「そうか、実に単純なアンサーだ。お前なら秋子に付くと思っていた。そうだろうな。ああ、そうだろう」
 
刀を合わせたまま、祐一。
 
舞もまた剣を合わせたまま口を開いた。
 
「……そう、私は秋子さんに付いた」
 
 
 
 
 
 
 
 
奇蹟−Kanon−
第二話『振ル振ル振ルヘ』
 
 
 
 
 
 
 
 
金属が擦れる音。微妙な音階だが、二人は意にもせずそのままの体勢を取っていた。
 
二人の剣技は同じようなものだった。
 
速度と、技で敵を屠る。
 
この体勢はお互いにとって必殺の位置であり、先を取れば負ける間合い。
 
お互いが剣先で動きを読み、ごく僅かな隙をも見逃さない。自然、そういった硬直を取らざるをえなかった。
 
 
「佐祐理を見放したお前ならば、秋子に転ぶと思ってたよ。寄りかかる存在さえいればお前は平静を保てるもんなぁ?」
 
 
錐。
 
僅かに舞の剣先が弱まる。
 
それを見逃す祐一ではない。刀を跳ね上げ、舞の剣を弾き飛ばす。
 
だが舞とて剣士の一人。とっさに剣を捨て、後方へと飛び後ずさった。
 
すかさず追撃を、と思った祐一だったが、とっさに刀を振りかざす。
 
蛮。
 
二人が話している隙に間合いを充分に取った名雪による早撃ち。
 
飛んでくる銃弾を刀で打ち落とす。
 
 
「う〜、これで弾切れだお〜」
 
 
拳銃を捨てる名雪。舞は弾き飛ばされた剣を再び手にしていた。
 
2対1。一人は武器が無いものの、そのスピードは侮れない。二人で同時に攻撃されたとしたら捌ききれないだろう。
 
そしてなにより、今日はすでに二回死んでいる。もうストックはなかった。
 
 
(……倒せないことはない、が、相応の代償もかかるな……)
 
 
刀を納刀する。必殺の抜刀技に全てを賭けるつもりだろう。
 
それを見、舞と名雪も身体を絞る。一撃で全てを終わらすつもりだ。
 
舞は剣を水平に構え、刺突の構え。
 
名雪はクラウチングスタートの体勢を取った。
 
 
「舞、名雪、お前たちはやりすぎた。頼りすぎた。奇蹟の代償すら払わずにのうのうと生きている。だからお前たちには払ってもらう。命という代価を」
 
 
「祐一、単純な計算だよ。誰か一人が犠牲になってみんなが助かるんだよ。だから私は後悔してないし、代価も払わないよ」
 
 
「そう、全ては輪の中にある」
 
 
「運命か。くだらねぇ……くだらねぇッ!!!」
 
 
「そんなちんけなモノじゃないよ」
 
 
「言うなら、それは」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「「月宮の宿命」」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
轟。
 
