KAMIKUIKI8 第71話

「いいかしら、翡翠。 この先、祐一に干渉しちゃだめだからね」

 念を押すようにして、ついぞ、少女であった彼女が翡翠にそう言うと、翡翠は取り合えず頷いた。
 何のことなのだか、さっぱりだ、と翡翠は思う。

「――おいおい」

 むすっと不機嫌な面持ちで祐一は彼女に声をかける。
 それでは自分が意志薄弱で、あたかも翡翠がお邪魔虫なニュアンスを汲み取れるからだ。


 ……とはいうものの、祐一の心は大分ぐらついていた。
 ここは決して暑くないのに、額の汗は一向に引くことは無く、ジャケットの背中にも翼のような汗の後がポンやりと浮かんでいる。
 呼吸も堪えているのだろうが時折溜息のように大きく深呼吸をしたりもしていた。

「なによっ、そのままじゃない」

「――けっ」

 祐一はもはや、反論する気すらも失せているらしく、口調が荒く話も途中で自分から逸らしていた。

「ふんっ、臆病虫に付かれたのね。 さっきまでへらへらしてたのにさ」

「――――けっ!」

 言い返すことが出来るならとっくにしていたはずだ。
 少女の言葉は一言一言、祐一の痛いところをついては荒らしていく。
 だからこそ余計心のアンバランスさが浮き彫りになっていく……ほんの数分の出来事だというのに。
 小さく祐一は舌打ちした。




 


 実際、距離を短縮するため、床は電動のローラーが取り付けられており、歩く速度も普段よりぐっと早かった。
 見栄えするような景色も無い、どこへいくのか一向に検討のつかないお導きに従う。
 ローラーの上を歩く以外の方法は生憎、閉鎖されたゲートを見る限りは不可能に近そうである。

 中央へ向っているのだろうか?
翡翠は先ほどシンクロを成功させたこともあり中央との距離が近づいているのを感じた。
 

「えっ? なにか、いいましたか?」

「むぅ――、翡翠〜返答が遅すぎ」

「も、申し訳ありません……うっかり考え事をしていました」

 翡翠は軽く頭を下げ、眉間の皺を少し寄せた。
 困った事に、なんと返せばいいのかわからない。 翡翠の立場からして由々しき事態に、と杞憂してしまう。

 だから、翡翠は余計困った顔で彼女を見る。

「――」

 一瞬強ばった彼女だったが、直に肩をすくめ、首を振った。

「怒っていないわ。 別になんともないんだもの。 ――ただね、祐一はこれから孤独にならなくてはいけない。
 ほらっ、みて」

 むすっ――と浮かない顔で顔を背けて、聞く耳も持たない祐一を少女は指差す。
 そして、口元をほころばせた。

「あー見えて、あいつ気難しいところあるのよね〜。 臆病だしさ」

「そう、なんですか?」

「うん。 前にさ、祐一と初めてあったときももめたわよ」

 思いだし笑だろうか。 女性の口元がかすかに孤を描いた。






「きゃっ――」

 突然、ゲートの変更によりシャッターの開閉が著しく行なわれ驚いた翡翠は思わず声をあげた。
 
 やはり、最優先される場所へと3人は導かれている。 それは間違いないようだ。
 導かれるという言葉はやや相応しくないのかもしれない。
 連行される、あるいは拉致されるそっちのほうが正しそうなローラー。
 機械である彼らは何事もないかのようにただ、人という名詞を客観的に処理して行った。
 
「気味、悪くなってきた?」

「――」

 翡翠は無言で軽く首を振った。

「遠慮しなくていいわよ?」

 そんな翡翠のガマンの気持ちを汲み取るかのように少女はにんまり、と笑う。

「――少しだけ。 少しだけ驚きました」

「ウフッ、そうそう。 さぁて、祐一、もう直だからね。 うっかり気絶なんてするんじゃないよ」

「――――ああ」

 祐一は背を向けたまま頷いた。
 
 ついぞ熱さを感じていたが、熱さは増していく――翡翠の中のシンクロが高まり、全身が熱くする。
 自分が抱いた感情、即ち興奮にも似た気分に陥りわだかまりを感じた。
 翡翠はそんな気持ちに顔を強ばらせて、前を見つめた。

 ただぐんぐんと道は続く。
 
「翡翠、ごめんね。 鍵であるあなたがいなくっちゃ、ここにはこれなかったの」

 ふと、申し訳無さそうな顔で彼女は翡翠のそんな不安な顔を覗いてきた。

「――構いません。 これくらい……」

 翡翠はそういうと再び口を噤む。


 ゾクッ――刹那、翡翠の全身を今までにない熱いものが噴出した。
 


 


