日が昇りきり、健全な人間が仕事に赴く時間。
何千という社員を抱える大企業、水瀬株式会社。平日である今日も全ての社員が巨大なビルへと足を運んでいた。
スーツをしっかり着こなし、それぞれの分野に特化した才能を今日も振るう社員にトップである水瀬名雪は深く感銘を受けた。
彼等は自分がとうてい起きれない時間に起き、馬車馬のように身を削って会社の利益のため働いてくれている。自分はそれに見合った報酬を彼等に渡している。それも利益から見たら雀の涙ほども無いが。
それでも彼女は感謝をしていた。夢の中で。
奇蹟−Kanon−
第三話『突入スル鞘無キ刀』
雪を模した白く美しい高層ビル。完全なセキュリティと千を数える警備兵に護られた難攻不落の城塞。
その真正面に、一人の男性が立っていた。
ラフなジーパン、セーター、コート、大きなショルダーバッグ。全て黒で統一した服装。ビジネス街には似つかわしくない。
なにより彼の表情が違っていた。猛禽類の笑み、肉食獣がこれから狩りをするという純粋な殺気が男にある。
自然、男にぶつからないように人の群に空白ができた。人の本能が彼に関わることを拒否していた。
男はビルを見あげた。残酷な笑い、そして喜悦。
「さあ、ショウタイムだ」
呟いた声を、果たして何人が聞き取れたか。
全ての人間が男の殺気に恐怖し目をそらした一瞬、男はその場から消えていた。
水瀬名雪は反芻していた。
高層ビル最上階、社長室。仰々しいまでのデスクに似つかわしくない可愛らしい女性。備え付けられた椅子は大きく、綿が詰め込まれて下手な布団より柔らかい弾力を返してくる。そこに身体を埋めながら、部屋の主はほう、と艶めかしい息をついた。
二日前の闘い、自分の愛する男性との殺し合い。
幾度となく頭の中で繰り返していた。
脳髄に鉛を打ち込んだ感触、千々に吹き飛ばした身体、硝煙の匂い、腕に伝わる反動、身体の芯を焼け付かせるような快楽、殺しても死ななかった男の身体……
そのどれもが愛おしい。快楽が身体を襲う。
「ゆう、いち……」
何度目になるかわからない、愛する男性の名前を呟いた。
それでも疼きは止まらない。水瀬名雪にとって、相沢祐一は大きすぎる存在なのだ。
疼きは止まらない。むしろ加速していく。この二日で何度になるかわからない自らを慰める行為を始めようとした、刹那。
ビルが、揺れた。
一拍遅れて警報機がけたたましく鳴り響く。自分の至福の時が来るのを邪魔されて、名雪は頬を膨らませて卓上に備え付けてあるPCのキーボードを叩いた。
それなりに使い込んだモニターから情報が溢れんばかりに飛び込んでくる。
テロリスト、火災発生、隔壁閉鎖、爆発物、公的機関への連絡、消火設備起動……
それらを全て最小化し、監視カメラのみを表示させた。と、そこには一人の男が殺戮を行っている姿が見える。
その男を見て名雪は身体の疼きが激しくなった。
相沢祐一。愛しいあの人。
体が熱くなる。喜悦が脳を支配する。麻薬にも似た高揚感が女の中枢を蕩けさせた。
「んっ……祐一……」
快楽に身を任せようと身体をよじる。しかし、彼女は椅子から立ち上がった。
ふらふらと頼りない足つきで部屋の壁へ向かう。そこには幼いころから持ち続けていたカエルを模したぬいぐるみが置いてあった。
「けろぴー、コード919。パス『百銃の王』。全兵装を許可するだよ」
ぬいぐるみの目が光った。同時、その隣の壁が回転する。
隠された壁の裏には、無数の銃器。ハンドガンからサブマシンガン、対戦車用ライフルにグレネードランチャー、果てはロケットランチャーまである。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な〜♪」