舞と名雪による同時攻撃。しかし、祐一は動かない。
 
 
「我が一刀は竜巻くが如く」
 
 
納刀したまま、身体を限界まで左側に捻る。
 
速度の速い名雪が祐一の後ろに周り、舞とタイミングを合わせて攻撃をしかけた。
 
前後同時攻撃によって防御不可能になった。しかし、それでも祐一は動かない。
 
 
「変異抜刀『旋風』」
 
 
二人の攻撃が祐一に達しようとした瞬間、それは起こった。
 
限界まで引き絞られていた祐一の身体が突然回転し、その速度のまま抜刀。
 
あまりの速度で回転したため、祐一の身体を中心に風の渦ができる。そこに、刀で扇風機のファンの代わりをした。
 
するとどうなるか。風の渦は旋風に、旋風は竜巻になる。
 
二人は焦る。だが、もうどうしようもなかった。
 
速度が速すぎたため、攻撃のタイミングが完璧すぎたため、二人は為す術もなく祐一の作り出した竜巻に巻き込まれた。
 
 
「いくら速くても、いくら強くても、人は高さの前に屈服する」
 
 
地上百メートル以上に瞬間的に飛ばされた二人は、その声を聞いた。
 
気圧の差が身体を苦しめているが、しかし、どうしてもその声だけは聞こえる。
 
 
「怨、恨、業、殺、全てを受け入れる。だからお前らも安心して死ね」
 
 
やがて始まる自由落下。
 
凄まじい速度で地面が迫っているのが見える。
 
名雪は諦めていた。この状況でできることはない。ただ死を待つばかり。
 
しかし、同じように落ちている舞にとっては別段大したことではなかった。
 
そう、この力を使えばいい。自分の中に眠る『魔物』を。
 
それぞれの確信が過ぎる。しかし、それはどれも叶うことがなかった。
 
黄金の七つの尾が、自由落下する二人を受け止める。
 
ふわりと優しく速度を落としていく。二人は尾にくるまった
 
 
「……天野か」
 
 
祐一が七つの尾を持つ獣を見た。そこには巨大な黄金に乗った一人の少女、天野美汐その人がいた。
 
 
「ええ、お久しぶりですね相沢さん」
 
 
努めて冷静に。昔、祐一がさんざんからかってきたおばさんくさいとまで言われる礼儀正しさも、今はなんら違和感がない。
 
それは悪い意味ではない。まさしく、彼女は淑女(レディ)だった。
 
だが祐一は蔑視をこめて、天野を見た。
 
 
「真琴……可哀想にな。傀儡と化して仕えさせられたか」
 
 
美汐を見た瞳と違い、今度は慈愛に満ちた視線を金色の獣に向けた。
 
祐一の言葉に天野の柳眉が上がる。
 
 
「傀儡?違います。妖弧の呪いを乗り越えた姿ですよ。あの子の奇蹟の力によって」
 
 
「消えていく生命を繋ぎ止めてどうする。一度失ったものを手に入れ、やはり手放すのが惜しくなったか!答えろ、天野美汐!!」
 
 
抜きはなった刀を構える。奇しくも、先程舞が見せた刺突の構え。
 
だが獣上の淑女はたおやかに笑うだけ。そしてくるり、と金色の獣が背を向けた。
 
 
「ここは引かせてもらいましょう。分が悪いですからね……真琴」
 
 
けん、と身体に似合わない可愛い声を上げ、金色の獣……真琴は煙に包まれた。
 
 
「ちっ……待てッ!!」
 
 
「願わくば、次は心を入れ替えた貴方と会いたいものです……それでは」
 
 
煙で視界を遮られ、何も見えない。
 
響く美汐の声が途絶えたと同時、煙が晴れた。
 
そこには何もなかった。血溜まりに浮かぶ香里の首ですら回収されている。
 
 
「……ちっ!」
 
 
悔しげに歯を軋ませる。しかし、逃してしまったものは仕方がない。
 
祐一は思考を切り替えると、刀を鞘に入れる。そして、血の匂いが立ちこめるその一角を後にした。
 
血は乾くことがない。その臭いは祐一の鼻の奥にこびりつき続けていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「帰ったか」
 
