少女だというのに。
それは外見だけらしい。 一例に自分の姉、琥珀がいるのだから翡翠も否定を一概には述べられない。
無言で、翡翠は突起とのシンクロを図った。
やり方は少女に聞いている。 ただ、風の音を聞くようにして目を瞑り――邪を捨てる。
吸血鬼が求める最上の生け血のように、翡翠のイズムと共鳴し、次第に声は響く。
翡翠の耳に。
”ここは彷徨える坩堝(るつぼ)。あなたのような清らかなものを惑わす事を好む”
”開こう。 門を”
”揺るぎない心は蝕めるだろうか? 私達には?”
ごぉぉぉぉ――。
ゆっくりと門はスライドし、開かれた。
ひんやりとした冷たい空気と、今まで使われていたかのような生活感を漂わせるドーム内。
ドーム中を光は入り口からまるでドミノ倒しのように点滅しだす。
蒼い光は薄暗く少し不気味だった。 ――。
祐一の目から感情の緩やかさが消え、どこか呆然とした気持ちが映ろう。
……。
ぴりっ――。
「いらっしゃい。 ドームへ。 神区域のへそへ」
祐一の目の前に少女の姿は無い。
変わりにほっそりとした健康的な二十歳くらいの女性が佇んでいた。
服装は少女のままにサイズが変わっただけ。
スレンダーな胸が識別を惑わせる。
声を聞かなければ誤解もありえた。
「あるいは、おかえりなさい。 あなたの過去へ」
「ああ、ただいま」
少しの後悔が祐一に小さく溜息を零させた。
ただ、長く続くトンネルのような薄暗いその先を虚ろに眺めながら……。
The Last Moon!!
祐一、シリアスモード。序幕。
神区域”ドーム”編を3話連続でお送りいたします。