順々に指を差しながら、目に留まった銃を羽織ったコートの中に装備していく。主にハンドガン……リボルバータイプ……だが、ふと何かを思いついたように手を止めた。
「そうだ、今日はとっておきだからけろぴーも連れて行こうっと!」
99の銃をコートの中にしまい込み、名雪は傍らで座っていたカエルのぬいぐるみを抱きかかえた。
緑色の毛で覆われてデフォルメ化されたそれは、ただ無機質で大きな黒い目を虚ろに漂わせている。
「さてと、準備はできたよ……」
カエルのぬいぐるみを抱きかかえたまま名雪は社長室のドアを開けた。
そう、愛してやまない男の元へと行くために。
銃弾が壁を弾き、逃げ遅れた運の悪い社員の太股に着弾した。悲鳴を上げて倒れる。
それを無視しながら、次々と湧いてくる黒の防弾服に身を包んだ警備兵に銃を向けた。
だが祐一が引き金を引くより速く、警備兵たちのサブマシンガンが火を噴いた。
何百という鉛が撃ち出され、そのうちの百以上が祐一の身体に突きささる。
しかし警備兵は安心しなかった。続いて数個の手榴弾のピンを抜き、物陰に隠れてそれを投げた。
曇。
爆炎が廊下を焼き、砕き、男を蹂躙し尽くす。
だがそれでも警備兵は執拗に男のいる場所へと銃弾を浴びせ続ける。
人を屠るには過ぎた火力。徹底を超えた徹底。まさしく殺しすぎ(オーバーキル)。
この異常事態にあっても、警備兵たちはまったく安心していない。そう、彼等は見ていた。
死んだはずの男が、人間が、笑って銃を撃ち、三百を超える警備兵を殺したという事実を。
「これで三度目だ……死んでくれ」
誰かが祈るような言葉で呟いた。もうもうとした煙が晴れる一瞬を待つ。
しかし、その祈りはすぐに途切れた。
ガルルルルルルルルルルルルルル。
不吉なチェーン音が聞こえたと同時、三十といた警備兵全て蜂の巣となった。
防弾服すら意に介さぬ威力、それをマシンガン並の速度で撃ち出す。
有り得ない威力だった。少なくとも、人が携帯して持てる兵器にこれほどまでの威力を持つ物は知らない。
やがて煙が晴れる。そこに立っていたのは、全身のほとんどが削り取られた人間だと思われる生命だった。
「二度あルことハ三度ある……ってネェ」
自分の身長ほどある黒い鉄の塊……K・J製A・BEST『貫くモノ』。毎秒30発もの24口径弾を放つという人ではとうてい扱えないモンスターガン。
「生きてイル限り、俺は死ナない。死んデモどうにかナるけドな」
喉が潰れているのか、耳障りなイントネーションで声が紡がれる。しかし、すぐに身体が再生される。
まるで二流のホラー映画のように、ビデオの巻き戻しのように身体が元の姿へと変貌していった。
その光景に生き残った隊員たちは恐怖する。今まで闘ってきたどんな生物とも違うその存在に、戦慄した。
警備兵……元は傭兵団『ラビットバイト』。千を越える兵力と、圧倒的な戦闘経験、一人が百の兵に匹敵すると言われるほどの質を持つ。
彼等は様々な生物と戦い、勝ってきた。
吸血鬼、天使、悪魔、魔法使い……
しかし、彼等はこの男とは戦ったことがなかった。
奇蹟という存在に。
「はははははははははははっはははっはっはははははあっ!!!!」
男が嗤った。そして繰り出される暴風。
初速が音速を超える鉛の塊を連続して撃ち出される。それは壁を抉り、照明を撃ち貫き、警備兵を殺していった。
悲鳴と硝煙が廊下を包んだ。まさに阿鼻叫喚。兎の檻に放たれた虎の如く、男は銃弾をばらまいた。