 
コンクリが剥き出しになっている無駄に広い部屋。明かりは間隔を開けた裸電球2個、という大雑把な部屋。いや、部屋と言うにもおこがましい、倉庫の中。
 
そこにいたのは一人の男。くすんだ金髪に、一本だけ立っている癖毛。容貌は整っていると言えるが、眼の下の隈さえなければ、という状態だ。名を北川潤。
 
男はいかにも手作りといったごちゃごちゃとしたPCの前に座っている。
 
すでに冷め切ったコーヒーを飲みながら、ノックもせずに入ってきた無遠慮な親友に声をかけた。
 
 
「予定外が二つ。舞と天野だ」
 
 
眉が上がる。
 
 
「不確定要素か。奇蹟つーヤツはやっぱりニガテだな」
 
 
左手でコーヒーを、右手は凄まじい速度でキーボードを叩いている。
 
 
「仕留めたのは?」
 
 
「香里だけだ」
 
 
一瞬、ほんの一瞬だが北川の手が止まる。手は高速でキーボードを叩いたまま、自嘲めいた笑みを浮かべた。
 
黒と、返り血の赤を受けた男、祐一は手近にあった椅子に座る。
 
 
「まあ、計算していたことだったけどな……美坂チームもお終いか」
 
 
「その話をするな」
 
 
強い……いや、憎悪すら籠もる口調で北川に言う。
 
北川は肩をすくめ、だが、それでも自嘲の笑みを崩すことはなかった。
 
 
「……佐祐理さんは、どこに?」
 
 
「一時間前に買い物に行った。もうそろそろ戻ってくるはずだぜ」
 
 
「今日は二回使った」
 
 
「……遊びすぎだぞ。ストックはそれほどあるわけじゃないのはわかってんだろ?」
刀を鞘ごと腰から抜き、壁に立てかけた。背もたれに体重をかけ、息を吸い込む。
 
 
疲れた。肉体的にも、精神的にも。
 
かつての友人を殺すことは割り切っていたはずだ。それもあゆの仇となれば余計に。
 
しかし、かつての親友を斬った祐一の精神は疲れ切っていた。
 
 
「ただいま帰りましたー」
 
 
入り口のドアが開く。片手にビニール袋を二つほど持った女性が笑顔で立っていた。
 
穏やかな笑みと、成熟された女性の美貌。それは完全に調和がなされ、彼女自身の美しさを際立たせている。なおかつ、そのプロポーションも完璧、と非の打ち所がないだろう。
 
ただ一点を除けば、だが。
 
 
「ごくろうさ〜ん」
 
 
北川が目線をPCに向けたままへらへらと手を振る。
 
 
「お帰り、佐祐理さん」
 
 
「あっ、祐一さん。帰っていたんですね〜」
 
 
にこやかに女性……佐祐理が返す。
 
佐祐理は右手に持っていた買い物を下ろし、ドアを閉める。そして再び右手で袋を持ち上げた。
 
 
「あ、俺が持ちますよ」
 
 
椅子から立ち上がろうとするも、それを佐祐理はやんわりと止める。
 
 
「いいんですよ。これは私の仕事ですから。それに祐一さんは疲れていらっしゃるでしょう?」
 
 
にっこりと笑顔で言われ、渋々ながら祐一は椅子に座り直した。
 
入り口近くの冷蔵庫の前で袋を下ろし、右手で開ける。そして器用に右手のみで冷蔵庫に中身を入れていった。
 
 
「それに練習がわりになるんです」
 
 
呟きを祐一は聞き逃さなかった。
 
彼女には、佐祐理には左腕がない。肩からすっぱりと斬られ、虚しく左袖が揺れている。
 
 
「……夕食、楽しみにしているよ」
 
 
精一杯の笑顔と、慈しみをこめて祐一は彼女に微笑んだ。
 
佐祐理は何も言わなかったが、少し顔を赤くして微笑み返した。
 
 
「おーおー、お熱いこって」
 
 
ぱたぱた。白いシャツの襟を開け、手団扇をする北川。顔はにやけ笑い。
 
 
「ま、それはいいとして、だ。こっからは真面目な話だぜ」
 
 
北川は表情を引き締めた。この男は普段はふざけているが、締めるところではしっかり締めるという良さも持っている。祐一も北川に向き直った。
 
 
「ストックの残りはあと11個。増やすことは物理的に不可能だし、お前自身に影響を与えかねない。もう一度言うぞ。あと11個だ。それが限界」
 
 
「なるべく奴らに恐怖を与えてから殺したいんだけどな……」
 
 
「使うにしても少ない方がいい。俺も佐祐理さんもお前のことを待っているんだからな」
 
 
照れたように頬を掻く北川。
 
祐一にとって、高校時代から続く親友。だからこそこの計画にも付き合ってくれていた。
 
そんな北川には感謝を常日頃から感じている。しかし、祐一はそれを出さずに頭を下げた。
 
 
「……すまない」
 
 
「謝ることじゃねぇよ。な、佐祐理さん」
 
 
「ええ、そうですよ。祐一さんが帰ってきてくれるのをいつも待っているんですから」
 
 
「……ありがとう」
 
 
再び頭を下げた。
 
 
「さて、と。それじゃこれからは真面目な話だ。パスワードが解明した」
 
 
