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KAMIKUIKI9 第72話
「どけぇぇぇええええ!!!」
聖刻が祐一の右腕を迸る。
まるで、鉛を叩き込むかのような重さを兼ねた祐一の渾身の一撃の前に亡者の肉体を貫いた。
血ではなく凝固した血液の粉末が丁度子供が撒き散らした砂のように軽く祐一の肩を掠めた。
目を白くして光を失った亡者の肉体は機能停止を起し動くことを抹消される。
そして明確な”死”を与えられむしろ口元を緩めた姿にはなぜか嬉しさすら感じられた。
ただ、能力すら使わず祐一へと邁進する亡者の群れ。
一撃叩き込めば即存在を抹消される……だというのに。
だというのに、何故死を望むかのようにして祐一へと襲い掛かるのだろうか?
その余りもの無目的さと、存在自体が醸し出す無気力さに祐一が疑問を抱くのには時間を要しなかった。
「なぁ――」
思わず、口が滑る。
「――はぁ?」
頬を歪め、何を言っている? とむしろ怪訝そうな気配すら漂わせ、彼女は祐一の質問にあきれ返った。
そもそもそんなことに疑問を出だしてしまうとはなんて愚かなのだろう。
と、彼女はむしろ感じたに違いない。
「変か?」
「ええっ、すんごく。 いい? 敵が襲ってきたら、つまり喧嘩を売ってきたら売り返すのがあなたの信念でしょ?」
「――微妙に違うがな」
祐一はシニカルにかつぼそっと言う。
「もう直、あなたは着くんだから余り悩み事は抱かない事をオススメするわね。
無駄に考えると――かえって疲れるわよ?」
「はいはい」
そういいながら、祐一は更に襲ってくる亡者を退けた。
少し、とはいうものの思った異常に距離はある。
それだけ彼女と祐一たちの感覚が違うのだから判別に対して文句のつけようもないのだが、ドームは広かった。
最短のルートを目指していると思うと少しくらいは救いがあるものの亡者の奇襲も時を追うごとにその凄みを増していく。
むしろ、彼女に言わせてしまえばそれすらも試練という解釈で収まってしまうそうだ。
まったく都合のいい話だ、と祐一は思った。
肩透かしに進む道はなおも続き、何もそれらしい結論が見えてこない。
ただ、翡翠には近づいている頃は確実に感じ取れた。
”体がほってっている” 熱があるときのようなぼうっとした感覚だ。
この感覚に翡翠は苛まれ、祐一が聖刻を乱発し、48の王を乱用していくのと同じほどに疲弊していた。
外気が冷ややかなのが幸いだが――それもそろそろ限界が近い。
「……」
次第に翡翠は無口になっていった。 喋る事すらもどかしくなって、普段の大人しさがさらに強さを増す。
無口になるものの、皆、奥に進むほどに言葉数が減っていくこともあり翡翠の疲弊は隣を歩く彼女にも察しがたい。
あるいは、察していてあえて黙っているのかもしれない。
少女である時、彼女はその難しさを知っていた節がある。
――結局、わたしが1人で対応するしかないのでしょうか。
自分には何も出来ない。 翡翠はただここに安堵を求めていた。
だが、頑なに自分達を護る事に専念する祐一の危うさに次第に翡翠も心動かされるものがあった。
結局自分は何も出来ないはずだったのにあえて課せられてそれに不満を抱いている自分がいる。
それはいい訳だしむしろ横柄な傲慢さだと思う。
だと解っている。 それくらい翡翠は理解できた。
自分だけが、という発想の安易さが翡翠を被害妄想と自己嫌悪の板ばさみをもれなく提供してくれた。
もどかしい……翡翠は小さく呟くと、彼女は翡翠の肩を叩いた。
ひんやりと熱を奪われるかのような冷たい感覚が翡翠のやきもきした気分を少しだけ和らげてくれる。
「どう? 冷たいでしょう?」
「……」
こくりと翡翠は頷いた。
「祐一も苦しいし、わたしも苦しい。 だから翡翠も苦しくても仕方がないっていうのは逃げ口上よ。
わたしが頭良くないし、それでもって祐一みたいに御託も上手じゃない」
「いつ、俺が御託を並べた」
「いつもよ」
フフッ、と小さく笑みを零し、彼女は祐一を軽くあしらう。
「言えることは1つだけだから言っておくわ。
諦めなさい。 気楽でいなくっちゃー疲れるよ?」
あっけらかんとした佇まいの前に翡翠は少し戸惑う。
気楽とはなんなのだろうか?