やがて弾が切れ、煙が晴れる。そこに現れたのは、百を超える警備兵の死体の山。
それを男は何の感慨も無しに見下ろす。巨大なバッグから換えの弾倉を取りだし、銃に装填する。
しゃこん、と軽い音と共に新たな殺戮の予感が頭を駆けめぐる。
男の顔が笑みに変わる。それは美しく、限りなく醜く、残酷で、見る者を凍り付かせる笑顔。
男、相沢祐一は自身の変貌にまったく気付かず、階段を上り始めた……
やがて祐一は開け広がったホールに出た。
人のいない無機質な空間。椅子とテーブルが並ぶ見慣れた光景。終末を彩るに相応しい白で覆われたそのホールに、一人の女性が入ってくる。
緑色のぬいぐるみを抱えた女性。柔らかな笑みをたたえ、祐一を見定めている。その頬は赤い。
「ね、ここでいつもご飯食べたよね……」
食堂だった。
幾度となく空腹を満たし、仲の良い友人たちと共に過ごしていた場所。
だが祐一が知っている食堂とは違う。匂いが違っている。
無言で祐一は武装を構えた。もうすぐ弾切れを起こす貫くモノを持つ。
名雪にとってその武器は恐れる物ではない。百銃の眠り姫。どのような銃も彼女の前には通用しない。
事実、祐一の放った弾丸は銃口、角度、引き金、反動、それら全てを計算し、弾道を読み切っている。『音速姫』の名を持つ彼女は音を超えた速度を認識できる。楽に躱せるだろう。
獰猛な鉛の塊が壁を舐める。タイルが粉塵となり、椅子と机が吹き飛ばされてホールに白い霧を作り出した。
「本気だね、祐一」
視界も利かない中で間が延びた声が響いた。そして、銃声、
それは確実に祐一の体を捉える。六発の銃弾が両足、両手の付け根の骨を砕く。
気合いでも根性でもどうにもならない損傷を与えられ、祐一は床に崩れ落ちる。それを陶然と見続ける名雪。
関節は鍛えられない。穿てば倒れ、二度と稼働しない。普通の人間なら、確実に起きあがれない損傷を与えたはずだ。
しかし、名雪の思惑は外れることになる。
白い光が祐一を覆い、貫かれた部位が巻き戻すかのように再生していく。
数秒経っただろうか、祐一の身体は完全に回復していた。
「よっと」
何事もなかったかのようにハンドスプリングで立ち上がる。
「……『奇跡』」
呟く名雪に、嘲りの笑みを浮かべた祐一が顔を上げた。
「そう、お前たちが恩恵にあずかる力、奇蹟」
「でも奇蹟は月宮の家系のみ持てるのに……どうして?」
「教える必要はない。教えようとも、お前はここで……死ぬ」
放たれる銃弾。先程まで名雪がいた空間を蹂躙する。
祐一は舌打ちし、貫くモノを捨てた。腰からリボルバーを抜く。
「あれ?今日は刀は持ってきてないんだね」
後ろから、声。名雪は不思議そうな顔をして祐一の持つ銃を見ていた。
K・J製A・BEST『Canon』。砲撃に値する威力と反動を持つ史上最強のハンドガン。
無論これも人に扱える代物ではない。いや、人どころか全ての生物がその反動に耐えきれないだろう。例えるならば、無反動砲を中和弾頭無しで片手でぶっ放すようなものだ。
「へぇ〜?すごい銃……でも、当たらなければどうということはないよ」
「当たらなければ、な」
厳。
大気を揺さぶる音と共に撃ち出される銃弾。弾け飛ぶ右腕。
ゴキリ、と肩の関節が外れる音が聞こえる。腱が千切れる音が身体から響く。
だが祐一は銃を離さずに第二射の構えを取った。
名雪の迅さは音を超える。銃弾など躱しきって当たり前だろう。事実、彼女には掠りもしなかった銃弾が床を穿っている。
「ほら祐一、こっちこっち♪」
その軽口を聞かずに、第二射。