『行かせない。 絶対、行かせはしない』



「えっ?」

 びくっ、と肩を震わせた翡翠は背筋に冷やっこい気配を感じ振り返った。

「――あら、やっぱり」

 彼女は肩をすくめ小さく溜息を吐く。
 思ったとおりということもあってか瞳には諦めの色が少しだけ着色されている。

「やっぱり? なんだよ、あの声」

 訝しげに祐一は後ろを振り向く。

「ふんっ、亡者よ――死に損ないども」

「――もう、じゃ」

――確か、そんな名前を聞いた事があった……。

 祐一の顔が険しくなると同時に、かつて空港に行った際の出来事を思い出す。
 自分に立ちはだかった存在たち……亡者。 七夜 志貴の言葉が今更ながら祐一の耳に反芻した。

「――死に損ないってもね、一応能力者だったんだからややこしいのよ。
 下手に動くと、君もあいつ等の仲間入りだよ」

「けっ、どーこにいっても邪魔者は付きまとってくるらしいな」

「何をすればいいか解ってるわよね」

「ああ」

 片言に返答すると祐一はだらんっと落としていた腕の筋肉を張った。
 僅かに緊張感が走り、右腕が仄かに浮き上がるような感覚を感じる。
 安心しろ、といわんばかり、祐一は全身を奮い立たせ聖刻を解放、そして48の王を展開した。

 白い螺旋のうねりが祐一を中心に四方へと放流されている――能力の本来の姿に適応されるのが順応性だ。
 祐一もまた48の王という名の能力との距離を狭めていた。
 
 記憶の距離と近づくほどに……。

「来るわよ。 やや強い奴が」

 赤い木漏れ日のような光は突如、床をを裂くようにして膨大に放出された。
 あっという間に人型を形成し、醜い爛れたケロイドだらけの亡者が祐一の目の前に立ちふさがった。

『この先は聖域。 お前達が来るような場所ではない』

 醜悪な亡者の口元は乾いていてひび割れた唇から唾液が牛の口元のように滴り落ちた。
 とても、グロテスクな光景……ただ、亡者の体内水分は極端に少ないらしくかさかさと露出した肌も乾ききっていた。
 みずみずしさなどなくむしろミイラのようにみえる。

「お前、喋れるのか……聞き分けはいいほうか?」

 祐一はその姿に微塵の興味も示さず降ろしていた拳をゆっくりと持ち上げ、威嚇した。
 ――かすかに、亡者の口元はほころぶ。

『お前は、私が聞き分けがよい、と思うか?』

「退いてくれないのならここで戦って、そして勝つまでだ。 俺には戦う理由があるからな」

『結構。 私にも自分自身を護るという理由が存在する。 行かせはしない』

「そうか――大義名分はお互い様。 ……どけ」

 亡者は悠然と佇み見下すような目、ただしすぼんだ何も無い空洞が祐一を見つめる。
 僅かに下ろした指を細かく動かしては自分の自慢の策を披露しようというのだろうか?

 祐一は呆れて小さく溜息をつく。

 螺旋はあたかも振り子のように孤を描き直進した。
 48の王は蛇のように、蛙、つまり、亡者を捕らえるため牙を突き刺す。 深く、そして鋭利に突き刺された牙。
 白い牙は過剰なエネルギーを亡者へと叩き込んだ。

『無駄な事を――』

 亡者は腕を突き出した。
 青白く腕からは気配が迸り祐一の白い螺旋を防ぎにかかる。

「さぁ、それはどうかな?」

『なっ――――――!!!』

 戯言を言う暇も無く放流したエネルギーの前に亡者は爆ぜた。
 四散した亡者を48の王は全て捕らえ、蒸発? あるいは気化させると自身も姿を気化させ、後には機械音だけが木霊する。

「フフッ、亡者、かつて貴女には名前があり、貴女は高名な能力者であったのかもね。
 でも、全ては王の下にひざまずく。 それ、忘れたかしら?」

『――な、なんだ、一体何があったと……』

 何も無い、しんっと静まり返ったドーム内。 ただ疑念だけを口走り亡者は消失した。
 それを見届け、表情を緩めた祐一は能力を解消する。

 ふぅぅーっと息を吐き出すようにして48の王は亡者同様気化した。






 静かだ――。

 祐一はそう思った。
 
 引き出した能力。 48の王の威力は凄まじいものだ。
 祐一は軽い眩暈感を感じ、壁に寄りかかった。

――俺には、こいつを……やはり、扱いきれない。

 ズズズズズズ……ローラーの動きに任せると、壁に擦れるおざなりなままの背中は少ししみた汗で心地よかった。
 疲弊感は少ない。 やはり能力の賜物なのだろう。

 また、静謐な空間にシャッターの開く音がした。


ばっく