「無理することすら愚かしい。 だったら最初から疑問を抱かない方がいいんだけど――それって無理?」
「……少し、難しいです」
「そう?」
再び翡翠は頷き、多少納得がいかないらしく顔にうっすらと不満を表す彼女はふいに視線を祐一に逸らす。
「……すまない、雑談は後にしろ」
突然、祐一はそう言った。
気がつけば今までの通路、という広さの場所から広間というくらい大きな開けた場所に辿りつく。
彼女のいう目的地にして、中央に当たる場所。
ただ広く向こう側に見える別のゲートが点のようだった。
祐一はただ険しく何かを警戒するように聖刻を解放する。
とめどなく解放しているがため限界が近づいていた。
張り裂けそうなほどに蒼く淀んだ祐一の腕はその無理を顕著に表している。
使いすぎた腕は欠陥が諸所に露見されるのを防ぐ代わりとして丁度ない出血のように腕周りに紫色の斑点を作った。
だが、もう斑点と呼べる広がり具合ではない。
翡翠は思わず息を呑んだ。
「……顧みる必要なんて無いぞ。 翡翠――そういう態度はむしろムカつくんだ。
みてろー。 直にけりをつけてやっからさ」
祐一の微笑に翡翠は目を大きく見開き驚いた。
感じたのはやたらと不快な自分への罪悪感だ。
そして志貴への思いの深さだ。
どうしても祐一の戦う姿に志貴を連想してしまう――とはいっても翡翠は志貴が本能で戦う姿を見たことは無い。
護りたい、という意思を内在し泰然とした表情を崩さない祐一は胸を突き刺すものが会った。
志貴と祐一。 性格を比べてしまえば一億倍、志貴が勝ると翡翠は考える――。
そもそも祐一と志貴を比較するのが馬鹿らしい。
だが比較せずには要られなかった。
翡翠はあまり同年代の男と余り長い期間居た機会が無いため対象が狭められ祐一と志貴以外を比較できない。
――胸が痛い。 そして一段と熱さが増す。 怖い……。
頼れるのはここでは祐一と彼女しかい無い。
果たして祐一は手を差し伸べてくれるのだろうか?
「くそぅっ――それが最後の砦っていうことかよ!!」
思わず祐一は舌打ちし、漠然と集約される”融合”した亡者の姿を見上げた。
赤が連なり連想されるのは神話の巨人。 ガリバーと小人たちのような違和感すら覚える。
翡翠は手を伸ばし、肘を深くおとした祐一に触れた。
「んっ?」
「……無茶しないでください」
「なに言ってるんだよ突然。 ったく、どいてろ」
突き放すかのように祐一は右の掌で翡翠の腹のあたりをを強く押した。
胸では拙いなという前例を何度か経験しているから祐一は成長済みである。
「少し、熱吸ってやったから安心だろうさ。
へっ」
世界が、回る――翡翠の世界がぐるっ――旋回する中祐一は余裕の笑みを浮かべつつ聖刻で染まる腕を全力で解放した。
ただ漠然とでかい亡者は祐一へと襲い掛かる。
祐一はそんな巨躯の股下、股間の隙間へと走り出した。
祐一が飛び出し、まず殴りかかったのは巨躯の太腿のあたりだ。
恐ろしいまでに引き締まった太腿へと祐一の聖刻は弾く。
どぅんっ――と強く衝動は波打った。
『ぐがぁ――』
「くそ、さすがに一撃じゃ無理か……」
「祐一! 48の王を使いなさい!」
「――やだ」
「はぁ?」
祐一は右こぶしを左掌へと叩きつける。
「あいつでかすぎて展開が追いつかない」
鉄球のような大きな拳を祐一は前へ跳び間一髪でかわし、身を翻し思わず息をつく。