厳。
再び躱される。第三射、第四射も続けざまに放つ。
「ぐぅ……!」
身体の腱はすでに切れている。関節はぐずぐずに砕かれている。それでも祐一は銃を離さなかった。
「先ずは、一丁」
名雪が銃を取り出す。それを小脇に抱えていたけろぴーに放り投げた。
いつのまにか口が開いていたぬいぐるみの中にはいる。
「次いで二丁、そして、四丁」
外套を振るい、銃を次々にけろぴーの口に入れていく。
突然自らの武器を緑色のぬいぐるみに入れ始めた名雪を油断無く見据え、第五射。
くちゃ、と嫌な音がした。完全に腱が粉砕と化し、微塵と散った音。
しかし銃は離さない。気力を越えた一線で、祐一は銃を持っていた。
放った銃弾は名雪に向かい飛び……躱される。名雪の後ろにあった柱に着弾し、破砕音と共に吹き飛んだ。
「八、十六、三十二、六十四」
まるで踊るようにけろぴーの回りにステップを踏む。そのたびに銃が舞い、間断なくぬいぐるみの中に収まっていく。
「六十四の銃を従え、三十五の銃を友とし、一つの獣を持ち、合わせ百となる。なれぞ、獣は目覚めん」
不思議な舞踏は終焉を迎える。外套は絹布のように宙を舞う。蒼い髪は外套に纏われ、空を思わせる世界を創り出した。
「わたしの朋友。永劫の従者。全たる殺戮者。徐はわたしと共にあるからこその字持つ者」
ぬいぐるみの姿が可変する。三本の指は銃口に、緑色の柔らかな毛は銀の光沢に、意識無き瞳は人の眼に。
「プログラム起動。六十四の認証番号確認。コードナンバー『百銃の王』けろぴー」
銀色の蛙が、立ち上がった。
「殲滅目標。水瀬名雪=主以外全て殲滅。殲滅。殲滅」
豪。
それは躊躇無く、祐一の身体へと突撃を決行した。
元はぬいぐるみ。しかし、祐一は身体に走る悪寒を感じ取って真横に跳んだ。
轟。
その瞬後、音を超えた速度で通り抜ける銀塊。
床と足が摩擦を起こす音が響く。凄まじい、爆音。
衝撃波で飛ばされながらも、祐一はその銀塊を見据えていた。
「けろぴー。わたしの最高の相棒で、最強のぬいぐるみだよ。前は使えなかったから負けちゃったけど……今回はどうかな?」
「『音速姫』、『百銃の眠り姫』、そしてもう一つの字持ち……」
話しているだけで十回、蛙の突進を躱している。いや、躱しているとはおこがましい。辛うじて避けていた。大気が震え、気圧が激変する。
「『蛙の騎士』。突撃を主にする蛙使い、か」
鼓膜の痛みを堪えながら祐一は銃口を向ける。
だがこの速度では掠りもしない。それは確信しているが、なぜか祐一の顔には笑みが浮かんでいた。
それを見る名雪に、薄い笑みが張り付いた。
「……もう、祐一はほんとに……苛つくッ!苛つくよッ!!」
マントが広がった。そこには三十五の銃がある。
銃口は全て祐一を捉え、生き物のようにトリガーが絞られる。
「三十五の鉛と六十四の突撃……躱せるものなら、躱してみるんだよっ!!」
貪。
三十五の筒から二百十の鉛が吐き出される。どれも音に近い速度で祐一に正確に突き刺さった。
しかし、祐一は吹き飛ばされなかった、否、吹き飛ばなかったのだ。
祐一の背中から腹にかけて銀色の腕が生える。
「ごぶっ」
血塊を吐き出した。
祐一が身体の隅々にまで弾丸を受けた瞬間、けろぴーが祐一の背後に高速移動、そして自身の鋼と同等になった両腕を祐一に向けて突きだしたのだ。
その一撃は躱しようがなかった。祐一が弾丸並みに速く動けるのなら別だが。
「祐一を倒すのはこれしかなかったんだよ。何度も復活してもけろぴーが命を奪う……理屈はわからないけど、これで安心できるよね」
