−夢−
−夢を見ていた−
−白い雪の降る街の夢−
−ただ一人しか助けられなかった−
−失望に彩られた毎日−
−だけど彼女が救ってくれた−
−失われた笑顔を取り戻してくれた−
−生きる力を教えてくれた−
−ただ それだけが嬉しくて−
−彼女と共に生きていこうと、強く誓った−
奇蹟−Kanon−
至ラヌ三『夢』
「あぁあああぁあああああ!!!!」
叫びと共に、男はベッドから跳ね起きる。
その額には汗、そして表情は恐怖に彩られていた。
男は自分の身体を抱きしめる。それでも震えと恐れは止まらない。
ただがたがたと震えている男の姿に精悍さはない。母を求める迷い子のような小ささを感じさせた。
「……祐一」
そんな男を、そっと胸に抱く少女。
男の悲鳴に迷惑そうな顔もせず、隣に寝ていた少女は体を起こして自分より大きな男をあやすように優しく抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だよ。ボクはここにいる。ずっと一緒にいるからね……」
静かで、優しく、包容力のある声。それは少女のような身体に似つかわしくない、落ち着いた声だった。
その言葉に男、祐一は落ち着きを取り戻していく。
「あ、あああ……」
祐一の流している涙をそっと指でふき取る。少女は穏やかな微笑みで彼の顔を見つめた。
「……あ、ゆ……」
「うん、ボクだよ祐一……また怖い夢を見てたの?」
少女、あゆの顔を見てようやく落ち着きを取り戻した祐一は、目を閉じて頷いた。
「ああ……また、あの夢だ」
少し恥ずかしそうにあゆの胸から離れる。名残惜しさはあったが、それよりも羞恥のほうが勝ったようだ。
そんな祐一の気持ちが分かったのか、微笑みを崩さず頷くあゆ。
「そう……でも、祐一が苦しまなくていいんだよ」
「……だけど、俺は……」
「ボクがいる。ずっとそばにいる。祐一がイヤだって言ってもいるからね」
「……そんなこと言うもんかよ」
そう言うと祐一は、あゆの身体を抱きしめた。
出会ったときより少しだけ成長したその姿。女性の柔らかさを持ったと思う。
身体だけではない。心も育った。出会った頃の幼さは抜け、秋子さんのような包み込む優しさを持った。
幾度そんなあゆに癒されたか。祐一は彼女に本当に感謝していた。
「あゆ……」
祐一の手が、あゆの頬をすべる。
「祐一……」
それだけでわかったのか、あゆの目が閉じる。
二人は重なった。優しく、熱く。
「んー、んまい」
相沢家の朝は早い。祐一の職場の関係だ。
幸せそうな顔をして朝食を食べる。
献立はご飯、味噌汁、サンマの塩焼き、漬け物といった純和食だ。
あゆの料理レパートリーが和食に傾いているせいもあり、自然相沢家の料理は和食が主になっている。
その腕前も最初は壊滅的だったが、時間がそれを解決してきた。今では秋子さんに及ばないまでも、かなりの腕になっている。祐一が舌鼓を打つに値する味だ。
「ね、今日は何時に帰ってくるの?」
「ちょっと仕事も佳境だしな〜……遅くなるかも」
「うぐぅ……わかったよ」
寂しそうに肩を落とすあゆを苦笑しながら見、祐一は箸を置いた。
「んな顔すんなよ。ちゃっちゃと終わらせて帰ってくるさ」
ぽんぽんと頭に手を置く。少し恥ずかしそうに、だが嬉しそうに頷くあゆ。容姿、性格共に大人びてきたが、根本は昔のままの彼女に祐一は笑みを零した。
「うぐぅ!また子供あつかい〜」
「ははは、っと。もうそろそろ出かけないとな」
時計を見て祐一は食器を台所へと持っていった。
あゆもテーブルを手早く拭き、祐一の鞄を持ってくる。
「ハイ、祐一。鞄だよ」
「ん、サンキュ」
背広を着こみ、あゆから鞄を受け取る。休日以外の毎日の風景。
「それじゃ行ってくるわ」
「気をつけてね……あなた」
一拍の硬直。
あゆの発した言葉に祐一は固まり、あゆは不安そうな目で祐一を見あげた。
「うぐぅ、何とか言ってよ〜」
「あ、ああ。なんだ、その……」
言葉を探すようにこめかみに手をあてる。やがて思いついたのか、やたら真面目くさった顔をして。
「似合わんな」
「うぐぅ!言うと思ったけどもっと違う言い方あってもいいと思うよー!」
「ま、それは次回からの宿題って事で」
「うぐぅ……」
「じゃ、言ってきます…………おまえ」
言葉を言い終わったと同時、玄関のドアを開いて一目散に走り去る祐一。
だが、あゆは祐一の残した言葉を聞き、少し呆然としたあとに苦笑した。
「もう……恥ずかしがり屋なんだから……」
幸せな気分に浸りながら、あゆは玄関を閉めて台所へと向かった。
からん、と鳴るプレート。そこにはこう書かれていた。
『相沢 祐一
あゆ』
「……最悪だな」
眼を開けた祐一が呟いたのがその一言。
蜜月。それは今の祐一にとっては毒だった。
復讐を萎えさせる毒。
「ん……」
隣で寝ている女性に眼を向ける。
ただ身体をあわせるだけの存在。性の捌け口。
それでも彼女は受け入れてくれた……いや、違う。
「幸せを求めているだけ、か……」
弟を失った。左腕も失った。そして、舞を失った。
だから彼女は貪欲に祐一を求める。ただ一人自分の過去を知っている男を。
もともとは彼女は人を幸せにするために自己を犠牲にしている女性だった。
その精神があゆに似ていた。だが、今の彼女は……
「……やめよう」
呟き、ベッドに身体を沈める。考えても仕方のないものだ。
明日は突入……殺しをするとき。
名雪を、水瀬名雪を殺す。
そのために、今は休もう……
祐一は柔らかな身体を感じながら眠りについた。
……一時の安らぎに。
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あとがき
別名、閑話。祐一の過去話。なんかこー、祐一くんダメ人間。
ちなみに祐一はバツイチではありません。配偶者が死んでも離婚届を出していない場合はバツイチじゃないんですよ。秋子さんがいい例ですな。
だから祐一は未亡人……うあ、男に使うと気持ち悪い。
そういえば前作のあとがきをブッチ無視……と思いきや、あくまで三話に至ってないわけですから予告を無視したことにならないと自己完結。すいません言い訳ですごめんなさい(土下座)
次こそはバトル。たった一人の攻城戦編です。