螺旋を描く48の王が自分の意思を無視して発動してしまった――聖刻の酷使で右腕はボロボロだった。
『今なら理解できる。 英知の結晶、48の王を――』
「――」
一瞬、鉛かと疑った足は軽く、祐一は立ち上がる。
48の王の展開はなおも続いた。
『能力の結集であり――、幾つもの死を重ねてきた終焉の一端。
永遠にたどり着けない答えの1つ』
姿とは裏腹に刻まれる言葉はとても滑らかに祐一の耳を掠める。
祐一の知りうる記憶の断片を知っている。
巨躯を見上げながら祐一は思った。
視界をだんだん、白い螺旋が支配する。 不透明で辛うじて背景を透き通らせる程度の混濁とした白濁。
その場の空気そのものを支配してしまうかのように祐一を取り巻く48の王の存在はただ漠然と大きくそして威圧的だ。
自然と高まる緊張感、思い巨躯の声はドームに木霊した。
『キサマに、帰る場所など無い。 ここで、その青年と共に死すればいい』
その緊張感を弾くかのように、ただ振り下ろされた拳を祐一は避けようとは思わない。
いや、祐一に届くとすら思わなかった。
ダマレ。 シニゾコナイドモ……。
48の王はその淀みの全てで拳を迎え撃ちまるでシロアリのように内部に入るや否や侵食し蝕んまれた腕は消滅していた。
『ぐっ――ぐがぁ――』
意識を絶するほどの激痛に巨躯は揺らぐ……止まらない。
『止めろ。 止めろ。 止めるんだ。 王よ。 お前は孤独――それでいいではないかッ!!!!!』
「……俺は、それでもいいさ、だがな」
祐一は巨躯が消滅していく姿をぼんやりと眺めていた。
自分の能力であるというのに自分の意思に反して圧倒的に完全に亡者を食い破る。
膨大なエネルギーに耐え切れず破壊された組織を糧とし風化させ、48の王は姿を肥満させていく。
「こいつのことなんて、しらねーよ、ったく」
虚空へと祐一はぼそっと呟き、服に纏わりついた埃とどっと噴出す汗を拭った。
「ぼさっとしていないで受け止めなさい。 祐一あそこに見える光、わかるかしら?」
彼女が指差す方向を祐一は見る気にはなれなかった。
薄れいく48の王のほうが余ほど脅威に感じていたからそれどころではない。
だが受け止めなければならない。 過去を――。
胸を強く押さえこんだまま翡翠は膝をついている。
丁度祐一のはるか視線の先にぼんやりと光るものがあった。
支柱に囲まれているのだろう。
光の隙間に鉄骨のようなものが見えた。
「お疲れ様、翡翠……ここからは、祐一の仕事だから」
そして、祐一の手を引っ張り彼女は歩き出した。
ソコヘ……祐一は辿りつく。
「只今より、相沢 祐一の全ての意思を過去とリンクさせる。
代行者――フリージアの名のもとに」
「……ッ!?」
ドクンッッツッツ
突然、世界がぶらついた。 波打った。 どよめいた。
煩わしい……世界めちゃくちゃになる錯覚が祐一を襲う。
「うあうああああああああっ」
頭なんかじゃない。 全身が引きちぎられるかのような激痛がかつてない激痛が祐一を襲った。
やがて、
体から力が抜ける。
何も、考えられない。
彼女は。 フリージアであった彼女の口元は小さく吐息。
「大成功。 わたしができるのはここまでだから」
既に気を失った翡翠を介抱するため彼女は踵を返した。
祐一の意思は過去へと繋がった。