広げたマントが元に戻る。どう見ても三十五の銃が収まっているように見えないマントを脱ぎ捨てた。
がぢゃ。重い金属同士がぶつかりあう音が響き、マントは地面に落ちた。
「ねえ、祐一。聞こえてる?ううん、聞こえてなくてもいいや。あのね、あのときわたし、悲しかったんだよ。お母さんは死んじゃいそうだったし、祐一はいなくなっちゃったし。だからわたしね、あゆちゃんに頼んだんだよ。祐一にはないしょでね。あゆちゃんにお母さんを治してもらったんだよ」
名雪はけろぴーの腕に串刺しになっている祐一の側に近寄り、耳元で囁き続ける。
「な……で、おま……知……て」
「あゆちゃんの奇蹟の力のこと?ううん、最初は知らなかったよ。でもね、前からおかしいと思ってたんだ……七年間も寝たきりのままで何であんなに元気になったのか、それが不思議で不思議で堪らなくて、調べたんだ。そうしたら、月宮の秘密がわかったんだ。奇蹟の力が」
胸元をしなやかな指が伝う。大口径を軽々と扱う名雪の指は、それに似つかわしくなく滑らかで、吸い付くような感触がした。
名雪の頬が紅潮していく。次第に息も荒くなってきた。
「お母さんを治したあとにね、他の人も治してあげましょうってお母さんが言ったんだよ。ね、いい考えだったでしょ?香里もみんなも喜んでくれたしね」
満面の、妖艶な笑み。
名雪の時は止まっていた。秋子が交通事故にあったとき、壊れてしまったのか。
祐一は内臓を蹂躙する熱さに耐えながら、名雪の目を睨んだ。
「ふふ、怖い眼だね、祐一……」
でもね、と言いかける瞬間。祐一が、嗤った。
その表情を訝しげに見た。
「ゆうい……きゃっ!?」
祐一は名雪の身体を抱きしめた。両足も名雪の足に絡ませる。
一瞬の出来事で戸惑い、しかし、嬉しそうな表情を名雪は見せる。
「五」
「祐一ぃ、もっと、強くぅ……」
祐一の身体が、指先が自分の体を這っている。
その快楽はどんな行為よりも激しく、気持ちよかった。
「四」
「あ、はぁ……もっと、擦りつけてぇ」
絡みつく足が名雪の頭をとろかしていく。
「三」
唇を合わせた。
「ん、ふぅ……」
「二」
舌を絡ませる淫猥な水音。
「だめ、だめ、ゆういち、もう我慢できないよ……」
「一」
祐一がどんな状況にあろうとも、名雪の欲は止まらなかった。
しきりに祐一の唇にキスをし、祐一の身体全てをまさぐっている。
だからだろう。祐一が囁いている言葉に気が付かないのは。
自らの死を告げる、カウントには。
そしてゼロを数える瞬間。祐一は力の限り名雪を抱きしめ、僅かに宙に浮かした。
もう足は使えない。加速の手段はない。
絶対の必殺を確信し、祐一は最後の言葉を紡ぐ。
「零」
「速報です。本日未明、水瀬株式会社にテロリストと思しき人物が押し入り、銃を乱射し会社員数名と警備員千人余りを死傷。代表取締役社長、水瀬名雪氏と共に自爆し、死亡したという情報が入ってきています。詳しいことはわかり次第お伝えしていきます。次のニュースです……」
ブツン。
殺風景な空間に響いていた音が消える。
くすんだ金髪の男……北川は先程まで見ていた番組を消し、淹れたてのコーヒーを口に含んだ。インスタントの安っぽい味が口に広がる。しかし、苛ついた気分を納めるのにはちょうどよかった。
「成功……だけど、まだ帰らず、か」
キーボードを叩いた。気を紛らわすために適当なプログラムを作る。
暫くの時間そうしていただろうか。突然入り口のドアが開かれる。
北川はとっさに銃を構えた。人や強盗の類ならこれでどうにでもなる。しかし、水瀬の者だったら……