祐一の眉が上がる。下げた頭を再び上げた。
 
 
「ロックを外せるようになったか。武器弾薬は?」
 
 
「それに関しては心配はいらん。むしろお前の方が心配だ……最大で持てるのは、5個までだぞ」
 
 
「5回までなら御の字だ。それまでには全て終わらせるさ」
 
 
刀を鳴らす。幾度となく祐一を助け、死線を共に渡り歩いてきた相棒。
 
奇蹟を紡ぎ、最先端の科学と最古の鍛冶技術から生まれた現代の銘刀『月宮』。
 
倉田家に残された財産と人脈がなければこれほどの業物は生まれなかっただろう。事実、その刀は銃弾を弾き、鉄を斬り裂き、何十人と斬っても刃こぼれも歪みもない。
 
祐一は佐祐理に目線を向けた。それに気づいた佐祐理は微笑みを返す。
 
 
「で、だ。実行日はいつにする?」
 
 
「明日」
 
 
目線を戻して北川に向けた。祐一が考えていた表情とは違い、呆れと納得が入り交じった複雑な表情をしていた。
 
肩をすくめ、コーヒーを飲む。そしてゆっくりと口を開いた。
 
 
「……オーケー、本当なら一日ほど時間をあけておいた方がいいんだろうが、言って聞くような奴じゃないしな。それに、本当に早いほうが成功率が跳ね上がる」
 
 
キーボードのエンターを押す。画面に建物の見取り図と思わしき図面が何枚も出てきた。
 
それに目を通す祐一。眉を寄せ、眼を細めた。
 
 
「この配置、舐めているとしか言いようがない」
 
 
「……これ、もしかして……」
 
 
祐一と佐祐理が地図の真意に気付き、北川も頷く。
 
 
「ああ、見ての通り」
 
 
マウスをクリック。一枚の写真が画像に被さるように現れた。
 
 
「華音高等学園……そのままなんだよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
紫煙を吐き出した。
 
肺に溜まる心地よさが抜け落ちる。それが祐一にとって至福とも言える瞬間だった。
 
隣には裸身の女性が枕に頭を埋めている。狭い部屋に熱気と独特の匂いが漂っていた。
 
祐一は行為のあと、必ず煙草を吸う。それが何を意味しているのかは、祐一自身にしか知ることがないだろう。
 
少なくとも、荒い息をしている女性、佐祐理には知る由もなかった。
 
 
「ん……」
 
 
吐息が漏れる。それに呼応したかのように祐一は左手で佐祐理の頭を撫でた。
 
年下の男性に頭を撫でられている女性は、それでも幸せそうに顔を綻ばせた。
 
祐一にとってそれは自己満足にすぎない。高まった気分を癒すためとはいえ、何時も佐祐理を抱いていた。殺しをしたあとは、特に激しく。
 
佐祐理もそれは知っていた。しかし、舞という無二の親友を失った彼女にとって、唯一の繋がりである祐一を求めるのは当然のことだった。
 
それは擬似的な愛情。偽りでありながらも温もりを求める。他人を結びつけるものは友情と愛情であり、肉体の触れ合い。二人にとって、この行為は自然とも言えることだろう。
 
 
「今日は、激しかったです……」
 
 
佐祐理の呟きに、祐一の手が一瞬止まる。
 
 
「……ごめん」
 
 
一言だけ謝った。それが佐祐理の心を締め付ける。
 
友人を手に掛けた苦しみ、辛さ、罪悪感。それがありありと感じ取られた。
 
祐一は優しすぎる。
 
復讐という名の鎖に繋がれながら、彼の本質は変わることがない。殺すことを罪悪と感じながら、無理矢理封じ込めている。
 
それを知っているからこそ、佐祐理は祐一が愛おしいのだろう。壊れた自分の心を癒してくれた、彼が。
 
 
「……愛しています」
 
 
聞こえるように言った。
 
祐一は手を止めた。頭に乗せた手が震えている。
 
沈黙が寝室を包んだ。佐祐理が何度も思ったこと、それを伝えた。だけど、答えは知っている。
 
 
「……ごめん」
 
 
謝った。ただ一言。
 
知っていたこと。祐一は、彼はただ一人を愛していること。
 
月宮あゆ。祐一の初恋の女性であり、ただ一人女性として愛した人物。
 
彼女に敵うはずはないのだ。
 
涙を滲ませる。だが、それでも佐祐理には彼が必要だった。
 
ただ一人、自分を受け止めてくれる存在なのだから……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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あとがき
えちぃ?いやえちくないです。そう思っときなさい(催眠)
バトルは少なめに、祐一サイドについて語りました。謎な単語が出てきましたが、それは後々の伏線ですんで。お楽しみに。
次は突入戦……第三勢力も介入してきます。まあ予定ですが。
それでは。


03/05/03改稿