逆光に包まれた人影は何かを持っていた。大きさは人程度か、ぐったりとしている。
「君のところは客を拳銃でもてなすのかい?」
その声を聞いた北川は、一気に肩の力を抜いた。
「お、驚かすなよ。久瀬」
久瀬と呼ばれた声の主は無遠慮に屋内に入った。
と、それでようやく久瀬が持っている物体の正体に気が付いた。
相沢祐一、その人である。
「拾い物だ。これで借りの一つは返したと彼に伝えてくれ」
久瀬はソファまで歩き、祐一を寝かせる。
あちこちが焼き焦げ、両手足は吹っ飛び、腹もすでに内臓破裂をしているのが外側からわかるほどの有様だ。
しかし、どれをとっても即死は免れない重傷の中、祐一は生きていた。微かに聞こえる呼吸音、痛みを訴えかける苦悶の表情。
安堵した北川は礼を言おうと久瀬のほうへ振り向いた……が、そこにはすでに久瀬の姿はなかった。
苦笑し、そして真剣な顔をして祐一に向かい直る。
傷は前に述べたとおり、深刻。治すには、あれを使うしかなかった。
「だが……耐えれるかどうか、だな」
悩んでいても仕方がない。これ以上時間をかけると、本当に祐一は死んでしまう。
奇蹟が切れた祐一は普通の人間並みに死にやすくなる。すぐさま北川はPCのほうへと向かった。
キーボードを叩く。すると、モニタが割れて一つの瓶が現れた。
それをひっつかみ、祐一の方へと走る。
未だ荒い呼吸を続ける祐一の口元に、瓶から取りだした錠剤を無理矢理押し込む。
間髪入れずペットボトルをねじ込んで胃に水を流し込んだ。
祐一の喉が鳴り、嚥下した。
祐一に飲ませたのは、奇蹟の力をプログラムで擬似的に薬品と化したデータだ。無論人ならばプログラム自体が肉体を回復するわけはない。そう、人間ならば。
「…………かはっ!!」
数分の後、祐一の身体がどんどんと修復され、呼吸が強くなってきた。
「うし、これで大丈夫だな」
ぽんぽんと身体を叩く。と、祐一がうっすらと眼を開けた。
「……やったのか……?」
「おう、見事に木っ端微塵だ。ニュースで大騒ぎだしな」
テレビをつけた。そこには、高層ビルが崩れ落ちていく姿が映っている。
キャスターがテロだどうだとかいっている声が響く。祐一はその声に顔をしかめ、口元を歪める。
「……自爆も、悪くないもんだな」
「久瀬に礼を言っておけよ。ここまで引っ張ってきてくれたんだからな」
そう言い残すと、祐一に毛布を掛けて北川は少ない部屋の一つへと戻った。
祐一は傷の癒えた、未だ痛みの残る体を無理矢理動かし、テレビに向き直る。
「……名雪一人に、関係のない人間を千以上……いや、万人を巻き込むか」
自嘲の笑み。だが、祐一にとっては関係のないこと。
そうだ、自身の復讐さえ遂げればそれで良い。そのためにはあらゆるモノに犠牲になってもらう。
他人の生活だろうと、自分の命だろうと。
「ただいま帰りましたー」
玄関のドアが開く。佐祐理だ。
ソファに寝ている祐一を見る。寝ている振りをしている男に苦笑しながら、佐祐理は買い物の袋をもって台所へと消えていった。
それを薄目で祐一は追い、目を閉じた。
嘆息。
……そう、誰だろうと。
to Next……
あとがき
〆切破りのK.です。にゃー、今回は長いにゃー。
長い上にしつこい戦闘シーン。素直に刀持っていけよ祐一とか思ったそこの貴方、その通りです。でも銃は大好きです。猟銃くらいなら撃ったことありますし。
しかし、一太郎にして10ページ。連載としては快挙です。何度前後編に分けようか悩んだことか……
まあそれはそれとして。次回は祐一が国家権力に追われるお話です……多分(爆)